すた☆だす   作:雲色の銀

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第2話「悪魔の数値」

 遂にこの日が来た。己のステータスを知る日が。

 ある者は知ることを恐れ、必要以上に気を張ってしまうイベント。

 そう、身体計測が。

 まぁ、俺は時運のステータスに何の関心もないが。教室内を見てると、色々気にしている奴等がいるみたいだな。

 

「うぅ、間食控えとけばよかった……」

「身長、伸びてるといいな」

 

 どうやら、男女で悩みが違うようだ。男子は身長、女子は体重が主な悩みみたいだな。

 が、さっき言った通り俺は何の関心もない。

 

「ふむ……84、いや85か……」

「で、お前はさっきから何やってんだ?」

 

 退屈そうにクラスの様子を眺める俺の隣には、手でスコープを作って、何処かを覗いては数字を呟く不審者が1人。

 

「みゆきさんのバストを予想してるのさ」

 

 その不審者、あきはドヤ顔でそう答えた。誰かー、ここに変態がいるぞー。

 

「あき君や」

 

 何時の間にかあきの後ろにはこなたがいた。この際だ、女子からビシッと言ってやれ。

 

「私としてはこれくらいだと思うんだがね」

 

 こなたは持参した手帳に数字を書いてあきに見せた。って、お前も同類か!

 確かに、みゆきの容姿は同年代では桁外れだと言えるレベルだ。主に何処がとは言わないけど。

 

「あー、俺もその線行ったんだがこっちの方が現実的じゃ……」

「みゆきさんの胸には夢が詰まってるんだよ、現実的に考えちゃあダメダメ」

 

 ダメなのはお前等だ。さっさと現実に帰ってこい。

 バカ共を放置し、俺はいつもと変わらない感じのつかさに尋ねてみた。

 

「つかさは気にしないのか?」

「ちょっとだけね。あと、お姉ちゃんが結構気にしてて」

 

 かがみの方はそんなに気にするのか。弱気なかがみというのも珍しいな。

 俺はこの時完全に油断していた。身体計測というイベントが、自分には決して関係ない。そう思っていた……。

 

 

 

 身体計測後、教室内はやはり賑わっていた。

 突き付けられた結果に、歓喜する者と落胆する者。それぞれだ。

 

「全然伸びてない……」

「はぅ、横に伸びちゃった……」

 

 落ち込んでる連中なら、こっちにもいた。今回の結果は、つかさも少しは気になったようだな。

 一方、みゆきは余裕そうである。流石というか何というか。

 

「みゆきさーん、3サイズ教え」

「何聞いとるんだお前はっ!」

 

 堂々と変な質問をしたあきに、何時の間にかD組から来ていたやなぎの鉄槌が下る。

 やっぱりちゃんとしたツッコミ役がいると違うな。

 

「で? みゆきさん、いくつ?」

 

 机に顔を埋めたあきを余所に、今度はこなたが聞き出していた。まぁ女子なら、な。

 

「実は……」

「……なんですとー!」

 

 ヒソヒソ話で聞こえなかったが、どうやら予想は外れたみたいだ。どっちの方向に外したかは知らないが。

 

「んで、やなぎ。アレは何だ?」

 

 ここで、俺は1人でかなり落ち込んでいる奴が気になり、指差した。

 ソイツはドス黒いネガティブオーラを体中から放ち、クラス内の空気をより重くしていた。

 

「え……かがみだよ?」

 

 みちる、そういうことを聞きたいんじゃねぇんだよ。

 

「間食が、間食が~っ!」

 

 そのオーラの中心である、かがみは今にも死にそうな顔で言い訳を連呼していた。

 体重増えたんですね、分かります。

 

「こうなったらダイエットよ!」

 

 そして落ち込んでたかと思ったら、何かを決意したかのように立ち上がった。

 はいはい、頑張ってください。

 

「わ、私もやる!」

 

 つかさ、お前もか。気にしてないって言ってなかったか?

 

「私もお手伝いします」

「僕も」

 

 みゆきにみちるまで、お人好しなことをのたまう。

 俺はめんどいからパスな。

 気付いたら、教室を立ち去ろうとする俺とあきの肩を、鬼の形相をしたかがみが掴んでいた。

 

「いってぇな!」

「HA☆NA☆SE!」

「アンタ達も手伝いなさい?」

「……イエッサー!」

 

 ここで逆らえば、きっと血を見ることになるだろう。まだ死にたくない俺とあきは、綺麗なフォームで敬礼をするしかなかった。

 こうして、かがみによるダイエット作戦が強引に始まった。

 

 

 

 んで、放課後。

 ジャージを着た男女8人が、何故か近くの神社に集められた。バラエティ番組か何かか?

