【ARIA】 その、いろいろなお話しは……(連作)   作:一陣の風

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解決編です。
みな様にはすでにお気づきのように(笑)本人これを「ミズテリィ」と思って書いていました。
さあ、大団円!(鹿馬)


第七話 後編

  -起承前-

 

 

 < ETA-0180M >

 

私はアリスちゃんの手を引いて、部屋の中へと入った。

杏が背後で扉を閉める。

 

「やっ…真っ暗。 あ、アトラ先輩?」

 

不安気な声をあげるアリスちゃん。

その声に反応したように、真っ暗な部屋に、突然、やさしげな小さな光が灯る。

その光に照らされて、浮かび上がる人影は-

 

「アテナ先輩?」

 

そのアリスちゃんの声が合図だったかのように、アテナさんは、ゆっくと歌い出した。

 

「これは……祝福の唄?」

 

それはあの時。

音楽室で。

談話室で。

何度か聞いた、優しい歌。

 

アテナさんが歌う『祝福の唄』が『ウェン・リーの間』に響き渡る。

手に持った、小さなロウソクの、ほのかな炎に照らしだされた、アテナさんの姿はまるで、この世のすべてを喜び愛する女神のようだ。

 

その歌声は魂をゆさぶり、至極の彼方へと私達を運んでいく。

私達は身じろぎもせず、ただじっと、アテナさんの歌声に聞きいっていた。

 

やがて、セイレーンの天上の謳声は、静かに、ほんとうに静かに、夜のしじまに消えていった。

 

歌い終わったアテナさんは、アリスちゃんに向かって、とても優しげで穏やかな微笑を浮かべる。

 

「あ……」

 

けれど、アリスちゃんが、何かの声をあげる前に、今度はピアノ調べが響き始めた。

 

不意に、部屋の中を光りが満たす。

 

 ー !?

 

驚くアリスちゃんを、暖かな光りが取り囲む。

「これは……」

 

オレンジ・ぷらねっと、すべてのウンディーネが、そこにいた。

アリスちゃんを中心に、ピアノに合わせて、みんなが「祝福の唄」を歌いだす。

そこには、アレサ部長、寮長さん、蒼羽教官の姿もあった。

 

皆、それぞれにロウソクを手に、ゆっくりと、けれど力強く「祝福の唄」を歌い続ける。

みんなの声がひとつとなり、大きなうねりとなって、部屋の中を漂っていく。

 高く……

 低く……

 遠く……

 近く……

すべての心がひとつになって、ひとつの唄を歌い続ける。

それは私達、オレンジ・ぷらねっと……いえ、アクアに生きとし生ける物、その全てを祝福するかのようで………

 

 

やがて、その唄も終わりを迎え、光りがひとつ、またひとつと消えてゆく。

最後に残ったアテナさんの光りも消え、部屋はまた闇に満たされた。

 

「あ、あの……」

 

 刹那。

 

 ぱっあーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!

 

「きゃああああああああああああああ?」

 

クラッカーの激しく弾ける音が、室内に木魂した。

と、同時に、爆発的な光りが部屋の中を照らしだす。

 

「おめでとう、アリスちゃん!!」

「おめでとう、オレンジ・プリンセス!」

「おめでとうございます。アリス先輩!」

 

みんなの「祝福の声」が響き渡る。

 

「え? え? え? これはいったい。なんなんですか?なんなんですか?」

「ごめんね。アリスちゃん」

歓喜と祝福の声が響く中、私はまだ、とまどっているアリスちゃんに向かって頭を下げた。

 

「アトラ先輩。これはいったい……」

 

私は答える代わりに、一点を指差し微笑んだ。

そこには-

 

 

 「おめでとう☆オレンジ・プリンセス  VIVA! 飛び級昇格!!」

 

 

 -と、書かれた横断幕が掲げられていた。

 

 

 

 

 < ETA-0100M >

 

「結局、私は騙されてたってことですか?」

アリスちゃんがまた、かわいくスネた。

 

