体育祭にて、あきと対決することになった俺は、まずは人並みに体力を手に入れようとトレーニングを積むことにした。
「まずはジョギングをしよう」
走れなければ元も子もない。
俺は、家の周り500mを3周は走ることにした。
そして、30分後。
「も、もう無理……」
ゆっくりペースで走っていたはずの俺は、体力切れで地に伏していた。
お、おかしい……。こんなに早くダウンするなんて……。
「ペース配分を間違えたか? それとも、最初から距離を長くしすぎたか……」
休憩しながらプランを練り直していると、携帯が鳴りだした。
あきの奴が茶化しにかけてきたものだと思ったが、ディスプレイに出ていた名前にそんな考えは吹き飛んだ。
「かがみ?」
二人三脚の相方からの電話に疑問符を浮かべつつ、電話に出る。
中止にでもなったか? 他のペアが出るとか。
「もしもし?」
〔あ、やなぎ? 調子はどう?〕
「別に悪くはないが」
だが、かがみは特に何もない様子で話して来た。
ん? 何でかがみは俺の調子を聞いたんだ?
〔じゃあさ、どうせなら一緒に練習しない? 二人三脚なんだし、呼吸を合わせる必要もあるでしょ?〕
俺はトレーニングを始めたことを誰にも言っていない。
どうやら、かがみには俺の行動が読めていたようだ。
「そうだな……」
かがみの誘いは常識的に考えても、悪いものではなかった。
しかし、ある決定的な欠点を抱えていたが。
「俺はお前について行けそうもないぞ?」
たった今、息が上がっていたばかりだ。
呼吸を合わせて走るなんて言ったら、ただ足を引っ張るだけではないか。
〔いいわよ。私が合わせるから〕
「それではかがみの練習にならない」
〔そんなことないわよ。だって二人三脚だし、足の速さよりリズムを合わせて走る方が重要よ〕
む、確かに個々の足の速さより2人のコンビネーションを重要視した方がいいかもしれない。
相手はあのヲタクカップルだ。普段はふざけているが、いざという時の息の合いようは恐ろしさすら感じる。
「……分かった。今からそっちへ向かう」
〔うん、待ってる〕
電話を切ると置いてあった荷物を持ち、そのまま鷹宮神社へ向かう。
……何でかは知らないが、心は妙に高揚していた。
神社には、ジャージ姿のかがみと私服姿のつかさが待っていた。そこまではいい。
「何でお前までいるんだ」
「知るかよバーロー」
何故か、はやとまで木に寄りかかりながら見学していた。
正直、やりづらい。
「はやとは雑用に呼んだのよ」
「本当は嫌だけど、ここん家には世話になったからな。断れねぇんだよ」
「そ、そうか」
はやとは若干眠そうな表情をしながら、近くに立てかけてあった箒を手にする。
はやとが本気で断れないのだとしたら、深い事情があるようなので、敢えて聞かなかった。 恐らく、以前つかさが電話で聞いてきた父親関係のことだとは思うが。
「さっき言った通り、まず落ち葉の掃き掃除。終わったら境内の雑巾掛けお願いね」
「大掃除かよチクショー!」
「つかさははやとをしっかり見張っていること。すぐサボるから」
「分かった。頑張ってね~」
かがみの指示を受け、はやとは箒を巧みに扱い落ち葉を集めて行った。
つかさはそれを眺めながら、のんびりと俺達に手を振った。
この光景を見ると、はやとは本当に変わったと思う。心の中の枷が外れたというか、何というか。
最近では屋上で昼寝をする回数も減ってきている。
つかさが与えた影響が、アイツにとってそれほど大きかったんだろう。
ま、これ以上他人の詮索をしても仕方がない。俺は俺のやるべきことをしよう。
軽くストレッチをした後、お互いの片足を縄で括り付ける。
「じゃあ、1で右足ね」
「分かった」
そう言うかがみは、普段はツインテールにしている髪を1つに纏めていた。
……俺の長髪も纏め上げるべきだな。
「「せーのっ!」」
俺達は合図と同時に「右足」を出そうとし……盛大に転けた。
まさか初っ端からこんなギャグみたいなことを仕出かすとは……。
「イタタ、右足だってば!」
「だから右足を……待て。どっちの右足かは決めてないぞ」
二人三脚は、基本出す足は内側か外側になる。
しかし、かがみの右足は外で俺のは内だ。同時に出すことは出来ない。
「そ、そうね。迂闊だったわ……」
「じゃあ外側からでいいんだな」
「ええ。気を取り直して」
互いにリズムを合わせ、俺達はゆっくりと走り出した。
始めはゆっくりとしたペースで走ることにした。
いきなりスピードを上げてもリズムを合わせづらいし、まずは慣れる方が大切だ。
「はっ、はっ……」
しかし冷静に考えると、女子と肩を組んで走っている訳で、結構緊張をしていたりする。
かがみの髪、シャンプーの匂いが……って、邪念を捨てろ! あきと同レベルに落ちたくない!