 

「いや、何で神社?」

「お参りするのかな?」

「石段を兎飛びか?」

「何処の修業だよ」

 

 男子組が好き勝って言ってると、すぐにこなたの方から答えが帰って来た。

 

「ここはかがみとつかさン家なんだよ~」

「マジか!?」

 

 ここ、鷹宮神社(たかのみやじんじゃ)は柊姉妹の家らしい。

 家が神社やってたのか。この辺に来たことはあるが気付かなかったな。

 

「ってことは巫女服!」

「何でそーなる」

「でも、たまに手伝うよ〜」

「つかさも余計なこと言わないっ!」

 

 かがみ、1人ツッコミ乙。つかさが余計なボケをかますからかがみも大変である。

 

「それで、何をするんですか?」

「この辺を走るつもりよ」

 

 至って普通だな。てっきり地獄の特訓メニューでも用意しているのかと思った。

 

「けど、この人数で走るのか?」

 

 やなぎの言う通り、この大人数で町内を走るのは気が引ける。

 一体どんな噂を立てられることやら。

 

「それなら平気よ。くじがあるから」

「用意周到だな」

 

 すると、かがみは何時の間にか人数分の割り箸を用意していた。これでペア分けをするつもりか。

 その熱意にはある意味感心するよ。

 

「皆選んだ? せーので引くわよ!」

「せーのっ!」」

 

 全員が一斉にくじを引いた結果、ペアはこのようになった。

 かがみ&やなぎペア

 みゆき&みちるペア

 こなた&つかさペア

 んで、俺とあきのペアだ。

 

「チッ、野郎とか」

 

 うるせぇな、俺だってお前とペアでがっかりだよ。

 

「みゆき、よろしくね」

「はいっ!」

 

 みちるとみゆきの幼馴染ペアは安定してるな。相変わらずみちるは鈍感だけど。

 

「頑張ろうね、こなちゃん」

「私より気になるペアが……」

 

 つかさは張り切っているが、やはりというかこなたはみゆき達を見ていた。少しは真面目にやれ。

 

「んじゃ、先に行くけど10分たったら次のペアが走って」

「分かった」

 

 粗方説明をし終え、最初にかがみとやなぎがスタートした。

 見送るだけで、俺達は走らなくてもいいんじゃね?

 

「……はやと」

「何だ?」

 

 本気でサボろうかと考えていると、珍しくあきが真面目な顔をしていた。何かマズいことでもあったか?

 

「やなぎってさ、「もやし」じゃなかったか?」

「あっ」

 

 あきの指摘で、俺は重要なことを思い出した。

 しまった、やなぎは「もやし」と呼ばれる程の運動音痴だった。

 長距離マラソンなんかやって大丈夫だろうか。

 

 

☆★☆

 

 

 自慢ではないが、俺は体力がない。運動全般が苦手だ。

 将棋やチェスをやっていた方が楽しいしな。

 けど、俺は今何で走っているんだ? しかも女子と。

 

「やなぎ、大丈夫?」

 

 かがみが俺を心配してペースを落としてくれた。

 そうだ、かがみが原因だったな。

 

「いや……大丈夫……だ……」

 

 息も絶え絶えだが、強がりを言った。

 

「息、あがってるわよ?」

 

 俺の去勢は全く意味をなさなかった。すみません、強がり言いました。

 

「まったく、辛いんなら言いなさいよね」

「ごめん……」

「……こっちが無理矢理付き合わせてる訳だし」

 

 そう、あくまで目的はかがみのダイエットだ。

 俺は今、それを邪魔してるんじゃないか……?

 

「かがみ。先に行け」

「えっ?」

「俺なんか気にしないで、先に……」

「…………」

 

 無言。そうだ、そのまま俺を置いて

 

「嫌よ」

「!?」

 

 何で? 別に俺に合わせなくても……。

 

「ここで置いて行ったら、無理に付き合わせた意味がないじゃない」

「かがみ……」

 

 俺は、無言でペースを上げた。

 

「ちょっ、やなぎ!?」

「なら、俺が……」

 

 かがみに合わせればいい。無理矢理にでも付き合わせろ。

 

「やなぎ……」

 

 最高に不様な男の、最後の強がりって奴だ。

 

 

☆★☆

 

 

 みちる達が行ってからつかさとこなた、最後に俺とあきがスタートする。

 

「正直めんどい」

「俺もだ」

 

 かがみは一応友達だから付き合ってやってるが、面倒臭いものは面倒臭い。

 

「ってか俺、体重減ってたし」

「俺は増えた」

「どれくらい?」

「0.2kg」

 

 お前、それ増えたとは言わないだろ。

 

「ところでさ」

「あんだよ」

「つかさとは何処まで行った?」

「何処も行ってねーよ」

「……まぁ、まだ早いか」

 

