冬休みはあっという間に終わった。
元旦からたった数日で始業式。まったく、もう少し休みが欲しかったってのに……。
「休みがあってもやることないんでしょ?」
なんて愚痴っていたら、かがみに突っ込まれた。それを言われちゃお終いだ。
「はやとは気楽だねー。俺なんて年賀状書いたり、大掃除したりで忙しかったってのに」
あきが口を挟むが、お前今言ったことの殆どをやってないだろ。
「悪かったな。ウチは大掃除する程散らかる物なんてないし、大して汚れてもなくて」
年賀状だって、葉書を買う金すらない。精々、適当に年賀メールを送った程度だ。
「お前、よくそんなで年越せたなぁ……」
皮肉で返したはずが、何故か同情された。別に飯に困りさえしなければよかったし、気にしてないけど。
正月らしいことをしたと言えば、海崎さんに大掃除手伝わされて、駄賃代わりに雑煮食ったぐらいか。
「でも、アンタ確かつかさからお汁粉のお裾分け貰ってたわよね?」
「バッ! それを言うなよ!」
実は、つかさやみきさんから心配されて色々貰ったりしていたのだ。
何度か断ったんだけど、説得力の欠片もないと押し通されてしまった。世話焼きめ……。
「結局、はやと君もお正月を楽しんだって訳だね~」
「休みが欲しかったのも、つかさのお汁粉をもっと食べたかったからじゃねぇの~?」
「うるせぇぇぇぇっ!」
ニヤニヤするヲタカップルを追いかける俺。
こうして、新年最初の学校は騒々しく始まったのだった。
時は過ぎ、もう2月。
気付けばあの時期に近付いていた。
「よし、豆撒きするか」
「何でだよ」
ふと言ってみた言葉に、やなぎが突っ込む。いや、2月といったら節分だろ。
「人に豆をぶつけていい日なんだろ? ストレス解消にいいじゃねぇか」
「お前は日本の文化を何だと思ってるんだ」
間違った文化の楽しみ方に、やなぎは終始呆れ顔で俺を見ていた。
「大体、節分もう終わってるぞ」
「!?」
しまった、今日はもう10日か……。
豆撒きし損なったじゃねぇか! せめて海崎さんにでも投げておくべきだった!
「ったく……違うだろ」
「ん? まだ何かあったか?」
俺の記憶の中には、2月のイベントなんてもうないはずだった。
「バレンタインがあるっての」
やなぎは溜息を吐きながら言った。
ああ、バレンタインね。だから、さっきからあきが必死にこなたへゴマ擦ってたって訳か。ま、俺にはどうせ関係ないからいいや。
「はいはい、彼女がいるモテモテのやなぎんはいいですねー。いっぺん死ねやコラ」
「急に態度変えんな!」
満更でもなさそうな態度がまたムカつく。
でも、こういう奴に限ってホワイトデーに搾りとられるんだよな。かがみは食いしん坊だし。
「1ヶ月後を楽しみにするんだな」
「くっ……」
それだけ言うと、やなぎは苦虫を噛んだような顔をした。どうやら本人も、苦労することは予想済みらしい。いい気味だ。
☆★☆
もうすぐバレンタイン。
街を歩いていると、バレンタインフェアをやっているお店が目立つようになった。
「心がホットになる時期になったねー」
「1年経つの早いわよねー」
こなちゃんとお姉ちゃんが話すように、今年もあとちょっと。早いなぁ~。
えっと、今年はお姉ちゃん達にお父さんとお母さん、こなちゃん、ゆきちゃん、あき君、やなぎ君、みちる君。それに、はやと君も。
「かがみんも今年はあげる相手がいてよかったねー」
「アンタもでしょ」
こなちゃんもお姉ちゃんにも、気持ちを伝えられる相手がいる。
ゆきちゃんもみちる君に本命をあげると思う。
私は……。
「つかさはどうするの?」
「ふぇ?」
丁度どうしようか考えていた所に、こなちゃんが訪ねてきた。
「わ、私は皆にあげるよ~」
「つかさのチョコ、楽しみにしてるね」
お姉ちゃんが楽しみそうに言った。でも、お姉ちゃんまた体重を気にしてなかったっけ?
「あれ? はやと君に本命は渡さないの?」
「ふぇ!?」
こなちゃんの言葉に、私は顔を真っ赤にして驚いた。
は、はやと君に本命を?
