遂にこの日が来た。己のステータスを知る日が。
ある者は知ることを恐れ、必要以上に気を張ってしまうイベント。
そう、身体計測が。
まぁ、俺は時運のステータスに何の関心もないが。教室内を見てると、色々気にしている奴等がいるみたいだな。
「うぅ、間食控えとけばよかった……」
「身長、伸びてるといいな」
どうやら、男女で悩みが違うようだ。男子は身長、女子は体重が主な悩みみたいだな。
が、さっき言った通り俺は何の関心もない。
「ふむ……84、いや85か……」
「で、お前はさっきから何やってんだ?」
退屈そうにクラスの様子を眺める俺の隣には、手でスコープを作って、何処かを覗いては数字を呟く不審者が1人。
「みゆきさんのバストを予想してるのさ」
その不審者、あきはドヤ顔でそう答えた。誰かー、ここに変態がいるぞー。
「あき君や」
何時の間にかあきの後ろにはこなたがいた。この際だ、女子からビシッと言ってやれ。
「私としてはこれくらいだと思うんだがね」
こなたは持参した手帳に数字を書いてあきに見せた。って、お前も同類か!
確かに、みゆきの容姿は同年代では桁外れだと言えるレベルだ。主に何処がとは言わないけど。
「あー、俺もその線行ったんだがこっちの方が現実的じゃ……」
「みゆきさんの胸には夢が詰まってるんだよ、現実的に考えちゃあダメダメ」
ダメなのはお前等だ。さっさと現実に帰ってこい。
バカ共を放置し、俺はいつもと変わらない感じのつかさに尋ねてみた。
「つかさは気にしないのか?」
「ちょっとだけね。あと、お姉ちゃんが結構気にしてて」
かがみの方はそんなに気にするのか。弱気なかがみというのも珍しいな。
俺はこの時完全に油断していた。身体計測というイベントが、自分には決して関係ない。そう思っていた……。
身体計測後、教室内はやはり賑わっていた。
突き付けられた結果に、歓喜する者と落胆する者。それぞれだ。
「全然伸びてない……」
「はぅ、横に伸びちゃった……」
落ち込んでる連中なら、こっちにもいた。今回の結果は、つかさも少しは気になったようだな。
一方、みゆきは余裕そうである。流石というか何というか。
「みゆきさーん、3サイズ教え」
「何聞いとるんだお前はっ!」
堂々と変な質問をしたあきに、何時の間にかD組から来ていたやなぎの鉄槌が下る。
やっぱりちゃんとしたツッコミ役がいると違うな。
「で? みゆきさん、いくつ?」
机に顔を埋めたあきを余所に、今度はこなたが聞き出していた。まぁ女子なら、な。
「実は……」
「……なんですとー!」
ヒソヒソ話で聞こえなかったが、どうやら予想は外れたみたいだ。どっちの方向に外したかは知らないが。
「んで、やなぎ。アレは何だ?」
ここで、俺は1人でかなり落ち込んでいる奴が気になり、指差した。
ソイツはドス黒いネガティブオーラを体中から放ち、クラス内の空気をより重くしていた。
「え……かがみだよ?」
みちる、そういうことを聞きたいんじゃねぇんだよ。
「間食が、間食が~っ!」
そのオーラの中心である、かがみは今にも死にそうな顔で言い訳を連呼していた。
体重増えたんですね、分かります。
「こうなったらダイエットよ!」
そして落ち込んでたかと思ったら、何かを決意したかのように立ち上がった。
はいはい、頑張ってください。
「わ、私もやる!」
つかさ、お前もか。気にしてないって言ってなかったか?
「私もお手伝いします」
「僕も」
みゆきにみちるまで、お人好しなことをのたまう。
俺はめんどいからパスな。
気付いたら、教室を立ち去ろうとする俺とあきの肩を、鬼の形相をしたかがみが掴んでいた。
「いってぇな!」
「HA☆NA☆SE!」
「アンタ達も手伝いなさい?」
「……イエッサー!」
ここで逆らえば、きっと血を見ることになるだろう。まだ死にたくない俺とあきは、綺麗なフォームで敬礼をするしかなかった。
こうして、かがみによるダイエット作戦が強引に始まった。
んで、放課後。
ジャージを着た男女8人が、何故か近くの神社に集められた。バラエティ番組か何かか?
