【ARIA】 その、いろいろなお話しは……(連作) 作:一陣の風
みな様にはすでにお気づきのように(笑)本人これを「ミズテリィ」と思って書いていました。
さあ、大団円!(鹿馬)
-起承前-
< ETA-0180M >
私はアリスちゃんの手を引いて、部屋の中へと入った。
杏が背後で扉を閉める。
「やっ…真っ暗。 あ、アトラ先輩?」
不安気な声をあげるアリスちゃん。
その声に反応したように、真っ暗な部屋に、突然、やさしげな小さな光が灯る。
その光に照らされて、浮かび上がる人影は-
「アテナ先輩?」
そのアリスちゃんの声が合図だったかのように、アテナさんは、ゆっくと歌い出した。
「これは……祝福の唄?」
それはあの時。
音楽室で。
談話室で。
何度か聞いた、優しい歌。
アテナさんが歌う『祝福の唄』が『ウェン・リーの間』に響き渡る。
手に持った、小さなロウソクの、ほのかな炎に照らしだされた、アテナさんの姿はまるで、この世のすべてを喜び愛する女神のようだ。
その歌声は魂をゆさぶり、至極の彼方へと私達を運んでいく。
私達は身じろぎもせず、ただじっと、アテナさんの歌声に聞きいっていた。
やがて、セイレーンの天上の謳声は、静かに、ほんとうに静かに、夜のしじまに消えていった。
歌い終わったアテナさんは、アリスちゃんに向かって、とても優しげで穏やかな微笑を浮かべる。
「あ……」
けれど、アリスちゃんが、何かの声をあげる前に、今度はピアノ調べが響き始めた。
不意に、部屋の中を光りが満たす。
ー !?
驚くアリスちゃんを、暖かな光りが取り囲む。
「これは……」
オレンジ・ぷらねっと、すべてのウンディーネが、そこにいた。
アリスちゃんを中心に、ピアノに合わせて、みんなが「祝福の唄」を歌いだす。
そこには、アレサ部長、寮長さん、蒼羽教官の姿もあった。
皆、それぞれにロウソクを手に、ゆっくりと、けれど力強く「祝福の唄」を歌い続ける。
みんなの声がひとつとなり、大きなうねりとなって、部屋の中を漂っていく。
高く……
低く……
遠く……
近く……
すべての心がひとつになって、ひとつの唄を歌い続ける。
それは私達、オレンジ・ぷらねっと……いえ、アクアに生きとし生ける物、その全てを祝福するかのようで………
やがて、その唄も終わりを迎え、光りがひとつ、またひとつと消えてゆく。
最後に残ったアテナさんの光りも消え、部屋はまた闇に満たされた。
「あ、あの……」
刹那。
ぱっあーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!
「きゃああああああああああああああ?」
クラッカーの激しく弾ける音が、室内に木魂した。
と、同時に、爆発的な光りが部屋の中を照らしだす。
「おめでとう、アリスちゃん!!」
「おめでとう、オレンジ・プリンセス!」
「おめでとうございます。アリス先輩!」
みんなの「祝福の声」が響き渡る。
「え? え? え? これはいったい。なんなんですか?なんなんですか?」
「ごめんね。アリスちゃん」
歓喜と祝福の声が響く中、私はまだ、とまどっているアリスちゃんに向かって頭を下げた。
「アトラ先輩。これはいったい……」
私は答える代わりに、一点を指差し微笑んだ。
そこには-
「おめでとう☆オレンジ・プリンセス VIVA! 飛び級昇格!!」
-と、書かれた横断幕が掲げられていた。
< ETA-0100M >
「結局、私は騙されてたってことですか?」
アリスちゃんがまた、かわいくスネた。
「ごめんなさいね。アリスちゃん。成り行きだったのよ」
「成り行き?」
「ええ。ホントはもっと小さなサプライズ・パーティのつもりだったの。そしたら、それを聞きつけたアレサ部長が……」
「聞きつけた-とは、ずいぶんな言われようね」
「アレサ部長?」
「まあ、いいですけどね。でも実際、渡りに舟だったわ」
「どうゆうことでしょう」
「うん。実は、このところ、とても忙しかったでしょ。 みんな休みなしで働いてて……
だから、ちょっとした息抜きを考えていたの。 そしたら、たまたま偶然にね」
