昼休み。我がクラスでは、演劇の練習の真っ最中だった。
「ふぁぁぁ……」
「大きな欠伸だね~」
隣に座るこなたからツッコミを受ける。
周囲を見ると、眠そうな奴が他にも何人かいる。劇の練習が始まってから、役者は朝早く登校する羽目になったからだ。
俺、天城あきも役者の1人だ。朝が早くなって、起きるのに辛い日々が始まった。
だからといって、徹夜でネトゲやギャルゲに勤しむ生活をやめる気はないがな!
「いやぁ、眠くてな」
「はやと君みたく屋上で寝てくれば?」
先日、見事にクラス委員に当選したはやと君は、今はやることがなくなったので絶賛昼寝中だ。
「あれ? はやと君は~?」
相方のつかさは、小道具等の内職をしているというのに……。
漸く相方がいなくなったことに気付いたつかさは、はやとを探しに行ってしまった。
「フッ、俺のようなイケメン男優がいなくなったら、皆困るだろ?」
前髪を掻き上げ、格好良く決める。真のイケメンは、主役じゃなくサブで輝くモンなのさ。
「キャー!!」
フッ、黄色い声援が聞こえるぜ。このクラスの女子もやっと俺の魅力に気付いたようだな。
「みちる君、今のもう1回やって!」
「え? う、うん……俺の演技に、酔いしれな」
「キャー! 格好良いー!」
黄色い声援は我らが王子、みちるのものでした。うん、分かってたよ。
お金持ちでイケメンの完璧超人、みちるは演技も上手く、すぐにクラス内でファンを作っていた。何気にファンの中にみゆきさんが入ってるし。
「……黙ってればあき君だって」
「ん?」
今、こなたが何か呟いたような気がしたが、声援に掻き消されて聞こえなかった。
「私も眠くてさ~」
そう言って、こなたは大きく欠伸をした。実はこなたも役者の1人で、俺との共演シーンが多い。
何だ、人のこと言えねーじゃん!
「てっきり俺の格好良さに見惚れてたのかと」
「吐きそうだからトイレ行っていい?」
「酷っ!?」
口を押えるジェスチャーをしながら、ぷくくと笑うこなた。
こんな軽いやり取りが出来る女子も、コイツだけだぜ。
☆★☆
見事に教室を抜け出せた俺は、空を見上げながら大の字に寝転んでいた。
あー、こんなにゆったりした感じは久々だ。
去年までは文化祭なんて関わらず、こうやって屋上で空を眺めていたってのに。
つかさと会ってから俺の日常変わったなぁ、とつくづく思う。
「ま、悪い気はしてないが」
確かに、日常の変化で楽しくもなった。けど、仕事をサボるのとはまた話が別だ。
つー訳で、お休みー。
「はやと君!」
「どわぁっ!?」
これから寝ようとした時に屋上のドアが勢い良く開き、聞き慣れた声で呼ばれて飛び起きる。
「やっぱりいたよ~!」
「チッ、もう気付いたか」
つかさは頬を膨らませてこっちに来た。
細々とした作業に夢中になって気付かないと思ってたが、まさかこんなに早いとは。
「戻って小道具作らなきゃダメだよ~!」
「自分不器用ですから」
「不器用な人はあんなにダーツ上手くないよ~!」
つかさの説得を軽く流すが、通じない。
大体、何でクラス委員が小道具手伝わなきゃいけないんだか。
「いいかつかさ、ダーツが上手い人はこうやって屋上で昼寝をしないといけないんだ」
「どうして?」
「それは……太陽光をエネルギーにしているからだ!」
俺はつかさを説得する為、バッと腕を太陽に突き出す。
勿論、嘘だ。
「そ、そうだったの!?」
「ああ。ダーツだけじゃねぇ! 野球選手や、パン工場の女の投球コントロールにも、太陽エネルギーは使われているんだ!」
物を投げるには太陽エネルギーが必要だ。と、つかさは本気で信じていた。
当然のごとく嘘です。
「知らなかったよ~」
適当な嘘にここまで騙される奴もそういないな。
さて、トドメだ。
「ほら、よく言うだろ……寝る子は育つって」
「!」
まるで、名探偵が謎を全て解いたかのような表情を浮かべるつかさ。
念の為に言っておくが、ここまでの話全てが出鱈目だ。
「だから寝かせ」
「あれ? でも私、そんなに育ってないよ?」
……しまったぁ!? 大きな矛盾点が目の前にいた!?
