【ARIA】 その、いろいろなお話しは……(連作) 作:一陣の風
このお話しは、トラゲット三人娘のひとり、姫屋のあゆみのお話しです。
それでは、しばらくの間のお付き合い。よろしくお願いします。
アイちゃん、お元気ですか?
プリマになって一ヵ月。いまだに、ばたばたとした日々を過ごしてしますが、そこは、それ。
なんだか、こんな日々が楽しくて、しょうがありません。
そうそう。ばたばたといえば、藍華ちゃんの支店開業が、いよいよ明日に迫りました。
当日は、ホテルをひとつ借り切って、盛大なパーティーを催すそうです。
もちろん、私も呼んでもらってます。
今から楽しみ。
そして、もうひとつの楽しみといえば……
『 sentineti singoio 』
毎朝恒例のアイちゃんへのメールを打ち終えると。
-はふう
大きく伸びをひとつ。
今日もここ、ネオ・ヴェネツィアは良いお天気です。
きっとこんな日はまた、とっても素敵な出会いの予感が……
「ぷいにゅん」
そんな私に、アリア社長が帽子を持ってきてくれました。
アリア社長は猫です。
-猫が社長?
って変に思われるかもしれませんが、ここネオ・ヴェネツィアの水先案内業界では、蒼い目の猫さんの事を「アクアマリンの瞳」と呼んで、航海の安全を祈る象徴としているんです。
もちろん、本当の「社長さん」は存在していて、お店の運営は、その人があたっています。
でも、アリア社長のような火星猫さんは、人間並みの知能を持っていて、しゃべれないけど、ちゃんと人間の言葉も理解できるんですよ。
「ぷいにゅ、ぷいぷい!」
「はい、社長。それじゃあ、サンマルコ広場まで、お客様を探しに行きましょうか」
「ぷいにぁ~」
さあ。新しい出会いへと出発です。
****
今日の最初のお客様は、月のルナ・ワンから来られた、ご夫婦でした。
なんでも、ご結婚30年目のお祝いでネオ・ヴェネツィアに来られたとか。
私も張り切って、ご案内させてもらいました。
「ありがとう。楽しかったよ」
「とっても素敵なゴンドラでした。また、次もお願いしますね」
「こちらこそ、優しい出会いをありがとうございました」
私がそう言うと、お二人はにっこりと笑ってくださいました。
こんな時、私はウンディーネになって、ホントによかったと思います。
あっ。
ヴンディーネっていうのは、ここネオ・ヴェネツィアでゴンドラを使って観光案内をするガイドの事です。
女性しかなれず、街を象徴するアイドル業。
-なんて言われてます。
ふふ。 なんだかこそばゆいですね。
「ぷいにゅううう」
お二人をお見送りした後、急にアリア社長が何か、すがるような目で私を見ました。
「どうしたんですか、社長。 あっ、お腹が空いたんですね」
「ぷいにゅっ」
気がつけば時刻はもう、お昼。
私のお腹も、そろそろ鳴り出しそうです。
「それじゃあ、お昼にしましょうか。 社長は何が食べたいですか」
「ぷいぷいにゅふふふ」
「そうですね。迷っちゃいますねえ。えへへ」
-ドンッ!
突然、ゴンドラが揺れました。
ほへ?
っと驚いていると、そのままゴンドラは動きはじめます。
ほへへ?
あわてて振り返ると、そこには帽子を真深くかぶった男の人が一人。
その人は、何も言わずにゴンドラを操ると、どんどんと沖の方へ漕ぎ出して行きます。
はへえ?
な、何が起こっているの?
知らない男の人が、勝手にゴンドラを動かして……
-まさか
これって。
これってもしかして……
ハイジャック!?
「ええ~!」
どーしよ~!!