「私達のサプライズ・パーティのことを知った」
「ええ。どうせなら、みんなを巻き込んで、イベントにしてしまおう-ってね」
「そうなんですか……」
「みんな否もなく、即決で賛成してくれたわ。 アリスは人気者ね」
「あ、ありがとうございます」
アリスちゃんが、照れたように下を向いた。
「でも、そうなると、隠すのが大変っ」
「え?」
「だって、これだけのイベントですもの。 会場の準備や進行の段取り。唄の練習。パーティ用の料理の打ち合わせと準備。
そして何よりも、アリスちゃんに知られないようにするための防諜手段の確保……
夜中まで働いて、仕事以上に疲れたわ」
「あ、だから夜食を……」
「ええ。もっともあれは、ここでずっと用意してくれてた、みんなへの差し入れでもあったのだけど」
私は周りを見回した。
大勢のウンディーネが、ペアやシングル、プリマ関係なく、楽しげに談笑している。
そう。みんなの協力があったからこそ、このイベントは成功したのだ。
「灯里先輩までいるのは、でっかいびっくりでした」
「えへへ。ごめんね、アリスちゃん」
灯里ちゃんが、ウィンクしながら、両手を合わせる。
「灯里先輩も、最初から関わっていたんですか?」
「アリスちゃんのことなら、灯里ちゃんも呼ばないとね」
「アテナ先輩……」
「でもいきなり、ピアノを任されるとは、思わなかったよぉ」
そう。あの『祝福の唄』のピアノ伴奏は、灯里ちゃんだったのだ。
「ピアノなんか、しばらく弾いてなかったし、ARIA・カンパニーにピアノはないし……」
「それで、ウチで練習してたんですか?」
「うん。でもあの時、アリスちゃんが音楽室に来たときは、あせったよ」
「まさか、あんな小さな音までアリスちゃんが気が付くなんて。 だから私達はワザと大きな声で、
アリスちゃんを追いかけて、中の灯里ちゃんが気付くようにしたの」
「じゃ、じゃあ。あの時、灯里先輩は、音楽室の中にいたんですか?」
「ええ。準備室にね」
「準備室……」
「私が準備室のドアを開けたとき、灯里ちゃんってば、アリア社長と一緒に、頭だけダンボールの中に突っ込んで隠れたつもりになってたのよ。もう、どうしようかと。うふふ」
「そっか。私、準備室の中は見なかったから……」
「ええ。だから私はあわててドアを閉めて、大声で『中には誰もいない』なんて言ったの。もし、アリスちゃんがそれでも中を見ようとしたら、一巻の終わりだったわね」
「中を見たら-といえば、昨日も危なかったな」
「蒼羽教官?」
「夕べ、夜中、アリスはアトラの部屋を訪ねたろ?」
「え? あ……はい」
「実はあのとき、私達もアトラの部屋の中にいたんだ」
「ええ? 私達って……」
「私と、アテナ。アレサ部長。灯里ちゃん。それに寮長さん」
「アテナ先輩もあそこにいたんですか? それに部長に寮長さんや、灯里先輩まで」
「最終の打ち合わせをしてたんだ。 それと、お前をどう誤魔化すかってな」
「………」
「そしたら急に、お前が訪ねてきたんで焦ったよ」
「あ、でもみなさん。どこにいたんですか?」
「シャワー室」
「へ?」
「シャワー室だよ……あんな狭い所に、大のオトナが五人も。もう大混雑」
「アリスちゃんを見送った後、私がシャワー室の扉を開けると、五人が妙に絡まってて……可笑しかったわ」
「アトラ……見てる分には楽しいだろうけどなあ。こっちは、大変だったんだぜ」
「すいません。蒼羽さん」
「顔が笑ってるぞ……」
けれど、そういう蒼羽教官の顔もまた、楽しげに笑っていた。
「え、じゃあ、あのオールの件は……」
「ああ。毎晩、私がみんなのオールを点検してるのホントだ。けどそれを、オールの不思議にミスリードしたのは、杏だ」
「ミスリード……」
「ごめんね、アリスちゃん。オールを掛け間違えのは、実は私なの」
「杏先輩?」
「ちょっと借りていって、返すときにどうやら間違えたみたいなの。アテナさんの横に必ず掛ける -なんて知らなかったし」
「っじゃあ、オール置き場のあの時。杏先輩が一番に飛び出していったのも……」
「あれも打ち合わせしてたの。蒼羽教官に『こらっ!』なんて…気持ちよかったわぁ……」
