降りてくる幕の向こう側から聞こえる、割れるような拍手の音。
幕が閉まり切るまで礼をしたままの俺達は、誰もが感情を抑えるのに必死だ。
「よっしゃぁぁぁぁっ!!」
幕が完全に閉まり、俺の歓喜の叫びと同時に全員が感情を爆発させた。
俺達の劇は大成功に終わった。ミスは1つもなく、リハーサル以上に完璧な演劇になった。
途中、溺愛する娘がキスして怒りに燃えるおっさんが客席に見えて、背筋が凍ったけど。
あの瞬間、俺は何時の日か背後から刺される気がしたぜ……。
「お疲れ、あき君」
俺の命の心配を余所に、こなたはタオルを持って来てくれた。
色んな意味で汗掻いたから助かるぜ。
「おぅ、お疲れこなた」
「それよりあき君、キスした時舌入れなかった~?」
「ぶっ!?」
げっ、やっぱバレてた!?
こなたの指摘に、俺は恥ずかしさのあまり思わず吹き出す。
校舎裏、リハーサル、そして本番と、俺達は3回キスをした。
だが、3回目となると何かしたくなるのが青少年の悲しき宿命。
ほんの出来心で、にゅるっと行ってしまったのだ。
「いや、ちゃんと歯ァ磨いてうがいもしたぜ!? リップクリームも塗ったし!」
出来心だったが、いざ突っ込まれると正直恥ずかしい。
言い訳をするが、こなたはジト目のままだった。
「サイテー」
「グサッ!?」
青少年のガラスのハートをあっさりと傷付けたよ、この子は……。
出刃包丁のような言葉にグッサリと刺された俺は壁に手をついて項垂れる。
「……なーんてね。で、用があったんじゃないの?」
「そうだ、校舎裏に来てくれ」
俺は大事な用を思い出し、すぐに復活する。死んでる場合じゃねぇ!
見つかると面倒臭いので、歓声に包まれる皆の目を盗み、俺とこなたは校舎裏へ向かった。
☆★☆
時計を確認し、丁度あき達の劇が終わったことに気付いた。
スケジュールの都合上、俺は見に行けなかったが……きっと奴のことだ、成功しているだろう。
「チェックメイト」
「……もう、勘弁してください……」
駒を動かし、対戦相手に終了宣告をする。俺は店の手伝いをする傍らで、ミニゲーム企画であるチェスの相手をしていた。
これで7連勝はしている。もっと骨のある奴はいないのか。
「やるじゃん、冬神」
そこへ、1人の活発そうな女子が話しかけてきた。
名前は確か……日下部みさお。D組内でかがみとよく絡んでいる奴だ。
最も、俺達は休み時間になるとE組に行ってしまうので影が薄いがな。
「日下部、お前もやるか?」
「うーん、けどルール分かんねぇしいいや!」
場所を変わろうとしたが、日下部はあっさり断った。
体育会系、という意味ではあきと仲良くなりそうだ。
因みに、さっきから次の対戦相手が日下部に助けを求める視線を送っている。
「みさちゃん、オーダー入ったから手伝って」
「おう!」
もう1人のクラスメート、峰岸あやのに呼ばれて日下部は裏に消える。
峰岸もクラス内ではかがみと仲良くしている。日下部より圧倒的に常識人なのだが、大人しめの性格から目立たない。
……かがみも、もう少しコイツ等に構ってやればいいと思うのだがな。
「さて、と。俺も仕事をしますか」
愛用の扇を広げて仰ぎながら、俺は駒を並べ直したチェス盤に集中した。
ククッ、次はどんな手で相手を追い詰めようか。
☆★☆
校舎裏。俺達は仲直りをしたあの時のように立っていた。
クラス全体での戦いは終わった。
いよいよ今度は、俺個人の戦いだ。最も、勝利は目前だがな。
「で、用事って何?」
あくまでコミカルに通そうとするこなた。
だが、心なしか頬が赤く見え、こっち見ようとしてない。分かっている癖にな。
