すた☆だす   作:雲色の銀

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第19話「そんな訳」

 結局、アイツの尾行はないまま柊家に着いた。

 それもそうか。アイツは仕事があるだろうし。

 

「世話になる」

 

 家に入る前に、つかさに頭を下げておいた。

 ただおさんがいるとはいえ、余所の男を家にあげ、尚且つ一晩泊めてくれるってんだからな。礼儀は通しておかないと。

 

「う、ううん、気にしないで! 私が言い出したことだし」

 

 そう言うつかさの顔は微妙に赤かった。やっぱ恥ずかしいんだな。

 けど、そんなつかさの天然でお人好しなところに、今の俺は救われている。

 

「お邪魔します」

 

 鷹宮神社に来たのは2度目だ。確か……かがみに無理矢理ダイエットに付き合わされた時だな。

 しかし、柊家の中に入るのは初めてだ。女子の家に入るってのは中々緊張するモンだな。最も、俺にそんな呑気なことを考えているような余裕はないが。

 

「いらっしゃい、はやと君」

 

 玄関では、すぐにみきさんが出迎えてくれた。

 多分、俺が風呂に入ってる間に、つかさが連絡入れておいたんだろうな。

 

「……いいんですか?」

「ええ。どうぞ」

 

 入り辛そうにする俺を、笑顔で家に出迎えてくれるみきさん。

 ……正直、つかさ達の母親だって未だに信じられない程若く見える。

 

「ごめんね」

「何が?」

 

 寝泊りする部屋まで通され、廊下を歩いてる間に俺は小声でつかさに話し掛けられる。

 いきなり謝られるようなこと、された覚えはないんだが。

 

「お母さんにはやと君の事情、話しちゃった」

 

 何だ、そんなことか。

 事情がなければ、クラスメイトだろうと男子を家に泊めてはくれないだろ。

 

「それで泊めてくれるんなら構わねぇよ」

 

 寧ろ、つかさとみきさんには感謝してるぐらいだった。

 情けない俺なんかを心配してくれてさ……。

 

 

 

「ここがはやと君の部屋ね」

 

 みきさんが用意してくれた空き部屋は、人1人が使うには十分すぎる広さだった。ウチのリビングより広いんじゃないか?

 タンスやベッド等の家具類はないが、ウチにも元々ないので気にならなかった。

 

「不便があったら何でも言ってね」

「はい、ありがとうございます」

 

 みきさんがいなくなると、俺は荷物を降ろし周りを見回す。不便なんかある訳ないんだけどな。

 泊めてもらう身で不便なんか言ってたら、厚かましいにも程がある。

 

「……はやと君?」

「いや、何すりゃいいかなって」

 

 人様の家で昼寝やダーツなんてするほど、俺は非常識じゃない。手持ち無沙汰になる俺に、つかさは話を聞きたそうだった。

 

「……じゃ」

「来たな、少年!」

 

 つかさが口を開きかけると、ドアから姉3人が喧しく現れた。そりゃいるよな、日曜だし。

 

「おやおや~、お邪魔だったかな?」

「はやと! アンタつかさに何もしてないでしょうね!?」

 

 あー、うるせぇ。しんみりしてた空気をぶっ壊しやがって。

 

「何かって何だよ」

「そりゃ……」

「ひょっとして、進展なし?」

 

 何を期待してたんだよ。事情を知らない姉達は、理由もなく俺が泊まりに来たと思っているらしい。

 俺を一体何だと思ってるんだ。

 

「そ、そんなんじゃないよ~!」

「何だ、つまんないの~」

「男の子を家にあげといてね~」

「つかさに手を出したら……」

 

 つかさが必死に否定すると、つまんなそうに不貞腐れるいのりさんとまつりさん。

 そして威嚇するように指を鳴らす凶暴な方。姉妹って賑やかだな……。

 

「そこまで! はやと君を困らせないの!」

 

 みきさんの静止が入り、姉達は去って行った。

 みきさん、もうちょい早く止めて欲しかったです。ってか、アンタも聞き耳立ててたろ。

 