「杏…お前、明日、腕立て二千回な」
「うきゃあっ!」
蒼羽教官の冷たい一言に、杏が悲鳴を上げる。
またひとしきり、笑い声が響く。
「あ、でも、どうしてオールを?」
アリスちゃんの問い掛けに、私はそっと灯里ちゃんに目配せをした。
「アリア社長っ」
「ぱぱぱあ~い」
灯里ちゃんの声に答えて、アリア社長がリボンを巻いた箱を持ってくる。
「はい。アリスちゃん」
「これは……」
「私達からの、お祝いのプレゼント」
「お祝いの……」
「アリスちゃんのプリマ昇進を祝って」
「あ、開けてもいいですか?」
「うん。もちろんだよ」
「これは……」
プレゼントの箱の中から現れたもの。
それは、ガラスで作られた、<NO-18>のオールを持った、ウンディーネの小さな像だった。
「きれい……」
「ヴェネチアン・ガラスの職人さんに作ってもらったんだけど、オールは、どうしても本物が見たいって言われて……」
「それで、杏先輩が?」
「うん。だけど返すときに間違えちゃった。ごめんね」
「い、いえ、そんな……でっかい嬉しいです」
アリスちゃんは、ガラス像を見ながら微笑んでくれた。
「それじゃあ、残りの不思議っていうのも……」
「そう。まず、どこからともなく聞こえてくる歌声だけど……」
「えっ、あれってアテナ先輩の唄の練習じゃなかったんですか?」
「アテナさんが、いつもあそこで練習をしていたのは事実。 それに、その声が飲料水のパイプを伝わって聞こえてきたのもね」
「…………」
「でもあれは本来、アテナさんだけじゃなくて、みんなで練習してたの」
「みんな…で」
「ええ。だからみんなの『祝福の唄』は完璧だったでしょ?」
「あ……」
「でもそれが何故か、どこからともなく聞こえてくる、不思議な歌声ってことになって……」
「たぶん、事情を知らない警備員や事務の人が噂を広げたんだろ」
「そう…なんですか」
「ええ。ですからあのシャワー室の日。アテナにああやって一芝居、うってもらったんです」
「じゃ、じゃあ。ここ一週間、アテナ先輩が毎晩、こっそり抜け出してたのは……」
「ああ。みんなへの歌唱指導だったんだよ」
「ごめんね。アリスちゃん。なんか心配かけちゃって」
「……いいんです」
「アリスちゃん?」
「私はいっつも、アテナ先輩のことを、でっかい心配してるから、今更いいんです」
「アリスちゃん……」
「でも、おかげで、すっごくいい唄を聞かせてもらいました。でっかい…でっかい、ありがとうございました」
「アリスちゃん」
アテナさんが、泣きそうな顔で微笑んだ。
「じゃあ、あの走る銅像っていうのも……灯里先輩?」
「ご名答」
私は笑いながら答えた。
「準備室の件でパニックになった灯里ちゃんは、あわてて逃げ出そうとして、たまたま私達の後ろを横切った。
それを見た杏が大騒ぎを始めて、誤魔化しようがなくなったの」
「ごめんなさい。アトラちゃん」
「もちろん。あの後、杏には、コンコンと説教しました。はい」
「てへっ」
小さく舌を出す、杏。
これだから、この子は憎めない……
「焦った灯里ちゃんは、準備中の第13款待倉庫の中に逃げ込んで、そこから中庭に逃げた」
「中庭に?」
「そう。見れば分かるんだけど、あの窓の向こうに大きな木があって、そこの枝をうまく伝えば下に降りれるのよ」
「……………」
「それで、さらに焦った灯里ちゃんは、中庭を突っ切るようにして、森の中に逃げ込もうとした。頭にアリア社長を乗せたままね」
「あっ。だから異様に頭の大きな銅像に見えたんですね」
「ええ。でも灯里ちゃんも大変だったみたいね」
「はひ」
今度は灯里ちゃんが、照れたように言った。
「木の根に足は取られるし、枝であちこち、擦り切れるし……」
「あ、だから絆創膏さんに……」
「うん。で、最後にはアリア社長を頭に乗せたまま、転んじゃった」
-えへへ
と、笑う灯里ちゃん。アリア社長も『ぷいにゅう』と頭をかいた。
「転んだ……それが私には、突然、消えたように見えたんですね」
「ええ……そして今朝のこと」
「今朝のこと?」