****
ー 後から聞いた話です。
私とアリア社長がハイジャックにあってた頃。
私たちが後にした、サンマルコ広場では、二人の人影がさかんに走り回っていたそうです。
「どこに行った」
ひとりがいまいましげに言います。
「こっちに来た事は確かです」
もう一人の方が、あたりをキョロキョロと見回しながら答えます。
「逃げられたか」
「でも、どこに。 そんなに早く隠れられるような場所なんて……」
「ん。 あれは……」
最初にしゃべった方の人が、めざとく私達のゴンドラを見つけました。
「あそこ。 あれはARIA・カンパニーのゴンドラだな……」
「ええ、確かに。あれ? でも、動かしてるのは灯里じゃない。もしかして……」
「追うぞ!」
「はい!!」
二人はあわただしく、ゴンドラ乗り場の方に走っていきます。
「ふふ。私達から逃げられると思うなよ」
不敵な笑い声が響きました。
****
私は固まっていました。
ゴンドラをハイジャックされるなんて、前代未聞です。
「アリア社長。どうしましょう」
私は、アリア社長のもちもちぽんぽん(お腹の事です)を抱きしめながら震えていました。
その時、突然。
「危ないっ」
横手の水路から、ゴンドラが飛び出してきました。
操っているのは、まだ小さな男の子です。
「はひい。ぶつかるっ」
私が身を固くした時、ハイジャックの人は、いとも軽やかにオールを操ると、するりと相手のゴンドラをかわしました。
上手……
思わず、そうつぶやいてしまうほど、自然で、あざやかな操舵です。
- まるでプリマのよう……
「お姉ちゃん。ごめんなさーい」
男の子は遠ざかりながら、謝ります。
「おーっ。 気をつけろ。 水路に出る時は、声かけ絶対だぞっ」
「はーい。 ありがとー」
はひ?
この声ってば、どっかで。それにお姉ちゃん?
「あの」
「ん」
「あの。ゴンドラの操舵。とっても、お上手なんですね」
私は前を向いたまま、恐る恐る声をかけました。
沈黙。
次に聞こえてきたのは、大きな笑い声でした。
「っかー! ごめん、ごめん。驚かすつもりはなかったんだけどな」
懐かしい。この、どこか暖かで元気な、お声は……
ー ほへ?
と、振り向くと、ハイジャックの人は目深にかぶった帽子を、ぐいっっと親指で押しあげました。
その、お顔は。
「あゆみさん!?」
「よっ。久しぶり。灯里ちゃん。 いや、今は『アクアマリン・遥かなる蒼』さんか」
そう言うと、あゆみさんは、また大きな声で笑いました。
あゆみさん。
あゆみ・K・ジャスミンさん。
私がシングルの時、アリシアさんに勧められてお手伝いさせてもらった「トラゲット」で、一緒に仕事をさせてもらった姫屋のウンディーネさんです。
あっ。
「トラゲット」っていうのは、大運河(カナル・グランデ)に何箇所か有る渡し舟の事です。
前と後ろに漕ぎ手が立ち操舵するのが特徴で、それぞれ別の会社に所属するシングル同士で組むこともあって、ネオ・ヴェネツィアのちょっとした観光名所になっています。
あゆみさんと私は、他の二人のウンディーネさんと一緒に、そのトラゲットをした仲なんです。
「あの、あゆみさん。いったいどうしたんですか?」
「灯里ちゃん。お昼食べた? お腹空いてない?」
「はひ? えと。お昼はまだですけど……」
「よし、決まり。お昼おごるよ。いい店があるんだ」
「はひぃ?」
私とアリア社長は、訳の分からないまま、あゆみさんの操るゴンドラに揺られて行きました。
「ここだ」
そう言って。あゆみさんがゴンドラを泊めたのは、一軒の海鮮鉄板焼きのお店でした。
****
「おいひー☆」
「ぷいぷいぷいにゅうううう☆」
私とアリア社長は、鉄板の上で焼ける魚介類や野菜を、次々にほおばりました。
「だろ。特にここのモエッキ(蟹)は、最高なんだぜ」
「はひ。ほんとうに美味しいですう」
「このお店は、ウチのお気に入りでね。トラゲットとかで知り合った仲間や、お客様とも、よく来るんだ」
「ほへぇ」
「どんどん食べてくれよ。脅かしちまったおわびだよ」
「ああ。いえ、それはいいんですが、何かあったんですか?」
「え? う~ん。 いや別になんにもないよ。さあ、食べて食べて」
なぜか答えをさける、あゆみさん。 やっぱり何かあったんでしょうか。
「それよか灯里ちゃん」
「はひ」
そんな私の疑問を知ってか知らずか、あゆみさんは畳み掛けるように言いました。
