体育祭当日はあっという間に訪れた。
折角てるてる坊主を逆さ吊りにしたってのに外は晴れ。あー、だりぃ。
「いいじゃねぇか。女子の体育着姿が拝めるんだし」
と言いながら、変態大家がカメラのレンズを磨いている。
きっと、桜藤祭じゃ俺が写真を撮って来なかったから、今回は付いてくるつもりのようだ。
「弁当だけ置いてバイトにでも行ったらどうです?」
「何言ってんだ? ちゅーか、おめーの分ねぇから!」
割と本気で言ったら、使い古されたネタで返された。
って、俺の分ないのかよ。
じゃあ、俺は残酷な真実でも投げ掛けますかね。
「ウチの学校、ブルマじゃないッスよ」
海崎さんの動きがピタッと止まる。
カメラをゆっくりと置くと、おもむろに携帯を取り出した。
「あ、もしもし店長スか? 海崎です。今日のシフトですが、予定が空いたので」
分かり易すぎるな、アンタ。
ま、これで付いてきたら通報してるけど。
「よし、頑張ってこい!」
「女子の写真は撮りませんから」
「チッ」
まだ狙ってたか。
軽く落ち込む海崎さんを放置し、俺は学校に向かった。
教室に着くと、桜藤祭の時と同じく全員闘志を燃やしていた。
はいはい、皆さん元気でございますねー。
「はやと君、おはよ~」
暑苦しい様子に辟易してると、つかさが駆け寄って来た。
コイツはいつもの気の抜けた感じだ。安心した。
「今日は頑張ろうね~」
ニコニコと柔らかい笑顔で言うが、俺達の出番は精々全員リレーのみだ。
「おう」
だが、不思議と力がみなぎる。頑張らなきゃいけないような気になる。これが惚れた弱みって奴か。
「クソッ、何でウチの高校はブルマじゃないんだ」
俺の朝のほんわかタイムを台無しにしたのは、あきの一言だった。
お前は海崎さんか。
「あき君、頑張ってね~」
「任せろつかさ! 俺達に勝てる奴なんかいない!」
つかさ、バカを付け上がらせるな。
そして、体育祭が始まった。
校長の話をスルーし、準備体操をした後、所定の席へ移動する。
ここから2年の全員リレーまでは見物客も同然だ。
「あき」
自分のクラスへと戻る途中、やなぎがあきに声を掛けた。
「何だ? 勝負はやめにしようってか?」
「いや……今日は負けない」
あきは軽い調子で返すが、やなぎの眼は真剣だ。
俺は知っていた。やなぎが今日までどれほど特訓していたのか。
「やなぎ」
席に戻ろうとするやなぎを、俺は呼び止めた。
「お前……いや、お前等の羽撃き、期待してるぞ」
「敵から言われる言葉じゃないな」
まぁ、確かに。けど、俺はクラスの勝敗なんざどうでもいい訳で。
やなぎは自信に満ちた笑顔で戻って行った。
二人三脚が、今日の一番の見物になりそうだ。
先に1年の競技が終わり、次はみちるの出番である障害物競争だ。
「みちるさん、頑張ってください!」
みゆき含む女子からの黄色い声援に、笑顔で手を振り返すみちる。
何処の王子だ、お前は。
他クラスの男子は嫉妬の炎を燃やしているし。
「では、位置に着いて」
審判の掛け声で、走者が位置に着く。
みちるは内側か。こりゃ貰ったな。
「よーい!」
パァン!