 

 

 この後、何故かつかさとかがみとで勉強会に突入してしまった。

 勿論、授業をサボっていた俺が勉強なんか分かるはずがない。

 

「分からん」

「んー……」

 

 でも、何故か授業に真面目に出てるつかさも分かってなかった。

 

「全く、アンタ等は……」

 

 出来の悪い生徒2人に、かがみ先生は溜息を吐いた。

 そして、開始から数十分後……。

 

「分かんないよ~」

「出来たぞ」

 

 つかさは相変わらずだが、俺は人並みに出来るようになっていた。

 

「はやと、飲み込み早いじゃない」

「まーなー」

 

 俺はあくまでやる気0だ。

 飲み込み早いのは事実だが、俺は実は家で復習は何だかんだでやっていたのだ。進級出来なきゃ終わりだしな。

 

「いいか、ここはな」

「ふぇ……」

 

 気付けば、俺がつかさに教えていた。難しいところは分かんねぇけどな。

 

「だから、かがみが菓子を大量に食べると使われないエネルギーが腹に残るんだよ。これが質量保存の」

「何だと!?」

 

 

 

 勉強会を終えると、上の姉2人も交えてゲーム大会に突入していた。

 が、ここで1つ些細な問題が発声する。ウチにテレビなんてない俺は、当然ゲームなんて持ってない訳で。

 

「また私の勝ちね」

 

 さっきから連敗していた。まさかつ、かさにまで負けるなんてな……。

 

「で、でもはやと君、私に勝ったこともあるよ~!」

「つまり、はやともゲームじゃつかさ並ってことね」

 

 かがみに反論できず、俺はショックのあまり項垂れた。

 くっ……思わぬ弱点があったモンだ。

 

「皆、そろそろご飯よ~」

 

 そこへ丁度、みきさんの呼び掛けがあった。

 もうこんな時間か。外もすっかり暗くなっている。

 

 食卓にはただおさんが既に座っていた。

 ……そういや、ただおさんは俺をどう思ってんだろうな。

 娘が連れてきた男、しかも事情が父親絡み。いい印象は受けないだろうな。

 

「やぁ、はやと君」

 

 それでも、ただおさんは優しい笑顔で俺を迎え入れてくれた。

 ……何だろうな、この感情は。

 

「さ、どうぞ~」

「いただきます!」

 

 いつも俺が食っている量の、3倍近くの食べ物が食卓に並んだ。

 ここがレストランなら、タッパーの1つでも出すところだが……俺だってそこまで無神経じゃない。

 ここは柊家の味を存分に味わっておいた。

 

 

 

 夕食後、俺はただおさんに呼ばれた。

 2人で話がしたいそうだ。当然そうくるわな。

 

「何でしょう?」

「ああ、楽にしていいよ」

 

 空気を読んで正座してたら、そう言われた。どうやら怒っている訳じゃなさそうだ。

 足を崩すと、ただおさんは真面目な顔で話し始めた。

 

「話はつかさから聞いたよ」

「……はい」

 

 やはり、ただおさんも事情は知っていた。ここまで言われると、話の内容も分かる。

 俺とアイツとの問題。この家の人間なら気にするであろうことだ。

 

「話したくないなら、無理に話さなくていいんだ」

「…………」

 

 ただおさんは飽くまで優しく言う。俺に心配を掛けないように。

 

「けど、つかさは誰より君を心配している。それだけは分かって欲しい」

「はい。つかさには、とても感謝してます」

 

 こういうところ、やっぱり父親なんだな。実の娘の心配もちゃんとしている。

 それに、芯が通っているところがつかさに似てる。……これも逆だな。つかさが似ているんだ。

 

「それと、つかさとの関係だけど……」

 

 やれやれ、それが本心でしょうに。一般的な父親なら絶対に気にすることだ。

 ここは正直に言っておこう。

 

「何にもありません。今でも、つかさとは友達です」

「そうかい?」

 

