今日で旅行も終わりだ。そう思うとあっという間で、もう少しここにいたくなる。
だからかは知らないが、珍しく朝早くに起きた。
他はまだ寝ている。俺は起こさないように外に出た。
外は日が昇り切る前で、まだうっすらと暗い。静かな空間で、波の音だけが聞こえる。不思議な気分だ。
「あ、はやと君」
呼ばれて振り向くと、俺よりもっと珍しい奴が出て来た。
「こなた。珍しいな」
「はやと君に言われたくないよ」
隣に並ぶこなたは苦笑しながらそう言った。
ま、それもそうか。
「この景色も見納めだ」
「そだね。でも、また来年連れて来てもらおうよ」
「……だな」
夏とは思えないくらいの涼しさ。浜も昼とは違い冷たい。
「俺さ、実はこういった旅行初めてなんだ」
「え?」
「海にはガキの頃に行ったことがあるけど、皆で何処かに泊まりに行くなんて、学校行事以外なくてさ」
海岸を見つめる俺を、こなたは不思議そうに見た。
正直、来るまでは旅行の楽しみなんて知らなかった。
「まあ、私もなんだけどね」
「初めてじゃないだろ?」
「まーね」
こなたは母親を亡くしている。父親と2人暮らしじゃ難しいだろうな。
「でも親戚の家とかなら行くよ」
「俺は親戚の家に泊まったこともない」
これは嘘だ。ガキの頃、泊まりに行ったはず。ただ、記憶にないだけだった。
「親戚とも何年も会ってない」
「……寂しいんだね」
「慣れたさ」
その辺に落ちていた石を投げる。石は水面を5回程跳ねて落ちた。
「それで、つかさと進展はあった?」
「そんなんじゃねぇよ」
何もなかった、と言えばそれも嘘だろう。
泳ぎ方を教えてやった。一緒に洞窟探険もした。変なハプニングもあった。
けど、確信がある訳じゃないが、つかさに対する感情は恋愛じゃないと思う。
「アイツは……妹みたいなもんだ」
「いるの?」
「いやいないけど、大体そんな感じだ」
放って置けないとか、な。アイツにとっても、俺は保護者みたいなもんだろ。
「……つかさ、可哀想」
「何か言ったか?」
「んや、何も」
こなたの視線が若干冷たくなったような気がした。
「お前こそ、あきと何かあったのか?」
「…………」
俺が質問を返すと突然、こなたは黙った。
こなたとあきは波長の合う仲で、よく一緒につるんでいる。
「攻略、する側かされる側か……」
何だ? 何ブツブツ言ってんだ?
確信があった訳じゃないが、俺は感じたことを正直に言ってみる。
「あきのこと、好きなのか?」
「……うん」
顔を少し赤くし、コクリと頷くこなた。
なんだ、女らしいところあるじゃないか。
「やっぱリアルとゲームは違うね」
「当たり前だ。ま、上手く行くといいな」
そう言って、俺はこなたの頭を撫でた。人の恋路を笑う程、俺は無神経じゃない。
暫く暁の海を眺めて、俺とこなたは部屋に戻った。
しかし、まだ皆寝ていたので、俺は二度寝した。
「……ろ……きろ……」
……んぁ? 誰かの声に俺は目を覚ます。
「起きろ、はやと」
ああ、やなぎか。何だ、やっと起きたのか。
「よっと」
周りを見ると、俺とやなぎ以外誰もいない。布団まで畳んである。
「他の奴等は?」
「下で飯食ってる。それよりお前、二度寝したのか?」
服装がパジャマじゃなく、普段着なことに気付いたやなぎ。
俺も随分寝てたみたいだな。
「まあな。それより飯だ」
布団を畳み、俺とやなぎは飯を食いに行った。
「おはよう、はやと」
下に降りると、まずみちるが挨拶した。
はぁ、この豪華な朝食もこれで最後か……。
周囲をよく見ると、こなたがいない。
「こなたは?」
「まだ寝てるわ」
アイツも二度寝か。
「ふぁ~、おはよ~……」
丁度良いタイミングで話の種が現れた。うわ、髪ボサボサだな。
「まず顔洗って来いよ」