「いや、何で神社?」
「お参りするのかな?」
「石段を兎飛びか?」
「何処の修業だよ」
男子組が好き勝って言ってると、すぐにこなたの方から答えが帰って来た。
「ここはかがみとつかさン家なんだよ~」
「マジか!?」
ここ、
家が神社やってたのか。この辺に来たことはあるが気付かなかったな。
「ってことは巫女服!」
「何でそーなる」
「でも、たまに手伝うよ〜」
「つかさも余計なこと言わないっ!」
かがみ、1人ツッコミ乙。つかさが余計なボケをかますからかがみも大変である。
「それで、何をするんですか?」
「この辺を走るつもりよ」
至って普通だな。てっきり地獄の特訓メニューでも用意しているのかと思った。
「けど、この人数で走るのか?」
やなぎの言う通り、この大人数で町内を走るのは気が引ける。
一体どんな噂を立てられることやら。
「それなら平気よ。くじがあるから」
「用意周到だな」
すると、かがみは何時の間にか人数分の割り箸を用意していた。これでペア分けをするつもりか。
その熱意にはある意味感心するよ。
「皆選んだ? せーので引くわよ!」
「せーのっ!」」
全員が一斉にくじを引いた結果、ペアはこのようになった。
かがみ&やなぎペア
みゆき&みちるペア
こなた&つかさペア
んで、俺とあきのペアだ。
「チッ、野郎とか」
うるせぇな、俺だってお前とペアでがっかりだよ。
「みゆき、よろしくね」
「はいっ!」
みちるとみゆきの幼馴染ペアは安定してるな。相変わらずみちるは鈍感だけど。
「頑張ろうね、こなちゃん」
「私より気になるペアが……」
つかさは張り切っているが、やはりというかこなたはみゆき達を見ていた。少しは真面目にやれ。
「んじゃ、先に行くけど10分たったら次のペアが走って」
「分かった」
粗方説明をし終え、最初にかがみとやなぎがスタートした。
見送るだけで、俺達は走らなくてもいいんじゃね?
「……はやと」
「何だ?」
本気でサボろうかと考えていると、珍しくあきが真面目な顔をしていた。何かマズいことでもあったか?
「やなぎってさ、「もやし」じゃなかったか?」
「あっ」
あきの指摘で、俺は重要なことを思い出した。
しまった、やなぎは「もやし」と呼ばれる程の運動音痴だった。
長距離マラソンなんかやって大丈夫だろうか。
☆★☆
自慢ではないが、俺は体力がない。運動全般が苦手だ。
将棋やチェスをやっていた方が楽しいしな。
けど、俺は今何で走っているんだ? しかも女子と。
「やなぎ、大丈夫?」
かがみが俺を心配してペースを落としてくれた。
そうだ、かがみが原因だったな。
「いや……大丈夫……だ……」
息も絶え絶えだが、強がりを言った。
「息、あがってるわよ?」
俺の去勢は全く意味をなさなかった。すみません、強がり言いました。
「まったく、辛いんなら言いなさいよね」
「ごめん……」
「……こっちが無理矢理付き合わせてる訳だし」
そう、あくまで目的はかがみのダイエットだ。
俺は今、それを邪魔してるんじゃないか……?