ピストルの音に素早く反応し、みちるは走り出した。
爽やかな笑顔とは裏腹に、他の走者をぐんぐん抜いていく。
最初の障害物は平均台。しかし、みちるは軽々と渡りクリア。
「みちるさーん!」
華々しい活躍に、みゆき含む女子の声も激しさを増す。正直言ってうるせぇ。
次は網潜りだ。これも余裕だろ、と思っていた。
「わわっ!?」
ところが、みちるは網に引っ掛かっていた。オイオイ……。
「ふぇぇ、取れないよぉ……」
網はみちるの男子とは思えない白い肌に絡まり、みちるは涙目になりながら外そうと悶える。
どう見ても網にかかった女子です、本当に以下略。
しかし、その姿が扇情的だった為に走っていた男子が前屈みに……ってオイ。
その隙に何とか網を潜り切り、ラストの借り物の札へ一直線に走る。
「……!」
みちるは札をめくると、すぐにこちら側を見た。
「みゆき!」
「は、はい!?」
突然呼ばれたみゆきは狼狽える。
が、すぐに手を伸ばすみちるの方へ、頬を染めながら走っていった。
障害物競争の結果は、圧勝だった。
周囲の男子のみちるを見る目も、嫉妬から異様なものへと変わっていたが。
「いや~、いいものが見れた!」
あきは携帯を眺めながら満足そうに言った。カメラ機能で撮ったな、アイツ。
「みゆき、ありがとう」
「いえ……」
屈託のない笑顔を見せるみちるとは対照的に、みゆきは少し落ち込んでいた。
実は、札に書いてあったのは「眼鏡」だった。
予想とは違っていて残念だったんだろう。どんな予想かは、敢えて追求はしない。
さて、次はパン食い競走だ。ここでも勝ちを取れればいいんだろうが……無理だろうな。
何故なら、相手には凄腕の
終了後、元気なさそうにパンを頬張る女子の走者。理由は勿論、負けたからだ。
「仕方ないね、相手がかがみじゃ」
こなたはそう言って慰めた。
かがみのあの気迫じゃ負けるのも無理はない。
つーか、パン食うのにどんだけ一生懸命になってんだよ。
「この借りは全員リレーで返そうぜ」
盛り上げ隊長のあきも走者を慰める。
ま、仇ならすぐに取ってくれそうな奴がいるけどな。
俺の視線の先には、気合の入った表情のみゆきの姿があった。
次は代表リレーだ。みゆきなら、心配はない。
「頑張れ~!」
男子があっさり終わり、女子の対抗リレーが始まるとこなたが声援を送る。
確か、みゆきはアンカーだったな。
「みゆきさん、ファイト!」
いよいよみゆきの出番が来た。現在の順位は、3位か。
いつもとは違いキリッとした表情で走り、前走者を次々と抜いていく。
「おおおっ!」
あきがまたもや携帯を構える。
そしてラストスパート。トップの奴と、ほぼ同時にゴールした……かに見えた。
「おっしゃー!」
あきが叫ぶ。うるさい。
ゴールテープを切ったのはみゆきの豊満な胸だった。つまりバスト差で勝ったんだな。
「流石みゆきさん」
「GJ」
なるほど、あきもこなたも最初からこの展開が読めてたってことか。最低だな。
本人が気付いていないのが、不幸中の幸いだな。
昼休憩になった。
2年の全員リレーと二人三脚は午後の部だ。
さて、昼飯をどうするか……。
「はやと君、お昼ご飯は?」
丁度、つかさが昼飯の話題を振ってきた。
……まさか、つかさが弁当を作ってくれたなんて虫のいい話、ある訳がない。
「まだ未調達だ」
「あ、だったら一緒に食べない?」
俺は奇跡なんて信じない!
都合のよすぎる話なんてありはしないんだ! 最近が上手く行き過ぎてただけなんだ!
「お前も買いに行くのか?」
「ううん、お母さんが作ってくれたの。それで、はやと君の分も作ったって。皆はやと君を心配してたよ?」
……ああ、何だ重箱か。ならありうる話だ。
しかし、またもや柊家の世話になる訳には……。
「ダメ?」
つかさは子犬のような表情で、心配そうにこちらを見る。
「お世話になります」
俺はつかさに連れられて柊家のいるシートに来ていた。また欲望に負けてしまったな。
「いらっしゃい、はやと君」
「どうせ昼ご飯用意してなかったんでしょ?」
みきさんはにこやかに迎えてくれたってのに、この食いしん坊は。
「パン食い競走じゃ大活躍だったな」
「くっ……」
明らかに皮肉を込めて言い返しておいた。
おやおや、勝ったのに何か言いたそうですね?
「さ、沢山食べて頑張ってくれたまえ」
まつりさんが弁当を勧めてくれた。ありがたいけど、多分アンタ何もしてないだろ。
みきさんの美味い昼飯を食い、俺のなけなしのやる気も上がってきた。
だけど、複雑だろうな。娘2人が違うクラスだから、どっちも応援しないといけない。
「はやと君、さっきの卵焼きなんだけどね」
自分の席へ戻る途中、つかさが聞いてくる。
ああ、卵焼きな。重箱の中身で一番美味いと思った品だ。
「あれ、私が作ったんだけど、どうだった?」
何……だと……?
「メチャクチャ美味かった」
「そう? よかった~」
クソッ! もうちょっと味わって食えばよかった!
