「はいカット! 天城、台詞違うぞ!」
あれからというもの、妙に落ち着かない。
キスシーン騒動の所為で周囲から有らぬ噂を作られ、こなたとも目を合わせづらくなった。
大体、こんなの俺のキャラに合わないだろ!
俺はもっと堂々とバカやってればいいんだ!
「わ、わりぃな!」
「どうした? もう3回もミスってんじゃねぇか」
クラスメートの1人が珍しく心配して来た。
こりゃ、相当ヤバいかもしれない。内心焦る俺だが、盛り上げ役として不安な表情を見せる訳にはいかない。
「そんなにか!? じゃあ、そろそろ」
「いい加減本気出せ。お前の所為で練習止まってんだぞ?」
ぐ……。誤魔化そうとしたが、真面目に注意されてしまった。
こっちがふざけて言ってるから仕方ないとはいえ、今のは心に刺さった……。
「……あき。変な噂はあまり気にしない方がいいよ」
「!」
1人、自分の不甲斐なさに拳を強く握る。
そんな俺に、みちるが優しく気遣いの言葉をかけた。
「は、ははっ! んなモン最初っから気にしてねぇよ! お前は俺みたいにならないよう台詞覚えとけよ!」
「え? あ、うん……」
何とかして、俺はみちるの心配を笑い飛ばした。
余計な心配はいらない、という振る舞いをすると、みちるはまだ不安そうな眼差しを向けたまま去って行った。
ははは……親友にまで心配掛けてどうすんだよ、俺。
☆★☆
「仮面舞踏会の背景完成だオラァ!」
つかさに咄嗟の嘘がバレてから、俺はサボることなく小道具、そして背景係に扱き使われていた。
俺の手際の良さに目を付けたのか、サボらせないように強力な見張りまで付けている。
「わー、はやと君すごーい!」
コイツだ。
本来相方であるはずのつかさだが、本人は全く役に立たない。
そこそこ器用ではあるが、俺の方が3倍以上も作業が速い。
なのに、すぐ傍で作業をしているので抜け出そうとすればすぐバレる。
「次、どれだ! 持って来い!」
だから俺が殆ど引き受け、さっさと仕事を終わらせようとしていたのだ。
いい加減勘弁して貰いたいものだ。
「次はアリーナの背景よろしくね~」
「おし! ……あれ?」
背景担当が真っ白な背景の用紙を持ってくる。と、ここで俺は漸く大事なことに気付いた。
俺、クラス委員だよな? 小道具係でも背景係でもないよな?
「手伝いであるはずの俺が仕事してんのに、何でお前等担当の奴がサボってんだよ!!」
あまりの作業速度で忘れていたが、俺達クラス委員が小道具や背景を全部引き受けてやる義理はない。
それなのに、仕事をどんどん俺の方へ持ってくる。コイツ等は鬼か。
「えっ……あっ! そうだね!」
大変な作業を俺に押し付け、自分達は楽しようとしている。そのことに、つかさも漸く気付いたらしい。
つかさェ……。
「チッ、気付かれたか」
自分達の計画がバレ、悪態を吐く小道具係。
やっぱり全部俺にやらせる気だったのか。
「はいはい、今からクラス委員様は休憩時間に入るんで」
「えっ!? は、はやと君痛いよ~!」
これ以上、好き放題されてたまるか。俺はつかさの頭を掴み、教室を後にした。
「久々の屋上だーーーーっ!」
ドアを勢い良く開け、解放感に浸る。
広がる空、浮かぶ雲、吹くそよ風。仕事のことなんかさっぱり忘れられる。
「いたた……本当に空が好きなんだね」
隣でつかさが呟く。おっと、頭掴んだままだったな。
俺はリボン頭を解放してやる。しかし、以前から思ってたが、つかさの頭は撫でやすいし掴みやすいな。
「大丈夫か?」
「うん」
頭を擦りながらも微笑むつかさ。ま、そんなに強く掴んだ覚えはないんだけどな。
それより、コイツのふにゃけた笑顔を見てると、無性に頭を撫でたくなる。きっと、ペットを撫でたくなる感覚に似てると思う。
「あ! あれ、あき君じゃないかな?」
つかさが指差す先には、目立つ赤毛がフェンス越しに景色を眺めていた。
あの背格好と横顔は、確かにあきだな。けど、今は役者は練習中のはずだぞ?
