【ARIA】 その、いろいろなお話しは……(連作) 作:一陣の風
「ゴンドラ、出ま~すっ」
灯里が声をあげる。
ゴンドラは船着場から離れると、ゆっくりと運河を渡りはじめた。
「にょわっ」
蒼羽が変な声をあげた。
「なんで、お前がここにいるんだ……」
「お久しぶりです。蒼羽さん」
灯里は、にっこりと微笑む。
その笑みに蒼羽は、顔を引きつらせながら立ちすくんでいた。
『 Traghetti 』 PART-4 [ Ii pomeriggio calmo ]
「はひっ。晃さんが誘ってくださって……私、今、すっごく楽しくトラゲットさせてもらってます」
灯里が満面の笑顔を見せる。
「う……おう……そう、それはよかった」
あいまいに微笑む蒼羽。 それは、アトラや杏。 同期で同じオレンジ・ぷらねっとのウンディーネ。アテナにも。
決して見せたことのない、レアな表情だった。
「やあ、蒼羽。 他のところはどうでした? ……どうかしましたか?」
晃が不審気な表情を見せ、近寄って来る。
「あ。ああ、晃。大丈夫ですよ。問題ありません」
蒼羽は、あわてて答えた。
「そう……それならいいんですが」
「ええ。ですから晃。少し休んでください。しばらくの間、ココは私が面倒みます」
「そうですか。では、お願いします。ちょっと調子に乗りすぎました」
照れ笑いを浮かべる晃。
-ちょっと?
未だに晃の後ろに集まって、大歓声をあげている大勢の女性陣を見ながら、蒼羽はつぶやいた。
-ちょっと?
頭に大粒の汗が浮かんで落ちる。
「じゃ、蒼羽。少し抜けてきます」
「ラッジャ。ごゆっくり、晃」
晃は、その場を離れてゆく。
と、同時に、集まっていた女性陣も解散していき…トラゲット乗り場は、ようやく落ち着きを取り戻しはじめた。
ゴンドラはゆく。
灯里のトラゲットはゆく。
風を受けて、のんびりと。ゆったりと。
客達の笑い声が弾ける。
買い物かご、いっぱいに食材を詰めた、おばちゃん達。
本を片手に、次の名所を目指す観光客達。
お母さんと手をつなぎ、甘える女の子。
お互いを見つめ合い、ふたりだけの時間を楽しむ、カップル。
対岸で待つ、子供達に、おみやげが入っている袋をかかげ、手を振るお父さん。
灯里のゴンドラは、そんな人達を乗せて、静かに進んでゆく。
……ああ。
「さすがだね。 灯里ちゃん」
「はひ? 蒼羽さん?」
次のトラゲットまでの空いた時間。蒼羽はゴンドラ乗り場から運河をながめつつ、横に座った灯里に声をかけた。
「君の操舵は、本当にゆったりとして気持ちいい。まるで自分が風になったようだ」
蒼羽が目を閉じ、空を見上げながらつぶやいた。
気持ちのいい風が、吹き抜けてゆく。
「うん。私もすっごく気持ちよかった」
アイも同じように目を閉じ、風を感じていた。
「はひ。ありがとうございます」
灯里は照れながら、しかしとても嬉しそうに笑った。
「私はね、灯里ちゃん」
「はひ」
「私は君にとても感謝してるんだ」
「はへ?」
「君は、かたくなだった私の心に、新しい風を吹き込んでくれた。 新しい波紋を広げてくれた」
「蒼羽さん……」
「おかげで私は立ち直れた。自分を見失わずにすんだ」
「そんな…おおげさです」
「いや。そんなことはない。君は君自身が思っているより、それ以上に、たいしたヤツなのさ」
「…………」
「それでだ…灯里ちゃん」
「はひ。なんでしょう」
「あの時、いいそびれた言葉を、今、言おう……ありがとう。感謝している」
「蒼羽さん……」
「まあ、おかげで君の顔を見るのが、なんだか、照れくさくてな。 さっきは、ごめん」
蒼羽は照れたように笑った。
さきほどの、灯里の顔を見て、複雑な表情で立ちすくんでいた時のことを言っているのだ。
「い、いえ。そんな…ぜんぜん気にしてないですから……」
「灯里さんは、やっぱり不思議だね」
「アイちゃん?」
「灯里さんは、自分でも気が付かないうちに、たくさんの人達に、たくさんの素敵な送りものをしてる。
うふふ…不思議で素敵!」
「おおっ。この子は、灯里ちゃんのこと、よく分かってるな」
蒼羽が、アイの髪を優しくなでる。
「えへへ…灯里さん。ほめられちゃいましたぁ」
アイは、くすぐったそうに笑いながら言った。
「おおい。もみ子。差し入れ持ってきてやったぞ」
暁が頭にアリア社長を乗せたまま、肉まん片手にやって来る。
「俺様の優しさに感謝するがいい。ほら、ちびっ子の分もちゃんと買ってきてやったぞ」
「ちびっ子、言うなあ!」
-どぎゃすっっ!