「あ、アンタ根拠もなく変な冗談言うのやめなさいよ!」
お姉ちゃんが私を庇うように、こなちゃんを怒った。
お姉ちゃんは冗談だって言うけど、私は……。
夜、私は部屋で1人考えていた。
私は本当にはやと君が好きなのか。
私がはやと君に本命を渡していいのか。
「はやと君……」
今までのことを思い浮かべる。
はやと君と出会ってもうすぐ1年……はやと君はずっと私を助けてくれた。
最初の印象は不思議な雰囲気を持った、クールな人だった。面倒臭がりで、空が大好きな変わった人。
一緒にいる内に明らかになった、はやと君の本当の姿。強がっているけど寂しがりで、困った人を放っておけない優しい人。
でも、家族の問題を抱えて、ずっと苦しんできた。今は解決して、肩の荷が降りたように笑うようになった。
「私のチョコ、受け取ってくれるかな?」
きっと、今の私の顔は真っ赤になっているだろうな。
はやと君のことを考えるだけで胸が熱くなる。
私、本当にはやと君が好きなんだ……。
「よし、頑張って作ろう!」
私は決心した。はやと君に想いを伝えよう、と。
チョコのデザインを決めて、キッチンに向かう。
材料は既に買い揃えてある。皆寝てるから、起こさないようになるべく音を立てないように作り始めた。
☆★☆
海崎さんの妙な浮かれようで、今日がバレンタインだとすぐに気付いた。
「バイト先の女の子から何個貰えるかね~?」
朝から触るのも気持ち悪いので、無視してさっさと学校へ向かった。
学校でもすっかりバレンタインムード全開だった。
カップルはチョコ渡し合いながらイチャ付き、モテない非リア充は恨み言を呟いている。
この異様な空気に俺は
「うわぁ……」
という一言と共にドン引きしていた。
外でこれだ。教室ではもっと酷いんじゃねぇか?
しかし、恐る恐る教室に入ろうとすると思った以上に普通だった。
いつも通り談笑するクラスメート達。だよなぁ、バレンタイン1つで皆が騒ぎすぎなんだよ。
「あ、はやと君おはよ~」
こなたが俺に気付いて挨拶をした。
その瞬間、つかさがビクゥッ、と反応した。
な、何だ? 何かあったのか?
「はやと君、その、お、おは」
必要以上にどもりながら、つかさは俺に目も合わせずに話し掛けて来た。明らかに異常な態度だ。
「ほら、渡しちまえよ~」
状況をイマイチ理解出来ていない俺を余所に、あきがつかさの背中を押す。
渡すって、バレンタインのチョコをか?
「はぅ、えと……」
つかさはかなり緊張した様子だ。
仮にチョコだとしても、義理だろ? 何そんなに緊張してんだ?
「は、はやと君! こ」
キーンコーン
つかさの声を遮るかのようにチャイムが鳴る。おっと、ホームルームが始まっちまう。
「つかさ、また後でな」
「あ……うん」
言いそびれて、しゅんと落ち込みながらつかさは席に戻った。
今日のつかさはエライ感情的だな。
☆★☆
「はっはっは! 見たまえやなぎん!」
休み時間、あきがハート型の何かを見せびらかしに現れた。
今日はバレンタインだ。チョコを貰ったことを自慢したいんだろうが……。
「この凝ったチョコを! いや~、俺も罪な男だね~」
「それ、つかさからの義理チョコだろ?」
そう、ここまで凝った造りでも義理チョコだった。実際、俺も先程つかさから受け取ったばかりだ。
しかし、知らない人間が見たら本命と見間違う程の出来栄えだ。
「ちぇ~、ちょっとは乗ってくれてもいいじゃん!」
冷たくあしらうと膨れるあき。まったく面倒臭い奴だ。
「それより本命は貰ったのか?」
俺が尋ねると、あきは急に黙りこくった。まさかまだ貰ってないのか?