「ごめんなさいね。アリスちゃん。成り行きだったのよ」

「成り行き?」

「ええ。ホントはもっと小さなサプライズ・パーティのつもりだったの。そしたら、それを聞きつけたアレサ部長が……」

「聞きつけた-とは、ずいぶんな言われようね」

「アレサ部長?」

「まあ、いいですけどね。でも実際、渡りに舟だったわ」

「どうゆうことでしょう」

 

「うん。実は、このところ、とても忙しかったでしょ。 みんな休みなしで働いてて……

 だから、ちょっとした息抜きを考えていたの。 そしたら、たまたま偶然にね」

「私達のサプライズ・パーティのことを知った」

「ええ。どうせなら、みんなを巻き込んで、イベントにしてしまおう-ってね」

「そうなんですか……」

「みんな否もなく、即決で賛成してくれたわ。 アリスは人気者ね」

「あ、ありがとうございます」

アリスちゃんが、照れたように下を向いた。

 

「でも、そうなると、隠すのが大変っ」

「え?」

「だって、これだけのイベントですもの。 会場の準備や進行の段取り。唄の練習。パーティ用の料理の打ち合わせと準備。

 そして何よりも、アリスちゃんに知られないようにするための防諜手段の確保……

 夜中まで働いて、仕事以上に疲れたわ」

「あ、だから夜食を……」

「ええ。もっともあれは、ここでずっと用意してくれてた、みんなへの差し入れでもあったのだけど」

 

私は周りを見回した。

大勢のウンディーネが、ペアやシングル、プリマ関係なく、楽しげに談笑している。

そう。みんなの協力があったからこそ、このイベントは成功したのだ。

 

「灯里先輩までいるのは、でっかいびっくりでした」

「えへへ。ごめんね、アリスちゃん」

灯里ちゃんが、ウィンクしながら、両手を合わせる。

 

「灯里先輩も、最初から関わっていたんですか?」

「アリスちゃんのことなら、灯里ちゃんも呼ばないとね」

「アテナ先輩……」

「でもいきなり、ピアノを任されるとは、思わなかったよぉ」

 

そう。あの『祝福の唄』のピアノ伴奏は、灯里ちゃんだったのだ。

 

「ピアノなんか、しばらく弾いてなかったし、ARIA・カンパニーにピアノはないし……」

「それで、ウチで練習してたんですか?」

「うん。でもあの時、アリスちゃんが音楽室に来たときは、あせったよ」

 

「まさか、あんな小さな音までアリスちゃんが気が付くなんて。 だから私達はワザと大きな声で、

 アリスちゃんを追いかけて、中の灯里ちゃんが気付くようにしたの」

「じゃ、じゃあ。あの時、灯里先輩は、音楽室の中にいたんですか?」

「ええ。準備室にね」

「準備室……」

 

「私が準備室のドアを開けたとき、灯里ちゃんってば、アリア社長と一緒に、頭だけダンボールの中に突っ込んで隠れたつもりになってたのよ。もう、どうしようかと。うふふ」

「そっか。私、準備室の中は見なかったから……」

「ええ。だから私はあわててドアを閉めて、大声で『中には誰もいない』なんて言ったの。もし、アリスちゃんがそれでも中を見ようとしたら、一巻の終わりだったわね」

 

 

「中を見たら-といえば、昨日も危なかったな」

「蒼羽教官?」

「夕べ、夜中、アリスはアトラの部屋を訪ねたろ?」

「え? あ……はい」

「実はあのとき、私達もアトラの部屋の中にいたんだ」

「ええ? 私達って……」

「私と、アテナ。アレサ部長。灯里ちゃん。それに寮長さん」

「アテナ先輩もあそこにいたんですか? それに部長に寮長さんや、灯里先輩まで」

「最終の打ち合わせをしてたんだ。 それと、お前をどう誤魔化すかってな」

「………」

 

「そしたら急に、お前が訪ねてきたんで焦ったよ」

「あ、でもみなさん。どこにいたんですか?」

「シャワー室」

「へ?」

「シャワー室だよ……あんな狭い所に、大のオトナが五人も。もう大混雑」

「アリスちゃんを見送った後、私がシャワー室の扉を開けると、五人が妙に絡まってて……可笑しかったわ」

「アトラ……見てる分には楽しいだろうけどなあ。こっちは、大変だったんだぜ」

「すいません。蒼羽さん」

「顔が笑ってるぞ……」

けれど、そういう蒼羽教官の顔もまた、楽しげに笑っていた。

 