再び、アイの蹴りが、暁のスネ -弁慶の泣き所とも言ふ- に炸裂する。
再び、暁は転げまわって悶絶する。
「誰、これ?」
「へたれっ、です」
蒼羽の質問に、アイは即答した。
「へたれ?」
アイが今までのことを蒼羽に耳打ちする。
「ああ…そいつは、へたれだな」
「ぬっ、ぬ、なにおおおお!? うわっ?」
不意に蒼羽は、叫ぶ暁の胸元をつかむと、そのまま力まかせに引きずって、人気のない通りの家の壁へと、叩きつけるかのように押し付けた。
「ぷぎゃああああ~っ」
暁の頭の上で、アリア社長が悲鳴を上げる。
「いいか、お前っ」
「な、なにっ。なんだよ」
蒼羽は小さな、しかし充分に『ドスのきいた』声で、暁の耳元でささやいた。
「あの子は……水無 灯里は私の恩人なんだ。 だから……」
「だ、だから?」
「だから、あの子をちょっとでも不幸な目に合わせてみろ……コンクリ詰めにして、ネオ・アドリア海に沈めるぞっ」
「ぷ。ぷ。ぷいにゅぅぅぅ……」
アリア社長が眼に涙を浮かべて、怯える
「うう…わ、分かったよ……」
暁も完全に気合負けしていた。
「声が小さい!」
「わ、分かりましたああ」
「よし。よろしい」
ニヤリ-と凄みのある笑いを浮かべる、蒼羽。 やっぱり基本的に恐い人なのだ。
「……ったく。 あの眼鏡っ子といい、コイツといい、どうしてオレンジ・ぷらねっとのウンディーネは、こうも攻撃的なんだ……」
激しいデジャ・ビュ(既視感)に襲われる暁。
「何か言ったか?」
「いえ。 なんでもありません!!」
暁は、やけくそ気味に叫んでいた。
「お? 蒼羽じゃないか。また楽しそうなこと、やってるな」
-なにぃ!?
と、暁にダメ出しした勢いのまま、蒼羽は声のした方向を睨みつけ…
「アンジェリアさん?」
驚きの叫び声を上げる。
けれど、叫び声は、それだけでは収まらなかった。
「グランマだ!」 アイが叫ぶ。
「明日香さん?」 灯里も叫ぶ。
そして-
「アリシアすわぁん!」 暁が叫んだ。
「あらあら、うふふ……」
アリシアがみんなの気持ちを代表するかのように、楽しげに微笑んだ。
「いやあ。なんかトラゲット乗り場が楽しそうなことになってるって、風の噂で聞いてね」
「楽しそうって……」
アンジェリアのその言葉に、蒼羽が苦笑する。
アンジェリア・アマティは、「元」姫屋のウンディーネ。
姫屋退社後、請われてゴンドラ協会の指導員に再就職した彼女は、各、水先案内店の指導員達への技術指導や意見交換など。
協会と水先案内店との間をつなぐ、重要な要としての責務を果たしていた。
蒼羽とは、その過程で知り合い、立場と所属は違えど「同じウンディーネの先輩・後輩」として話せる仲だった。
「こんな楽しいことになってるなら、さっさと私も呼びなさい」
「いや、そう言われても……」
そんな、いたずらなアンジェリアの笑顔に、蒼羽は、ただ苦笑するしかなかった。
「グランマ、聞いて聞いて」
「はいはい。アイちゃん、どうしたの?」
グランマ。
本名、天地 秋乃(あめつち あきの)は、いわずと知れた「ARIA・カンパニー」の創始者にして、伝説の大妖精。
十六歳で、姫屋のプリマ・ウンディーネに昇格して以来、三十年以上にわたって、トップ・プリマとして君臨し、
その業績から『全てのウンディーネの母・グランドマザー』と呼ばれる偉大なる存在。
でもその実は、いつも微笑みを絶やさぬ、物静かで優しい「おばあさん」だ。
「あのね、グランマ。私、灯里さんのトラゲット、乗ったんだよ」
「あらまあ。で、乗り心地は、どうだった?」
「うん。もちろん、とっても素敵でした」
「そう、それは良かったわねえ。うふふふふ」
「私は引っ張りだされたのよ」
「明日香さん?」
明日香・R・バッジオも、同じく元「姫屋」のウンディーネ。
グランマ・天地秋乃が退社し、経営的にも精神的にも傾きかけた姫屋を立て直し『姫屋の至宝』とまで言われたウンディーネ。
その引退式は、ゴンドラ協会の公式行事として挙行されたほどであった。
