さわやかな秋空が広がって河原で光るすすきが美しい。
花壇のコスモスが金色の日ざしに揺れる。
夏の暑さも和らいできた9月の半ば。
「極限必勝!!!」
相変わらずの出落ちっぷりである。
いつもの3割り増しの熱血っぷりで教壇に立ち大声で組のスローガンを掲げるのは、地球温暖化の一因説が流れているこの男、笹川了平。
あたしのクラスメイトで友人でもある笹川京子の兄である。
◆
並中は体育祭の季節。
準備期間中から学校の雰囲気がガラリと変わり、すでに男子生徒たちが殺気立っている。
学校行事に積極的に参加するのは昨今の若者のことを考えると大変いいことなのだが怪我人だけは出さないで欲しい。
といってもクライマックスの種目が怪我必須種目なのであるが。
PTAのみなさんはなんでそのことにいっさい触れないのだろう。
「お兄さん今日も熱いな~」
「うぜーっスよね、あのボクシング野郎。 消しますか10代目?」
「まーまー、落ち着けって」
「落ち着きなさい、だいじょうぶよ笹川」
「でも……」
先輩の熱気に当てられて室内がヒートアップしているなか、平常運転のいつものメンバー。
笹川だけは兄である先輩を心配そうに見つめている。
「今年も組の勝敗を握るのは棒倒しだ!」
部屋の中が落ち着いたのを見計らって先輩が口を開いた。
「ボータオシ?」
「組の総大将が棒のてっぺんに登ったあとに棒を倒しあって相手の総大将を地面に落とした組が勝ち、っていう種目だよ」
「毎年クライマックスにやるからすげー盛り上がるんだぜ!」
「昨年の総大将の人、全身打撲で入院したらしいわね」
「へー、不死身の芝生には最適ッスね」
「……」
「笹川、だいじょうぶだから。 落ち着きなさいって」
笹川の動揺が濃くなる。
身内がケガをすると聞いて気が気でない様子だ。
よくケガをして帰ってくる妹がいるため気持ちはよくわかる。
「例年、組の代表を棒倒しの総大将にする習わしだ、つまりオレがやるべきなのだが……」
一度言葉を区切り、深く息を吸いこんだ。
そして高らかに宣言する。
「だがオレは辞退する!!! オレは大将であるより兵士として戦いたのだ!!」
「単なるわがままじゃねーか芝生ヘッド!!」
獄寺が吠えた。
部屋にいる他の人たちは、突然のリーダーの発言に動揺を隠せない。
「沢田、沢田」
「えっと、なに?」
「ん」
「?」
「……うぅ」
「可愛いわよね、ってなんでアンタも顔赤くしてんのよ」
恥ずかしい兄の言動に顔を赤くした笹川がかわいかったので、なんとなく沢田に声をかけて指を差す。
沢田は一瞬笹川の顔に見惚れたあと、慌てて顔を教壇の先輩のほうに向き直した。
「心配するなタコヘッド!! 勝利のために、オレより総大将にふさわしい男を用意してある!!」
室内のどよめきが増していく。
それもそうだろう。
笹川先輩はボクシングで全国大会の上位に入るほどの猛者である。
こと身体能力に関してなら並中でも1、2を争うほどの男が、自身よりもふさわしい男がいると言ったのだ。
「1のA!! 沢田ツナだ!!」
「へ?」
「おおっ!」
「10代目のすごさをよくわかってんじゃねーかボクシング野郎!!」
「当然であろうタコヘッド!!」
「は? えっ? オレ!?」
その後、先輩と獄寺による説得(という名の恐喝)で満場一致でまったく状況をつかめていない沢田が総大将に決定した。
なんだか面倒なことになりそうな予感。
◆
「はぁ……」
「だいじょーぶ、ツナ君? メーワクなら断ってもいいんだよ?」
「え? い、いや……別にメーワクってわけじゃ……」
「本当? ならよかった! 頑張って応援するからね!」
「ハルもツナさんの晴れ姿を見にいきますね!」
「え? う……うん」
両サイドを女子(しかも超美少女)に固められ、両手に花状態で逃げ場を失っていく沢田。
あれね、男って哀れね。
「っしゃあ! 気合い入ってきましたよ姐さん!」
「ま、やるからには勝ちてーよな」
「極限必勝!!」
向こうとは違って後ろを歩くこちらはやたらむさ苦しい。