「え、じゃあ、あのオールの件は……」

「ああ。毎晩、私がみんなのオールを点検してるのホントだ。けどそれを、オールの不思議にミスリードしたのは、杏だ」

「ミスリード……」

「ごめんね、アリスちゃん。オールを掛け間違えのは、実は私なの」

「杏先輩?」

「ちょっと借りていって、返すときにどうやら間違えたみたいなの。アテナさんの横に必ず掛ける -なんて知らなかったし」

 

「っじゃあ、オール置き場のあの時。杏先輩が一番に飛び出していったのも……」

「あれも打ち合わせしてたの。蒼羽教官に『こらっ!』なんて…気持ちよかったわぁ……」

「杏…お前、明日、腕立て二千回な」

「うきゃあっ!」

蒼羽教官の冷たい一言に、杏が悲鳴を上げる。

またひとしきり、笑い声が響く。

 

 

「あ、でも、どうしてオールを?」

アリスちゃんの問い掛けに、私はそっと灯里ちゃんに目配せをした。

 

「アリア社長っ」

「ぱぱぱあ~い」

 

灯里ちゃんの声に答えて、アリア社長がリボンを巻いた箱を持ってくる。

 

「はい。アリスちゃん」

「これは……」

「私達からの、お祝いのプレゼント」

「お祝いの……」

「アリスちゃんのプリマ昇進を祝って」

「あ、開けてもいいですか?」

「うん。もちろんだよ」

 

「これは……」

プレゼントの箱の中から現れたもの。

それは、ガラスで作られた、<NO-18>のオールを持った、ウンディーネの小さな像だった。

 

「きれい……」

「ヴェネチアン・ガラスの職人さんに作ってもらったんだけど、オールは、どうしても本物が見たいって言われて……」

「それで、杏先輩が?」

「うん。だけど返すときに間違えちゃった。ごめんね」

「い、いえ、そんな……でっかい嬉しいです」

アリスちゃんは、ガラス像を見ながら微笑んでくれた。

 

 

「それじゃあ、残りの不思議っていうのも……」

「そう。まず、どこからともなく聞こえてくる歌声だけど……」

「えっ、あれってアテナ先輩の唄の練習じゃなかったんですか?」

「アテナさんが、いつもあそこで練習をしていたのは事実。 それに、その声が飲料水のパイプを伝わって聞こえてきたのもね」

「…………」

 

「でもあれは本来、アテナさんだけじゃなくて、みんなで練習してたの」

「みんな…で」

「ええ。だからみんなの『祝福の唄』は完璧だったでしょ?」

「あ……」

 

「でもそれが何故か、どこからともなく聞こえてくる、不思議な歌声ってことになって……」

「たぶん、事情を知らない警備員や事務の人が噂を広げたんだろ」

「そう…なんですか」

「ええ。ですからあのシャワー室の日。アテナにああやって一芝居、うってもらったんです」

 

「じゃ、じゃあ。ここ一週間、アテナ先輩が毎晩、こっそり抜け出してたのは……」

「ああ。みんなへの歌唱指導だったんだよ」

「ごめんね。アリスちゃん。なんか心配かけちゃって」

 

「……いいんです」

「アリスちゃん?」

 

「私はいっつも、アテナ先輩のことを、でっかい心配してるから、今更いいんです」

「アリスちゃん……」

「でも、おかげで、すっごくいい唄を聞かせてもらいました。でっかい…でっかい、ありがとうございました」

「アリスちゃん」

アテナさんが、泣きそうな顔で微笑んだ。

 

 

「じゃあ、あの走る銅像っていうのも……灯里先輩?」

「ご名答」

私は笑いながら答えた。

 

「準備室の件でパニックになった灯里ちゃんは、あわてて逃げ出そうとして、たまたま私達の後ろを横切った。

 それを見た杏が大騒ぎを始めて、誤魔化しようがなくなったの」

「ごめんなさい。アトラちゃん」

「もちろん。あの後、杏には、コンコンと説教しました。はい」

「てへっ」

小さく舌を出す、杏。

これだから、この子は憎めない……

 