現、水先案内人ミュージアム館長。
そして、グランマの親友。
「人がミュージアムの仕事してるのに、秋乃の奴が、トラゲットが面白いことになってるから、一緒に見に行きましょう って」
「面白い…ですか」
「ええ。 昔っからそうなのよ。面白いことが見つかったからって、いつも私を引っ張りだして。
私の都合なんかおかまいなし。まったく迷惑な話だわ」
「……ホントに、グランマと明日香さんってば、仲悪いんですね」
灯里が笑いながら言った。
「そうやって、少しでも早く、自分が見つけた『素敵』を、明日香さんに教えようとする、グランマ。
そうやって、文句を言いながらも、それでもしっかりと『素敵』をグランマと探しに行く、明日香さん。
とっても仲の悪い、素敵ングな、お二人です」
「灯里ちゃん……」
「は、はひっ」
「恥ずかしいセリフ禁止!」
「ええ~。 また元祖ですかあ?」
笑い声が響く。
「あ、あ、アリシアさん。おし、おし、お久しぶりでぶっ! って、噛んだぞおおおおお!」
「あらあら。暁くん。お久しぶり。元気だった?」
アリシア。
アリシア・フローレンス。 …今更、説明の必要があるのだろうか。
姫屋の晃。 オレンジ・ぷらねっとのアテネ。 と並んで「水の三大妖精」と呼ばれていた、元「ARIA・カンパニー」のプリマ・ウンディーネ。
通り名は「スノーホワイト(白き妖精)」
灯里のプリマ昇進と同時に「寿」引退。
会社の経営権も全て、灯里に譲り、今は、ゴンドラ協会で常務理事としての要職についている。
- と。
それ以上の細かなことは、改めて書くまでもなく、諸氏の方がよりよく、ご存知であろうので割愛させていただく。
「ぷいぷいにゅうううううう☆」
アリア社長が、アリシアに飛びついた。
「あらあら。アリア社長。お変わりなく、元気そうでなりよりだわ…」
「ぷいにゅ☆ ぷいにゅ☆」
「あ、アリシアさんもお変わりなく。お美しいままままままです」
暁が、顔を真っ赤にしなが言う。
「うふふ。ありがとう、暁くん」
「おい。へたれっ。アリシアさんはもう、結婚されてるぞ?」
すかさず蒼羽が、ツッコみを入れる。
「う、うるさい。俺の…俺のアリシアさんへのラブは、永久不変に変わることはないのだあああ!」
「ストーカ-だな」 アンジェリアがつぶやく。
「ストーカ-だぜ」 蒼羽もつぶやく。
「ストーカ-だね」 アイもつぶやく。
「まあまあ……」 グランマが微笑む。
「おやおや……」 明日香があきれる。
「うふふふ……」 アリシアが笑う。
「暁さん…なんだか、かわいそう……」 灯里が同情し。
「んみゅんにゅううう……」 アリア社長が同調する。
「お前らなああああああっ!」
ネオ・ヴェネツィアの空に、暁の絶叫が響き渡った。
「蒼羽さん。灯里ちゃん。アイちゃん。肉まん、買ってきましたよぉ…おおおおおっ?」
大きな袋を手に持った杏が、その団栗まなこを、さらにまん丸にして絶句する。
そこではまるで「坂の上の雲」のような人達が、笑いながら自分を迎えてくれていた。
「そういえば、あいつら帰ってこないな」
目の前の山と積まれた肉まんに手を出しながら、蒼羽が不審気につぶやいた
「あいつら?」
「アトラとあゆみくんだ」
「アトラさんと、あゆみさん? どうかしたんですか?」
灯里の質問に、杏が、晃と蒼羽の『どちらか優秀か』を賭けた、ヘンテコなレースのことを説明した。
「ほへえ…『絶対に負けろっ! レース』ですかあ」
「うん。正直、ヘンなレースだよぉ。 ふげげげげげっ?」
「そんな上からなこと言う口は、この口かあ! この口かあ! この口かあああああああ!」
「うげげげげげえ!」
三度、蒼羽に、ほっぺたをつねられながら、杏が呻いた。
「ひょ、ひょーひぇばぁ……あひゃらひゃんひょ、はひゅひしゃん、ひひゃしぃしゃしょおぉ」
「何? アトラとあゆみくんを見ただと? どこで?」
「ひゃっひのひゃいしぇんへっはんのおひへへ……」
「あっちの海鮮鉄板の店-だと?」