「プリマ昇格おめでとう。ウチが言った通りだったろ。君はプリマ昇格間違いなしだって」
「あ、はひ。ありがとうございます。 でも、私なんかまだまだで」
「そんな事ないよ。 それにARIA・カンパニーの経営権も移譲してもらったんだろ。 すごいな」
「いえ。そんな。本当に毎日ただバタバタしてるだけで、全然です」
「でもホント、君は偉いよ。ただでさえ、プリマになるのは大変なのに、その上、お店の経営かあ。
店をひとつ切り盛りするって、大変だよなぁ」
あゆみさんは、少し考える風につぶやきました。
なんでしょう。
なんだかまるで自分に言い聞かせてるみたいで……
「そ、そういえば、あゆみさんはトラゲット続けてるんですか」
何か、気恥ずかしい。
私はあわてて、話題を変えました。
「えっ? ああ。もちろん。ウチはトラゲット専門。 つか、トラゲットしたくてウンディーネになったんだ。
地域密着型。楽しいよ」
そうなんです。
トラゲットはシングルのお仕事。
つまり、プリマではできないお仕事なんです。
そしてトラゲットは、プリマをめざすウンディーネの、恰好の練習の場でもあるんです。
でも、あゆみさんは、プリマに昇進する事なく、いつまでもトラゲットをしていたいって……
「あの、あゆみさん。ひとつ聞いていいですか?」
「ん、なんだい改まっちゃって」
「あの……あゆみさんは、本当にプリマにはならないんですか?」
「え?」
「だって、さっきも子供のゴンドラとぶつかりそうになった時だって、あんなに鮮やかにゴンドラを操ったじゃないですか」
「いや、灯里ちゃん。プリマになるには、操舵だけじゃ……」
「確かに、操舵だけじゃプリマにはなれません。接客やカンツーオネ(舟謳)だって。 でも、あゆみさんなら……」
「っかぁー。灯里ちゃんまで、そう言うか……」
- はへ?
私まで?
なんの事でしょう。
「あの、あゆみさん……」
「ほらな。あゆみ。みんなそう言うんだ。あきらめろ!」
ー ぶふっ!
不意の声に、あゆみさんは、激しく咳き込みます。
「はひっ? だ、大丈夫ですか。あゆみさん」
「ま、まさか………」
あゆみさんの視線は、私を通りこし、私の背後にそそがれています。
- ほへ?
と、振り向くと、そこには……
「晃さん。藍華ちゃん?」
そう。
そこには姫屋のエース・ウンディーネ。
クリムゾン・ローズ(真紅の薔薇)」こと晃・E・フェラーリさんと
私のお友達で、プリマ昇進と共に、めでたくカンナーレジョ支店、支店長に就任した「ローゼン・クイーン(薔薇の女王)」こと藍華・S・グランチェスタちゃんが、悠然と立っていました。
「うひい!」
おもわず立ち上がる、あゆみさん。
そんなあゆみさんを、晃さんが恐い顔で睨みつけます。
「あゆみぃぃぃ。こんな所にいたのか……」
「いや、その晃さん。これは、その……」
「すわっ! 問答無用。今すぐ一緒にきてもらうぞっ」
「あ、あ。その……」
「あゆみさん。なんで逃げるんですか!?」
今度は藍華ちゃんが声を荒らげます。
「ち、違うんだよ、藍華お嬢。それは、その……」
「そのその禁止です!」
「ひえ。その、ああ、つまりその……その…その……ごめんっ。
灯里ちゃん。また今度おおぉぉぉ」
そう言うと、あゆみさんは、ものすごい勢いでお店を飛び出して行きました。
「逃がすかあああ!」
猛然と追いかけていく晃さん。
残された私とアリア社長は呆然と、その後ろ姿を見送りました。
****
「プリマ昇格試験拒否なのよ」
藍華ちゃんが、吐き出すように言いました。
「ほへ? プリマ昇格試験拒否?」
私は藍華ちゃんのそのセリフを、そのまま聞き返してしまいました。
「そ。今日は本当は、あゆみさんのプリマ昇格試験の日だったの。
ありゃ、ホントにこのモエッキ美味しい」
藍華ちゃんは、残った海鮮焼きを口に運びながら言います。
「それって、プリマにならないって事?」
「ぷいにゅううう?」
アリア社長もびっくりしてます。
「で、で、でも。あゆみさんってば、そんな事、一言もいってなかったよ」
「当たり前よ。あゆみさんってば、朝から逃げ回ってるんだもの」
「ほへへぇ。じゃあ、さっきサンマルコ広場で、あゆみさんがハイジャックしたのは……」
「ハイジャック? 何それ」
「いや、なんでもなくって………」
それで、あゆみさんは何もいわずに私のゴンドラに飛び乗ってきたのか。
晃さんと藍華ちゃんから逃げるために。
- へっ?