「焦った灯里ちゃんは、準備中の第13款待倉庫の中に逃げ込んで、そこから中庭に逃げた」

「中庭に?」

「そう。見れば分かるんだけど、あの窓の向こうに大きな木があって、そこの枝をうまく伝えば下に降りれるのよ」

「……………」

「それで、さらに焦った灯里ちゃんは、中庭を突っ切るようにして、森の中に逃げ込もうとした。頭にアリア社長を乗せたままね」

「あっ。だから異様に頭の大きな銅像に見えたんですね」

「ええ。でも灯里ちゃんも大変だったみたいね」

「はひ」

 

今度は灯里ちゃんが、照れたように言った。

「木の根に足は取られるし、枝であちこち、擦り切れるし……」

「あ、だから絆創膏さんに……」

「うん。で、最後にはアリア社長を頭に乗せたまま、転んじゃった」

 

 -えへへ

と、笑う灯里ちゃん。アリア社長も『ぷいにゅう』と頭をかいた。

 

「転んだ……それが私には、突然、消えたように見えたんですね」

「ええ……そして今朝のこと」

「今朝のこと?」

 

「今日一日、アリスちゃんに対する、みんな様子がおかしかったのは……もう分かるでしょ?」

「みんな、今夜のことを知っていたから……」

「そう、実はみんな、早くパーティをしたくて、うずうずしてたの」

「それで、それが私には、でっかい、よそよそしく映ったんですね」

「ええ。それとアレサ部長」

 

「あの出頭命令ですか?」

「そう。あれはアリスちゃんが、変な寄り道なんかして時間がズレないようにするための布石。そして、サプライズの一環」

「…………」

「だからあの時、アレサ部長の肩が震えていたのは、怒ってたんじゃない。

 笑いをこらえるのに必死だったのよ」

 

 

「オレンジ・プリンセス」

「え、は、はい」

不意な私の呼びかけに、アリスちゃんはとまどったように返事をした。

 

「灯里ちゃんを追いかけたあの時、あの踊り場で、私が言ったことは、私の本心です。

 でも、それをあの時、ウソを誤魔化すように使ったことについて、私は罪悪感を感じてます」

「そんな……アトラ先輩」

「それに今回の件、すべてにおいて、私は、あなたを騙してました。ごめんなさい」

「アトラ先輩……いえ。ありがとうございました」

「ありがとう?」

 

アリスちゃんは、まっすぐに私を見て、言ってくれた。

「私、こんな素敵で、ヤサシイウソをつかれたことに感謝してます」

「………」

「願わくば、アトラ先輩も、同じことが起きたとき、笑って許してくれることを、でっかい希望します」

「アリスちゃん。いったい、なんのこと……」

 

「さあ、そして最後の不思議ですね」

アリスちゃんが、大きな声を出した。

 

「なぜココが『開かずの間』なのか。『ウェン・リー』とは何者なのか? さっ、アトラ先輩。教えてください」

「え、ええ……」

なんだ。今のは……

 

「もうここが『開かずの間』じゃないってことは、気付いてますよね」

うなずく、アリスちゃん。

 

「そう。ここは決して『開かずの間』ではありません。もちろん、飛び降り自殺を図ったウンディーネなんかもいません。

 ただここは昔から、ウンディーネ達の無断外出に使われていたんです」

「無断外出?」

「ええ。無断外出。無断外泊。逆に無断進入」

「無断進入?」

「無断で部外者を中に入れて、こっそりお泊りさせるの。昔は今より、ずっと規則が厳しかったから」

「はあ……」

 

「今でこそ、お母さん……寮長に前もって許可をもらえば、夜中の外泊も、友達のお泊りも許してもらえるけど。昔はな。そんな事、まったく許されなかったんだ」

「蒼羽教官?」

「寮長が今の立場になってから、ずいぶん優しくなったよ。前は外出もままならず、社外の友達にも会えず、この寮の中で、ずっと籠の鳥状態。 正直、息が詰まってた」

「そうなんですか……」

 