「ごひゃんひゃべへまひしゃ」
「飯、喰ってた-だとお!?」
「ふにゃっ☆」
「うにゃっ☆ -だとおおおぉ!」
「蒼羽さん。杏さんの言ってること、よく分かるね」
アイが感心したように言った。
「うん。 さすがは蒼羽さんだね」
「いや、ツッコみどころは、そこじゃねぇだろ…」
アイと一緒に感心する灯里に、暁がつぶやいた。
「あのアホどもぉぉぉお! 来いっ杏。あいつらを連れ戻しに行くぞ!」
杏のほっぺを片手でつかんだまま、ずかずかと威勢よく歩いてゆく蒼羽。
「ふえええええええ?」
両手を激しく上下させながら、無理矢理、連れ去られてゆく、杏。
あっという間に、その姿は見えなくなって………
「ふえええええええ?」
同じように両手を激しく上下させながら、灯里が叫んだ。
「あ、アリシアさんっ!」
「あらら、どうしたの灯里ちゃん」
「と、トラゲット要員、私ひとりになっちゃいましたあ!」
「あらあら……」
アリシアが片手を頬にあてて、困惑する。
「ど、ど、ど、どうしましょう。もうすぐ次のトラゲット出さなきゃいけないのに……」
-あわあわあわ
と、激しく狼狽する灯里。
こんなときの灯里は、「アクアマリン・遥かなる蒼」の通り名で呼ばれる、プリマ・ウンディーネというよりは、ただの、無垢で純粋な十七歳の少女にしか見えない。
アリシアは、そんな「かわいい灯里」が大好きだった。
「ほ・ほ・ほ。まあまあ、灯里ちゃん、落ち着いて」
グランマが笑いながら言った。
「そうですよ。アクアマリンさん。何も心配ないわ」
明日香も笑いながら言う。
「お二人の言う通り。何も心配することは、ないじゃないか」
アンジェリアが、いたずらな笑みを浮かべる。
「はへ?」
そんな灯里の問いかけるような瞳に三人は、そのまま、ひとりの人物に視線を送った。
「あ、あらあら。わ。私ですか?」
アリシアがあわてて言った。
「わ、私はもう引退した身ですし。そんな、お客様を乗せて操舵するなんて…」
「うふふ。大丈夫よ。アリシア。きっと、みんな喜んでくれるわ」
「そうそう。クルーズじゃなし。誰もそんなこと気にせずに、楽しんでくれるわよ」
「ああ。それにアリシアの腕前は、今でも私と一緒に、指導教員をやって欲しいくらい確かだからな」
グランマ。明日香。アンジェリアが、続けさまに言う。
そして-
「わああああぃ。アリシアさんと、灯里さんのトラゲットに乗れるんだあ!」
アイがダメ押しする。
そしてそのアイの笑顔に、アリシアもまた、あっさりと陥落して……
「はひい……あの……ホントにいいんでしょうか?」
逆に心配になったのか、灯里が、おずおずと訊ねた。
「大丈夫ですよ、灯里さん」
「ええ、大丈夫、大丈夫」
「うん、なんたってコレは……」
三人の声がキレイにハモる。
「「『 緊急避難的処置だからっ! 』」」
「はへえぇぇ……」
こうしてトラゲットは、さらに新たなお祭り騒ぎへと、発展してゆくのであった。
Essere continuato(つづく)
『 Traghetti 』 PART-4 [ Ii pomeriggio calmo -おだやかな午後 ] - La' fine
後書きのような、なにかー
無理が通れば、道理はひっこむ!!
し、失礼しました!(謝)
先月「泥沼」によりUPできませんでしたので、今月2つ目をUPさせていただきました。お許しください。
そんなこんなで、現場は混乱をきわめています。
気分はもう「モンティ・パイソン」です(鹿馬)
こんな状況ですが、怒らず、呆れず、心豊かに読み続けていただければ、これに勝る幸せは、ありません。
どうか変わらぬ御贔屓のほどを。
暑いです。
みな様、体調管理はしっかりと。自分を過信されませぬように。
それではいずれ、春永にー
PS
「ゴジラ 2014」公開記念として(弩阿呆)愚作を一本UPさせていただきました。
もしご興味がありましたら、ご一読いただければ幸いです。
非道い作品ですが……よろしくお願いします。