すた☆だす   作:雲色の銀

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第10話「思い出に変わる」

 今日で旅行も終わりだ。そう思うとあっという間で、もう少しここにいたくなる。

 だからかは知らないが、珍しく朝早くに起きた。

 他はまだ寝ている。俺は起こさないように外に出た。

 外は日が昇り切る前で、まだうっすらと暗い。静かな空間で、波の音だけが聞こえる。不思議な気分だ。

 

「あ、はやと君」

 

 呼ばれて振り向くと、俺よりもっと珍しい奴が出て来た。

 

「こなた。珍しいな」

「はやと君に言われたくないよ」

 

 隣に並ぶこなたは苦笑しながらそう言った。

 ま、それもそうか。

 

「この景色も見納めだ」

「そだね。でも、また来年連れて来てもらおうよ」

「……だな」

 

 夏とは思えないくらいの涼しさ。浜も昼とは違い冷たい。

 

「俺さ、実はこういった旅行初めてなんだ」

「え?」

「海にはガキの頃に行ったことがあるけど、皆で何処かに泊まりに行くなんて、学校行事以外なくてさ」

 

 海岸を見つめる俺を、こなたは不思議そうに見た。

 正直、来るまでは旅行の楽しみなんて知らなかった。

 

「まあ、私もなんだけどね」

「初めてじゃないだろ?」

「まーね」

 

 こなたは母親を亡くしている。父親と2人暮らしじゃ難しいだろうな。

 

「でも親戚の家とかなら行くよ」

「俺は親戚の家に泊まったこともない」

 

 これは嘘だ。ガキの頃、泊まりに行ったはず。ただ、記憶にないだけだった。

 

「親戚とも何年も会ってない」

「……寂しいんだね」

「慣れたさ」

 

 その辺に落ちていた石を投げる。石は水面を5回程跳ねて落ちた。

 

「それで、つかさと進展はあった?」

「そんなんじゃねぇよ」

 

 何もなかった、と言えばそれも嘘だろう。

 泳ぎ方を教えてやった。一緒に洞窟探険もした。変なハプニングもあった。

 けど、確信がある訳じゃないが、つかさに対する感情は恋愛じゃないと思う。

 

「アイツは……妹みたいなもんだ」

「いるの?」

「いやいないけど、大体そんな感じだ」

 

 放って置けないとか、な。アイツにとっても、俺は保護者みたいなもんだろ。

 

「……つかさ、可哀想」

「何か言ったか?」

「んや、何も」

 

 こなたの視線が若干冷たくなったような気がした。

 

「お前こそ、あきと何かあったのか?」

「…………」

 

 俺が質問を返すと突然、こなたは黙った。

 こなたとあきは波長の合う仲で、よく一緒につるんでいる。

 

「攻略、する側かされる側か……」

 

 何だ? 何ブツブツ言ってんだ?

 確信があった訳じゃないが、俺は感じたことを正直に言ってみる。

 

「あきのこと、好きなのか?」

「……うん」

 

 顔を少し赤くし、コクリと頷くこなた。

 なんだ、女らしいところあるじゃないか。

 

「やっぱリアルとゲームは違うね」

「当たり前だ。ま、上手く行くといいな」

 

 そう言って、俺はこなたの頭を撫でた。人の恋路を笑う程、俺は無神経じゃない。

 暫く暁の海を眺めて、俺とこなたは部屋に戻った。

 しかし、まだ皆寝ていたので、俺は二度寝した。

 

 

 

「……ろ……きろ……」

 

 ……んぁ? 誰かの声に俺は目を覚ます。

 

「起きろ、はやと」

 

 ああ、やなぎか。何だ、やっと起きたのか。

 

「よっと」

 

 周りを見ると、俺とやなぎ以外誰もいない。布団まで畳んである。

 

「他の奴等は?」

「下で飯食ってる。それよりお前、二度寝したのか?」

 

 服装がパジャマじゃなく、普段着なことに気付いたやなぎ。

 俺も随分寝てたみたいだな。

 

「まあな。それより飯だ」

 

 布団を畳み、俺とやなぎは飯を食いに行った。

 

「おはよう、はやと」

 

 下に降りると、まずみちるが挨拶した。

 はぁ、この豪華な朝食もこれで最後か……。

 周囲をよく見ると、こなたがいない。

 

「こなたは?」

「まだ寝てるわ」

 

 アイツも二度寝か。

 

「ふぁ~、おはよ~……」

 