「オイ、何してんだ? サボりか?」
俺はあきに声を掛けるが、あきはボーっと外を見ているままだ。
反応がないので、顔を覗き込むと目は開いていた。寝てんじゃねぇかと思ったが、違ったか。
「え? ああ、お2人さんも来たのか。デートか?」
「ち、ちが」
「違ぇよバカ」
「……うん。そだね」
やっと俺達の存在に気付いたか。
ヘラヘラ笑いながら聞くあきに、俺ははっきりと断る。
……ん? 何でつかさは落ち込んでんだ?
「鈍感だなぁ」
うっせぇ。何のことか分かんねぇけど、大きなお世話だ。
そんなことよりも、気になったのはあきの方だった。
一瞬だが、さっき覗き込んだ時の表情は明らかに何か悩んでいた。
「俺はお前がどうしたか聞いてんだがな」
「俺か? 何だ、俺のことが」
「突き落とすぞ」
有らぬ疑惑をまた作ろうとしてんじゃねぇよ。
あきの誤魔化しに付き合う気は毛頭なく、真剣な表情で睨みつける。オラ、さっさと言え。
「……別に何でもねぇよ。ただの気分転換だ」
冗談が聞かないことが分かると、あきは背を伸ばしながらこの場を去ろうとした。
まるで俺から逃げるかのように。
「何が怖いんだ?」
放った言葉に、あきがピタッと止まる。
「お前は今、何を怖がってる?」
「俺が怖がってる、だと?」
2度目の言葉に反応し、あきは俺を睨んだ。いつものふざけた態度からは想像も出来ない位にキツい視線で。
何時ぞやのメイド喫茶での騒動を思い出すな。
「お前が何に悩んでるかは知らねぇが、その悩みに対して怖がってる」
「ふざけんなよ」
言葉をやめない俺に、あきは遂に掴み掛かってきた。オロオロするつかさを尻目に、俺達は睨み合う。
こんなに短気な奴だったっけ? まぁ、いいや。
「じゃあ、何で向き合わないんだ?」
「!?」
「お前は今、俺から逃げた。それは、お前が持つ悩みからも逃げてるってことだ」
「うるせぇ!」
奴の核心を突いているようで、黙れと言わんばかりに思いっきり殴られた。倒れ込む俺に、つかさが駆け寄る。
いってぇ……バカは腕力だけはあるな。
「お前に何が分かるんだよ……」
声が震えだすあき。殴られた箇所を拭い、立ち上がりながら俺は口を止めない。
「お前みたいに逃げてる奴を、1人知ってる」
ソイツは今までずっと逃げてきた。自分の問題からも、その相手からも、そして現実からも。
逃げ続けても行き着く宛てなんて何処にもなくて。それでも後戻りも出来ないところまで来てしまった。
気付けば、ソイツは彷徨うことしか許されなかったんだ。
もし翼があったら、別の解決策を見つけることが出来たかもしれない。
「お前はまだ向き合える位置にいる。そこから逃げ続けて後悔するかどうか、後はテメー次第だ」
だから、逃げようとするあきの態度が気に喰わなかった。
翼を持ってる癖に、気付かないフリをして飛ぼうともしない奴が調子に乗るなよ。
俺は視線を逸らさず、あきにゆっくりと歩み寄る。
「けど、テメーには頼れる奴もいる。ソイツ等も頼っていいんじゃねぇか?」
黙りこくるあきを、俺は一発ブン殴った。不意打ちに、あきは屋上を転がり倒れる。
「一発は一発だ。行くぞ、つかさ」
「えっ!? ま、待ってよはやと君!」
一発分の借りを即効で返して、俺はつかさと屋上を出て行った。ったく、バカの所為で嫌なものを思い出しちまったじゃねぇか。
屋上から教室に向かう俺は、堂々と机で寝ることにした。座ったまま寝ると体痛いんだよなー。
「チッ、口切っちまったじゃねぇか」
殴られた箇所を舌で舐めると、口の中に鉄の味が広がる。うん、マズい。
「大丈夫? はやと君」
心配そうにこちらを見るつかさ。争いごとが嫌いなつかさは、終始涙目で俺達のやり取りを見ていたのだ。
はいはい、分かったから泣きそうな目で見つめて来んなよ。
……よし。ここはからかってやるか。
「あー、メチャクチャ痛ぇ」
「ええっ!? 保健室行った方が……」
「それよりプリンが食いてぇな。プリン食ったら治る、うん」
「ぷ、プリンだね! 分かった!」
「……え? マジ?」
つかさは俺の戯言を真に受けてしまい、急ぎ足でプリンを買いに行ってしまった。
あのー、冗談のつもりで言ったんですが。
「ぐぇっ!?」
突如、後頭部に衝撃を受けて膝を突く。