 イマイチ腑に落ちないというか、残念というような、微妙な表情をするただおさん。皆して、俺達に何を望んでいるんだか。

 話はそれだけだと言われ、最後に

 

「今後も困ったら、ウチを頼っていいんだよ」

 

 と言われて、俺は部屋に戻った。

 ……本当に優しいよな。この家族は。

 

 

 

 風呂を最後に貰い、ただおさんに呼ばれたことを上の姉2人に散々弄られた後、俺は1人暗い部屋で夜空を眺めていた。

 

 今日は初めてだらけだな。

 他人の、それも女子の家に泊まったのも。

 勉強会やゲーム大会なんてことをしたのも。

 大人数で夕食を囲ったのも。

 誰かの父親と2人で話し合ったのも。

 

 思い返していると、ドアをノックする音が聞こえた。こんな時間に誰だ?

 

「はやと君、起きてた?」

 

ドアを開けると、つかさがいた。

 

「いや、寝付けなくてな」

「えへへ、私も~」

 

 仲間がいて安心したのか、ふにゃけた笑顔を見せる。

 

「入れよ」

「うん、お邪魔します」

 

 本当はお前ん家なんだけどな。

 とはいえ、つかさを招き入れたところですることなんて何もない。

 

「……家族ってこんなモンなんだな」

「え?」

「暖かくて、優しい……いい居場所だ」

 

 俺はつかさに、考えていたことを話した。

 俺に足りなかったもの。俺が知らなかったもの。全部、ここにはある。

 

「はやと君」

 

 つかさは真剣な眼差しで見つめてくる。まるでただおさんみたいに。

 

「よかったら聞かせて? はやと君のこと」

 

 そう言われると、断れなくなるだろうが。

 

「……いいぜ、聞かせてやるよ。情けない男の話をな」

 

 俺は軽く目を閉じ、語りだした。

 

 

 

 

 

 俺は白風家の長男として生まれた。

 父親が白風やすふみ。母親は白風みどり。

 ごく普通の家庭だった……ある1点を除いて。

 

 母さんは俺が幼い時から病気だった。

 俺を生んだ後ですぐ癌にかかったんだ。元々、体力もあまりなかったらしいし。

 だから家にいることは殆どなく、入院生活を強いられていた。

 で、俺は小学校の時から、放課後になると真っ先に病院に向かうのが日課になっていた。

 母さんの世話をし、暇な時間は母さんと一緒だった。

 

 逆に父親、アイツは仕事が忙しく、中々会いに来なかった。

 それどころか家にも遅くにしか帰らず、実質俺はガキの時から1人暮らしだった。金はあったから飯には困らなかったけど。

 だから、俺はアイツが昔から嫌いだった。

 

「はやと、お父さんをあまり責めちゃダメよ。あの人は私達の為に頑張ってくれているの」

 

 けど、母さんはいつもこう言っていた。

 この言いつけを守っていたから、俺は今までアイツに文句を言わなかった。

 

 母さんは病気で寝たきりなのに綺麗だった。

 俺の前ではいつも元気で、空を見るのが好きだから窓に近いベッドに寝ていた。

 

「もし翼があったら、はやとはどうしたい?」

 

 俺が折り鶴を折っていると、母さんが聞いてきた。

 

「翼があったら……? お母さんは?」

「そうね……大空を自由に飛びたいわ。お母さん、ずっとベッドの上だからね」

 

 母さんは優しく笑う。寝たきりで足が思うように動かせない、母さんのせめてもの願いだったんだ。

 

「じゃあ、俺にもし翼があったら、母さんを連れて飛びたい!」

「ふふっ、ありがとう」

 

 母さんは俺の頭を撫でてくれた。細くて暖かい手で撫でられるのが、俺は大好きだった。

 

 それ以来、これは母さんの口癖だった。もし翼があったら。

 母さんは自分に翼が生えた時の想像を生き甲斐にしていた。子供みたいにな。

 

 それと、母さんは「奇跡」も好きだった。

 

