すた☆だす   作:雲色の銀

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第20話「踏み出す一歩」

 今朝は珍しく、はっきりと目が覚めた。

 時間は6時半。今日は月曜だが、桜藤祭の振り替え休日だ。

 体を起こした所で、俺はつかさの家に泊まっていたことを思い出した。

 

「……あー、そうか」

 

 そして、昨晩のことも思い出す。

 つかさに俺の過去を話し、父親と話し合うことを約束してしまった。

 何であんな約束を……。

 後悔していると、昨日去り際に言われたつかさの一言を思い返す。

 

『頑張ってね』

 

 ……ま、しちまったモンは仕方ねぇな。

 俺は布団を畳んで着替えると、歯を磨きに洗面所へ向かった。

 

「あ、はやと」

 

 ところが、洗面所には先客がいた。つかさの双子の姉、かがみだ。

 こんな休日に、かがみも早起きなこった。

 

「珍しいじゃない、アンタがこんな時間に起きるなんて」

「まぁな」

 

 自分でもそう思うよ、本当。

 

「じゃあね」

「あ、そうだ」

 

 顔を洗い終えたかがみが立ち去ろうとすると、俺はふと呼び止めた。

 

「今日、俺の事情を話してやる」

「え?」

 

 つかさに話しちまったし、これ以上黙ってる理由もない。

 

「いいの?」

「ああ。そろそろ一歩踏み出す時かもしれないしな」

 

 敢えて、つかさに話したことは黙っておいた。

 夜中につかさと2人部屋の中にいたなんて、この姉が知ったら俺は殺される。

 

「ふーん、分かったわ」

 

 頷いて、かがみは部屋に帰っていった。

 

 

 

 そして朝食の後、俺は柊家に全てを話した。

 いのりさんだけは、仕事があるからいなかったけど。

 

「以上です」

 

 母さんのこと、アイツのこと、俺のこと。

 俺の情けない話を、皆黙って聞いていた。

 

「そうか……大変だったね」

 

 最初に口を開いたのは、ただおさんだった。

 

「今までよく頑張ったわね」

「何ていうか、意外だったわ」

「うん、すごいよ」

 

 みきさんも、かがみも、まつりさんも俺を責めなかった。

 自分勝手な理由でキレて、この家にも迷惑を掛けたのに。

 

「それで、これからどうするんだい?」

 

 ただおさんの問い掛けに、俺は真剣に答える。

 

「一度……話し合ってから決めます」

 

 一瞬躊躇ったが、つかさを見ると笑顔で頷いてくれたから、はっきりと言えた。

 

「うん、それがいい」

「ありがとうございます」

 

 最後に俺は、頭を下げて礼を言った。

 この家族には世話になりっぱなしだ。

 荷物は置いていくよう言われた。

 取りに来た際に報告が出来るし、また喧嘩になっても戻ってこれるように、とのことだ。

 

 

 

 俺とつかさは俺の実家に向かった。

 あの日以来の家……正直また気分が悪くなる。

 

「大丈夫? はやと君」

 

 顔をしかめる俺の隣で、つかさが心配してくれた。

 何でコイツはこんなにも優しいんだろうな。俺なんかに協力しても、得なんてないのに。

 

「ああ、ありがとう」

 

 でも、悪くない。

 普段は頼りないけど、不思議と今は心強い。

 

「着いた」

 

 目の前にある、出て行った日のままの家。

 標識には「白風」の文字。

 

「ここがはやと君の……」

 

 俺は合鍵を使い、家の中に入った。

 予想通り、家には誰もいない。アイツは仕事があるからな。

 

「はやと君……?」

 

 つかさの心配そうな声を背に、俺は家に上がる。

 

「お、お邪魔します!」

 

 後から続いて、つかさも入ってきた。

 

 家の中もあの時のままだった。

 まさか俺の部屋までそっくりそのままだったなんてな。

 埃を被った勉強机の上に、皺だらけの合格証明書。

 

「…………」

 

 嫌でも思い返される記憶に、何も言わないまま俺は居間へ向かう。

 居間もあの時と同じだった。ちょっと物の位置が変わっていたり、汚くなっていたけど。

 だが、一番変わっていたのは、あの時にはなかったものがあることだった。

 

「母さん……」

 

 母さんの仏壇。

 周りは綺麗に掃除してあって、飾ってある花は新しいものだ。アイツが用意したんだろうか。

 

「ただいま、母さん」

 

