すた☆だす   作:雲色の銀

11 / 76
第11話「飛べない翼」

 今日も1日暑いな。

 ……俺はこれで終わりたいんだが、そうもいかない。

 何故なら、冷蔵庫の中身が空になったからだ。

 以前買い溜めしたのは……夏風邪を引いた時か。あれから2週間。個人的には結構持った方だとは思う。

 

「はぁ……」

 

 壁に手を付いて溜息を吐く。2週間持ったところで、結局今は空っぽだ。

 何度冷蔵庫の戸を開けても、ないものはない。ここで取るべき行動は1つ。

 

「えっと、今日は何が安かったっけ?」

 

 俺は近所のスーパーのチラシを眺め、買っておいた方がよさそうなものに丸をつける。情報を制する者が、買い物を制するのだ。

 粗方チェックし終わると、チラシを折りたたんでポケットに突っ込む。そして、風呂場で頭に水をぶっ掛けた。

 これから炎天下の中を歩くのだ。初期体温ぐらい下げておきたい。

 

「よし」

 

 顔を拭き、ついでに眠気も覚めたところでいざ出発だ。

 俺は勢い良くドアを開け、日光が惜しみなく降り注ぐ外へと足を踏み出し……部屋へ引き返した。

 

「無理だな」

 

 ただでさえ夏場は水道代がバカにならないというのに、ここで無理な運動をして水分補給に資金を裂くのはおかしい気がする。

 はぁ……もし翼があったら、涼しい風に乗って買い物に行けるというのに。

 

「なぁ、お前どう思うよ」

 

 俺は冷蔵庫の戸を開け、中身のない箱に声を掛ける。

 冷蔵庫はこう言った。いいからさっさと中に詰めるモン買って来い、と。

 

「もし、翼があったらなぁ……」

 

 いつもの口癖を呟きつつ、観念した俺は重い足取りで外へと進んだ。

 おっと、携帯を忘れるところだった。また繋がらない、とつかさ達に文句を言われてしまう。

 

 

 

 スーパーに向かう途中、ふと近所の公園に目をやる。

 そこでは、1人の小学生男児が泣きべそを掻いていた。

 よく見ると、体は砂で汚れている。すぐ傍に鉄棒があるところを推測すると、逆上がりの練習で上手く行かず、落ちて泣いているといった感じだろう。

 

 ただでさえ暑いんだ。自分のことは自分で解決してくれ。

 

 泣いている小学生をスルーし、俺は引き続きスーパーへ向かった。

 

 

 

 チェックをつけたものを無事に買うことが出来、俺は帰路に着く。

 冷房の効いた店内を出るのはいつもながら、惜しいものがある。用もないのに屯してたら、店員に迷惑だろうがな。

 

 

リーーーン。

 

 

 重いレジ袋を持ち歩いていると、何か鈴の音のような甲高い音が聞こえた。

 周囲を見回すと、近くの路地の方に人影が見えた。人影は俺を手招きし、奥の方へと消えていく。

 俺はその人影を追ってみた。あれが何なのか、何故追うのか、一切分からない。単に気になった。それだけだ。

 

 路地を抜けて出た所には、白い帽子にワンピースを着た……こなた?

 いや、背格好は似ているが、雰囲気が違う。普段活発なこなたに比べると、ソイツは大人しそうで何処か儚い印象を持っている。

 一体誰なんだ?