「でも、ある時。ひとりのウンディーネが、ここから出ようとして、足をすべらせ、大怪我をしてしまったの。で、それ以来、ここは危険ってことで鍵がかかるようになったの」

「えっ。ちょっと待ってください」

「なに? アリスちゃん」

「さっき灯里先輩が、音楽室から逃げるとき、第13款待倉庫から外に出たって言いましたよね」

「ええ」

「じゃあ、そのとき鍵はかかってなかったんですか?」

「ごめんなさい」

「………」

 

「その時だけじゃなく、この一週間。この部屋の鍵は、かかっていなかったんです。

 一番最初の日に、アリスちゃんが鍵に触ろうとした時、私があわてて止めたの、覚えてます?」

「は、はい。警報装置があるかもしれないって……」

「実は、そんなもの、ココにはありません」

「ええ!?」

「実はすでに、あの中では、飾り付けが始まっていたんです」

「ええ~!?」

「だから私は、鍵のかかったふりをし、アリスちゃんが触ろうとするのを、警報装置が -なんて嘘ついて止めたんです。触れば、簡単に開いてしまいますから」

 

「そうだったんだ…あの、じゃあ、問題の『ウェン・リー』さんは……」

「ここの窓から降りようとして、大怪我を負ったのが『ウェン・リー・アン』って事は、もう分かってますね」

「はい、なんとなく」

「正解です。彼女はその後、ウンディーネを引退しました。もちろん、怪我が原因ではありません」

「もしかして、辞めさせられたんですか?」

アリスちゃん怒ったように叫んだ。

 

「いえ、そうじゃありません。逆に彼女の行為が、会社に反省を促しました。そこまで、ウチのウンディーネは、追い詰められてるのかと」

「…………」

「そして、アレサ部長の就任と同時に、アンはウンディーネを引退。ああ……これは純然たる体力の問題だったそうです」

 

「その時『ウェン・リー・アン』は四十歳過ぎ。もう少しでグランマの記録に手が届くほどだったのよ」

「ほへえ…グランマに……」

「それでいて、ここの窓から木の枝伝いに、下に降りようとするなんて、なかなか豪快でしょ?」

「アレサ部長……部長は『ウェン・リー・アン』さんを、ご存知なんですか?」

「もちろん。彼女は昔、私の、指導教官でもあったんですから」

 

「部長の教官さん…で、今、その『ウェン・リー・アン』さんはどちらに?」

「知りたいの、アリスちゃん」

「当然です、アレサ部長。 その方は、いわば、私達の大恩人です」

「そう…そうね。じゃ、アトラ、お願い」

 

私は、アレサ部長、蒼羽教官に視線を合わせた。

二人とも、実に楽しそうに、いたずらな視線を返してくる。

 

「それでは、ご紹介します」

私は、ゆっくりと立ち上がると、一人の女性の後ろに回りこみ、その肩に両手を置いた。

 

「私達の先輩。『ウェン・リーの間』の名前の元になった女性。そして私達の大恩人。ウェン・リー・アン女史です」

 

 我らが『お母さん』

こと -アン寮長は、いつもと変わらぬ、その穏やかで優しげな表情で、照れたように微笑を浮かべてくれた。

 

 

 

 

 < ETA-0010M >

 

「私、この三日間。アトラ先輩や杏先輩と一緒に、オレンジ・ぷらねっとの七不思議っていうのを探してました」

 

 素敵なパーティだった。

美味しい料理。 豊富な飲み物(もちろん、アルコール類は禁止だ) とろける様な各種デザート。 

ピアノの伴奏に合わせての生オケ大会。 そして、お馴染みビンゴ大会。

 

みんなの弾けるような笑顔のうちに、無事「アリスちゃん。プリマ昇格記念パーティ」は幕を降ろした。

 

 

今、私は、自分の部屋に引き上げるべく、アリスちゃんや灯里ちゃん達と共に、ゆっくりと廊下を歩いていた。

 

「いろんな謎や不思議があって、でっかい恐いことや、楽しいことがあって。

 でも、その中で私は、ホントは、いろんな人に助けてもらってるんだなってことに気が付きました。みなさん。でっかい、ありがとうございました」

「アリスちゃん……」

「特にアトラ先輩っ」

「ん?」

 