「奇跡?」

「うん。ドラマとかでよく「奇跡が起こった!」とかいうでしょ?」

「ん~……」

 

 母さんの言うことがイマイチよく分からない。俺はあまりドラマ見なかったから、首を傾げた。

 

「とにかく! そういう奇跡が起これば、私もきっと治るの!」

「ホントに!?」

 

 ドラマなんかでよくやる「奇跡」。

 母さんも俺も、こんな奇跡が起こって病気が治るってずっと信じていた。

 

 

 

 中学に入っても、この生活は変わらなかった。

 

「はやと、学校は?」

 

 気付けば、俺は学校より母さんを優先していた。授業をサボって、病院に行くようになった。

 

「……今日は休みなんだ」

「本当?」

 

 役に立つと思えない授業なんかより、日に日に弱っていく母さんの方が大事だったんだ。

 

「ねぇ、はやと。高校に進学して」

 

 ある日、母さんは俺に言った。

 

「え?」

「お母さん、はやとが一緒にいてくれるのは嬉しいの。でも、その所為ではやとが将来困っちゃうのは嫌」

「母さん……」

「お願い。次は、高校進学の知らせを持って来て」

 

 母さんは昔より確実に弱っていて、それでも優しく微笑んで俺の頬を撫でた。

 そんな母さんの願いを、俺は叶えたかった。

 

「……うん。きっと持って、驚かせてやる! その時は、母さんも病気を治すって約束だ!」

「分かったわ。頑張ってね!」

 

 それ以来、俺は病院通いをやめて勉強に集中することにした。

 時々看護婦に花を渡すよう頼んだりしたけど、決して母さんには会わなかった。

 全ては約束を守るために。

 けど、それは間違いだった。

 

 

 

 中学3年の3月。

 お前も知っている通り、俺は陵桜学園に合格した。陵桜を選んだのは、母さんに自慢できるレベルの高校だったからだ。

 昔の成績を知っていた周りの先公はかなりびっくりしてたけどな。そんなことはどうでもいい。

 これでやっと母さんに会える。そう思っていたんだ。

 

「白風君」

 

 学校への報告を済ますと、教頭が俺を呼んだ。

 何事だと思ったら、教頭の顔色が悪い。

 

「お母さんの容態が悪くなったって連絡が」

 

 気付いたら、俺は病院に走っていた。

 合格の証明書を握りしめて。

 

「母さん!」

 

 俺は母さんの病室に入る。

 母さんは昔と変わらずに空を眺めていた。

 

「はやと、どうしたの?」

 

 けど、傍目で見ても分かる程、すっかり弱々しくなっていた。

 たった1年、会わなかっただけでこんなに変わってしまうのか?

 

「母さんの容態が悪くなったって……」

「ああ……大丈夫。明日手術なの」

「明日!?」

 

 初耳だった。そんな大事なことも知らず、今まで受験しか目に入っていなかった俺が憎く思えた。

 

「……そうだ! 母さん、俺、受かったよ! 陵桜だよ!」

 

 俺は握りしめて、すっかり皺だらけになった証明書を見せた。

 

「まぁ……すごいじゃない。おめでとう」

「だから母さんも大丈夫だよな! 約束だもんな!」

「ええ、はやとに勇気を貰ったもの。奇跡がきっと起こるわ」

 

 母さんの笑顔はやっぱり昔と変わらない。久々に頭を撫でられ、俺は落ち着きを取り戻した。

 母さんの容態の悪化の所為で面会時間が短くなり、俺はすぐに病室を出ることになった。

 そして、医者から最悪の事実を聞いた。

 

「手術の成功確率は限りなく低いです」

「え……?」

 

 何でだよ。母さんは大丈夫だって言ったじゃないか。

 母さんは今まで頑張って生きてきたんだぞ? こんなところで終わりだなんて、あんまりだ。

 

「ですが、お母様は自ら進んで手術を受けることを決めました。貴方が必ず帰ってくるからと言って」

 