「ええ? でもなんで逃げるのぉ」
「晃さんが、今日は絶対あゆみさんの、昇格試験をやるぞー! って言ってたからよ」
「ほへ……」
「あゆみさんはね。前からトラゲットにこだわってるでしょ」
「うん」
「トラゲットはシングルしかできない」
「うん」
「だから逃げた」
「ほへぇ?」
「あゆみさんはねぇ」
藍華ちゃんは、またモエッキを一口、口に入れてから話し始めました。
「十分、プリマになれる実力があるのよ。
性格も、あの通り、気さくだし、優しいし、ゴンドラの操舵もしっかりしてるし……
観光案内だって本人がやらないだけで、ホントは、すごく上手なの」
「はひ」
「だから私は、頼んで支店に来てもらったの。 ……私はね」
藍華ちゃんは、私の顔をまっすぐに見つめながら言いました。
「私は、あゆみさんに副支店長になって欲しいの」
「副支店長……」
「うん。あゆみさん、いつも笑顔だし。ああいうサッパリとした性格だから同じシングルや、ペアの子達からも人気があって、みんなの相談にも、よく乗ってあげてるの。人望あるのよね」
- ああ。納得です。
「うん。確かに。あゆみさんなら誰からも頼られて、一緒に答えを探してくれそうだね」
「そうっ」
いきなり藍華ちゃんは、バンッ!っと、テーブルを強く叩きました。
「ぷいにゅ!」
アリア社長がおびえ、まわりのお客さん達の視線が私達に集中します。
あわわ……恥ずかしい。
でも藍華ちゃんは構わず叫びました。
「そういう人だから、私は頼んでこっちに来てもらったのに!
副支店長がシングルじゃ、カッコつかないでしょうがあ!!」
-がああああっ。
と、口から火を吹きそうな勢いの藍華ちゃん。
それはまるで、古の幻獣・がちゃぺん……
「いや、お嬢。そりゃ、買いかぶり過ぎだって……」
弱弱しい声の方に目をやれば、そこには晃さんに首根っこつかまれてぶら下がってる、あゆみさんの姿が……
「捕まえたぞ」
轟然と言い放つ晃さん。
「 ウチは猫か……」
こぼす、あゆみさん。
そしてー
やっぱり私達は、みんなの視線を集めて………はうう。恥ずかしいです。
****
「いやあ。晃さん速いわぁ。私も足には自信はあったけど、こんなにあっさりと、しかもハイヒールをはいた足に捕まるとは……ははは」
「誉めても何もでんぞ」
やっぱり、モエッキを口に運びながら、晃さんは、あゆみさんを睨み付けます。
- こ、恐ひぃぃ
「おい。あゆみ。 なぜ、プリマへの昇格試験を受けないんだ!」
「いや、だからウチはほんとにシングルでよくて……」
「すわっ!」
- はひいっっ
「実力のあるものは、その実力にあった地位と責任を負わなきゃならないんだ」
「いや、だからそれは買いかぶりですって……」
「あゆみぃ! お前がプリマの実力を持っている事は、他のみんなも知ってるんだ。逃げるんじゃない」
「あゆみさん。私は、あゆみさんに私の右腕になってもらいたいんです」
今度は藍華ちゃんが、あゆみさんに詰め寄ります。
「今度のカンナーレジョ地区への支店開業は、ある意味、姫屋の未来を決めるものなんです。
だからこそ私は、その未来を、あゆみさんに助けてもらいたいんです」
「そんなおおげさな……」
「あゆみさん!」
「ひえっ。いや。だから、ウチもお嬢の助けならなんでもしますよ。
しますけど、それとプリマ昇格試験とはまた別で……」
「下手な言い訳禁止です」
「ええ~ぇ」
「あ、あのぉ……」
なにやら険悪な状況。
私は、たまらず口をはさんでしまいました。
「あによぉ。灯里」
「いや、あの……あゆみさん。
どうして、あゆみさんは、そんなにトラゲット……シングルにこだわるのかなって……」
「う~ん。こだわる……か」
私の問いかけに、あゆみさんは、少し考える顔になりました。
「あのさ、灯里ちゃん」
「はひ」
「この前、ウチや杏やアトラと一緒にトラゲットしたよね」
「はひ」
「その時、どんな感じがした?」