 俺は焼香を揚げ、手を合わせた。

 

「この人がはやと君のお母さん……」

 

 つかさも隣で合掌してくれた。

 

 

 

 することがなくなってしまった俺達は、つかさの思い付きで掃除をすることにした。

 特に俺の部屋は手を付けられていなかったから、かなり汚かった。

 

「はやと君、掃除機どこ~?」

「クローゼットの中だ、多分な」

「あったよ~!」

 

 2年前に出ていった家なのに、何処に何があるかまで覚えているなんてな。我ながら恐ろしい。

 

「あ、これ……」

 

 しかし、つかさはクローゼットから更に何か持ってきたらしい。

 

「何だ……!?」

 

 それは俺の幼少期のアルバムだった。何でそんなモン見つけて来たんだ。

 

「ねぇ、見てもいい?」

「ダメに決まってんだろ!」

 

 顔を真っ赤にしながらアルバムを取り上げようとする。

 しかし、つかさは俺の許可を得る前に、既に開いていた。

 

「わぁ~、はやと君可愛い~」

「見るなぁぁぁぁっ!」

 

 もし翼があったら、逃げ出したい……。

 

 

 結局、アルバムの中身を全部見られてしまった。

 

「いっそ殺せ……」

「だ、ダメだよ~」

 

 心折れた俺を慰めるつかさ。

 いや、お前の所為なんだけどな。

 

「でも、赤ちゃんの時のはやと君可愛かったよ~」

 

 全然嬉しくねぇよ。

 つかさは再び引き出しの漁っていた。まだ探す気か。

 

「もうアルバムはねぇぞ」

「ふぇ? 何で?」

 

 俺のアルバムは赤ん坊の頃だけだった。

 

「話したろ。母さんが入院してたって」

「あ……」

 

 俺の写真を撮る人間がいなかったからだ。アイツは仕事ばかりだったしな。

 

「ゴメンね……」

「気にすんな」

 

 しゅんとするつかさの頭を撫で……ないで、ペチンと叩いた。

 

「ひゃ!?」

「ほら、掃除すんだろ?」

「う、うん!」

 

 気を取り直して、俺達は掃除に戻った。

 

 

 

 昼飯は冷蔵庫に材料だけならあったので、つかさに頼んで作ってもらった。

 

「悪いな、つかさ」

「ううん、私料理大好きだし」

 

 つかさの料理してる姿を見るのは2度目だ。

 前は風邪引いてたからあまり覚えてないが。

 

「~♪」

 

 鼻歌なんて歌いながら料理している。呑気な奴だ。

 

『女の子に料理を作ってもらう、あの姿が何とも言えない!』

 

 ……成程、あきが前に言っていたことも分からなくない。

 

「出来たよ~」

 

 料理中のつかさを見ながら片付けをしてると、完成品を運んできた。

 

「焼きそばか」

「うん。ちょっと簡単なのになっちゃったけど」

 

 いやいや、充分だろ。野菜もちゃんと入ってるし。

 

「頂きます」

 

 手を合わせ、まずは一口。つかさは無言で感想を待っている。

 

「……美味い」

「本当? よかった~」

 

 焼きそばってこんなに美味いものだっけ?

 夏祭りに食った海崎さんの奴より千倍は美味かった。

 

「ご馳走様!」

 

 結果、俺はすぐにつかさの焼きそばを平らげてしまった。料理の天才、現るだな。

 流石に洗い物は俺が引き受け、終わり次第家の片付けを続けた。

 

 

 

 日も暮れ時。

 俺達は1日中家の掃除に追われていた。

 あの野郎……仏壇以外も掃除しろっての。

 

「お疲れ様~」

 

 つかさがお茶を持ってきてくれた。

 コイツも大分家の中を把握してきたらしい。人の家なのに。

 

「サンキュ」

「お父さん、帰ってきたらびっくりしちゃうね~」

 

 そりゃ、勝手にあがりこんで掃除されたら誰だって驚くな。

 

「さて、帰るか」

「え?」

 

 アイツがいないのに話し合いもクソもない。

 仕事から帰ってくるのも夜中だろうし。

 

「俺達がここに居たって仕方ないだろ?」

「うん……」

 

 残念そうな顔をするつかさ。気持ちは分からなくもない。

 意気込んで来て見たが、成果なしだもんな。

 

「悪いな。無駄に時間とらせて」

「ううん、約束だもん」

 

 つかさの頭を撫で、帰り支度をする。

 