これは見方によってはあたしが逆ハーレム作っているように見えるのかしら。
全員無駄にイケメンだし。
「山本、今から真美と水野が来るわよ。 練習手伝ってくれるって」
「マジで? そんじゃ、気合い入れねーとな!」
「あと明日はリゾーナがイタリアから応援に来るそうよ。 兄さんは無理らしいけど」
「そーなんすか?」
昨日の夜、兄からかかってきた電話の内容を思い出した。
『ケガをしないように。 万が一傷物にさせた愚か者には……フフ』という言葉を残していた。
比較的平和な国である日本にいる身としては兄の方が心配なのだが。
リゾーナとは、あたしと真美の兄さんが所属しているマフィアの次期ボス候補の女の子である。
イタリアで暮らしていたとき、少しの間だが一緒に住んでいたことがある。
「今度こそあいつに憑いている守護霊の正体を暴いて見せますよ!」
「ああ、うん、がんばってね」
獄寺にはリゾーナの後ろにいる幽霊が見えるらしい。
リゾーナも自分以外にその霊が見えた人間は初めてだったらしく、真美の誕生日のときに幽霊について語り合っていた。
誕生日で死人の話をするのはどうなのだろうか。
「パオパオ老師がせっかくタイから来てくれているのだ! 勝たなければならん! ゆえに練習あるのみだ!! 行くぞ沢田ァァァッ!!!」
「おっと」
「あぶねっ!?」
「ガァッ!?」
興奮した笹川先輩が立てていた棒倒しの練習用の棒を担いで沢田に向かって駆け出した。
肩に担いだときにちょうど脳天に棒がクリーンヒットしたため、獄寺が頭を押さえて転げ回っている。
「河原に行くぞォォォッ! 極限ーーーッ!!」
「へ? ぐぇっ!?」
「お兄ちゃん!?」
「はひ!? ツナさん!?」
「天国から地獄ってああいう状態のことを言うのかしらね」
「ハハッ、モテる男はつれーんだな」
校内でファンクラブが出来ている男のどの口が言うのか。
「おい、だいじょーぶか獄寺」
「……あんの芝生メット……いつかぜってー殺す」
引きずられていく沢田を山本と眺める。
その後ろでは沢田の家庭教師である赤ん坊、リボーンがいつのまにかやって来ており、倒れ伏せている獄寺の頭の上に立っていた。
獄寺は顔を伏せたまま怒りを露わにして震えながら呻き声をあげている。
男子からチームワークを全く感じられないがホントに明日勝てるのだろうか。
怪我だけはして欲しくはないのだけれど。
◆
「さあ、登るのだ沢田!」
「あの……オレ、木登りできないんですけど……」
「ダセーな、ダメツナ」
「んじゃ、そっからだな」
「練習あるのみッスね」
「この棒、さっきも思ったけどすごく長いわね、ニュースでどこかの大学が棒倒しやってたけどそれよりも長いわ」
「はひー、おっきいです」
「スッゴく高いね」
「これ、落ちてしまったら相当危険なのではないでしょうか」
ところ変わって河原。
棒倒し用の、おそらく5メートルほどの長さの棒を見上げる。
人が登るために、当然普通の棒よりも太めに作られているので折れるということはなさそうだ。
「オレもここにいていいのか?」
「あたりめーだろ? 人数多いほうがいい練習ができんのは野球と一緒だぜ!」
「頼りにしてますよ、水野先輩」
「わかった、オレでよければ力になるぜ」
少し離れたところに立っている金髪のリーゼントヘアーで竹刀を担いだ強面の男。
明らかに工場あたりで働いている人のような外見をしているのだが、同い年の中学生である。
名前を水野薫。
隣町の至門中の生徒であり、真美と山本の野球の練習仲間である。
外見に見合わず引っ込み思案のため、よく誤解されるのが悩みの種だと真美が言っていた。
あと、すぐプッツンするのが特徴だそうだ。
聞いた話では、あだ名が「ダイナマイトデビル病院送り薫」というらしい。
なんだその一時代前のリングネームは。
「とりあえず、だれかがお手本を見せたほうがよろしいかと」
「そーだな、オレと薫が支えっからだれか頼むぜ」
「まかせろ」
「ツナさんのためならこのハルが一肌脱ぎましょう!」
