すた☆だす   作:雲色の銀

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第16話「開幕」

 天気は快晴。降水確率0%。絶好の祭日和ってところだ。

 校内では全てのクラスが本番に向けて、最後の打ち合わせや準備に追われていた。ウチのクラスも例外ではない。

 

「よぉ、はやと。晴れてよかったぐぇ!?」

 

 馴々しく話し掛けてきた赤毛野郎の首根っ子を掴む。

 

「よくもハメてくれたよなぁ? あ?」

「な、ナンノコトヤラ……」

 

 俺が睨みを利かせると、とぼけやがった。

 俺は、クラス委員には桜藤祭中の仕事がないと思っていた。最初にあきが言った通りに。だからこそ、小道具などの準備も手伝ってやったのだ。

 だが、実際は交替で校内の見回りという、犬みたいな仕事が待っていたのだ。

 この事実を知ったのは、前日に行われたクラス委員の集まりの時。寝耳に水だった俺は、会議終了まで呆然としていた。

 

「いいじゃねぇか、つかさと2人切りで回れるんだし」

「もう1回秘伝キムチ食わすぞコラ」

「そ、それだけはやめろ!」

 

 地獄のキムチの味は身に染みてるようだな。

 キムチに怯え平謝りするあきを、俺は離してやった。

 

「ったく……」

「どうせ屋上も鍵かかってんだろ?」

 

 そう、桜藤祭中は小さい子が近寄らないよう鍵が掛けられている。

 ここで下手な真似すれば、屋上は永久に鍵付きになる恐れがある。だから迂闊にシエスタすることも出来ない。

 

「することもねぇしな」

 

 元々、つかさとも回る予定だったし。ま、気楽にやるか。

 

「さて……全員準備はいいかぁ!?」

「「「「おう!!」」」」

 

 盛り上げ役のあきの呼びかけに、クラスは一丸となって応じる。

 クラスの皆さんは随分元気のいいことで。出し物に参加しない俺は見回りの時間までパンフレットを眺めていた。

 桜藤祭開始まで、あと30分。

 

 

☆★☆

 

 

 今日は勝負の日だ。ヘマをしないように前の晩に台詞を復唱し、即寝た。身嗜みも普段以上に気を付けた。

 それに、もうキスなんかに緊張しない。

 よし、バッチリだろ!

 

「あき君」

「おぅ、こなた! どうした?」

 

 相方のこなたも体調はよさそうだ。

 いつものようにニコニコと俺に話しかけてくる。

 

「ごめん、キスシーンなしになった」

「……は?」

 

 ちょ、ええええ!?

 解決したとはいえ、今まで悩んでたシーンが突然消えるってどういうこと!? 今まで悩んでた時間返せ!

 

「……なーんて、嘘だよ♪」

「お前……」

 

 うっかり騙された俺は、ジト目でこなたを睨んだ。

 コイツは本当に俺とキスする気があんのか?

 

「……あれ、怒った?」

「そりゃあもう、今キスされなきゃ暴れるってくらい」

 

 気付いた時には、こなたが俺の頬にキスをしていた。

 

「最初の時のお返しだよ」

「は、はは……」

「じゃ、頑張ろう!」

「ああ……」

 

 若干頬を赤くしながら、こなたは去っていった。

 こんなことされたら、頑張るしかねぇだろうがぁぁぁぁ!

 

「わ、どうしたの!? 急に腕立てなんかして」

「みっちー、今日は頑張るぜ!」

「う、うん!」

 

 テンションが上がり、思わず腕立てをする俺を、訳が分からないといった風にみちるは見ていた。

 

 

☆★☆

 

 

 桜藤祭が始まるまであと10分。

 俺達D組による、喫茶店の準備は既に整っていた。

 俺も前半担当だし、お茶を入れる位なら出来るので厨房に立ってるんだが……。

 

「やなぎん、お茶マダー?」

「私アップルティーね~」

「何でお前等がここにいるんだ!?」

 

 他クラスであるはずの、あきとこなたが当然のように席に座っていた。 

 大体、まだ開店すらしていないというのに。

 

「お前等、自分達の劇はどうした!?」

「だって、俺達桜藤祭始まってからも時間あるし~」

 