「今回のことでは、お世話になりました」

「ううん。結果的には、アリスちゃんを騙すようなことになって、ほんと、ごめんね」

「はい。確かにちょっと悔しいですけど、まだ挽回のチャンスは、あります」

「それって、どういう……」

「前にアトラ先輩、言ってたじゃないですか? 人は誰でも、自分のことは、よく分からないものだって……」

「…………?」

 

部屋の前に到着した。

ノブに手をかけ、ドアを開けようとした私に、不意にアリスちゃんが言った。

 

「アトラ先輩。その紅い眼鏡、でっかいお似合いです」

「え? ええ……ありがとう」

「でも、その眼鏡ってば一回消えて、また現れたんですよね」

「アリスちゃん。どうしてそれを?」

「これは不思議のひとつです」

「ええ!?」

「今まで私達が見つけ出した、六つの不思議。 それに、この眼鏡の不思議を含めて、アトラ先輩は今日、 七つの不思議を体験したことになります」

「ちょ、ちょっと、アリスちゃん?」

 

「アトラ先輩……七つ目の不思議を見つけた人は、大変なことになるって噂。ほんとうなんですよ」

「え?」

「ネオ・ヴェネツィアの七不思議。その全てを見つけた灯里先輩は、でっかい、大変なことを経験しました」

 

 ー な、な、なに? 

私が振り向くと、灯里ちゃんは、薄笑いを浮かべながら私を見ていた!

あわてて視線をやれば、杏やアリア社長までもが、妖しげな微笑を浮かべ私を見ていた。

  

「みんな…いったい……」

「さあ、今度はアトラ先輩の番です。でっかい大変です!」

 

アリスちゃんがドアを開ける。

部屋の中は、暗黒の闇が広がっていた!

 

思わず後ずさる私の背中を、誰かが強く押した。

私は、つんのめるようにして、部屋の中に転がり込んだ。

 

 そして-

 

 ぱっあーーーーーーーーーーーーーーーーん!

 

「きゃああああああああああああああああああああ!」

 

乾いた音が、私の心を引き裂いた。

 

 

 

 < ETA-0000M On Time! >

 

「アトラ、おめでとう!」

 

悲鳴を上げて、しゃがみ込む私の頭の上から、聞きなれた声が聞こえてくる。

 

 -え? この声は……

 

部屋の灯りがともる。

 

「おめでとう。アトラ」

「おめでとうございます。アトラさん」

「おめでとうございます。アトラ先輩っ」

 

四方から『祝福の声』が、あびせかけられる。

これは……これは、デジャ・ビュ?

つい数時間前、目の前で体験した記憶が走馬灯のように蘇える。

 

 

「やっぱり、でっかい大変なことが起こりましたね……」

顔を上げると、アリスちゃんが満面の笑みを浮かべながら、手を差し伸べていた。

「これは…これは、いったい……」

 

「はあ~い! 今度こそ本物のサプライズ・パーティ! アトラちゃん、裏・誕生日、おめでとう!!」

杏が踊るように言った。

見れば、部屋の真ん中の机の上には、19本のロウソクが立った、巨大なホールケーキが……

 

「なあにいいいいいい!?」

「やっちまったかい? アトラ。 はいはい。そんな顔しない」

「あゆみぃ?」

 

「アトラ。裏・誕生日おめでとう」

「今日はご苦労様」

「おめでとう、アトラちゃん」

「裏・誕生日おめでとう。アトラ」

「アレサ部長、蒼羽教官、アテナさん。 それに、お母さん?」

いつの間にか部屋に先回りしていた、アレサ部長達が笑顔で言う。

 

「アトラさん。裏・誕生日おめでとうございます。 えへへ…とっても素敵ですね」

「ぷいぷいにゅっ」

「灯里ちゃん……アリア社長……」

 

アリスちゃんの手を借りて、ようやく立ち上がる私に、みんなが声をかけてくる。

 

 -これは、いったい……

 

「アトラ先輩。裏・誕生日、おめでとうございます。

 ほんと。 人は誰でも、自分のことは、よく分からないものなんですね……でっかい、お返しです」

 アリスちゃんが、茶目っ気たっぷりに微笑む。

 