「今日一日、アリスちゃんに対する、みんな様子がおかしかったのは……もう分かるでしょ?」
「みんな、今夜のことを知っていたから……」
「そう、実はみんな、早くパーティをしたくて、うずうずしてたの」
「それで、それが私には、でっかい、よそよそしく映ったんですね」
「ええ。それとアレサ部長」
「あの出頭命令ですか?」
「そう。あれはアリスちゃんが、変な寄り道なんかして時間がズレないようにするための布石。そして、サプライズの一環」
「…………」
「だからあの時、アレサ部長の肩が震えていたのは、怒ってたんじゃない。
笑いをこらえるのに必死だったのよ」
「オレンジ・プリンセス」
「え、は、はい」
不意な私の呼びかけに、アリスちゃんはとまどったように返事をした。
「灯里ちゃんを追いかけたあの時、あの踊り場で、私が言ったことは、私の本心です。
でも、それをあの時、ウソを誤魔化すように使ったことについて、私は罪悪感を感じてます」
「そんな……アトラ先輩」
「それに今回の件、すべてにおいて、私は、あなたを騙してました。ごめんなさい」
「アトラ先輩……いえ。ありがとうございました」
「ありがとう?」
アリスちゃんは、まっすぐに私を見て、言ってくれた。
「私、こんな素敵で、ヤサシイウソをつかれたことに感謝してます」
「………」
「願わくば、アトラ先輩も、同じことが起きたとき、笑って許してくれることを、でっかい希望します」
「アリスちゃん。いったい、なんのこと……」
「さあ、そして最後の不思議ですね」
アリスちゃんが、大きな声を出した。
「なぜココが『開かずの間』なのか。『ウェン・リー』とは何者なのか? さっ、アトラ先輩。教えてください」
「え、ええ……」
なんだ。今のは……
「もうここが『開かずの間』じゃないってことは、気付いてますよね」
うなずく、アリスちゃん。
「そう。ここは決して『開かずの間』ではありません。もちろん、飛び降り自殺を図ったウンディーネなんかもいません。
ただここは昔から、ウンディーネ達の無断外出に使われていたんです」
「無断外出?」
「ええ。無断外出。無断外泊。逆に無断進入」
「無断進入?」
「無断で部外者を中に入れて、こっそりお泊りさせるの。昔は今より、ずっと規則が厳しかったから」
「はあ……」
「今でこそ、お母さん……寮長に前もって許可をもらえば、夜中の外泊も、友達のお泊りも許してもらえるけど。昔はな。そんな事、まったく許されなかったんだ」
「蒼羽教官?」
「寮長が今の立場になってから、ずいぶん優しくなったよ。前は外出もままならず、社外の友達にも会えず、この寮の中で、ずっと籠の鳥状態。 正直、息が詰まってた」
「そうなんですか……」
「でも、ある時。ひとりのウンディーネが、ここから出ようとして、足をすべらせ、大怪我をしてしまったの。で、それ以来、ここは危険ってことで鍵がかかるようになったの」
「えっ。ちょっと待ってください」
「なに? アリスちゃん」
「さっき灯里先輩が、音楽室から逃げるとき、第13款待倉庫から外に出たって言いましたよね」
「ええ」
「じゃあ、そのとき鍵はかかってなかったんですか?」
「ごめんなさい」
「………」
「その時だけじゃなく、この一週間。この部屋の鍵は、かかっていなかったんです。
一番最初の日に、アリスちゃんが鍵に触ろうとした時、私があわてて止めたの、覚えてます?」
「は、はい。警報装置があるかもしれないって……」
「実は、そんなもの、ココにはありません」
「ええ!?」
「実はすでに、あの中では、飾り付けが始まっていたんです」
「ええ~!?」
「だから私は、鍵のかかったふりをし、アリスちゃんが触ろうとするのを、警報装置が -なんて嘘ついて止めたんです。触れば、簡単に開いてしまいますから」
「そうだったんだ…あの、じゃあ、問題の『ウェン・リー』さんは……」
「ここの窓から降りようとして、大怪我を負ったのが『ウェン・リー・アン』って事は、もう分かってますね」
「はい、なんとなく」
「正解です。彼女はその後、ウンディーネを引退しました。もちろん、怪我が原因ではありません」