「……アルバムは置いていけ」

「はうっ!?」

 

 

 

 柊家への帰り道。俺は何かに気付き、つかさを静止させる。

 

「……つかさ、ここにいろ」

「ふぇ?」

 

 俺は不意につかさを路地に隠し、1人前に進んだ。

 

「あ……はやと」

 

 予感的中だ。俺の目の前には、アイツがいた。

 

「よぉ」

 

 湧き上がる怒りに、俺は拳を強く握り締める。

 本当は今すぐにでも殴り飛ばしたい。この場から逃げ出したい。

 けど、すぐ傍にはつかさがいる。

 

 だから、逃げない。約束だからな。

 

「話をしに来た」

 

 俺の言葉に、アイツは酷く驚いていた。

 昨日まで頑なに拒んでいた息子が、話をしようなんて言い出した所為だ。

 

「……ああ」

 

 アイツは力なく笑った。

 

「あの日、何で来なかった?」

 

 俺は避けていたことを聞いた。

 あの時は言い訳だと片付けていたことを。

 

「アンタは俺達なんてどうでもよかったのか?」

「違う!」

 

 アイツは俺の思っていたことを強く否定した。

 

「俺は、俺はみどりの病気を治してやりたかった! 言い訳だと言われるかもしれないが、それでもみどりを愛していた!」

 

 アイツの叫び声なんて初めて聞いた。今までは俺ばかりが叫んでいたから。

 

「お前もだ! はやと!」

 

 俺は軽くショックを受けた。アイツが、俺を愛していた?

 

「みどりを治してやる為には金が必要だった……だが、間に合わなかったんだ。あの日だって、いつも俺は……」

 

 ああ、そうか。

 母さんの言っていたことは間違ってなかったんだ。

 思えば、休んでいた日は一度もなかったような気がする。それは、仕事と合わせてアルバイトも掛け持ちしていたからかもしれない。

 全ては治療費を稼ぐ為。全部母さんの為だった。ただ、間に合わなかっただけなんだ。

 

「済まない……お前にも寂しい思いをさせた」

 

 アイツは涙を流しながら頭を下げる。

 この人も、ずっと頑張ってきたんだ。空回りして、間に合わなくて、それでも足掻いていた。

 そして、勝手にいなくなった俺なんかを探していたのか。残された、たった1人の家族を。

 

「……頭を上げなよ」

 

 俺は静かに呟く。

 

「俺も謝らなきゃな、父さん」

「!」

 

 俺は気付けば微笑んでいた。

 母さんの言っていたこと、父さんの本当のこと、全部分かったからかな。

 

「勝手にキレて、いなくなって。母さんとの約束も破ったし。ゴメン」

「はやと……」

「でも、まだ帰れない」

「え……?」

 

 近付いてきた父さんの動きが止まる。

 

「気持ちに整理が着かないんだ。俺はこのままあのアパートで暮らしたい」

 

 俺の我儘だけど、まだ父さんも自分も許せない。

 暫くは気持ちと向き合って、自分で決着を着けたい。

 

「はやと……ああ。俺も散々お前を待たせたからな」

「ありがとう」

 

 最後にこれだけ会話を交わして、涙を拭いながら父さんは俺と擦れ違って家路に就く。

 ここから、今までと違う関係が始まるんだ。

 

 ふと気付くと、路地から泣き声が。

 

「ぐすっ、よかったよぉ~!」

「何でお前が泣いてんだよ」

 

 部外者のつかさが泣いていた。いや、マジで何で泣いてるんだ?

 

「だって……はやと君が泣かないんだもん……」

 

 つかさの言い訳はかなり苦しかった。俺の代わりに泣く奴があるかよ。

 

「でも、よかったね……誰も悪くなくて」

「誰も?」

「はやと君も、はやと君のお父さんも」

 

 相変わらず俺の心配までしてくれるのか。

 涙を流しながら、つかさはいつものように優しく微笑む。

 

「あれ? はやとく」

「つかさ」

 

 俺の涙はあの時に枯れた……はずだった。

 俺は本当に久しぶりに泣きながら、つかさに抱き付いていた。

 

「は、はやと君!?」

 

 顔を真っ赤にして慌てふためくつかさ。

 

「悪い……暫く、このままにさせてくれ」

 

 そう言うと、つかさは黙って抱き返してくれた。

 

 