「かがみ。先に行け」
「えっ?」
「俺なんか気にしないで、先に……」
「…………」
無言。そうだ、そのまま俺を置いて
「嫌よ」
「!?」
何で? 別に俺に合わせなくても……。
「ここで置いて行ったら、無理に付き合わせた意味がないじゃない」
「かがみ……」
俺は、無言でペースを上げた。
「ちょっ、やなぎ!?」
「なら、俺が……」
かがみに合わせればいい。無理矢理にでも付き合わせろ。
「やなぎ……」
最高に不様な男の、最後の強がりって奴だ。
☆★☆
みちる達が行ってからつかさとこなた、最後に俺とあきがスタートする。
「正直めんどい」
「俺もだ」
かがみは一応友達だから付き合ってやってるが、面倒臭いものは面倒臭い。
「ってか俺、体重減ってたし」
「俺は増えた」
「どれくらい?」
「0.2kg」
お前、それ増えたとは言わないだろ。
「ところでさ」
「あんだよ」
「つかさとは何処まで行った?」
「何処も行ってねーよ」
「……まぁ、まだ早いか」
何1人で納得してんだよ。言いたいことは大体分かるが、そんなんじゃねーし。
「みっちーの方はどうなったかねー」
知るか。こっちが知りたい。
「進展はしてねぇと思う」
「やっぱりな」
あの難攻不落のみちるがこれで落ちるとは思えないしな。
あきとだらだら話していると、ゴールまであと僅かのところに来た。
神社の前には4人の人影……ん? 足りねぇな。
「お疲れ様~」
「おう、サンキュ」
つかさからタオルを受け取り、汗を拭く。つかさ達の家をスタートとゴールにしたのは正解だな。
「で、足りねぇ奴は?」
「かがみとやなぎ君みたい」
やっぱりもやしか。走ってる途中見かけなかったから、何処かの路地で動けなくなってる可能性がある。
「チッ、探しに行く」
「待て」
今来た道を戻ろうとした所であきに止められた。
「やなぎは強がりだから必ず帰って来るさ。俺達が行っても野暮ってもんだ」
珍しく真面目に物を言うあきに、俺は何も言えなくなる。
あきとやなぎは古くからの付き合いらしい。なので、お互いのことは嫌でも分かるとか。
「……だな、ここはやなぎを信じて待つか」
「それにもしかしたら2人で別の運動を」
不在のツッコミ役に代わりバカの頭を壁に叩きつけ、俺達はかがみとやなぎの帰りを待った。
☆★☆
マズいことになった。
今、俺達は路地裏にいた。別に俺がマズいのではない。
「ったたぁ……」
かがみが足を捻ったのだ。痛そうに足を抱えるかがみ。
助けを呼ぶにも、携帯はカバンの中。カバンは神社の前。かがみの携帯も家に置いて来たようだ。
「平気か?」
「なんとか……」
かがみを置いて行く訳にもいかない。
「……仕方ないか」
俺は、1つの決断を下した。
「俺がかがみを運ぶ」
「えっ!?」
突然の申し出に、かがみは一瞬呆然とした。
「よっと」
「ちょっ、やなぎ!?」
「動くな……よっ!」
今の態勢は俗に言う「お姫さま抱っこ」である。
「足、痛むか?」
「ううん、大丈夫……って違う!」
「何が」
「だって、恥ずかしいし……」
俺だって恥ずかしいよ。けど、我慢だ。
「……重いでしょ?」
「全っ然」
人を持ったことはないけど、かがみはそこまで重くないと思う。
「……ありがとう」
お互いの頬が赤いのは、夕日の所為ってことで。
「おっ、帰って来た!」
神社の前では、皆が待ってくれていた。
「うおっ、お姫さま抱っこ!」
「携帯何処だ! 写メ撮らせろ!」
お前等なぁ……。今は疲れていて、突っ込む気力もない。
俺はかがみをそっと下ろしてつかさに預ける。
「お姉ちゃんどうしたの!?」
「ちょっと捻っちゃって」
かがみが怪我をしたので、この日はこれで解散となった。
「やなぎ、今日は……あ、ありがと」
照れながらもちゃんとお礼を言うかがみが、ちょっとだけ可愛いと思えた。
「今度から気を……」
あ……れ……? かが……み……。
「やなぎ? やなぎっ!?」
俺はそこで意識を失った。
後から聞いた話だと、俺は無茶をして力を使い果たしたらしい。
気絶した後は、はやととあきに家まで運ばれたんだそうだ。
余談だが、目が覚めた時に額に「肉」と書いてあったので、次の日に犯人を叩きのめそうと決めた。
「イテテ、筋肉痛が……」
で、その翌日。普段しない運動をした所為で全身が筋肉痛で悲鳴を上げていた。
本気で少しは運動をしようか考えるべきだな。
「おーす、やなぎ」
軽い挨拶と一緒にかがみが歩いて来た。
「よっ。足はもういいのか?」
「ええ。一晩冷やしたら少しはよくなったわ」
それでも、運動は控えるようだな。今日はちゃんと病院に行くとか。
「で? やなぎの方は?」
「全身筋肉痛だ……」
情けない事実を白状すると、かがみはクスクスと笑った。
「怪我が完治したら、またダイエットするのか?」
「ううん、暫くはいいわ」
「?」
何で急にやめたか、俺には分からなかった。
『やなぎに重くないって言われたからなんだけどね』