「うん、あきく……!?」
あきが声を掛けると、こなたは顔を真っ赤にして洗面所にダッシュした。
「……何だ? 俺の顔に何か付いてるか?」
「まぁ……あれだ、気にすんな」
よくは分からんが、恋する女は気にすることなんだろう。
最後に、つかさの泳ぎを見ることにした。この海ともお別れだな。
俺が教えたんだ、それなりに泳げるようになってもらわないと。
結果、つかさは約25mをバタ足で泳いだ。しっかり息継ぎも出来てるな。
「はやとく~ん、泳げたよ~!」
泳ぎ切って、こっちに手を振るつかさに、俺は小さく手を振り返してやった。
「ありがとう」
海から上がったつかさは、俺にそう言った。
「来年はクロールと平泳ぎ教えてやるよ」
「うん」
「みっちりしごいてやるからな」
「う……うん」
あ、顔引きつったな。堪らず俺は吹き出してしまう。
「……ふふっ」
釣られて、つかさも笑い出した。
「この海ともお別れだな」
「うん」
波の音が大きく聞こえる。やなぎ達はまだ遊んでるんだろうな。
「これで、暫くはつかさの水着も見れなくなるのか」
「はぇっ!?」
「なーんて、あきなら言いそうだが」
「う、うん……そうだね……」
セクハラみたいなセリフに、つかさは顔を真っ赤にする。よく表情の変わる奴だ。
さて、そろそろからかうのもやめてやるか。
俺は浜に横たわった。日の光が眩しいが、空は雲1つない。
「もし翼があったら、この海の向こうまで飛べるんだろうな」
「あっちには何があるのかな?」
「……オーストラリアか? いや、アメリカかもな」
地理に詳しくないが、イメージを膨らませる。海の上を飛んで行くと、アメリカの広大な土地……。
「ダメだ。俺、アメリカ行ったことなかった」
イメージを断念した。隣でつかさはまた笑っている。
「あはは、私もないよ~」
「じゃ、いつか連れて行ってやるよ」
「……うん、楽しみにしてる」
また静寂が場を包みこむ。
「俺さ……こういうの、初めてだったんだ」
「え?」
「こうやって皆で旅行して、遊んで、女の子に泳ぎを教える」
こなたにも話したことだが、つかさにも話したくなった。
こうした経験を、まさか自分がするなんて思わなかったからだ。
「修学旅行を除けば、初めてだ」
「私も、男の子に泳ぎを教えてもらうの、初めてだったよ」
俺の話に合わせて、つかさが頬を染めて言った。
「それで……楽しかった?」
「とても、な」
去年の夏休みは家でダラけて、バイトして、時々海崎さんの相手をする。
「楽しい」なんて感情、随分昔に置いて来たような感じだった。
「私も、はやと君や皆と一緒で楽しかったよ!」
柔らかい笑顔を見せるつかさ。
目を合わせるのがちょっと恥ずかしくて、視線を空に移す。
「今年の夏は、色々あったな」
ついでに今年の夏休みも振り返る。
夏祭りに行ったり、風邪を引いて看病してもらったり、こうして旅行にも行った。
……ん? 思えば、つかさと一緒だった時が多いな。
「今年は、つかさが一緒だったから楽しかったのかもな」
「……はぇっ!?」
「なーんてな」
でも、ひょっとしたら間違いじゃないかもしれない。
「もうっ!」
「ははっ、悪かったよ」
こんな些細なやり取りも、やがて思い出に変わるんだな。
「そろそろ戻るか」
「うんっ」
ほんわかした空気のまま、俺達は皆の元へ戻っていった。
数日後、自宅にて写真が数枚入った封筒が送られてきた。送り主はやなぎだ。
「写真……か」
俺が持ってる写真なんて、精々生徒手帳の顔写真程度しかなかった。
けど、写真に写っていたのは、今までとは違う自分。旅行を仲間と楽しむ自分の姿。
「アルバム、買うか」
俺は財布を持ち、雑貨店に向かった。思い出の証を保存する為に。