あまりの勿体無さに、地団太を踏みそうになる。
「全員リレー、頑張ろうね!」
つかさは屈託のない、満面の笑みで言った。
……悪いなかがみ。俺にも負けられない理由が出来たようだ。
☆★☆
午後の部は先に二人三脚をやり、全員リレーはラストになる。
俺にとって重要なのは勿論、前者だが。
「かがみ」
足を紐で結びながら、俺はふとかがみに呼び掛けていた。
「何よ」
「ありがとう、俺と走ってくれて」
正直、かがみがいなかったら、あきと戦うということすら考えなかった。
礼を言って顔を上げると、かがみは照れながら外方を向いていた。
「ば、バカね。そういうのは、勝ってから言いなさい」
「そうだな」
苦笑しつつ、俺は立ち上がる。
「行こう」
「ええ」
しっかりとリズムを合わせて、俺達は入場した。
今日までしっかりと練習したんだ。お互いのペースに狂いはなく、もう転びはしない。
スタートラインには、既にあきとこなたが待っていた。
他のクラスのペアもいたけど、悪いが眼中にない。
「逃げなかったのは褒めてやる」
あきが余裕そうに話しかけてきた。どうでもいいけど、お前等予想通りバランス悪いな。
「まさかとは思うが……俺が負ける戦いを挑むとでも?」
こちらも余裕を持って対応した。
あきは一瞬目を見開くが、すぐに笑顔に変わる。
「精々頑張れ、もやし君」
「かがみ、悪いけど勝ちは譲らないよ?」
「上等よ!」
こなたもやる気満々のようだ。
審判が銃を構える。練習通りだ。練習通り走れば……!
銃声と共に、一斉に走り出す。
他の走者達は声で呼吸を合わせる必要があるため、どうしても普通に走るより遅くなってしまう。転んでしまう者もちらほらいた。
これが二人三脚の醍醐味であるから、仕方のないことなのだろう。
だが、俺達は違った。
練習を重ねた結果、俺とかがみは声を出さずとも呼吸を合わせられるようになっていたのだ。
最終的に、足の遅い俺のペースにかがみが合わせるという情けない形になってしまったが、これで普通の走者と差を作れる。そう、普通なら。
「ほいほいほい!」
「!?」
あき達はバランスの悪さすら凌駕し、圧倒的なコンビネーションで先頭を走っていた。
「はっはっは! 幼女と肌を合わせながら二人三脚をするという妄想をしていた俺に隙はなかった!」
「変態かっ!」
競争が終わったら、警察か病院を呼んだ方がよさそうだ。
しかし、このままではまたあきの背中を追いかけて終わってしまう……そんなのは嫌だ!
「かがみ! ペースアップだ!」
「でも!」
「俺は気にするな!」
負けたくない! ここまでかがみが協力してくれたんだ! 絶対に諦めたくない!
勝つ為なら、俺はどうなってもよかった。
どんどんペースが上がり、かがみに俺が無理矢理付いていく。
「…………」
「あき君?」
あき達のペースが、一瞬だけ落ちたような気がした。体力配分を間違えたのか?
何にしろ、抜かすなら今しかない!
「かがみ!」
「分かってる!」
俺達は外側からあき達を抜かし、ゴールまで一直線に走った。
そして、ゴールテープを切るのと同時に倒れこんだ。
「か、勝った……やなぎっ!?」
「はぁ……はぁ……」
無理矢理走った為、俺は虫の息になっていた。
息苦しい……けど、確かに掴んだ勝利を感じていた。
「やなぎ……」
ゴールし、紐を解いたあきがこちらへ向かってくる。
何だ……? 負け惜しみでも言うつもりか?
「……俺の負けだ。やっぱすげぇわ、お前」
太陽のような笑顔で手を差し伸べる。
ああ、そうだ。何時だってお前はそんな笑顔で俺を引っ張り回していたんだ。
正直吐きそうな位気持ち悪かったが、俺はあきの手を取り立ち上がる。
「当然、だ……お前には負けたくないからな」
「よく言うぜ、無茶しやがって」
無茶、か……。
もう俺はお前の背中を追うだけの貧弱な男じゃない。
お前と同じラインに立てるんだ……。
「ほら、しっかりしなさい」
かがみに支えられ、自分のクラスへ戻っていく。
腐れ縁の、友人に認められたのもかがみのおかげだった。
……あきと並ぶんだったら、俺もすることをしなきゃな。
「かがみ」
「何よ」
「好きだ」
顔を真っ赤にしたかがみに落とされるのは、数秒後のことだった。
☆★☆
全員リレーには、どうやらやなぎは出ないらしい。出る気力も残ってないようだ。
けど、いいものを見せて貰った。文句はないだろう。
そういや、かがみがさっきから顔を赤くしてるけど、何かあったのか?
全員リレーは、アンカーを除き1人辺りの走る距離が短い。その間にどれだけ速く走れるか、だ。
「HAHAHAHA☆覚悟するがよい! これからが本当の勝負! ランニングデュエル、アクセラレーション!」
あきは二人三脚の時と違い、まるで機械のようなフォームでガションガション言いながら走っていた。
随分余裕だな。ってか、ランニングデュエルって?