「もしかして、辞めさせられたんですか?」
アリスちゃん怒ったように叫んだ。
「いえ、そうじゃありません。逆に彼女の行為が、会社に反省を促しました。そこまで、ウチのウンディーネは、追い詰められてるのかと」
「…………」
「そして、アレサ部長の就任と同時に、アンはウンディーネを引退。ああ……これは純然たる体力の問題だったそうです」
「その時『ウェン・リー・アン』は四十歳過ぎ。もう少しでグランマの記録に手が届くほどだったのよ」
「ほへえ…グランマに……」
「それでいて、ここの窓から木の枝伝いに、下に降りようとするなんて、なかなか豪快でしょ?」
「アレサ部長……部長は『ウェン・リー・アン』さんを、ご存知なんですか?」
「もちろん。彼女は昔、私の、指導教官でもあったんですから」
「部長の教官さん…で、今、その『ウェン・リー・アン』さんはどちらに?」
「知りたいの、アリスちゃん」
「当然です、アレサ部長。 その方は、いわば、私達の大恩人です」
「そう…そうね。じゃ、アトラ、お願い」
私は、アレサ部長、蒼羽教官に視線を合わせた。
二人とも、実に楽しそうに、いたずらな視線を返してくる。
「それでは、ご紹介します」
私は、ゆっくりと立ち上がると、一人の女性の後ろに回りこみ、その肩に両手を置いた。
「私達の先輩。『ウェン・リーの間』の名前の元になった女性。そして私達の大恩人。ウェン・リー・アン女史です」
我らが『お母さん』
こと -アン寮長は、いつもと変わらぬ、その穏やかで優しげな表情で、照れたように微笑を浮かべてくれた。
< ETA-0010M >
「私、この三日間。アトラ先輩や杏先輩と一緒に、オレンジ・ぷらねっとの七不思議っていうのを探してました」
素敵なパーティだった。
美味しい料理。 豊富な飲み物(もちろん、アルコール類は禁止だ) とろける様な各種デザート。
ピアノの伴奏に合わせての生オケ大会。 そして、お馴染みビンゴ大会。
みんなの弾けるような笑顔のうちに、無事「アリスちゃん。プリマ昇格記念パーティ」は幕を降ろした。
今、私は、自分の部屋に引き上げるべく、アリスちゃんや灯里ちゃん達と共に、ゆっくりと廊下を歩いていた。
「いろんな謎や不思議があって、でっかい恐いことや、楽しいことがあって。
でも、その中で私は、ホントは、いろんな人に助けてもらってるんだなってことに気が付きました。みなさん。でっかい、ありがとうございました」
「アリスちゃん……」
「特にアトラ先輩っ」
「ん?」
「今回のことでは、お世話になりました」
「ううん。結果的には、アリスちゃんを騙すようなことになって、ほんと、ごめんね」
「はい。確かにちょっと悔しいですけど、まだ挽回のチャンスは、あります」
「それって、どういう……」
「前にアトラ先輩、言ってたじゃないですか? 人は誰でも、自分のことは、よく分からないものだって……」
「…………?」
部屋の前に到着した。
ノブに手をかけ、ドアを開けようとした私に、不意にアリスちゃんが言った。
「アトラ先輩。その紅い眼鏡、でっかいお似合いです」
「え? ええ……ありがとう」
「でも、その眼鏡ってば一回消えて、また現れたんですよね」
「アリスちゃん。どうしてそれを?」
「これは不思議のひとつです」
「ええ!?」
「今まで私達が見つけ出した、六つの不思議。 それに、この眼鏡の不思議を含めて、アトラ先輩は今日、 七つの不思議を体験したことになります」
「ちょ、ちょっと、アリスちゃん?」
「アトラ先輩……七つ目の不思議を見つけた人は、大変なことになるって噂。ほんとうなんですよ」
「え?」
「ネオ・ヴェネツィアの七不思議。その全てを見つけた灯里先輩は、でっかい、大変なことを経験しました」
ー な、な、なに?
私が振り向くと、灯里ちゃんは、薄笑いを浮かべながら私を見ていた!
あわてて視線をやれば、杏やアリア社長までもが、妖しげな微笑を浮かべ私を見ていた。
「みんな…いったい……」
「さあ、今度はアトラ先輩の番です。でっかい大変です!」
アリスちゃんがドアを開ける。
部屋の中は、暗黒の闇が広がっていた!