「あ。えと………」
杏さん、アトラさんは、私がトラゲットをあゆみさんとした時に、一緒になったウンディーネさんです。
二人ともオレンジ・ぷらねっとのシングルで、仕事が終わった後、四人での語り合ったいろいろなお話しは、私に力をいっぱいくれた暖かで大切な思い出のひとつです。
「私は……」
あの時の想いを何ひとつおろそかにしないよう、私はゆっくりと話し始めました。
「ネオ・ヴェネツィアの人達、ひとりひとりと触れ合えて、とっても楽しかったです。
観光案内のお仕事も、もちろん楽しいですけど、
ああやって、この街の人達と笑顔と接しながら、楽しくお仕事ができるのも、とっても素敵な事でした。
みんなでやったトラゲットは、私にとって、とっても素適で大切な経験です」
「……ありがと。えと、灯里ちゃんは確か、マンホームの出身だったよね」
「はひ」
「そっか。じゃあ、トラゲットは、あの時が初めてだったんだね」
何の話でしょうか?
よく分からないまま、私は、うなずきました。
「ウチはこのネオ・ヴェネツィア出身で、ずっと幼い頃からトラゲットのゴンドラに乗ってたのさ。
学校に行く時も、買い物に行く時も、家族で遊びに行く時も、いっつもトラゲットのゴンドラに乗ってね。
そんで、そのゴンドラには、いつも笑顔のウンディーネ達がいてさ。よく声をかけてくれたんだ」
あゆみさんは、昔を思い出すかのように、少し遠くに視線をやりながら話続けます。
「何処にいくの。学校終わったの。買い物? 家族で旅行?
わあっ。とっても楽しそうね。って。
満面の笑顔で。
もちろん、元気のない時だって声をかけてくれてね。
ウチが落ち込んでる時なんかは、なんとか元気づけようと、みんなで本気で励ましてくれたりしてさ。
ウチは、そんなウンディーネに憧れて、この業界に入ったんだ。
でも、その時、初めて知ったんだ。
あのトラゲットっていうのは、ウンディーネのプリマへの一行程に過ぎなくて、そしてプリマになれなかった、シングル達の溜まり場だって事に」
…………
…………ああ。そうか。
私は、突然。あゆみさんの気持ちが分かりました。
そう。
すべてのウンディーネがプリマになれるわけじゃない。
そこには、厳然たる現実の冷たさがある。
そして、プリマになれなかった人は、引退するまでずっと、シングルとしてのウンディーネを生きていかなければならないんです。
きっと晃さんも藍華ちゃんも、あゆみさんの気持ちが分かったんでしょう。
二人ともなにも言わず、ただモエッキをつついています。
「でもね」
あゆみさんは再び口を開きました。
「ウチを励ましてくれたウンディーネ達の笑顔は本物だった。
いつも心の底から、ウチらの事を見守ってくれてた。
そこには、シングルだとか、プリマだとかは関係なく、この街を……ただこの街に住んでる人達が大好きだって。
そんな想いがあったんだ。
だからウチはトラゲット……いや、シングルに誇りをもちたい。
シングルだって、こんなに立派に仕事ができる。
シングルだって、こんなに素晴らしいんだぞ! ってね。
みんなに教えたいんだ。おかしいかな?」
-えへへ。
そう言うと、あゆみさんは照れたような笑顔をみせてくれました。
「あゆみさんって、トラゲットみたいな人なんですね」
「え?」
「いつも笑顔で、みんなを迎えてくれて。
一生懸命、街の人達を心ごと、優しく運んでくれる。
嬉しいときも。
悲しいときも。
その柔らかな心で。その穏やかな心で。
みんなの想いと一緒になって。
あゆみさんは、そんなトラゲットのような、素敵で暖かな人なんですね」
私は、自分の感じたままを、あゆみさんに伝えました。
あゆみさんは、少し驚いたような顔で私を見た後、言ってくれました。
「灯里ちゃん…ありがとう。 でも……」
「『 恥ずかしいセリフ禁止ぃぃ!! 』」
あゆみさん、晃さん、藍華ちゃん。
三人の声が、見事にハモりました。
- ええ~!?