雑念を振り払い、かがみと合わせて走ることに集中する。
だが、ふと周囲を見ると……。
「あらまぁ、二人三脚だなんて仲のいいわね~」
「若いわね~。おまけにペアルックなんて」
近所のおばさんからの注目を浴びることとなった。
いや、ペアルックじゃないから。学校のジャージだから。髪型は同じだけどただ結んでるだけだから。
「…………」
かがみも気付いたのか、顔を赤くして俯いている。
俺達は無意識の内にペースを上げ、住宅街を突っ切っていった。
その所為か、人気の少ない道に出た時には、俺の息はかなり上がっていた。
「やなぎって、本当に体力ないのね」
かがみの何気ない一言が胸を抉る。事実だが、はっきり言われると辛いな……。
「う……スマン」
「ま、パートナーだしね。少し休憩にしましょ」
縄は結び直すのが面倒なのでそのままにし、俺達は近くのベンチに腰掛けた。
「かがみ」
「何?」
休憩ついでに、俺は疑問に思っていたことを聞いてみた。
「何で俺との二人三脚を断らなかったんだ?」
かがみは他の種目にも出るし、例え二人三脚に出るとしても日下部とか、もっと足の速い人間もいる。
しかし、かがみははっきりとは断らなかった。
「べ、別に深い意味はないわよ」
かがみはこちらを見ずに答える。
「そうか」
「そうよ! たまにはやなぎと走るのもいいと思ったの!」
かがみの顔が耳まで赤くなっている。素直になれない証拠だ。
あまり困らせるのも可哀想なので、ここは問い詰めなかった。
「でも、こうしているとダイエットに付き合った時を思い出すな」
俺達を巻き込んだマラソンで、俺と組んでいたかがみは足を挫いた。
そんなかがみを少ない体力で運んで、倒れたんだっけな。
「あ、あの時は……ごめん」
「気にするな。いい運動になったのは確かだしな」
苦笑しながら言うが、実際はかなりキツかった。もやしと呼ばれるのも納得してしまったし……。
すると、今度はかがみが俺に質問をしてきた。
「やなぎはあきのこと、どう思ってるの?」
あきのことか……。何度目かの話題に、俺は思わず溜息を吐いてしまう。
「腐れ縁だが、何でだ?」
「だって、やなぎがあんなにムキになるなんて珍しいじゃない」
……そうだな。あき相手に本気で対抗心を燃やすなんて、らしくなかったか。
「端から見てると、まるで
「好敵手? 違う違う」
そこは強く否定した。俺とアイツが好敵手なもんか。
「釣り合わないんだ。アイツと俺じゃ、違いすぎる」
俺は初めて自分の内を曝け出した。あきがいる前だと、恥ずかしくて口に出せないようなことを。
「あきもここまで扱いが酷いと可哀想になるわね」
苦笑しながらかがみが言う。ふむ、どうやら勘違いしているな。
「いや、あきが下なんじゃない。俺がアイツに敵わないんだ」
「えっ!?」
本当のことを言うと、かがみは酷く驚いていた。
「意外だったか?」
「当たり前よ! 普段の扱いから見ても、そんな風に見えないし」
だよな。ま、それはアイツがバカやって制裁を喰らってるだけだ。
本当のアイツは、ぞんざいに扱われていいような奴じゃない。