 母さんはずっと俺を待ってたんじゃないのか? なのに、俺は受験勉強に追われて……。

 何をしていたんだ、俺は。

 

「我々も最善を尽くします」

 

 医者の最後の言葉を聞き流し、俺は帰った。

 家には相変わらず誰もいない。こんな大変な状態なのに、アイツは今日も仕事だ。

 けど、俺は母さんの約束があるから責めることが出来ない。

 俺は書置きを残し、眠った。

 

 父さんへ

 明日母さんの手術があります。出来れば来てください

 はやと

 

 

 

 翌日、手術の日。

 俺と、事前に連絡を受けていた祖父母は病室で母さんと一緒にいた。

 

「大丈夫よ、はやと」

 

 母さんはさっきからそれしか言わない。

 何で俺の心配ばっかしてんだよ。自分の心配しろよ。

 

「そろそろ時間です」

 

 看護師達が母さんを手術室へ運び出した。

 

「大丈夫」

 

 それだけ言い残し、母さんは手術室の中に消えた。

 「手術中」のランプが付き、俺と祖父母は椅子に座って待った。

 途中、コーヒーを買ったりしながら、俺達はずっと手術室の前で待っていた。

 その間、アイツはずっと来なかった。

 

「奇跡が起これば……」

 

 時間が経つにつれ、俺はそれしか呟けなくなっていた。母さんのこと言えないじゃないか。

 そして、遂にランプが消える。

 

「母さん!?」

 

 ドアから出てきたのは、医者だった。

 

 

 

「残念ですが……」

 

 

 

 それ以上は、ショックで何も聞けなくなった。

 母さんの変わり果てた姿に、俺は吐きそうになった。

 

「……っ!!」

 

 もうあの笑顔を見せてくれない。

 あの細い手で撫でてくれない。

 何故だ? 俺は約束を果たしたぞ?

 奇跡が起こるんじゃなかったのか!!?

 

「みどり……」

 

 後ろで間抜けな声が聞こえた。

 

「テメェ……」

 

 母さんは約束を破った。

 なら、俺も1つくらい破っていいはずだ。

 

「今更どの面下げてきやがったんだ!? あぁ!?」

「はやと……」

 

 俺は今頃ノコノコやってきたアイツの胸倉を掴んだ。

 

「何やってたんだよ! アンタは!」

「す、済まない……道が混んで」

「言い訳なんて聞きたくない!」

 

 今までだってそうだ。母さんはずっとアンタを信じていたんだ。

 なのに、アンタは母さんが死ぬ直前でさえ姿を見せなかった。

 

「クソッ! クソがクソがクソがクソがクソがクソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 母さんの葬式。

 初めて見る親戚とか、母さんの昔の知り合いとかが集まったが、俺にはどうでもよかった。

 胸に空いた虚無感は簡単に埋まるモンじゃない。

 

 献花の時、母さんの顔をよく見る。

 安らかな寝顔だ。苦痛に歪んでいないだけ、まだマシなのか。

 葬式、そして通夜を終え、俺は母さんと別れた。

 

「はやと……」

 

 家でアイツが俺を呼ぶ。どうでもいい。

 

「俺は出ていく。アンタなんか、もう父親でもない」

 

 母さんがいない今、この家は完璧に俺1人になってしまう。

 大事な時にもいない男なんて、父親でも母さんの夫でもない。

 

「はやと!」

 

 俺はアイツを無視し、事前に用意した荷物を持って家を出た。

 けど、行く宛てなんか何処もなかった。

 家を出て数日後、俺は今住んでいるアパートの前で遂に倒れた。

 

「……んっ?」

 

 気が付くと、見知らぬ天井が目に入る。

 

「ここは……?」

「あ? 気が付いたか」

 

 体を起こすと、知らない男がいた。

 

「ここは俺ン家だ。ちゅーか、何で家の前で行き倒れてたんだ?」

「行き倒れ……ってことは、ここはアパートか?」

「おう! ここは「夢見荘」! んで、俺が大家の海崎隆也だ!」

 