****
「わかった」
晃さんが、憮然と言いました。
「嫌がってるのを、無理矢理プリマにしたってしょうがない。お前は一生、シングルでいろ」
「晃さん? そんな……今更、何言い出すんです?」
藍華ちゃんが、あわてます。
「でもな……」
晃さんは、ちょっぴり小悪魔的な微笑みを浮かべながら言いました。
「副支店長として、藍華の下にはついてもらうぞっ」
「ええっ!?」
今度は、あゆみさんがあわてだします。
「いや、ウチはシングルだし。プリマな先輩もたくさんいるし」
「すわっ!」
「ひえっ」
「お前は今はっきりと、シングルに誇りを持つって言ったじゃないか!」
「あの、でもそれは……」
「だったら、なにも臆する事はない」
相変わらず、小悪魔的スマイルを浮かべながら、晃さんは続けます。
「それにプリマでなければ、副支店長になってはならない-なんて規則もないしな」
「あ~でも、そんな事をすれば、会社の評判にも影響が……」
あゆみさん、必死の反撃。
「おい藍華。なにか問題あるか?」
晃さんは笑顔のまま、藍華ちゃんに訊ねます。
藍華ちゃんもまた、満面の笑顔で答えました。
「いえ、ぜんぜんありません。ドンと来いです!」
「お嬢ぉ……」
反撃失敗。
「もし、そんな事言われても、私が……私達がちゃんと実績を上げて、批判なんかさせません!」
藍華ちゃんは、胸を張りながら宣言しました。
「うむ。よく言った!」
「はい。晃さん。ありがとうございます」
「晃さん、お嬢ぉぉ……」
あゆみさん、玉砕です。
「私も、あゆみさんと藍華ちゃんの姫屋って見てみたいです」
私も嬉しさのあまり、つい言ってしまいました。
「きっと、あゆみさんと藍華ちゃん。二人の優しさと暖かさと笑顔が、姫屋のウンディーネさんや、お客様ひとり一人に染み込んでいく、そんな素敵な、お店になりますよ」
「っかー! 灯里ちゃんまでっ。
ああ、まったく。三人のプリマから言われちゃ逃げられないなぁ……」
あゆみさんは、がっくりと、うなだれました
「あゆみさん?」
でも、あゆみさんは、再び顔を上げながら、こう力強く言ってくれました。
「分かりました。この、あゆみ・K・ジャスミン。及ばずながら、姫屋の藍華お嬢のために一生懸命つくさせていただきます。
お嬢。副店長就任。ありがたく、お受けします」
「うりゅ……あゆみさん。ありがとう」
素敵な泣き虫さんの藍華ちゃんが、うるうるしてます。
でも、私も少し、うるうるです。
「私からも頼む。藍華を助けてやってくれ」
「はい。でも、お嬢、晃さん」
「はい?」
「なんだ?」
「私はこの先もずっと、プリマになるつもりは……トラゲットから離れるつもりはありませんから。
ARIA・カンパニーのプリマ・ウンディーネ。遥かなる蒼(アクアマリン)こと、水無灯里さんが証人ですよ」
「はいはいはい」
「はひ。私もしっかり聞きました。あゆみさん、副支店長、就任おめでとうございます」
「いや、あの。そうゆう意味じゃ……」
「よし!」
パンっと晃さんが両手を合わせます。
「そうと決まれば、前祝いだ。 ここは私がおごるぞ。モエッキ追加だ」
「やったあ!」
「わは~い!」
「ぷいにゅううう!」
喜ぶ一同をしりめに、あゆみさんは ー
「っかぁぁぁ……」
と、深い深いタメ息をつきました。
無条件降伏でした。
****
こうして、朝から始まったハイジャック事件。
姫屋カンナーレジョ支店、副支店長事件は、めでたく解決しました。
「いや、灯里。解決ってなに? つか、事件でもないし……」
藍華ちゃんの突っ込みは無視して( 無視かよ!by藍華 )
私の今日のお話は、お終いです。
アイちゃん。
アイちゃんにすすめられたように、物語風に書いてみたけど、どうかなぁ?