思わず後ずさる私の背中を、誰かが強く押した。
私は、つんのめるようにして、部屋の中に転がり込んだ。
そして-
ぱっあーーーーーーーーーーーーーーーーん!
「きゃああああああああああああああああああああ!」
乾いた音が、私の心を引き裂いた。
< ETA-0000M On Time! >
「アトラ、おめでとう!」
悲鳴を上げて、しゃがみ込む私の頭の上から、聞きなれた声が聞こえてくる。
-え? この声は……
部屋の灯りがともる。
「おめでとう。アトラ」
「おめでとうございます。アトラさん」
「おめでとうございます。アトラ先輩っ」
四方から『祝福の声』が、あびせかけられる。
これは……これは、デジャ・ビュ?
つい数時間前、目の前で体験した記憶が走馬灯のように蘇える。
「やっぱり、でっかい大変なことが起こりましたね……」
顔を上げると、アリスちゃんが満面の笑みを浮かべながら、手を差し伸べていた。
「これは…これは、いったい……」
「はあ~い! 今度こそ本物のサプライズ・パーティ! アトラちゃん、裏・誕生日、おめでとう!!」
杏が踊るように言った。
見れば、部屋の真ん中の机の上には、19本のロウソクが立った、巨大なホールケーキが……
「なあにいいいいいい!?」
「やっちまったかい? アトラ。 はいはい。そんな顔しない」
「あゆみぃ?」
「アトラ。裏・誕生日おめでとう」
「今日はご苦労様」
「おめでとう、アトラちゃん」
「裏・誕生日おめでとう。アトラ」
「アレサ部長、蒼羽教官、アテナさん。 それに、お母さん?」
いつの間にか部屋に先回りしていた、アレサ部長達が笑顔で言う。
「アトラさん。裏・誕生日おめでとうございます。 えへへ…とっても素敵ですね」
「ぷいぷいにゅっ」
「灯里ちゃん……アリア社長……」
アリスちゃんの手を借りて、ようやく立ち上がる私に、みんなが声をかけてくる。
-これは、いったい……
「アトラ先輩。裏・誕生日、おめでとうございます。
ほんと。 人は誰でも、自分のことは、よく分からないものなんですね……でっかい、お返しです」
アリスちゃんが、茶目っ気たっぷりに微笑む。
「私の、裏・誕生日……」
-ああ。そういえば……
確かに今日は私の、裏・誕生日だ……
『裏・誕生日』
それは、一年が二十四ヵ月ある、このアクアで、
本当の誕生日の他に、十二ヵ月後の同じ日に、もう一度、お誕生日を祝うという、風習のこと。
アリスちゃんのことで、すっかり忘れてた……
「サプライズのサプライズ。えへへ。びっくりした?」
「杏………あんたって子わあ!」
「ふげげげげげ」
私は、いきなり杏のほっぺたを、つねり上げた。
「いひゃい…いひゃいよ。あひょらひゃん……」
「ええ~い。うるさい! うるさい! いったい、いつからアンタはっっ」
「一ヶ月前からだよ~お」
「あゆみ?」
「杏から相談があってね。アトラの裏・誕生日をしたいって。それで灯里ちゃんや、アリスちゃんを巻き込んで、サプライズ・パーティを企画したのさ」
「アリスちゃんまで!?」
「ああ。アリスちゃんも何のためらいもなく、賛成してくれたぜ」
「…………」
「あひょらひゃん…ぎぶ。ぎぶ。ぎぶ……」
私が、つまんでいた手を放すと、杏はほっぺを両手で押さえ、涙声で言った。
「はうう……ほんとは、アリスちゃんの昇進祝いと一緒にするつもりだったの。
でも、アリスちゃんの話の方が、どんどん大きくなっちゃって……それにアトラちゃん、アリスちゃんの方にかかりっきりだったから……」
「杏……」
「だから、アトラちゃんの方は、こうやって、さらにサプライズってコトにさせてもらったの」
「あ……じゃあ、あゆみとアリスちゃんは、前から顔見知りだったの?」
「ああ。だからあの時、アトラに改めて聞かれたときは、正直あせったぜ」
「はい。でっかい、あせりました」
あゆみとアリスちゃんが、顔を見合わせて笑う。
-ああ、だからあの時、ふたりの挨拶が、不自然だったのか……
それに昨日の、杏のセリフ……「明日が」ー か。
「それじゃあ、今日一日、あゆみの態度が妙に浮ついてたのは……」
「あれ? 分かっちゃてたか?」
「まぁ、なんとなく……」
「ふふっ。あゆみちゃんってば、今日のこと。ものすっごく楽しみにしてたのよぉ~ふががっ?」
私は再び、杏のほほを引っ張り始めた。
