【ARIA】 その、いろいろなお話しは……(連作)   作:一陣の風

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第11話 PART-5

 

「ゴンドラ、出ます」

アリシアの涼やかな声が響く。

風がそよぐ。

波がたゆとう。

 

遥かなソラノカケラに、白い雲が流れてゆく。

 

 

 

  『 Traghetti 』PART-5 [ Mano ela Mano Io l'allacciai ]

 

 

 

 

灯里とアリシアのARIA・カンパニー・師弟コンビのゴンドラは、二人の性格そのままに、静かに、穏やかに、まるで滑るかのように運河を渡って行く。

 

 

「おおおお? アリシアさんだっ」

「アリシアさんが、ゴンドラを操っているぞぉ!」

「なんだってぇ? 冗談だろ?」

「おい。アリシアさんの格好を見ろよ」

「スーツ姿(スカート)だ……」

「眼鏡もかけてるぞ!?」

声にならないどよめきが、トラゲット乗り場に低く渦巻く。

 

気が付けば、ゴンドラの中は男性客で、いっぱいになっていた。

 

「ありゃ、アンタ、どこ行ったのサ!?」

「あンのヤドロク! 店、ほったらかしにして、何やってんだい!」

「のわっ。 また、客も店員も取られたぁ!」

 

屋台や、お店の、女将さん達の怒号と罵声が響いては消えてゆく。

 

 

「さすがはアリシア・フローレンス。『スノーホワイト(白き妖精)』ですね。

 この辺一帯の屋台やお店から、お客さんはおろか、ウェイターや、ダンナさんまで、男性は、ひとりもいなくなりました。 

みんな争うかのように、アリシアのゴンドラに乗ろうとしてます」

アンジェリアが笑いながら言った。

 

「ほっ・ほっ・ほっ」

「うふふふふふ」

グランマと明日香が、上品な笑みをこぼす。

 

 

 

「お~い。 みんな。 マルガリータ・ピザ、差し入れに買ってきたぞっ。

 みんなで食べよお…おおおおおおおお!?」

 

いく枚ものピザの箱を両手に抱えた晃が、髪の毛を逆立てながら絶句する。

そこでは、恩人ともいうべき人達が、微笑みながら、自分を迎えてくれていた。

 

 

 

「アリシアっ。 なんでお前がここにいるんだ!」

 

パニック気味に晃がアリシアに向かって叫んだ。

 

「あらあら……」

 

そんな晃にアリシアは、いつも通りに、のほほんと微笑む。

 

「いえ、ここトラゲット乗り場ですし……」

「すわあっ!」

肉まんとピザの山を前にした、そんな灯里のセリフを無視して、晃は叫ぶ。

 

「あらあら禁止!」

「うふふ……」

「うふふも禁止!」

「あらあら、うふふ……」

「両方、いっぺんに言うのも禁止!」

「あらあ?」

「ちょっと言い方変えても、ダメだあっ」

「うふふ」

「てめえ、そんな小悪魔的微笑み。私にはきかああああん!」

 

 

「まあまあ、晃、落ち着いて」

「そうそう。 晃、落ち着きなって」」

「明日香さん、アンジェリア先輩……」

うふふ-と笑う明日香とアンジェリアに、さしもの晃も静かになる。

 

明日香は晃が姫屋に就職したとき、姫屋、随一のトップ・プリマ・ウンディーネとして活躍しながら(すでにグランマは退社していた)

晃達、新人ウンディーネの指導、教育をしてくれたものだった。

 

 

「すいません、晃さん。緊急避難的処置だったんです」

灯里がいきさつを説明した。

 

「はああ……蒼羽、何やってんだか。熱血にもほどがある……」

「おいおい。一番の熱血さんが、なに言ってるんだい?」

「アンジェリア先輩……」

 

アンジェリアもまた当時、そんな新人ウンディーネの晃を指導した、姫屋の先輩のひとりだ。

つまり、明日香とアンジェリア。 この二人には、さしもの晃も、ずっと頭の上がらないのだ。

 

しかもさらにグランマまで居るときては………

 

「はあああ……」

晃の口から、大きなサイ(タメ息)がもれる。

 

「晃さんにも、勝てない人っているんだね」

アイが屈託なく言う。

 

「あ、アイちゃん!?」

「あらあら、うふふ」

灯里が、あわてて叫び、アリシアの笑い声が響く。

 