 何1人で納得してんだよ。言いたいことは大体分かるが、そんなんじゃねーし。

 

「みっちーの方はどうなったかねー」

 

 知るか。こっちが知りたい。

 

「進展はしてねぇと思う」

「やっぱりな」

 

 あの難攻不落のみちるがこれで落ちるとは思えないしな。

 

 あきとだらだら話していると、ゴールまであと僅かのところに来た。

 神社の前には4人の人影……ん? 足りねぇな。

 

「お疲れ様~」

「おう、サンキュ」

 

 つかさからタオルを受け取り、汗を拭く。つかさ達の家をスタートとゴールにしたのは正解だな。

 

「で、足りねぇ奴は?」

「かがみとやなぎ君みたい」

 

 やっぱりもやしか。走ってる途中見かけなかったから、何処かの路地で動けなくなってる可能性がある。

 

「チッ、探しに行く」

「待て」

 

 今来た道を戻ろうとした所であきに止められた。

 

「やなぎは強がりだから必ず帰って来るさ。俺達が行っても野暮ってもんだ」

 

 珍しく真面目に物を言うあきに、俺は何も言えなくなる。

 あきとやなぎは古くからの付き合いらしい。なので、お互いのことは嫌でも分かるとか。

 

「……だな、ここはやなぎを信じて待つか」

「それにもしかしたら2人で別の運動を」

 

 不在のツッコミ役に代わりバカの頭を壁に叩きつけ、俺達はかがみとやなぎの帰りを待った。

 

 

☆★☆

 

 

 マズいことになった。

 今、俺達は路地裏にいた。別に俺がマズいのではない。

 

「ったたぁ……」

 

 かがみが足を捻ったのだ。痛そうに足を抱えるかがみ。

 助けを呼ぶにも、携帯はカバンの中。カバンは神社の前。かがみの携帯も家に置いて来たようだ。

 

「平気か?」

「なんとか……」

 

 かがみを置いて行く訳にもいかない。

 

「……仕方ないか」

 

 俺は、1つの決断を下した。

 

「俺がかがみを運ぶ」

「えっ!?」

 

 突然の申し出に、かがみは一瞬呆然とした。

 

「よっと」

「ちょっ、やなぎ!?」

「動くな……よっ!」

 

 今の態勢は俗に言う「お姫さま抱っこ」である。

 

「足、痛むか?」

「ううん、大丈夫……って違う!」

「何が」

「だって、恥ずかしいし……」

 

 俺だって恥ずかしいよ。けど、我慢だ。

 

「……重いでしょ?」

「全っ然」

 

 人を持ったことはないけど、かがみはそこまで重くないと思う。

 

「……ありがとう」

 

 お互いの頬が赤いのは、夕日の所為ってことで。

 

「おっ、帰って来た!」

 

 神社の前では、皆が待ってくれていた。

 

「うおっ、お姫さま抱っこ!」

「携帯何処だ! 写メ撮らせろ!」

 

 お前等なぁ……。今は疲れていて、突っ込む気力もない。

 俺はかがみをそっと下ろしてつかさに預ける。

 

「お姉ちゃんどうしたの!?」

「ちょっと捻っちゃって」

 

 かがみが怪我をしたので、この日はこれで解散となった。

 

「やなぎ、今日は……あ、ありがと」

 

 照れながらもちゃんとお礼を言うかがみが、ちょっとだけ可愛いと思えた。

 

「今度から気を……」

 

 あ……れ……? かが……み……。

 

「やなぎ? やなぎっ!?」

 

 俺はそこで意識を失った。

 後から聞いた話だと、俺は無茶をして力を使い果たしたらしい。

 気絶した後は、はやととあきに家まで運ばれたんだそうだ。

 余談だが、目が覚めた時に額に「肉」と書いてあったので、次の日に犯人を叩きのめそうと決めた。

 

 

 

「イテテ、筋肉痛が……」

 

 で、その翌日。普段しない運動をした所為で全身が筋肉痛で悲鳴を上げていた。

 本気で少しは運動をしようか考えるべきだな。

 

「おーす、やなぎ」

 

 軽い挨拶と一緒にかがみが歩いて来た。

 

「よっ。足はもういいのか?」

「ええ。一晩冷やしたら少しはよくなったわ」

 

 それでも、運動は控えるようだな。今日はちゃんと病院に行くとか。

 

「で? やなぎの方は?」

「全身筋肉痛だ……」

 

 情けない事実を白状すると、かがみはクスクスと笑った。

 

「怪我が完治したら、またダイエットするのか?」

「ううん、暫くはいいわ」

「?」

 

 何で急にやめたか、俺には分からなかった。

 

『やなぎに重くないって言われたからなんだけどね』

 

 

 


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