あの日から、俺の周りにある歯車は止まっていた。
嫌な過去なんて忘れ、今を楽しく生きたい。
もし翼があったら、ここから逃げ出し、遠くへ行きたかった。
だが、俺に翼はない。奇跡なんか起きるはずがない。
最悪の形で、歯車は動きだしてしまった。
「何で……何でアンタがここにいるんだよ!」
桜藤祭の帰りに出くわした、金色の瞳に俺とそっくりの空色の髪の男。
いや、俺がそっくりなのか。
男の名前は、白風やすふみ。
俺の父親……だった奴。
「今日、文化祭だったろ? もしかしたら会えるかって思ったんだ」
そう言いながら、桜藤祭のチラシを見せる。
広報部め、手当たり次第にチラシ配りやがったな。
「2年ぶりだな、はやと」
俺の名を馴々しく呼ぶな!
アイツの行動の一つ一つが俺を苛立たせる。
「はやと君?」
隣ではつかさが不安そうに俺を見つめていた。
「その子は? 彼女か?」
ニッコリ笑いながら話すアイツ。
つかさは顔を真っ赤にしたが、俺は完っ璧にブチ切れた。
「ふぇ!? ちが」
「どうでもいいんだよ! 今更どの面下げて「会えると思った」だ!? 父親面してんじゃねーよ!」
アイツを睨みながら、俺は吐き捨てるように怒鳴った。
つかさはすっかり怯えてしまったようだが、今の俺には気にしてる余裕はない。
「はやと……」
「こっち来んな!」
近寄ろうとするアイツに、俺はまた吠える。
「テメーは仕事だけしてりゃいいだろ! 俺の前に二度と出て来んな!」
それだけ言い放ち、つかさを連れてその場を後にした。
クソッ! タイミングが悪すぎた!
つかさの家族と会って、思い出しちまったこの時に、最悪のタイミングでアイツが現れた!
「クソがぁっ!」
アイツの前から立ち去った後、俺は怒りに任せて壁を蹴っていた。
「はやと君……?」
つかさが泣きそうな声で俺に呼び掛ける。
あぁ、しまった。つかさの存在を忘れていた。
「……悪いな、驚かせて」
「う、ううん!」
少しだけ気を落ち着かせ、つかさに謝る。
すると、つかさは大丈夫だと言わんばかりに首を振った。
「でも……はやと君、ちょっと怖かった……」
が、やっぱり普段と違う俺に態度に怯えていたようだ。
はぁ……本当に悪いことしたな。全く関係ない、つかさの前でキレてしまった。
けど、アイツだけは……許せない。
「あの人、誰だったの?」
泣きそうな顔で、つかさは当然の質問をしてくる。そりゃ、気になるよな。
ずっと言いたくなかったが、会っちまったモンは仕方ない。
「アイツは白風やすふみ。俺の親父に当たる奴だ」
「はやと君のお父さん……?」
俺の答えに首を傾げるつかさ。言い方の所為で、ちょっと分かりにくかったか。
「……俺は認めたくないが、正真正銘の父親だ」
「でも、はやと君……」
そう。あの男は何だかんだ言っても、俺の父親であることに変わりない。ただ単に、俺がアイツを父親と認めたくないだけだ。
「話せるのはそれだけだ。じゃあな」
いくらつかさでも、これ以上は語りたくない。
腑に落ちないつかさの頭を撫で、俺は家路に着いた。何時か、この埋め合わせしなきゃな。
家で寝ていても、アイツの面を思い出してしまう。
何で今なんだ……何で、今会わなきゃいけなかったんだ。
寝ることの出来ない俺は身を起こし、夕飯の支度をすることにした。どうせ雑草の天ぷらだけどな。
天ぷら用の鍋を用意していると、家のチャイムが鳴る。
「あ? また新聞の勧誘か?」
アパートの管理人である海崎さんは、普段チャイムを鳴らさない。ドアを叩くか、合鍵で勝手に入ってくる。
勿論、明日の飯の金すら危うい俺は新聞なんか取らない。
虫の居所も悪いし、さっさと追い返しちまおう。
「はいはい、ウチは新聞はいらね……!?」
レンズを覗き込むと、明らかに新聞勧誘の人間じゃないことが分かった。
「はやと? いるか?」
アイツがいた。
「わぁぁぁぁぁぁっ!?」
何でここが分かった!? 住所教えてねぇぞ!
海崎さんにも口止めしてあるし!
……まさか、俺を尾行しやがったのか?