「お前さっき降りれなかっただろ!?」
「はひ!? そーでした!」
「なら、右腕であるオレが行きますよ10代目!」
「よし! ならば極限に行くのだタコヘッド!」
「うっせー! てめーが命令すんな芝生頭! さっきの恨み忘れちゃいねーぞ!」
「なにを!? やるかぁっ!?」
「獄寺君落ち着いてっ!」
「喧嘩はダメだよお兄ちゃん!」
「風花、おめーがダメツナに手本を見せてやれ」
「悪いわね、今はスパッツはいてないからムリよ」
今日は毎日の日課と化してきたヒバリの襲撃が午前中に終わったため、休み時間に行った体育祭の練習のあとに穿いていたスパッツを脱いでいるのだ。
涼しくなってきたとはいえ、ヒバリのせいで尋常ではない汗をかいているため、蒸れて気持ち悪いからである。
言っておくがふつうの下着はきちんと穿いている。
露出趣味はあたしにはない。
「なら、しかたねーな」
リボーンが頭に乗せているカメレオン、レオンが光に包まれ変形した。
なんでもこのカメレオンは形状記憶カメレオンといって、目にしたことがあるものであれば自分のサイズで好きなものに変化できるらしい。
とてつもなく便利そうなので一匹欲しいのだが、どこで捕まえられるのだろうか。
「なにごとも実戦だ。 死ぬ気でやれよ、ツナ」
リボーンの手にはレオンが変形した銃が握られている。
それを沢田に向けて構え、いっさいの躊躇なく引き金を引いた。
放たれた弾丸が沢田の眉間に吸い込まれ、撃ち抜く。
「復・活!! 死ぬ気で登るぅぅぅっ!!」
「おっと!」
「む」
沢田が頭を銃弾で打ち抜かれ、一瞬倒れたかと思うと先ほどまでの気弱そうな様子が一変する。
着ていた制服が破れ、飛び起きる。
額に橙色の炎が灯ると、明らかに重力を無視した動きで棒の上に飛び乗って行った。
下で支えていた2人の顔が突然の衝撃で歪む。
「はひ! ツナさんすごいパワフルです!」
「まるで忍者ですね」
「スゲー家庭教師がついてっからな、当然だぞ」
「それ関係あるのかしら」
棒の上に立って吼える沢田を見上げる。
「そんで、こっからどーするんすか笹川先輩?」
「うむ、極限にわからん!」
「考えなしかよ!? アホかてめーは!?」
「獄寺、そこで暴れないで。 沢田が危険よ」
「なかなか重いな」
「手伝います」
真美が手を痛めないように軍手を付けて、棒を支える2人の手助けに回る。
真美は身長が20センチ近くあたしよりも低いにも関わらず、身体能力は勝るとも劣らない。
以前暇つぶしに腕相撲を挑んだら危うく負けそうになった。
沢田程度の体重(46キロ)なら片手で持ち上げられるあたしがだ。
どんな鍛え方をしているのかあたしの妹は。
まだまだ負ける気はないけどね。
「真美、武のほうに寄っておけ」
「え? でも、その……あの……」
「がんばれよ」
「……はい」
「ん、どーした真美?」
「オレのとこが持ちづれーんだ、もうすこし真美のほうに寄ってくれ」
「おう、わかったぜ」
「ひゃうっ!?」
山本が水野の言葉を聞いて、真美のそばに近寄って棒を支える。
ところどころ密着しているせいか、真美の顔が尋常ではないほど真っ赤だ。
だれだ、この紳士をデビルとか言ったの。
あきらかにキューピット的なあれではないか。
うちの妹の恋路を全力でサポートしてくれているではないか。
「ダイヤモンドエンジェル墓場送り薫」と名付けよう。
「あたしにも春が来ないかしらねー」
「え? 今、秋だよ?」
「……知ってるわよ」
笹川の天然っぷりをみてると、なんか惨めな気持ちになってきた。
別に男に飢えてるわけではないがこう、目の前でイチャつかれると羨ましい気分になる。
「登ったはいいけど降りられねーーーっ!?」
「ツナさん! ハルに文句言えないじゃないですかーっ!!」
先ほどまでの威勢はどこに行ったのか。
沢田は棒倒しの棒のてっぺんにしがみついて、泣き目でこちらを見つめている。
「がんばって降りなさい、沢田。 もし落ちたら受け止めてあげるから」
「安心してください10代目! オレが付いてます!」