「だああああ………」

怒るわけにもいかず、再びついた、晃の大きなサイに、みんなの笑い声が重なった。

 

 

 

「アイ。時間よ」

「お姉ちゃん?」

呼ばれて振り向いたアイの視線の先に、アイの姉夫婦である、アヤメとアツシが。 

そして、ふたりの子供である赤ん坊のアクアが、母親の腕の中に抱かれて、嬉しそうに手を振っていた。

 

「ぷいぷい~☆」

「たああ~い☆」

 

暁の頭の上から飛び降りたアリア社長が、アクアに駆け寄って行く。

アヤメは抱いていたアクアを降ろすと、アリア社長の前に座らせた。

 

アリア社長とアクアは、楽しそうにじゃれ始める。

それは、それを見ているみんなの心に、暖かなモノを湧き上がらせる、素敵な光景だった。

 

 

「お久しぶり、アヤメさん。アツシさん」

「お久しぶりです。アリシアさん、灯里さん、みなさん」

「お久しぶりです。みなさん。アイを、ありがとうございました」

 

「もう、時間なの?」

 

一通りの挨拶と紹介をがすむと、アイが小さな声で言った。

 

「ごめんね、アイ。もう帰りの船の時間なの」

「…………」

「さあ、行きましょう」

「……やだ」

「アイ?」

「やだぁ。私、帰りたくない」

「アイちゃん……」

 

アイは灯里にしがみつくように引っ付くと、目に涙をためながら叫んだ。

  「今日は、とっても楽しいの。 だから…だから、私、まだ帰りたくない!」

「アイ……」

 

「あらあら。珍しいわね。アイちゃんがこんなに我がまま言うなんて」

「アリシアさん……」

「そうねぇ。よっぽど今日は楽しかったのね。うふふ」

「グランマ……」

 

灯里は身をかがめて、アイと同じ目線になると、言い聞かせるように話かけた。

「ね。アイちゃん。今日は……今回はもう帰ろ? 次も、またすぐ逢えるから」

「いつ……」

「はへ?」

「そんなの、いつですか?」

アイが目に涙をためつつ、叫んだ。

 

「そんなのいつか分からないじゃない。お姉ちゃんもアツシお兄さんも忙しいし。パパやママだって……

 みんな、いつもお仕事とかあって。すぐにAQUAに連れて来てくれるってわけじゃないじゃないっ!」

「アイちゃん……」

 

「どうして、こんなにAQUAは遠いの?

 どうして、こんなにマン・ホームから、遠いの?

 どうして、こんなに早く帰らないといけないの?

 どうして、こんなに早く、お別れしないといけないの?

 どうして? 

   こんなに…ずっといたいのに……

 どうして? どうして?

どうして…どうして…どうして……」

 

最後は小さな声で、つぶやくように何度も同じ言葉を繰り返すアイ。

そんなアイに灯里は、困ったようにアリシアやアヤメと顔を見合わせた。

 

 

 

「ひとりで来ればいいだろう」

 

 

暁がポツリと、しかし、はっきりと言い切った。

 

「そんなことで泣いてるくらいなら、ひとりでココに帰ってくればいいだろう」

「……え?」

 

「もうお前は、ミドルスクールの6年生なんだろ。それならひとりでだって星間連絡船に乗れるはずだ」

「ひとりで………」

 

 

「それでもし、ココでのお迎えが必要で、もみ子の都合が悪いなら、そん時は、俺様が迎えに来てやる」

「暁さん……」

 

「それに俺様や、もみ子の都合が悪くても、ほら見ろ。お前にはこんなにも、たくさんの『家族』がいるだろ」

 

暁の言葉に、アイはみんなを見回した。

 

グランマも

明日香も

アンジェリアも

 

晃も

アリシアも

アリア社長までも

 

みんながにこやかに微笑みながら、うなずいてくれた。

 

 

「今、ここにいない、がちゃぺんや後輩ちゃんも。

   アルやウッディ、それに今日知り合ったトラゲットのウンディーネ達も。

 みんな呼ばれりゃ、いつでも喜んで迎えに来てくれるさ。

   だから次からは……」

 

暁が、片目をつぶりながら言った。

 

 

 

  「ひとりで、この街に帰って来ればいい」

 

 