そうですね、つかささんもよく寝てらっしゃるもんね。しかも、色々自覚してるし。
「はやと君……?」
視線が痛い。
さっきまで、適当な嘘を純粋な心で信じていたはずの、少女の刺すような視線が痛い。
「すみませんでした。白風はやと、全力を持って内職に就かせて頂きます」
こうして、俺は近年稀に見る綺麗な土下座で謝り、教室へ連行されていったのだった。
☆★☆
練習開始から2週間。
はやとが浮かない顔で小道具を作っていることを含め、劇の準備は順調に進んでいた。
……役者以外は。
「ん~っ!」
俺は自室の椅子に座ったまま背を伸ばした。
ここ数日、台本と睨めっこだ。そろそろネトゲが恋しくなるぜ。
「長い台詞は何とかなるんだが……」
役者の仕事は台詞を覚えるだけじゃない。
シーンに合った動作や、表情を作らなければならない。
「死に顔かぁ……」
俺の役は怪物に食われて死ぬ。悲劇的なシーンだ。
しかし、問題はそこだけじゃない。
「ある女を好いてて、素直になれず捻くれた態度を取るって……」
ツンデレ萌えの、俺自身がツンデレをやるとはなぁ。しかも相手が……。
「こなた……どう考えてもミスマッチだな」
アイツの性格と役のキャラが合ってねぇし。
挙げ句俺を子供扱いかよ!
「……ま、何とかなるか」
役に文句を言っても仕方ない。
散々言ったが、演技力には自信がある。
この映画も個人的に何度も見てるし、余裕余裕!
念の為、もう一度重要シーンを台本で確認する。
「えーと……人間の集落で一悶着、敵のアジトに呼ばれる、戦闘、アジトに侵入したが見つかり化け物と戦う、キス、食われる……キスゥ!?」
うぉい!? 原作にはなかった展開があったぞ!?
誰だ、キスシーン入れた奴!?
「つ、つまり俺とこなたが……?」
俺達がぶちゅっと行くシーンを想像すると、鳥肌が立った。
ハッハッハ、またご冗談を……。
「オイ、どういうことだコラ?」
翌日、俺は脚本担当を問い詰めた。
「確かに俺は女の子好きだよ? そりゃあもう、風呂に入ってる女子がいたら覗きたいぐらい」
「そりゃあただの変態だ」
クラス委員兼小道具係から突っ込まれたが、無視した。
「だが、キスシーンを勝手にブチ込むたぁいい度胸してんじゃねぇか! 原作レイプも大概にしろや!」
ガクガク、と脚本係の首根っ子を掴んで揺らす。
吐きそうな顔をしているが気にしない。
「おはよ~。あれ? あき君、どしたの?」
そこへ、シーンのもう1人の該当者であるこなたが現れる。
こなただって、キスシーンのことを知ったら怒るだろ。
「こなた! これ見てみろ! コイツ勝手にキスシーンを」
「ああ、それ? 私が入れてもらうよう頼んだんだけど」
……はい?
こなたが入れたって、このキスシーンを?
「おまっ、何でだよ!」
「だって、その方が盛り上がるかなって」
いや、そりゃまぁ……。
確かに、シーン全体で見れば盛り上がるし、悲劇度も上がる。この程度の改変で困るような奴はいないのだ。
「何であき君はキスシーンを必死に止めたがってるのかな?」
「そ、それは……」
あれ、何でこんな必死になってんだ?
いつもなら、女の子とキス出来るなんて役得、逃す訳ないのに。
必死な俺をこなたはニヤニヤと見つめる。
「そ、そういうこなたこそ! 俺とキスなんていいのか?」
「うん」
「だよな! 女の子の大事なファースト……!?」
断ると思いきや、こなたは寧ろ躊躇なく頷く。
ちょ、あっさり許可しちゃったよこの娘!?
「……や、やっぱなし!」
しかし、すぐに顔を赤くして腕をブンブンと横に振る。
そ、そうだよな。今更照れたか!
「ま、まぁフリだけでいいよな!」
「そだね! フリだけで!」
とりあえず、キスはフリだけということで俺達は同意した。
あはははは……はぁ。
この時、まだ誰も気付かなかった。
こんな些細なことが切っ掛けで、あんな騒動が起きるなんて。
どうも、雲色の銀です。
第13話、御覧頂きありがとうございます。
今回はあきを中心に文化祭の練習光景と、加速するこなたとの距離でした。
一方、主人公は内職をしていました(笑)。
はやと「赤い靴出来たぞー」
つかさ「すごーい!」
こんなやりとりが行われていたとか。
次回はちょっとしたケンカが起きます。