「ほんとに、アンタって子は。アンタって子は、私までダマして……」
「ふがががが……」
杏が、うめき声を上げながら何かを指し出した。
それはリボンのかかった小箱で……
「はひゅい、あひょらひゃん。ふれれんと」
「プレゼント?」
箱を開けると、そこには、真新しい眼鏡が……
「みんなで選んだの。気に入ってくれると、いいんだけど……」
私は、新しい眼鏡を箱から取り出すと、今の眼鏡とかけ替えた。
「うわあ。すっごく素敵です。アトラさん」
「ああ。よく似合ってるぜ」
「でっかい、ぴったりです」
「あ、ありがとう。みんな……あっ」
私は、ようやく気が付いた。
「じゃあ、この紅い眼鏡が行方不明になったのは……」
「ごめんねぇ。その眼鏡を選ぶために、どうしても必要だったの、まさかあの日。アトラちゃんが、ぴったり、その眼鏡を選ぶなんて思わなかったから」
杏がまた『てへっ』っと舌を出した。
「杏……」
「なに、アトラちゃん」
「あ、ありがとう……」
「ううん。選んだのは、みんな。私はその取りまとめをしただけ……ふげげっ?」
私は三たび、杏のほほを引っ張りながら叫んだ。
「もう、覚えてなさいよ! あんたの時は、もっとスゴいことしてあげるんだから!!」
「あ、あひょらひゃん。にゃいてるん?」
「うるさい!!」
「ふげげげげげえげっ」
「よかったわね。アトラ……」
いつもの優しい笑顔で、アン寮長が話かけてきた。
「ここに来た時のあなたは、友達もできず、本ばかり読んでいた。私は、ずいぶん心配したものよ」
「お母さん……」
「それが今では、こうして、あなたの誕生日を祝ってくれる、こんなにたくさんの、お友達ができた……とっても嬉しいわ」
「…………」
「あゆみさん。灯里さん。それにアリア社長さん」
アン寮長が、三人に声をかけた。
「はい?」
「はひっ?」
「にゅ?」
「みなさんの宿泊を許可します。今夜は、ゆっくり楽しんでいってね」
「あ、ありがとうございます!」
「はひっ。楽しみます!」
「ぱいぱあーいにゅっ!」
三人が、まるで夜店で、おこづかいをもらった子供のように、顔を見合わせて笑った。
「よし。そうと決まれば、酒だ。おい、アトラ、酒持ってこい」
「蒼羽教官? いえ、まだ私達、飲酒適用年齢では……」
「だぁれぇがあ。お前等に飲ますか! おい、アテナ、部長。飲みましょう!」
「そう言うと思って、アクア・ワイナリーの赤を用意しておいたわ。初物よ」
「うおおっ!? さすがわ、アレサ部長! なかなか手に入らないといわれている、あの幻のワインを!!」
「どうやって手に入れたかは、不・思・議ってことで」
「ラジャ!」
蒼羽教官が、そう言って敬礼した。 ……あっ
「私、お酒はあんまり飲めないんだけど……」
「ああ。アテナは飲むな。 私が全部、いただくっ」
「ええ~ぇ」
「アン寮長もいかがですか?」
「ええ。それじゃあ、一口、いただきましょうかね」
「そうこなくっちゃ!!」
「アトラ先輩……」
アリスちゃんが、私の耳元でささやいた。
「なに、アリスちゃん」
「今回の私達、結局、でっかい、ダシに使われたって感じですね」
私は改めて、室内を見回した。
目の前には-
早くも酔いが回ったのか、大騒ぎしている、蒼羽教官、アレサ部長、アテナさん。そして、アン寮長。
その横で、こっそりワインを飲もうと狙ってる、あゆみ。
それを必死で止めようとしている、灯里ちゃん。
やっぱり、もちもちぽんぽんを、まあ社長に噛まれて悶絶してる、アリア社長。
右手に杏。
左手にアリスちゃん。
そして背中には、オレンジ・ぷらねっと、全てのウンディーネ達……
私は二人の肩に手をやると、やさしく抱き寄せた。
今、私の周りには、こんなにも素敵な仲間達がいる。
こんなにも素晴らしい仲間達に出会えた、それこそが『不思議』
「いいんじゃない。こんなにも楽しいんだから!」
- VIVA! SETTE SI CHIEDONO!! -
私は心の底から、この不思議に感謝した。
< ETA+ ……… M >
「先輩方。オレンジ・ぷらねっと、三っつの秘宝って、ご存知ですか?」
アリスちゃんが、大盛の漬物を前に聞いてきた。
「三っつの秘宝?」
よせばいいのに、杏が、納豆を、かき混ぜながら聞き返す。
-だから糸、引いてるっちゅうにぃぃぃぃい!