 

「…………」

 

 帽子の所為で口元しか見えない女はニコリと笑うと、俺から見て右の方を差した。

 その指先には、ある少年がいた。空色の髪の、小学生ぐらいの少年。

 

「あれは……」

 

 気が付くと、女の姿はもういない。

 誰だったんだ? あれは。

 

 そんなことより、少年は一心不乱にこっちへ駆けて来る。そして、俺に気付かずに通り過ぎていった。

 何故だか俺は、今度はその少年を追って行った。

 

 真夏の昼間から追いかけっこなんて、普段の俺なら死んでもゴメンだ。今の俺はそんなことすら気にならず、見覚えのある少年の後を追う。

 

 最後に辿り着いた先は、俺の予想通りの場所だった。

 市民病院だ。

 少年は病院の中に入っていく。けど、今の俺には……ここに入る勇気はない。

 

 引き返そうとすると、俺の背後にはさっきの女がいた。

 今度は顔がちゃんと見える。顔までこなたにそっくりだが、やはり別人だ。

 

「アンタだろ? あんな悪趣味なもの見せたのは」

 

 悪趣味なもの、とはあの少年のことだ。

 俺の問いかけに、女は喋らず縦に頷く。随分意地の悪いことで。

 

「何者だ? アンタ」

「――?」

「なっ!」

 

 女は声を発しなかったが、俺には何て言っているのか分かった。

 問題は、何故見ず知らずの女が「それ」を知っているかだ。

 

「――?」

「……ああ、そうだ。俺は、奇跡なんてものを信じない。アンタに会ったのも必然なんだろう」

 

 俺が答えると、女の表情が変わった。悲しそうな眼で俺を見る。同情でもしてるつもりか?

 

「俺はここで思い知ったんだ! ついでに……翼を失くした」

 

 俺は思い出した。最近の楽しい日常の所為で、ぼやけてしまっていたことを。

 

「それより、姿を現すなら俺以外に相応しい奴がいるだろ」

 

 女の正体を予想した上で告げると、女は今度は首を横に振る。

 

「今はその時じゃない? じゃあ何時だよ」

「――」

 

 再び口パクをする女。

 

「もうすぐ……しかも、俺に来る? お断わりだ」

 

 冗談じゃない。今日みたいな不思議体験、もう嫌だね。

 すると、女は今度は、はっきりと言葉を発した。

 

「あなたが翼を得るのはまだまだ先だけど、大きな選択はすぐそこまで迫っています」

「大きな選択?」

「あなたにとって、それは苦痛な出来事だと思います。けど、周りにいる人を信じて。そうすれば、きっと乗り越えられるから」

 

 女の声が遠ざかり、強い風が吹く。女の背中には綺麗な白い翼が生えていて、撒き散らされる羽根が俺の視界を阻む。

 

「なぁ、アンタもしかして、こなたの……!」

 

 俺の言いたいことを掻き消して、女は風と共に姿を消してしまった。

 何だってんだ、一体……。兎に角、俺も帰ることにした。

 

 

 

 帰り道、またあの公園に立ち寄る。

 泣きべそを掻いていた少年は、また鉄棒に立ち向かっていた。

 汚れが更に酷くなっている当たり、あれからまた練習したんだろう。泣いてはまた立ち上がる。強い奴じゃないか。

 

「わっ!?」

 

 少年は逆上がりをしようと頑張るが、上手く行かずに尻餅を付いてしまう。

 何度やっても失敗する。少年はまたもや泣き出しそうになった。

 

 

「よぅ、坊主」

 

 

 少年の頭上から呼びかける声、そして差し出される半分に折られたチューペット。もう半分は俺が食っていた。

 

 日陰がかかっているベンチで、俺は坊主の愚痴を聞いてやった。

 夏休み明けに逆上がりのテストがある。これをクリア出来なければ恥を掻き、好きな子にも笑われるだろう。何度練習しても、怖くて上手く行かない。チューペット美味い。

 

「ふーん」

 

 俺は軽く話を聞き流しながら、チューペットを吸っていた。これ作った奴はマジで偉大だな。

 

「もし翼があったら、か」 

「え?」

 

 俺は空になったチューペットの包みを袋に入れる。

 

「いいか、こんな小さな小鳥にも翼がある。その気になれば空を飛ぶことも出来る、立派な翼が」

 

 俺の言うことに、坊主は首を傾げる。

 