 要するに、劇が始まるまで時間に余裕があるのか。

 いや、暇なら自分のクラスで過ごせよ。

 

「ほら、そろそろ開店するからアンタ達も帰んなさい!」

「冷たいこと言わないでよ、かがみ~ん」

 

 かがみが追い出そうとしても、動こうとしない。寧ろ怠けている。

 子供か、お前等は。

 

「こうなったら実力行使か……」

「きゃー、かがみん怖いー」

 

 かがみがドスの利いた声を出すが、こなたは棒読みでますます挑発する。コイツ等は本当に……。

 仕方なく、俺は奥からあるものを持ってきた。

 

「よし、じゃあ一勝負するか? 俺に勝ったら茶の1つでもご馳走してやる」

 

 2人のいるテーブルに、バンッとチェス盤を叩きつける。以前言っていたミニゲーム用に、俺が持ってきたものだ。

 その瞬間、2人の顔から血の気が引いたように青くなる。

 

「じゃ、そういうことで!」

「お仕事頑張ってね~!」

「ったく……」

 

 あき達は逃げるように退散していった。

 ……そこまでビビられると、少しショックだな。

 

「でも、仲が良さそうでよかったじゃないか」

「余計に煩くなっただけよ」

 

 それは言えてるな。2人が揃うと、煩さは2倍だ。

 口では素っ気なく言ってるが、かがみがこなたを心配していたのを俺は知っていた。

 

 さ、喧しいのがいなくなったし、仕事に戻るか。

 

 

☆★☆

 

 

『ただいまより、陵桜学園 桜藤祭を始めます』

 

 アナウンスが入り、校門から親やら保護者やらが入っていくのが見える。

 ……俺には関係無い話だがな。

 一応、俺を保護してくれた立場の海崎さんは今日も働いていて来ない。俺も来てくれとは頼まなかったしな。

 因みに、可愛い女の子の写真を撮ってきてくれ、という頼みはスルーしておいた。

 

「はやと君?」

 

 隣をてくてく歩いていたつかさが、こちらの顔色を伺う。何でこういう時だけ鋭いんだ、お前は。

 

「大丈夫? 不機嫌そうだけど……」

「お前が心配する程度のことじゃねぇよ」

 

 ポン、とリボン頭に手を乗せる。

 そう、お前には関係ないんだ。お人好しが心配すると止まらないんだから。

 などと考えてると、前方から歩いてくる4人組が視界に入った。見た所、父親と3姉妹のようだ。

 

「つかさ~!」

 

 3姉妹の1人がつかさの名前を呼んだ。何だ、つかさの知り合いか?

 そういや父親とカーキ色の髪の女はつかさ、藍色のロングと赤紫のショートはかがみに、それぞれ目元が似てるな。

 そして、瞳の色は父親を除き全員同じだ。

 

「あ、皆~!」

 

 やっぱりな。つかさも手を振って集団を迎える。

 予想通り、つかさの家族だった。

 しかし、かがみ以外に3人も姉がいるなんて聞いてねぇぞ。

 

「つかさが男の子と一緒なんて珍しいじゃん」

「デートか~。羨ましいぞ!」

「ち、違うよ~!」

 

 姉2人に絡まれ、つかさは顔を赤くしながら反論した。

 さて、この場合俺はどうするべきか。他人のフリをするか、逃げるか。

 

「えっと、クラスメートのはやと君」

「白風はやとッス」

 

 よからぬ考えを実行する前につかさに紹介され、とりあえず頭を下げておいた。

 ま、実行する気はなかったけどな。

 

「はやと君。私の家族で右からお父さん、お母さん、いのりお姉ちゃん、まつりお姉ちゃん」

「へぇ……!?」

 

 今、聞き間違えたか?

 右から2番目の女性が「お母さん」と呼ばれた気が……。

 

「母の柊みきです」

 

 聞き間違いじゃなかった!

 いやいやいや、4人の母親にしては若すぎるだろ!