「お前……つかさの義理チョコを自慢する前にすることがあるだろ」
「うるさいうるさいうるさい!」
お前の方が煩い。
「ああいうのは女子から渡してくるもんだ! 男は黙って待ってればいいんだよ!」
「じゃあ教室で大人しく待機でもしてろ」
言い訳にしか聞こえないセリフを吐き、あきは教室に帰って行った。
だが、俺もあきのことを言えなかった。まだかがみからチョコを貰ってないからな。
「はぁ……」
当の本人であるかがみは包みらしいものは持っているが、俺を見る度に顔を逸らして渡そうとしない。
「かがみ、ちょっと」
「え!? あ、うん……」
見ていられなくなった俺は、2人きりになれるようにかがみを廊下に連れ出した。
やっと2人になると、かがみは漸く俺に包みを渡そうとした。
「これ……うぅ」
「?」
顔を真っ赤にし、しどろもどろとしている。
「や、やっぱりあげない!」
かがみは持っていた手を引っ込めてしまった。ここまで来たっていうのに。
「かがみは俺が嫌いになったのか?」
「そ、そんなことないわよ! ただ……やっぱりつかさのと違って下手だし……」
どうやら、つかさのと自分のチョコの出来を気にしているようだ。
……先にかがみのを貰っておくべきだったな。
「俺はつかさのより、かがみが作ったチョコが食べたい。恋人が気持ちを込めて作ってくれたチョコをな」
「!」
別に気にする必要はない。本命チョコと義理を比べる必要なんてないのだから。
俺が言い切ると、かがみはやっと包みを渡した。
「笑わないでよ?」
包みの中のチョコは星型がいくつか入っており、多少歪んでいるものもある。
俺はその内の1つを口の中へ運んだ。
「……どう?」
チョコをよく味わう俺を、心配そうに見つめるかがみ。
「すっげぇ美味いよ。ありがとう」
「本当!? よかった~」
素直な感想を言うと、かがみは本当に嬉しそうに笑った。
バレンタイン、皆が浮かれる理由が分かる気がした。
☆★☆
先程から私の胸はドキドキしていました。
何故なら、あるお相手にバレンタインのチョコを渡したかったからです。
「みちるさん……」
私の視線の先、みちるさんはまたクラスの女子からチョコを貰っているようでした。
もう5人目。私のチョコなんて受け取って貰えるでしょうか?
「みゆきさん、渡さないの?」
「!?」
気付かぬ内に、背後から泉さんが話し掛けて来ました。
突然でしたので、お恥ずかしながら驚いてしまいました。
「みちる君もモテモテだからねー。競争率高いし、早めに渡した方がいいんじゃない?」
泉さんの仰ることはご尤もなのですが……。
「その、心の準備が……」
「恋に奥手なみゆきさん萌え」
は、はぁ……泉さんと出会ってもうすぐ2年になりますが、やはり「萌え」の意味が分かりません。
「でも、みゆきさんのチョコなら貰ってくれると思うけどな。……寧ろ私が欲しいぐらい」
「?」
「ああ、気にしないで」
泉さんの最後の言葉は聞き取れませんでしたが、勇気を貰った気がしました。
「で、では行ってきます!」
「頑張ってねー。さて、後は……」
私はチョコの入った紙袋を握りしめ、みちるさんの所へ向かいました。
「みちるさん!」
「みゆき、どうしたの?」
顔を傾げるみちるさん。はぅ、やはり恥ずかしいです……。
「こ、これをどうぞ! バレンタインのチョコです!」
噛みながらも、何とかみちるさんにチョコを渡せました。
「これを僕に? わぁ、ありがとう!」
みちるさんは優しい笑顔で紙袋を受け取ってくれました。
よ、よかったです……。
「みゆきは昔からお菓子作り得意だったもんね。楽しみだなぁ」
みちるさんはそう言いますが、実は私の腕はみちるさんに負けています。
母もみちるさん手作りのスコーンが好物で……正直に申しますと、みちるさんはズルいと思います。
「えと、それでお話が……」
「来月のお返しも張り切らないとね!」
私の話を遮り、無垢な笑顔を見せるみちるさん。
「でも、友達からこんなにチョコ貰えるなんて本当に嬉しいなぁ」
「……ふぇ?」
ひょっとして、全部義理チョコだと思ってません?
「あの、みちるさん? バレンタインのチョコというのは」
「友達から友好の印にチョコを送る日でしょ?それぐらい知ってるよ~」
やはり、間違って認識しているようです。
道理でみちるさんにチョコを渡した方々が、少し残念そうにしていると思いました。
この日、私はみちるさんに告白しそびれてしました。
みちるさんは何時、私の気持ちに気付いてくれるのでしょう……?
☆★☆
今日は待ちに待ったバレンタイン!
今年からは彼女から本命チョコを貰え、イチャ付くことが出来るぜ!
「あき君」
おっ、早速こなたが話し掛けてきた。
「はい、これ」
キター! wktkしながら、こなたの差し出したものを見た。
「……って、チロ○チョコ!?」
「いやぁ、作る暇がなくてね~」
おまっ!? 人生初の彼女から貰うバレンタインチョコがチロ○って!?
お兄さん悲しくて泣くぞ!?
「それより、アレをどうするかね~」
ショックを受ける俺をスルーし、こなたはある一角を指差す。
「うぅ……」
「?」
そこには、紙袋を持ったまま直立姿勢のつかさと、困惑しているはやとがいた。
初々しくていいんだけど、アレは何とかせにゃな……。
「はーやと!」
「うおっ、何だよ」
チロ○を一口で食べると、ポンッとはやとの肩を叩く。
「屋上」
「は? お、おい!?」
俺は親指で上を差し、はやとを屋上に連れて行った。
「つかさ、私達も行こうか」
「え……あ、うん!」
つかさはこなたが連れてくるし、大丈夫だろう。
チョコの受け渡しと告白! このイベントの舞台に相応しいのは屋上!