 丁度良いタイミングで話の種が現れた。うわ、髪ボサボサだな。

 

「まず顔洗って来いよ」

「うん、あきく……!?」

 

 あきが声を掛けると、こなたは顔を真っ赤にして洗面所にダッシュした。

 

「……何だ? 俺の顔に何か付いてるか?」

「まぁ……あれだ、気にすんな」

 

 よくは分からんが、恋する女は気にすることなんだろう。

 

 

 

 最後に、つかさの泳ぎを見ることにした。この海ともお別れだな。

 俺が教えたんだ、それなりに泳げるようになってもらわないと。

 結果、つかさは約25mをバタ足で泳いだ。しっかり息継ぎも出来てるな。

 

「はやとく~ん、泳げたよ~!」

 

 泳ぎ切って、こっちに手を振るつかさに、俺は小さく手を振り返してやった。

 

「ありがとう」

 

 海から上がったつかさは、俺にそう言った。

 

「来年はクロールと平泳ぎ教えてやるよ」

「うん」

「みっちりしごいてやるからな」

「う……うん」

 

 あ、顔引きつったな。堪らず俺は吹き出してしまう。

 

「……ふふっ」

 

 釣られて、つかさも笑い出した。

 

「この海ともお別れだな」

「うん」

 

 波の音が大きく聞こえる。やなぎ達はまだ遊んでるんだろうな。

 

「これで、暫くはつかさの水着も見れなくなるのか」

「はぇっ!?」

「なーんて、あきなら言いそうだが」

「う、うん……そうだね……」

 

 セクハラみたいなセリフに、つかさは顔を真っ赤にする。よく表情の変わる奴だ。

 さて、そろそろからかうのもやめてやるか。

 俺は浜に横たわった。日の光が眩しいが、空は雲1つない。

 

「もし翼があったら、この海の向こうまで飛べるんだろうな」

「あっちには何があるのかな?」

「……オーストラリアか? いや、アメリカかもな」

 

 地理に詳しくないが、イメージを膨らませる。海の上を飛んで行くと、アメリカの広大な土地……。

 

「ダメだ。俺、アメリカ行ったことなかった」

 

 イメージを断念した。隣でつかさはまた笑っている。

 

「あはは、私もないよ~」

「じゃ、いつか連れて行ってやるよ」

「……うん、楽しみにしてる」

 

 また静寂が場を包みこむ。

 

「俺さ……こういうの、初めてだったんだ」

「え?」

「こうやって皆で旅行して、遊んで、女の子に泳ぎを教える」

 

 こなたにも話したことだが、つかさにも話したくなった。

 こうした経験を、まさか自分がするなんて思わなかったからだ。

 

「修学旅行を除けば、初めてだ」

「私も、男の子に泳ぎを教えてもらうの、初めてだったよ」

 

 俺の話に合わせて、つかさが頬を染めて言った。

 

「それで……楽しかった?」

「とても、な」

 

 去年の夏休みは家でダラけて、バイトして、時々海崎さんの相手をする。

 「楽しい」なんて感情、随分昔に置いて来たような感じだった。

 

「私も、はやと君や皆と一緒で楽しかったよ!」

 

 柔らかい笑顔を見せるつかさ。

 目を合わせるのがちょっと恥ずかしくて、視線を空に移す。

 

「今年の夏は、色々あったな」

 

 ついでに今年の夏休みも振り返る。

 夏祭りに行ったり、風邪を引いて看病してもらったり、こうして旅行にも行った。

 ……ん? 思えば、つかさと一緒だった時が多いな。

 

「今年は、つかさが一緒だったから楽しかったのかもな」

「……はぇっ!?」

「なーんてな」

 

 でも、ひょっとしたら間違いじゃないかもしれない。

 

「もうっ!」

「ははっ、悪かったよ」

 

 こんな些細なやり取りも、やがて思い出に変わるんだな。

 

「そろそろ戻るか」

「うんっ」

 

 ほんわかした空気のまま、俺達は皆の元へ戻っていった。

 

 

 

 数日後、自宅にて写真が数枚入った封筒が送られてきた。送り主はやなぎだ。

 

「写真……か」

 

 俺が持ってる写真なんて、精々生徒手帳の顔写真程度しかなかった。

 けど、写真に写っていたのは、今までとは違う自分。旅行を仲間と楽しむ自分の姿。

 

「アルバム、買うか」

 

 俺は財布を持ち、雑貨店に向かった。思い出の証を保存する為に。

 


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