 海崎さんはチンピラみたいな喋り方で自己紹介をする。

 なんか胡散臭いな。だが、アパートなら丁度いい。

 

「頼みがある。俺をここに住まわしてくれ」

「は?」

 

 俺はこれまでの経緯を海崎さんに全部話した。家に帰りたくないこと、行く宛てもないこと。

 

「金は無いけど、働いて稼いで返す! 生活費も自分で何とかする! だから、ここに住まわしてください!」

「んー、そりゃ部屋も空いてるけど……テレビねぇぞ?」

「見ない!」

「扇風機も炬燵もねぇぞ?」

「夏は全裸で過ごすし、冬は毛布に包まって過ごす!」

「洗濯機……」

「手洗いしてやる!」

「……いや、それは共用でいいか」

 

 どうでもよさ気な質問を聞くだけ聞いた海崎さんは、溜息を吐いて俺にある紙を渡した。

 

「ここに名前を書け。判子は……指印でいいか」

 

 指印と聞いて、俺は思い切り指を噛んだ。当時は指の印=血印だと勘違いしてたからな。

 

「血印じゃなくていいっての! 朱肉あるし!」

「ってて……早く言えよ!」

 

 こうして、俺は新たな住処と少し奇妙な恩人を手に入れた。

 

「……何で俺を住まわしてくれたんだ?」

「んー、少年の夢を壊したくなかったから、か?」

「キメェ」

「テメー、追い出すぞコラァ!」

 

 訂正、かなり奇妙な恩人だ。

 

 

 

 

 

「……これで全部だ。情けないだろ。母親の死に未だに向き合えず、勝手に父親を憎んでいるんだ」

 

 自分の問題に向き合えず、ずっと逃げてきた。

 空を見上げるのだって、天に昇った母さんに無意識に会いたがっているから。

 

「…………」

 

 話し終えたが、つかさは無言で俯いている。

 オイ、ひょっとして寝てるんじゃねぇか?

 

「はやと君、そんなことが……」

 

 いや、泣いていた。

 こんな俺の過去を聞いて、全く関係のないはずのつかさが泣いていた。

 

「何でお前が泣くんだよ」

「ゴメンね……」

「謝んなくてもいいっての」

 

 とりあえず、頭を撫でてあやした。

 全く……でも、少し気が楽になっていた。溜め込んだものを吐き出したから、かもな。

 

「でも、はやと君はお父さんとどうしたいの?」

「っ!?」

 

 何で急に確信突くかね、この娘は。

 

「……話し合うのが怖いんだよ」

「ん~、じゃあ海崎さんと一緒なら?」

「これ以上迷惑かけらんねぇよ」

「えっと……」

 

 案が出なくなると、つかさは今度は困ってしまった。

 

「お前が一緒ならいいけどな」

「ふぇ? う、うん! いいよ!」

「……え?」

 

 俺の余計な一言に、つかさはあっさり承諾してしまう。

 何気なく言った言葉なんだけど……。

 しかしまぁ、つかさと一緒なら大丈夫な気がするな。

 

「ああ、分かったよ」

 

 流石に眠いので、つかさを部屋に返した。またかがみに有らぬことを疑われても困るし。

 

「はやと君」

 

 去り際に、つかさが振り向いて言った。

 

「頑張ってね!」

 

 その瞬間、つかさの姿が母さんと被って見えた。

 今度の選択は、間違いじゃないと信じたい。




どうも、雲色の銀です。

第19話、ご覧頂きありがとうございます。

今回は柊家に世話になるはやとと、はやとの過去話でした!
長いこと引っ張りましたが、これではやとの謎は全て明かされました。

母親が今のはやとを構成する上で大きく影響してたんですね。しかも歪んだ形で。

はやとが家出した時期は3月下旬。あき達が事情を知らないのも無理ありません。
因みにはやとは携帯を持ってますが、そのお金は保証人である海崎さんが出しています。勿論、後で全額返す約束ですが(笑)。

次回ははやとvs親父です。果たして、仲直り出来るのか!?

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