邪魔も入らないし、お好きにどうぞ!
「は、はぅ……」
急に2人だけの空間を作られ、つかさはかなりテンパってるみたいだ。いいね~、恋する女の子してんね~。
「何なんだ?」
一方、ダメダメなはやと君は状況を一切理解していなかった。
ありゃ、バレンタインは自分に関係ないって思い込んでるな。
「焦れったいなぁー」
俺の下にいたこなたが呟く。これじゃあ休み時間終わっちまうぜ?
「何だ? 用件があるなら聞くぞ?」
「あ、あのねっ!」
つかさはもう顔から火が出るんじゃないかってくらい真っ赤だ。可愛いなぁ。はやと、もげろ。
「こ、これ! どうぞ!」
ktkr! つかさが遂に紙袋をはやとに渡した!
「俺に?」
はやとは紙袋の中を確認する。
中身は、ハートマークの包み。リボンまで付いて、相当凝っている。ここまで来りゃ、告白したも当然!
「受け取ってくれる?」
「勿論」
おっしゃぁぁぁぁっ!
長かったが、やっとはやととつかさが結ばれたぜ!
「しっかしよく出来た義理チョコだよな~。凝り過ぎだろ」
……へ?
「これ、男子が貰ったら本命と勘違いするかもな」
冗談混じりに笑うはやとに、つかさは疎か俺とこなたもポカンとする。
……あ! 思い出した!
さっき俺がつかさに貰った義理チョコをはやとに見せびらかしてたんだ!
あまりにも凝ってたから、今度は本命を義理だと思ってやがる!
「美味いのは歓迎だけど、あまりやりすぎて誤解されないようにな」
「あ、うん……」
想いが伝わらず、しゅんとなるつかさを残し、上機嫌ではやとは教室に戻る。
ならば、我等のやることは1つだろう。
「「この鈍感野郎がー!」」
「ごふぅっ!?」
こなたと顔を見合わせて頷くと、俺達は鈍感野郎の背中に蹴りを入れた。
結局、チョコは渡せたもののつかさの告白は失敗に終わった。
「ったく、はやとはしょうがねぇな」
不完全燃焼に終わりムカムカしていると、こなたが足を止める。
何だ? 忘れものか?
「あき君、これ」
こなたが手に持っていたのは、ラッピングされた四角い箱。これはまさか……!
「いや、ほら皆がいる前だと渡しにくいじゃん?」
照れながらも、ちゃんとチョコを用意する。こなたはそういう奴だよな。
「ありがとな、こなた。愛してる」
そう言い、俺は彼女の赤く染まった頬にキスをした。
俺達だけの甘い時間は、もう少し続く。
☆★☆
バカ2人に蹴られた跡がまだ痛い。
ったく、俺が何したってんだ……。
屋上にいきなり連れて行かれたかと思えば、つかさに義理チョコを貰った。
つかさはかなり緊張した感じだったが、義理チョコだろ? もっと軽い感じで渡せばいいのに。
ま、つかさの手作りのチョコだ。不味い訳がない。
「しかし、本当に凝ってるよなー」
ハート型の包みをまじまじと見つめ、中を開ける。
チョコには「はやと君へ」と書かれ、翼の形のデコレーションがされていた。
ここまでされると、食うのが惜しくなるぐらいだ。
「……これが、本命ならもっといいんだけどな」
誰にも聞こえないよう、ボソッと呟く。
まぁ、あき達の持ってた義理チョコも似たような感じだったし、これも義理だろ。
「さて、ホワイトデーどうすっかな……」
聞いた話だと3倍返しとか。これの3倍とかどうしろってんだよ。
「ま、気長に考えるか」
まずは財布と相談だな。
お楽しみは後に取って置き、俺は少しだけ足取りを軽くして教室に帰った。
どうも、雲色の銀です。
第27話、ご覧頂きありがとうございます。
今回はバレンタインデーの話でした。
はやともみちるもフラグを見事にぶっ壊しました(笑)
特に、つかさのチョコは原作でこなたが「男子にあげると勘違いされる」と言う話を逆手に取った形にしました。アレを義理として認知したからこそ、本命を本命らしく認識出来なかったのです。
みゆきは……もう頑張れとしか。
次回はホワイトデー……の前にボス戦に突入します。