「ああ!」
いや、こなたに聞いてないから。
バトンはあきからみゆきに渡った。みゆきは対抗リレーと同様、安定した走りで他クラスとの差を広げていく。
「みちるさん!」
「うん、任せて!」
みちるはバトンを受け取ると、爽やかな笑顔で流麗に走っていく。
ついでに、女子の注目も集めていた。
「つかささん!」
「う、うん!」
さて、問題のつかさだ。バトンを受け取れたのはいいが、間違いなく遅い。
差は広がっているから、何もなければそのまま俺に……あ、転けた。
お約束って奴か……まったく。
「ふぇぇ……」
泣きそうになるつかさ。立ち上がろうとしている間に抜かされていってしまう。
「つかさ、走れ!」
いても立ってもいられなくなり、俺は柄にもなく叫んでしまう。
つかさの応援が響いていたのもあるが、やなぎのさっきの諦めない姿勢が火を付けたのかもな。
「後は俺に任せて、こっちまで走れ!」
「うん!」
泣きそうなのを堪えて、つかさは何とか走り出す。さて、と。
「もし翼があったら、簡単に逆転出来るかもな」
つかさからのバトンをしっかり受け取り、俺は全速力で走った。
つかさにああ言った以上、抜かさない訳にはいかない。
俺は1人、また1人とあっという間に抜かし、再びトップで次の走者にバトンを渡した。悪いな、足には自信があるんだ。
これで、役目は果たしたぜ。
☆★☆
まずは体育祭の結果から言おう。
負けたよ。あき達のクラスが優勝だ。
はやとじゃないけど、はっきり言って俺にはどうでもいいことだ。目的は達成したからな。
クラスの皆から称賛を受けたりしたが、俺にはあきの言葉で十分満足していた。
遂にアイツと並べるようになったんだから……。
「いや、俺1回もお前の上だって思ったことはないぜ?」
閉会式が終わった後の会話で、あきはそう言った。
「俺も別にお前に勝てるなんて思ったことないし」
「嘘吐け」
二人三脚じゃ楽勝ムードを漂わせていた癖に。
「いーや、これはマジ。体力勝負なら勝てるけど、頭を使ったらまず無理だね。ほら、俺って体力バカじゃん? どんな手を使ってもやなぎには勝てないと思ってた訳よ」
……つまり、俺達はお互いを勝てない相手だと認識していたことになる。
「ま、その体力勝負で負けたんじゃしょうがねぇよ」
「……そうだな。俺もお前の背中を見るのはもう御免だ」
「ならば見るがいい!」
背を向けて見せてきたので、思いっきり叩いておいた。綺麗な紅葉が出来たじゃないか、よかったな。
「あき君! 踊ろう!」
「いってて……おう! じゃあな、やなぎ!」
あきは背中をさすりながら、恋人と一緒にキャンプファイヤーへ向かった。
体育祭後のイベントとして、キャンプファイヤーが行われていたのだ。
火を囲みながら、恋人達は踊る。
「やなぎ」
すると、今度はかがみが隣にやってきた。
若干頬を赤く染めている。何かあったのだろうか?
「その、さっきの何だけど……」
モジモジしながら話している。
「さっき……っ! あ、ああ……」
思い出した。意識が朦朧としていたから幻かと思ったが、俺はかがみに告白していたんだ。
だが、告白自体は嘘ではない。かがみがいたからこそ、俺は最後まで諦めず走り切れた。
感謝してるし、好きになってしまっていた。
「私、がさつだけどいいの?」
「ああ、かがみだからいい」
「あまり可愛気ないし……」
「そんなことはない」
黙り切ると、かがみは突然顔を突き出してきた。
「んっ!」
「え……?」
これは……キスしろ、でいいのか?
「早くして! 恥ずかしいんだから!」
「あ、ああ」
俺はゆっくりと顔を近付ける。
炎が照らす影が、1つになった。
数分経ち、唇を離すとかがみは耳まで真っ赤にし、潤んだ瞳で俺を見ていた。
「バカ……私も、やなぎが好きだからね」
その時のかがみの表情は、一生忘れられない位可愛いと思えた。
「もう一回、いいか?」
「うん、お願い」
再び唇を重ねる。甘い甘い時間を、炎はずっと照らしていた。
どうも、雲色の銀です。
第24話、ご覧頂きありがとうございます。
今回は体育祭、やなぎんの戦いでした。
漸くコンプレックスを振り払い、更にかがみという恋人までゲット。もやし爆死しろ!
そして、カップル成就をサブキャラにどんどん抜かされていく主人公ェ……。
次回は独り身には辛いXデーの話!終りまで残り6話です!