「オイ、どうした?」
「うるせぇ! テメー何でここが分かったんだ!?」
悲鳴で俺がいることが分かったらしい。
何が「どうした?」だ。誰の所為だと思ってやがる。
「はやとの後を追ったんだ。久々に走ったぞ」
そう言って、奴は襟元を仰いだ。よく見ると汗掻いていやがる。ウゼェ。
こんな奴の相手をするなら、新聞勧誘の方が百倍マシだ。
「何ですか?」
そこへ助っ人、海崎さんが登場。よかった、バイトから帰ってきてたか。
「ここの大家ですか。白風はやとの父親です」
「ああ、アンタが……大家の海崎隆也です」
自己紹介してないで、さっさと追い出せ!
「実は、はやとを連れて帰ろうと思いまして」
は? 連れて帰る?
今更何言ってんだ? この中年。俺を何処へ連れて帰るというつもりなんだ。
「はぁ……けど、はやとは望んでないみたいで」
「望む訳ねぇだろうが!」
海崎さんの台詞を遮り、ドアも開けずに叫ぶ。
「はやと! 俺がわ」
「何も言わずとっとと帰れ! テメーの面なんか見たくねぇんだよ!!」
有無を言わさず、俺は叫び続けた。アイツの言葉に聞く耳なんて持たない。
結局、一時間以上同じような問答をし、アイツは観念して帰っていった。
「……また、来るからな」
二度と来るな。
その後、俺は海崎さんにまたアイツが来たら塩撒いて追い出すよう強く言った。
☆★☆
桜藤祭の次の日。
今日は日曜日で学校はお休み。
昨日のはやと君が気になって、私は電話を掛けたんだけど……。
「出ない……」
電源が入ってないみたいで、一向に出ない。また充電を忘れてるのかな?
そういえば、夏休みの始めの時に同じことがあったような……。
「どうしよう……」
はやと君との連絡手段がなくて、私は困っていた。
そうだ! やなぎ君やあき君なら、はやと君とお父さんについて知ってるかも!
「えーと、あき君の番号は~」
慣れない手付きで携帯を操作して、あき君に電話を掛ける。
〔おぅ、つかさ! 珍しいな!〕
はやと君と違って、あき君はすぐに電話に出た。
「もしもしあき君? あのね、聞きたいことがあるの!」
〔聞きたいこと? 勉強ならお姉ちゃんに聞きなさい〕
はぅ、違うよ~!
あき君は勝手に話を進めてしまう。けど、勉強なら最初からお姉ちゃんに聞いてるもん。
「そうじゃなくて、はやと君のことなの!」
〔はやと? 本人に聞けよ~。それとも、そっちも告白イベントか?〕
「ふぇ!?」
こ、告白!? 私は途端に顔が赤くなっちゃう。
桜藤祭であき君はこなちゃんに告白して、付き合うことになったって聞いた。恋人同士ってどんな感じなんだろう……って、また話が逸れちゃった!
そういえば、電話からこなちゃんの声も聞こえた。今一緒にいるのかな?
「違うってば~! はやと君、電話に出なくて……お父さんのことで、怒ってたの」
私は昨日あったことをあき君(とこなちゃん)に話した。
勝手に話して悪い気もするけど……。
〔ふーん……そんなことが〕
「うん。それで心配だから電話したんだけど……」
〔まーた充電してねぇのか〕
呆れたような口調で話すあき君。はやと君の電話はいつも通じないから、電話の意味がないってこの前怒っていたっけ。
〔俺も去年からの付き合いだからな……よく分かんねぇや〕
そっか……。
考えてみれば、私はやと君のことあまり知らないんだ。
口が悪くて面倒臭がりで、授業をよくサボってお昼寝するのが好きで、ダーツが得意な男の子。けど、私のことを心配して見てくれるし、困っている人を放っておけない本当は優しい人。
でも、それがはやと君の全てじゃないんだ。
〔ん~、そういやアイツ、「奇跡」以外にもNGワードがあるんよ〕
あき君は少し考えてから、思い出したことを教えてくれた。
はやと君は「奇跡」が嫌い。普段から言っていることから知ってるけど……他にも嫌いな言葉があるんだ。
〔まず「父親」。多分親父に因縁があるんだろう〕
父親って言われて、はやと君の昨日の怒り方を思い出す。はやと君、お父さんのことすっごく嫌ってた。
だから、私のお父さんを気にしてたんだ。
〔んで、もう1つが「母親」。こっちはそんなに嫌いでもないけど……寂しそうにするんだよなぁ〕
はやと君、お母さんも嫌いなのかな?
それに、寂しそうにするってどんな風なんだろう? 分からないことが多くて、私は首を傾げる。
〔俺が知ってるのはこれぐらいだ。悪いな、あまり力になれなくて〕
「ううん、ありがとう」
あき君が教えてくれたことは私にヒントをくれた……けど、やっぱり肝心なことが分からない。
〔つかさ~! 頑張れ~!〕
あ、こなちゃんの声だ。やっぱりデート中だったんだ。
やなぎ君とみちる君にも電話してみたけど、答えはあき君と同じだった。
分かったことは、はやと君は両親と仲が悪いみたい……でも、どうして?