「こなた。前にここで聞いたこと、覚えてるか?」
キスする覚悟を決める為、俺が聞いたこと。
俺を好きか、嫌いか。
「うん」
「あの答えをもう一度、ハッキリ聞かせて欲しい」
あの時は好きか嫌いか、それだけだった。
けど、今はそれだけじゃダメだ。こなたの好きに恋愛感情があるか、ないか。
「こなた」
「……うん」
やべぇ、今になって緊張してきた! 心臓の鼓動を抑えられず、顔は今までにないぐらい赤くなっているだろう。
緊張のあまり目を逸らしそうになるが、こなたは俺をじっと見ている。今までに見たことない、真剣な表情がすごく綺麗に思えた。
俺、もうロリコンでいいや。
初めて会った時から、気の合う友達のような感覚だった。
共通の趣味、似たようなノリのよさ。一緒にふざけては、やなぎやかがみによく突っ込まれた。
やっぱり、こなたが働いてるメイド喫茶に初めて行った辺りからか? 意識し始めたのは。
俺はこなたの対応に微妙な変化を感じていた。けど、それはふざけの範疇だと思っていた。何故か布巾で殴られたしな。
俺が確信したのは、例のキスシーン事件辺りからかな。
いやもしかしたら、それより前か? 夏休み辺りから何となく気になり始めていたような……。
ま、この際何時から好きだったなんて、どうでもいいか。
「俺のこと、好きか?」
「大好きだよ」
笑顔でそう言ってくれるこなた。
今ならはっきりとわかる。この好きは「愛してる」って意味だと。
「俺もこなたが好きだ。俺と付き合ってくれ」
「うん、お願いします」
俺達は目を瞑り、どちらからともなくキスをした。
こうして、晴れて俺達は恋人同士になった。
☆★☆
長い1日が漸く終わった。
周囲の雰囲気を見るに、内外問わずカップルがあちこちで成立したらしい。学園祭ムードってすごいんだな。
「楽しかったね~」
クラス委員の仕事から漸く解放された俺とつかさは、残業もなく早く帰れた。
途中、あきが彼女自慢してウザかったり、みちるは相変わらず鈍感でみゆきが攻略失敗に落ち込んでたりしたが。
「まぁな」
結局、俺は最後までつかさの家族、特に父親を気にしていた。
別に他人の家族なんか、俺には関係ないのに。
「はやと……?」
背後から声を掛けられる。中年のおっさんの声だ。
俺は、この声に聞き覚えがあった。
この声を聞くと、とてつもなく嫌な、背筋が凍るような感覚がした。
「やっと会えた」
嫌だ。振り向きたくない。顔を合わせたくない。
「はやと君?」
つかさが隣で心配そうな声で尋ねる。けど今だけは、つかさの言葉も耳に入らない。
俺は目を見開き、ゆっくりと振り返った。
「何で……何でアンタがここにいるんだよ!!」
会いたくなかった。まだ自分の気持ちと向き合えていないのに、見たくもなかった。
しかし、予想通りの人間がそこにいた。空色の髪に、金色の瞳の男。
俺の父親が。
どうも、雲色の銀です。
第17話、ご覧頂きありがとうございます。
今回は桜藤祭、後半でした!これにて桜藤祭編、終了です。
後半の内容が薄いのは、キャラ削除の影響を受けています。これでも付け足したのですが……申し訳ありません。
桜藤祭編でのあきとこなたの話は、ゲーム版桜藤祭の「らきらきメモリアル」を参考にしました。
王道的熱血キャラのあきと、実はツンデレっぽいこなたならこのシチュエーションが一番似合うと思ったのです。
さぁ、それと同時に新展開突入!ここからは主人公、はやとの話が加速していきます。
今回現れたはやとの父親は、はやとにとってラスボス的存在です。
次回ははやとがひたすらキレまくります。そして、つかさは……。