「俺は昔、病弱で学校休みがちだったって話したろ?」
「ええ、あきが押し掛けて、おかげで丈夫になったって」
「……半分は違うんだ。本当は俺がアイツの後を追って行ったんだ」
遠くを見るように、俺は語り出す。
俺はずっとアイツの背中を追っていた。
いつも強引に俺の前に現れて、明るく気楽に騒いでいられる。
俺は、そんなあきが羨ましかった。
そんなあきの強さを妬ましく思っていた。
「勿論、体力的な面でもな。運動神経もいいし、成績は悪くとも興味のあることへの頭の回転は早い」
「ああ~」
かがみは普段のあきの、アニメやゲームへの異常な記憶力を思い返していた。
親と賭けをしたとはいえ、実際に陵桜に入ったしな。
だから、アイツにはどうやっても勝てないと思っていた。
そんな風にコンプレックスを抱いている俺なんかが、あきの親友を語れる訳がない。
好敵手としても、釣り合いが取れない。
「じゃあ、「腐れ縁」だったら気軽な付き合いが出来るだろ? だから俺達はずっと腐れ縁で通してきた……今まではな」
けど、今回はそうもいかない。
かがみには悪いが、俺は今回の二人三脚は降りるつもりだった。あきが出ると聞くまでは。
「初めて、俺はあきに勝てるかもしれないんだ。あきと同じラインに立てるんだ。そう思って、ついムキになったんだ」
俺はそう呟き、自嘲的に笑う。
勝てる訳ないのに。あきは俺とは違うのに。
こんな情けない話に巻き込まれて、かがみも俺を見下すに違いない。
「さてと、じゃあ行きましょ」
しかし、話を聞き終わったかがみは、すくっと立ち上がる。
「ほら、アイツに勝つんでしょ?」
俺を見て、かがみは微笑む。
それは嘲笑なんかじゃない。俺が勝てると信じている顔だ。
「いいのか?」
「この前は私が助けられたんだから、今度は私が協力する番よ」
「何とも思わないのか?」
「負けられない理由があるなら、それでいいでしょ?私もこなたに負けたらなんて言われるか分からないし」
「……勝てるのか?」
「2人なら、ね」
笑いながら手を差し伸べてくれる姿が、とても綺麗に感じた。
2人なら、か……そうだな。啖呵を切った以上、どうにかしないとな。
それにかがみが支えてくれるなら、大丈夫な気がしてきた。
「よろしく頼む、かがみ」
「こちらこそ。やなぎもしっかりやんなさいよ!」
かがみが差し出す手を取り、俺は立ち上がる。
「「せーのっ!」」
俺達はまた走り出した。今度はしっかりと、段々スピードを上げて。
これは余談だが、神社に帰ると。
「ほっ、はっ」
「はやと君すごい~」
掌に箒を乗せて遊んでいるはやとと、それを見て楽しんでいるつかさがいた。
「何してんのよ、アンタ等はっ!!」
境内にかがみの怒鳴り声が響いたのは、俺達が神社に戻ってすぐ後だった。
どうも、雲色の銀です。
第23話、ご覧頂きありがとうございます。
今回は訓練と、やなぎが抱えるあきへの心情の話でした。
やなぎがあきを腐れ縁と呼ぶ理由ですが、半分が今回の通りコンプレックスからです。もう半分は気恥ずかしさから来ています(笑)
次回はいよいよ体育祭にて対決です。