「私の妹をパシリに使うなんていい度胸してるじゃない? は・や・と・君?」
ええ、大体分かってましたよ? こういうことしたら貴方が来るってことぐらい。
後ろを振り向くと、腕をチョップの形にしたかがみが殺気を全開にして立っていた。
「死んだらどうする!」
「ピンピンしてるじゃない」
命賭けのボケをあっさり返されてしまった。
こういうのはあきの役目だろうがよぉ……。
「で、妹君を大切になさってるかがみ様は何の御用で?」
「別に? 通り掛かっただけよ」
ああ、そうかい。通り掛かりにチョップしてくる女なんて、初めて見たわ。
「それより、アンタが殴り合いなんて珍しいじゃない。相手は?」
「あき」
「へぇ……え? あき?」
かがみは話を聞いていたらしく、興味深々で俺に尋ねてくる。
なので、正直に答えてやったら余計に驚いた。
そりゃ驚くわな。俺はともかく、あきは仲間を大事にする奴だし。
「何したのよ?」
「話してやるつもりはないね。そうだな……コーヒーゼリーでも」
「腕と足、好きな方を選びなさい」
黙秘権を行使しようとしたら、肉体言語で返されそうになった。
バキバキ指を鳴らす姿が勇ましいです、かがみさん。
「お待たせ~! あれ、お姉ちゃん?」
そこに、丁度プリンを買ってきたつかさが帰ってきた。
ってか、マジで買いに行ってたんだな。姉と違っていい子だなぁ。
「じゃあ遠慮なく」
「金払え」
プリンを受け取ろうとする腕をかがみに掴まれ、渋々プリン代をつかさに渡す。
今の腕の速さはなかったわー……。
☆★☆
何なんだ畜生!
はやとに殴られた跡を拭い、俺は教室に戻った。幸い口は切れてなかったが、痛みよりアイツの言葉が気になっていた。
「俺が逃げてる? 俺が怖がってる?」
はやとが言ったことを繰り返す。
全部図星だった。俺は何かを悩み、怖れていた。
だが、それが何なのか分からない。
分からないものを相手にしていても、仕方ない。だから逃げていたんだ。
「ほら、あき君。出番だよ?」
こなたに呼ばれるまで、今が劇の練習時間だということに気付かなかった。
「あ、あぁ悪い!」
いつものように軽く返事する。
そう、俺はこれでいいんだ。何かに悩むなんて柄じゃない。皆とバカやって、楽しく過ごせばいいんだ。
「決めるぜ!」
☆★☆
「オイオイ……」
かがみと別れ、プリンを食い終わった俺とつかさが戻ってきた時には、既に事件は起きていた。
「しっかりしてよあき君! 皆迷惑してるんだよ!」
「うるせぇな! 分かってる!」
言い争っているのはあきとこなただった。俺以上に珍しい組み合わせに、仲裁に入る気も起きない。
「どうしたんだこれ?」
俺は近くにいた奴に聞いた。今来たばかりだから現状が分かんねぇ。
「それがな……」
モブキャラAの話を3行で纏めた。
あきがミス連発
遂にこなたが業を煮やす
大喧嘩に発展
……だそうだ。あきめ、とうとうやらかしたか。
「ねぇ、ひょっとしてやる気ないの?」
「そんなことねぇよ!」
「もう、やってらんないよ!」
言い争いの末、こなたが教室を出て行く。アイツも何だかんだで劇を楽しんでたからなぁ……。
「……チッ」
舌打ちして苛立ちを露にしながら、あきも教室を出て行く。
どうやら悩みに対する答えも、まだ出せてないみたいだしな。
「あーあ」
「こなちゃんもあき君も、大丈夫かな……?」
呆れ顔の俺の隣で、つかさがまたもや泣きそうになる。
そりゃ仲の良い2人があんだけ声張り上げてケンカしてりゃあビビるよな。
って、離婚直前の夫婦の子供かお前は。
「……皆さん、お2人が出ていないシーンの練習をしましょう!」
すっかり静まり返ったクラスを、みゆきが纏めていく。今は自分達だけでやれることをやった方がいいな。
練習が続行される中、俺は密かにメールを送っていた。
あきと腐れ縁のアイツなら、何とかしてくれんだろ。
どうも、雲色の銀です。
第17話、ご覧頂きありがとうございます。
今回は文化祭前に起こった、あきとこなたのケンカ話でした!
主人公もちゃんと活躍出来たよ!やったねはやと君!
代わりにみっちーとみゆきさんが空気に……ゴメンよ。
え、やなぎ?彼は元々空気ですから(笑)。
次回はケンカの決着です!あき達は無事に文化祭を迎えられるのか!?