「う、うん。 わかった」
恐る恐る降りてくる沢田を全員で見上げる。
最初の1メートルくらいは順調だったのだが、途中で手が滑ってしまったらしくお約束のように落下してきた。
「助けてーーーっ!?」
「大げさね、っと」
「わふっ!?」
ちょうどこちらに落ちてくる沢田を受け止める。
落下の衝撃が両腕に走るが、この程度の痛みは日常茶飯事なので問題ない。
「あわわわわ……」
「どーしたの沢田? どこか痛めた?」
「な、なんでもない! なんでもないから!」
いわゆるお姫様抱っこの体勢で受け止められた沢田が、頬を赤く染めながらあたふたしている。
鼻をおさえているのはなぜなのだろう。
「いま、見たか?」
「顔にモロだったな。 平気かツナ?」
「だいじょーぶッスか10代目?」
「う、うん! だいじょうぶ」
「かっこわりーな、ダメツナ」
「無事ならばなによりだ!」
「だいじょうぶ? 愛美ちゃん?」
「へーきよ、へーき」
「はひー! メグさんはストロングです!」
「とりあえず、今日はもう終わりでいいのかしら? 沢田が登れることはわかったわけだし」
「そうだな、今日はここまでにしておこう。 沢田! 明日の我々のスローガンを言うのだ!!」
「え!? えっと……きょ、極限必勝」
「そうだ! 体育祭というものは勝たなければ意味はない! ゆえに勝つぞーーーっ!! 極限ーーーっ!!」
そう言って笹川先輩は振り返り、沈みかけている夕日に向かって走り始める。
「オレについてこーーーいっ!」
「いや、いくわけねーだろ!」
「ははっ、たのしそーじゃねーか! いこーぜ!」
「ちょ! 山本!」
「オレも行くぜ」
「水野君もーーーっ!?」
山本と水野の2人が駆け出した。
沢田もすこし迷ったが、2人の背中を追う。
獄寺も沢田が行くならと、悪態をつきながらではあるが沢田についていく。
「こういうの見てると男子って羨ましくなるわよね」
「みんな仲良しだね!」
「これぞ青春! って感じです!」
夕陽が沈む地平線。
そこに向かって消えていく男子たちの背中をあたしたちは見つめる。
「だれもケガして欲しくないわね」
「そうだね」
「みなさん強いのでだいじょうぶですよ!」
「……そうね、それじゃあたしたちは帰りますか。 お弁当の準備とかあるでしょ?」
「うん!」
「ハルもツナさんのために腕によりをかけて作ってきます!」
「ほら、真美。 固まってないで帰るわよ」
「……はっ!? せ、先輩はどこに!?」
放心したままの真美の頭を小突いて正気に戻す。
状況を理解できていない真美はまわりを見回したあと、山本がいないことに気づき小さく肩を落とした。
「全力で行けば追いつけると思うけど、どうするの?」
まだかろうじて見える夕陽のボーイズを親指で指さすと、真美は一度そちらをみてため息をつく。
「……やめておきます」
「よし、それじゃ解散ね」
「がんばろーね!」
「はひ! みなさんシーユーアゲインです!」
「それでは、皆様。 また、明日」
2人に軽く手を振って、真美とともに歩き出す。
そこで、橋の上からの視線に気づいた。
「どうしました姉様?」
立ち止まったあたしに真美は疑問の声をあげたあと、あたしがみつめている場所に目を向ける。
あたしの視線の先の、橋の上からこちらを見つめているのは、あごひげを生やしメガネをかけ、カンカン帽をかぶっている男。
男はこちらに一度軽薄そうに笑いかけ手を振ると、振り返ってどこかへ歩いていった。
「姉様、お知り合いですか?」
「……ええ、そーよ。 よく知っているわ」
「彼氏さんですか」
「ちがうわ、ただの顔見知りよ。 はやく返りましょ」
左目の眼帯に一度手を触れ、髪を掻き上げたあと再び歩き始める。
真美は怪訝そうな顔をするが、なんでもなさそうなあたしの態度を見たからか気にした様子もなくついて来た。
…………ええ、わかっています、兄さん。
目的を忘れたことはありません。
ご心配なく。
え?
なんでキレてるの兄さん!?
胸がなに!?
ねえ兄さん!?
兄さん!?