 

「やば、どうしよ。へたれが、かっこよく見えるぜ……」

晃が口を押さえながら、うめいた。

 

「うっさい! へたれ言うなああっ」

「あらあら、うふふ」

「ほっ。ほっ。ほっ」

「おやまあ」

「あははははは」

 

みんなが一斉に笑い出す。

 

つられたように、アイも涙をぬぐいながら笑い出した。

それは、とても素敵な笑顔だった。

 

 

 

「あの……晃さん」

「ああ、分かってるよ、灯里ちゃん。アイちゃんを送りたいんだろ?」

「は、はひ」

「行っておいで、ここは私と、アリシアでやっておく」

「すいません。なんだか恐れ多くて……」

「水無 灯里っ! いや、アクアマリン!!」 

晃が突然、大きな声を出した。

 

「は、はひっ?」

「いいか、よく聞け……」

 

不意のことに、唖然とする灯里に。

  晃は今度は一変して、諭すように、言い聞かせるかのように、静かに言った。

 

 

「私達は会社は違えど、同じウンディーネだ。ひとつの大きな家族なんだ。 ならば、家族同士、遠慮する必要は何もない」

 

「晃さん……」

それは奇しくも蒼羽が今朝、熱を出したウンディーネに言った台詞、そのままだった。

 

グランマが

明日香が

アンジェリカが

 

微笑みながら小さく、うなずく。

 

「うふふ。晃ちゃんってば、とっても、かっこいいわ」

アリシアが花の咲くような笑顔で言った。

 

「さすがは我らの『クリムゾン・ローズ』ちゃんね」

 

「すわっ! アリシアっ! 歯の浮くようなセリフ禁止! つか、お前が私を通り名で呼ぶな!

 ……照れくさいだろ」

「あらあら……」

 

再び、満面の笑みを浮かべる、アリシア

けれどアリシアのその笑顔には、晃に対する、感謝と信頼の気持ちが、あふれんばかりに込められていた。

 

 

「じゃあ、晃さん、アリシアさん。少しの間、よろしくお願いします」

「ああ、ゆっくりしてこい」

「ええ、ちゃんと最後まで、見送ってあげてね」

「はひっ。ありがとうございます」

 

「あ…へたれ……ううん、暁さん」

「あ? なんだちびっ子?」

「ちびっ子、言うなっ ……あ、ありがと」

「ん?」

「だから……ありがとって言ってるの!」

「うっ……おう? なにか悪いモノでも食べたか?」

 

-どがすべすっ!

「ぐおおおおおおおっ?」

再び、アイの『弁慶の泣き所アタック』が炸裂し、暁はジベタを転げまわった。

 

「やっぱり、アンタなんか、へたれで充分だっ!」

 

そんな、いまいち決まりきれない暁を、アイは冷たい瞳で見下ろしていた。

こうして灯里は、アイや、その家族とともに、この場を離れる。

 

 

 

「よし。アリシア。行こうか!」

「ええ。晃ちゃん。行きましょうっ」

 

晃とアリシアが、とても楽しそうに、互いにオールを手に取り合う。

 

 

こうしてトラゲットは、さらに赫々たる異変へと向かって、突っ走ってゆくのであった。

 

 

 

           Essere Continuato (つづく)

 

 

 

 

 

       

 

『 Traghetti 』 PART-5 

[ Mano ela Mano Io l'allacciai(つないだ手と手)] - La' fine

 




後書きのような、なにかー

みな様、残暑お見舞い申し上げます。
盆などのように過ごされましたか?
楽しい時をすごされたのであれば、十全です。

さて、これから先の事は私信的お願いです。
時間やご興味のない方は、どうぞ知らんぷりでスルーしてください(平伏)
あれから随分経ちました。
河井 英里さん。川上とも子さん。 両氏が旅立たれてから。
もし。もしも。
みな様にその気持ちがあるのであれば、両氏の「声」をほんの少しでも聴いていただけないでしょうか?
それがなによりの。おふたりに対する「感謝」であると妄信していますが故。
この季節。おふたりにもきっと、その想いが届くと妄信するが故。
私的で、勝手で、思い上がったおねだりを、どうかお許しください。
愚かで、泥沼で、断末魔な、一陣の風と思召しいただき、苦笑していただければ幸いです。

 それではいずれ、春永にー

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