読み返すと、ちょっと恥ずかしいよ。
でもいつものメールじゃなくって、書いてて楽しかった。 えへへ。
そうそう。
その後の事、書きますね。
あゆみさんは、めでたく藍華ちゃんのお店で、正式に副支店長に就任しました。
やっぱり最初は、シングルが副支店長って事をよく言わない人がいたみたいだけど、
晃さんの賛同の言葉や、それ以上に歓迎する声が大きくて、今では、あゆみさんは姫屋カンナレージョ支店にとって、なくてはならない存在になってます。
おかげで藍華ちゃんも、面倒な事にとらわれず、どんどん新しい事にチャレンジしてるみたい。
あゆみさんも、支店の運行や予約の確認。ウンディーネの健康管理とか人生相談(?)とか、いろんな事に、いそがしく飛び回ってるみたいです。
でも、あゆみさんは-
「これがウチの、一番の息抜きなのさ」
-って、忙しい中、今でもトラゲットを続けてます。
あの、いつもと変わらぬ笑顔と優しさで。
きっと藍華ちゃんのお店は、あゆみさんがいる限り、これからもどんどん発展していくだろうな。
素敵だね。
灯里さん。
ホントに物語風にしてくれたんだ。
うふふ。ありがとう。とっても面白かったよ。
うん。
きっとあゆみさんも、灯里さんや晃さんのように、藍華さんにとって、なくてはならない人なんだね。
うらやましいな。私もいつか誰かにとって、そんな存在になりたいなぁ。
そしたら、きっと………
………
………
………ところで灯里さん。
舟とかの時は、ハイジャックじゃなくて、シージャックなんじゃ……
………
………
はひい!?
「 Sentineti singoio(シングルへの こだわり)」 - La fine
後書きのようななにか
「Sentineti singoio」
本編タイトル。イタリア語表記なのは……若気のいたりです。お察しください(鹿馬)
某ネット翻訳なので、本場の人からみれば、頓珍漢な単語かもしれません。お察しください(大鹿馬)
あゆみ・k・ジャスミン
本編の主人公。姫屋のシングル。 トラゲット三人娘のひとり。私愚作の中では今後、いろんな目に会う人。
水無 灯里&アリア社長
ARIA・カンパニーのプリマ・ウンディーネと「白くてニクい」あんちくしょー!(笑)
私愚作は基本、漫画やアニメ時間軸・外のお話しが中心になります。
藍華&晃
姫屋のプリマ・ウンディーネ。
はっ! 今、気が付いたんですが、ヒメ社長がおらん!!(爆鹿馬)
アイ
いずれこの子も登場予定。でもその実態は謎! という不思議な娘。
ある許可が下りれば、苗字や名前(漢字)を特定するかも……(激鹿馬)
今後、私愚作は月いちのペースで掲載させていただく予定です。
予定です。お察しください(弩阿呆)
次回も御贔屓のほど、よろしくお願いします。
それではいずれ、春永にー