ますます心配になった私は思い切って、はやと君の家に行ってみた。
はやと君はいつも私を助けてくれたんだもん。恩返ししなきゃ。
「あれ? つかさちゃんじゃん」
アパートの前で、管理人の海崎さんと会った。
でも、何で塩を持ってるんだろう?
「こんにちは。あの、はやと君は……?」
「家に籠もってる。ちゅーか、時々床殴ってうるさいんよ」
ふぇ!? は、はやと君、引き篭もりになっちゃった!?
「悪いけど、中見て来てくれない? これ合鍵な」
困り果てた様子の海崎さんから鍵を受け取って、私は急ぎ足で階段を上がる。
でも、何で塩を持ってたんだろう?
「はやとく」
「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ひゃっ!?」
チャイムを鳴らしたら、中からはやと君の悲鳴が聞こえた。
だ、大丈夫かな!?
「はやと君!」
慌てて鍵を開けて中に入ると、はやと君は居間にいた。
何故か毛布に包まった姿で。
「はやと、君?」
「え……つかさ……何で……?」
怯えるように震えて、はやと君はこちらを見た。
昨日と比べてゲッソリしている。ご飯、食べてないのかな? 声も小さくて、とても弱っているみたいだ。
私の知らないはやと君がそこにいた。どうしてこんな風になってしまったんだろう。
「大丈夫? 何があったの?」
「あぁ……平気だ」
「どう見ても平気そうじゃないよ!」
私を見て安心したみたいで、はやと君は横になった。
平気だって言うけど、私でも嘘だって分かるくらい弱り切っていた。
「……昨日、家にアイツが来たんだ」
「アイツ? ひょっとして、はやと君のお父さん?」
はやと君は小さく頷いた。
そっか。お父さんに会いたくないから、はやと君は引き篭もってたんだ。
けど、このままじゃはやと君はお父さんにずっと怯えたままどんどん弱ってしまう。
「はやと君」
私は決めた。はやと君を放っとけないもん。
「ウチに泊まっていかない?」
☆★☆
いきなり現れたつかさは、自分の家に泊まっていけと訳の分からないことを言い出した。
いや、俺はまず何でお前がいるのかすら分からないんだが。
「え、えっと……」
自分が言ったことに、今更顔を赤くする。
女子が男子に泊まっていけなんて、普通言わないよな。
「ここじゃなくてウチならお父さん、来ないかなって……」
なるほどな。そう考えると、俺にとっては確かにいい案だ。
アイツはつかさの家までは知らないはずだ。ここだって、昨日の尾行でやっと知ったぐらいだし。
「どうかな? あ、ダメならいいんだよ! 無理しなくて……」
勢いとはいえ一度言っちまった手前、引くに引けなくなったみたいだ。
つーか、無理してんのお前だろ。
「……頼むわ」
だが、断る理由が思い付かない程、俺は弱っていた。ここはつかさに甘えるとしよう。
とりあえず風呂に入り、さっぱりしたところで必要なだけの荷物を持ち、柊家へ向かう。
「お泊り……だと……!?」
アパートの外では海崎さんが変な顔をしていた。
何を想像したか分かるから余計にウゼェ。つーか、何で塩持って突っ立ってんだ?
「そんなんじゃねぇよ。一時的な避難だ」
「あはは……」
俺にそんな気はないと、はっきり伝えておく。言い出しっぺのつかさは苦笑するのみ。
すると、海崎さんはつかさに何かを耳打ちした。
「はやとのこと、頼む」
「は、はい!」
俺には聞こえなかったが、大声で返事したつかさは顔を赤くしていた。
何吹き込みやがった、このアホ管理人は。
「……せいっ!」
「いだっ!?」
何かムカつくから、海崎さんを軽く蹴っておいた。
この保護者も大概優しいからな。あまり過ぎると恩返しがしにくくなる。
「行くぞつかさ」
「え、あ、うん!」
こうして、アイツの尾行に気を使いながら、俺はつかさの家に世話になるのだった。
どうも、雲色の銀です。
第18話、ご覧頂きありがとうございます。
今回は神経質になるはやととお泊りイベント突入でした!
終始叫びっぱなしであれほどマジ切れするはやとは珍しいです。
そしてつかさの爆弾発言!つかさの方ははやとを意識し始めてますが、はやとは……鈍感です(笑)。
次回は柊家inはやと、そしてはやとの過去です。