 

「お若いですね……つかさの姉かと思いました」

「あらそう? 嬉しいわ~」

 

 何とか平静を保ちながら挨拶をする。俺の言葉にうふふ、と笑うみきさん。マジ洒落にならん。

 で、正真正銘の2人の姉に視線を移す。真面目に、外見年齢はこの2人と大差ないぞ。

 

「姉のいのりです」

「同じくまつり! よろしく!」

「ねぇねぇ、つかさとはどこまでいったの?」

「知り合いにいい男とかいない?」

「えーと……」

 

 挨拶と同時に、質問攻めにあってしまった。

 ああ……美人だけど、かなり残念な感じがする。

 しかも、いのりさんはちゃっかりしていて、まつりさんはかなり面倒臭い性格をしていそうだ。

 

「こら、はやと君困ってるじゃない」

「「うっ……」」

 

 みきさんの一声で、姉2人は下がった。この姉の下でかがみとつかさは育ったのか。

 最後に、つかさの父親が挨拶をする。俺は顔を一層強張らせた。

 

「つかさの父の柊ただおです。かがみとも友達なのかな?」

「はい」

「そうか。これからもつかさやかがみと、仲良くしてやって欲しい」

「そりゃ、勿論です」

 

 ただおさんは見るからに押しの弱い、優しそうな男性だった。つかさは性格も父親似だな。けど、親としての芯も通っている。

 父親、か。

 クラス委員の仕事があると適当なことを言い、俺達は柊家と別れた。

 こういう時、逃げに繋がるからクラス委員の肩書きも悪くないな。

 

「つかさ」

「え、何?」

「お前にとって、家族は大事か?」

 

 柊家に会って、俺の中でずっとモヤモヤしたものが残っていた。

 家族はあんなに温かいものだったか。

 家族はあんなに幸せそうなものだったか。

 

「うん、すごく大事だよ!」

「そっか……悪いな。変なこと聞いて」

 

 何言っているんだ、俺は。大事に決まっているだろうが。

 ……嫌なモンを思い出した。仕方ない、何か食って忘れるとしよう。

 

 

☆★☆

 

 

 劇の開始まで、残り時間もあと僅か。

 客席は満員で一先ず安心した。

 これを言えば身も蓋もないが、ウチのクラスメートの保護者が客の約半数だろう。

 その中で、いかにも怪しいオーラを纏った青髪の男性がいた。うん、多分こなたの親父さんだろうな。

 この時、俺はかなり重要なことに気付く。

 

「お前、親父さんにキスシーンのことは言ってあるのか?」

「ううん、言ったら反対されるしね~」

 

 そりゃそうだろ。大事な娘が、何処の馬の骨とも知れない男とキスするんだから。

 ってことは……あれ? 俺、後で殺されるんじゃね?

 

「頑張れ」

 

 顔を青くする俺に、ポンと肩を叩いてこなたが一言。

 いや、当事者お前だろ!? 何かフォローしてくれよ!

 

「でもあき君、お父さんに似てる所あるから平気だよ~」

 

 そ、そうか? イマイチ安心できないような台詞を吐くこなた。

 いや、同族嫌悪という言葉もあるし……そもそも、溺愛する娘のこととなると別問題じゃ?

 

「じゃあやめる?」

「それはない」

 

 不安に駆られる俺に、こなたはやめることを提案する。が、俺は即却下した。

 この後、男の勝負も掛かってることだし。父親が怖くてキスが出来るか!

 

『まもなく、2-Eの劇「パラダイス・ロスト」を始めます』

 

 アナウンスが入り、客席ののざわつきも収まる。いよいよ本番だ。

 今更緊張しても遅すぎる。俺はこなたと頷き合った。

 さぁ、行こうぜ。俺達の舞台の開幕だ!




どうも、雲色の銀です。

第16話、ご覧頂きありがとうございます。

今回は桜藤祭、前半でした!今更ですが、桜藤祭編は主にあき×こなたを主軸にやっていきます!

また、はやとが柊家の面々と顔合わせもしました。これについて最初、実は桜藤祭準備期間中に何人かで柊家に泊まり準備を進める予定でした。
その際に顔を合わせるはずでしたが……このイベント自体作者が忘れてしまったまま話を進めてしまいました(汗)。
今後の展開の為にも、はやとだけでも合わないといけないので、今回急遽入れました。

次回は桜藤祭後編です。因みに劇の内容は、今回ラストにタイトルが出たのでもう分かると思います(笑)。

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