 何でお前はこんなにも優しいんだろう。

 けど、そんなつかさと出会えたから、俺は今日まで楽しく毎日を過ごすことが出来た。

 つかさがいてくれたから、今日も父さんと分かりあえた。

 俺の傍にはいつもつかさがいてくれたんだよな。

 

 気付けば、俺はつかさが好きになっていた。

 

 

 

 散々泣いて落ち着くと、お互いに目が腫れていたので、俺達は近くの公園のトイレで顔を洗ってから帰った。

 

「「ただいま~」」

「お帰りなさい。はやと君、どうだった?」

 

 昨日と同じように、玄関に入って早々にみきさんが出迎えてくれて、成果を聞いてきた。

 

「仲直りは出来ました」

「本当!?」

「え、何々? 成功?」

 

 物陰からかがみとまつりさんが出てくる。

 隠れて聞いてやがったか。

 

「こらこら、質問攻めにしたらはやと君が可哀想でしょ」

「「ちぇ~」」

 

 みきさんに窘められ、渋々引き下がる2人。子供かアンタ等は。

 

「そろそろ夕食にするから、手洗ってきてね」

「「は~い」」

 

 報告ついでに俺も夕食を頂くことになった。

 

「あれ? 2人共、更に仲良くなってない?」

 

 まつりさんがそんなことを口にする。

 

「何ですって!? はやと! つかさに何もしてないでしょうね!?」

「イデデ!? してねぇよ!」

 

 妹の貞操に敏感な、凶暴な姉が反応して俺の耳を引っ張った。

 素直に「妹さんに抱き付きました」なんて言ったら殺されかねないので、勿論嘘を吐いたが。

 

 

 

 みきさんの美味い夕食を頂いた後、帰ってきたいのりさんも含め、俺は本日の経過報告をした。

 

「これがその時のアルバムでね~」

「置いてけって言っただろ!?」

 

 途中、アホの子による恥晒し大会が行われたが。何時の間に隠し持ってやがった。

 

「……以上です」

 

 話し終えると、今朝同様に沈黙する。

 

「仲直り出来て良かったじゃないか」

「ええ、良かったわ~」

 

 ただおさんとみきさんは一安心といった様子だ。

 赤の他人をここまで心配してくれるなんて、本当にいい人達だ。

 

「で、つかさとの」

「ありませんって」

 

 いのりさんまで、そっち方面に話を持っていこうとする。

 アンタ等、俺達より自分達の心配をしろよ。

 

 

 

 それから、流石にお世話になりすぎだと思い、当初の予定通り帰ることにした。

 みきさんには引き止められたけどな。

 

「息子が出来たみたいで楽しかったわ」

「心臓に悪いこと言わないでください。かがみも睨むな」

 

 ……つかさに惚れたのは事実だけどな。

 

「つかさ」

 

 家の前で2人きりになり、つかさに話し掛ける。

 

「もしお前に会えたことが奇跡だってんなら……」

 

 母さんの言葉を思い出す。

 

「ほんの少しだけ、信じてみてもいいかもな」

「うんっ!」

 

 つかさは嬉しそうに頷いた。

 

 

 

 翌朝、学校にて。

 

「おっす」

「おはよう~」

 

 俺は何事もなかったかのように登校した。

 

「はやと、お泊りはどうだった?」

「あ?」

「つかさから聞いたよ~?」

 

 ……はずだったのだが、何故か事情を知っていたヲタカップルに絡まれる。

 

「つかさ……」

「ご、ゴメンね~!」

 

 今後、口の軽さが自分の首も絞めてるってことを教えてやらなきゃな。

 

「別に。楽しかったけど?」

「それだけ?」

「進展なし?」

「何が」

「「……はぁ~」」

 

 細かい内容を教えてやる義理もなく、俺は適当に流した。

 意味あり気な溜息がまたムカつく。

 

「お前等席付けー」

 

 チャイムが鳴り、黒井先生が教室に入ってくた。

 こうして、再び俺達の日常が始まる。

 

「はやと、屋上は行かないの?」

 

 みちるが珍しそうに聞いてきた。

 

「……今日はいいかな」

 

 教室の窓から見上げる空では、母さんが微笑んでいるように感じた。




どうも、雲色の銀です。

第20話、ご覧頂きありがとうございます。

今回ではやとの過去編は終了です!桜藤祭編と連続だったから長かった!やっと話に一区切りです。

さてさて、はやとがやっとつかさへの恋心を自覚しました。告白はまた大分先ですけど。
そしてこれから出番が減ります(笑)。

次回は付き合い始めたあきとこなたの話です。

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