「けど、その小鳥は飛べない。本当の意味で翼を持ってないからだ。いいか、翼ってのは「強さ」と「勇気」だ。羽撃く強さと、空へ向かう勇気。これがなかったら、いつまで経っても空を飛ぶことなんて出来ない」

 

 今、空を飛んでいる鳥だって、雛の時には翼なんてなかった。成長していく上で手に入れたんだ。

 

「お前にも、その背中には翼がある。逆上がりをする為の翼がな」

 

 俺はポカーンとしている坊主の背中をポン、と叩いた。

 

「お前に鉄棒を回れる強さがあるか。逆上がりをする為の勇気があるか。たったそれだけだ」

 

 それだけ言って、俺はその場を後にした。

 

 誰も、逆上がりの練習に付き合うだなんて言った覚えはない。

 ただ、飛べない翼を飛ばしたくなっただけだ。

 

 

「はやと君」

 

 

 公園の入り口のところで、名前を呼ばれる。

 そこには何時の間にか、つかさが立っていた。自転車の籠の中身を見る限り、俺と同じく買い物帰りの途中、たまたま寄ったんだろう。

 

「何だよ」

「ううん」

 

 何だか嬉しそうな笑顔で、俺を見続けるつかさ。何か言いたそうだな、オイ。

 

「ただ、どうしてはやと君は翼を欲しがるの、って」

 

 つかさはジッと俺を見つめながら唐突に質問をしてくる。これは、俺の口癖に対する質問だな。

 今聞いてくるってことは、俺と坊主のやりとりを見ていたのか。くっそ、恥ずかしいな。

 

「自由だから、だ」

「自由?」

「ああ。俺は自由でありたい。だから翼があったらなぁ……」

 

 強さと勇気。両方持っていれば、人は自由でいられる。それが俺の持論だ。

 

「それって……今は自由じゃないってこと?」

「っ!」

 

 俺の出した答えに、つかさは更に質問を投げ掛ける。

 今のは核心を突かれた……気がした。

 

「……さぁな」

 

 俺にも、よく分からないんだ。今の自分が本当に自由かどうか。俺には強さも勇気もないしな。

 だから、適当にはぐらかした。

 

「私、細かいこととかよく分からないけど、困った時は言ってね。はやと君の力になりたいから」

 

 つかさは心配そうな表情で俺にそう言った。まったく、つかさはお人好しだな。

 

「……ありがとな」

 

 俺はつかさの頭を撫でてやった。余計な心配を解すように。

 さて、と。今度は俺がつかさに質問をする番だ。

 

「そういやお前2回目に会った時、俺に「何時か、飛べるといいね」って言ったよな」

「えっと……うん」

 

 あまり覚えてなさそうにつかさは頷く。ま、俺もうろ覚えだけどな。

 

「何でそう言ったんだ?」

 

 俺の口癖は大抵の奴が流すか、笑うかだった。現実逃避みたいなもんだしな。

 けど、それに対して肯定的に返した奴は、つかさが初めてだった。俺の中で、それが気がかりだったんだ。

 

「はやと君なら、何時か飛べる気がしたから、かな」

 

 バカにするでもなく、純粋にそう思ってくれたのか。

 多分、つかさはこの言葉の本意を分かってないだろう。それでも、嬉しくなる。

 

「もし翼があったら、お前を連れて飛んでやるよ」

「うんっ!」

 

 俺達は談笑を交えながら、帰路に着いた。外は相変わらず暑いが、つかさと話していると気にならなくなった。

 最後に公園を見ると、坊主が逆上がりを成功させていた。やれば出来るじゃないか。

 




どうも、雲色の銀です。

第11話、ご覧頂きありがとうございます。

この話は、サイト掲載版にはなかったオリジナルストーリーです。といっても、元はサイトの短編をベースに書き上げたものですがね。

ここではやとの台詞「もし翼があったら……」の意味と、はやとの過去について少し触れています。ここで出て来たこなた似の女性が誰なのかは、原作を読んでいる方ならきっと分かるはずです。

次回からは桜藤祭編に突入します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。