「さらに、幻の古代遺跡。未確認生命体。空飛ぶゴンドラ。とある禁忌の操舵術の書……」
「そういえば、そんな話、聞いたことがあるわ!」
「杏ぅ!?」
-びしっ!
と、音が鳴るくらいの勢いで、アリスちゃんが言い放った。
「さあ、先輩方。私と一緒に、でっかい謎に挑戦です!!」
「アリスちゃん!?」
「それって、すごく楽しそうな、お話ね……はぐふうっ!」
「アテナ先輩……ですから、ちゃんと冷ましてから食べてくださいって、いっつも言ってるでしょ?」
熱々の、きつねうどんを、そのまま口に入れてしまったアテナさんが、妙な踊りをおどり始める。
私は
私は……
……………
……………
うわああんっ。
不思議も、謎も、ドジッ子さんも、もう、こりごりよぉぉぉぉぉお!!
我が愛すべきオレンジ・ぷらねっとは今日も、笑い声(と、一部悲鳴)が絶えない、いつもの素敵な朝を迎えていた。
-sette si chiedono(七不思議)- la fine -
ETA= en Estimated Time of Arrival 航空機 船舶 車両 あるいはコンピューター・ファイルが ある場所に着くと予想される時間、時刻の事。「到着予定時刻」(wikipedia より意訳)
(ようやく)あと書きのような、なにかー
sette si chiedono(七不思議)
本編タイトル。
私、世界の七不思議やら、超常現象やら、UFO&UMAやら、大好きなんですよねい……(鹿馬)
アトラ・モンテェウェルディ
オレンジ・ぷらねっとのウンディーネ。階級はシングル。本編の主人公。
拙作「眼鏡っ子」以来、ようやくの主人公(大鹿馬)
しかも気が付けば、いつの間にやら「名探偵」とか。
アトラ・ファンの方々、すいません。
夢野 杏
アトラの友人。同室なのは作者の独自設定。
アテナ&アレサ部長
初期の頃はよく、アテナと、アトラと、アレサを間違えて記述し、お叱りを受けていました。
今でもどこかで間違えているかも(汗)
アリス・キャロル
「オレンジ・プリンセス(黄昏の姫君)」彼女にはこんな子供っぽいトコが良く似合います。
もちろん、俺のヨ……ナンデモナイ(濁汗)
蒼羽・R・モチヅキ
本来、一度きりのゲストだったのに。
本作以降、味をしめた作者が何度か登場させる事になる悲劇の人(笑)
灯里ちゃん&アリア社長
実は社長ズを書くのがとても苦手です。
アン・ウェン・リー寮長
第13歓待と共に、某作品へのオマージュ。 でも尊敬する、設定の鬼神さまのご指摘にもあるように、何故に「歓待」倉庫なのか。つまりこの倉庫は、このように過去何回か、パーティやレクレーションに使われていたからとゆふ……よし!謎はすべて解けた!!(爆鹿馬)
祝福の歌。
いずれ謎は解ける!(激鹿馬)
「もう、こりごりだぁーーーーーあ!」
未だに使われる某・戦隊モノの締めの言葉のテッパン!(弩阿呆)
こんな長い話に付き合っていただき、ありがとうございました。
前書きにも書きましたが、作者はこれをミステリィと強弁しています。
いわゆる「不親切な記述者」モノ……(アレだよ!あれ!)
読み返すと、スカスカだったり、バレバレだったり、アンフェアだったりしますが、どうか生暖かい目で見てやってください。お願いします(涙)
読み終わった後に、みな様が、ほんの少しでも「ニヤリっ」としていただけたなら、これに勝る幸せはありません。
気に入っていただけましたら、これからも、御贔屓のほど、よろしくお願いします。
それではみな様、メリークリスマス☆
優しきベファーナの加護のあらん事を。