「私の、裏・誕生日……」

 

 -ああ。そういえば……

  確かに今日は私の、裏・誕生日だ……

 

『裏・誕生日』

それは、一年が二十四ヵ月ある、このアクアで、

本当の誕生日の他に、十二ヵ月後の同じ日に、もう一度、お誕生日を祝うという、風習のこと。

 

 アリスちゃんのことで、すっかり忘れてた……

 

 

「サプライズのサプライズ。えへへ。びっくりした?」 

「杏………あんたって子わあ!」

「ふげげげげげ」

 

私は、いきなり杏のほっぺたを、つねり上げた。

 

「いひゃい…いひゃいよ。あひょらひゃん……」

「ええ~い。うるさい! うるさい! いったい、いつからアンタはっっ」

「一ヶ月前からだよ~お」

「あゆみ?」

「杏から相談があってね。アトラの裏・誕生日をしたいって。それで灯里ちゃんや、アリスちゃんを巻き込んで、サプライズ・パーティを企画したのさ」

「アリスちゃんまで!?」

「ああ。アリスちゃんも何のためらいもなく、賛成してくれたぜ」

「…………」

「あひょらひゃん…ぎぶ。ぎぶ。ぎぶ……」

 

私が、つまんでいた手を放すと、杏はほっぺを両手で押さえ、涙声で言った。

 

「はうう……ほんとは、アリスちゃんの昇進祝いと一緒にするつもりだったの。

 でも、アリスちゃんの話の方が、どんどん大きくなっちゃって……それにアトラちゃん、アリスちゃんの方にかかりっきりだったから……」

「杏……」

「だから、アトラちゃんの方は、こうやって、さらにサプライズってコトにさせてもらったの」

 

「あ……じゃあ、あゆみとアリスちゃんは、前から顔見知りだったの?」

「ああ。だからあの時、アトラに改めて聞かれたときは、正直あせったぜ」

「はい。でっかい、あせりました」

あゆみとアリスちゃんが、顔を見合わせて笑う。

 

 -ああ、だからあの時、ふたりの挨拶が、不自然だったのか……

  それに昨日の、杏のセリフ……「明日が」ー か。

 

「それじゃあ、今日一日、あゆみの態度が妙に浮ついてたのは……」

「あれ? 分かっちゃてたか?」

「まぁ、なんとなく……」

「ふふっ。あゆみちゃんってば、今日のこと。ものすっごく楽しみにしてたのよぉ~ふががっ?」

 

私は再び、杏のほほを引っ張り始めた。

「ほんとに、アンタって子は。アンタって子は、私までダマして……」

「ふがががが……」

 

杏が、うめき声を上げながら何かを指し出した。

それはリボンのかかった小箱で……

 

「はひゅい、あひょらひゃん。ふれれんと」

「プレゼント?」

 

箱を開けると、そこには、真新しい眼鏡が……

 

「みんなで選んだの。気に入ってくれると、いいんだけど……」

 

私は、新しい眼鏡を箱から取り出すと、今の眼鏡とかけ替えた。

 

「うわあ。すっごく素敵です。アトラさん」

「ああ。よく似合ってるぜ」

「でっかい、ぴったりです」

「あ、ありがとう。みんな……あっ」

 

私は、ようやく気が付いた。

 

「じゃあ、この紅い眼鏡が行方不明になったのは……」

「ごめんねぇ。その眼鏡を選ぶために、どうしても必要だったの、まさかあの日。アトラちゃんが、ぴったり、その眼鏡を選ぶなんて思わなかったから」

杏がまた『てへっ』っと舌を出した。

 

「杏……」

「なに、アトラちゃん」

「あ、ありがとう……」

「ううん。選んだのは、みんな。私はその取りまとめをしただけ……ふげげっ?」

 

私は三たび、杏のほほを引っ張りながら叫んだ。

 

「もう、覚えてなさいよ! あんたの時は、もっとスゴいことしてあげるんだから!!」

「あ、あひょらひゃん。にゃいてるん?」

「うるさい!!」

「ふげげげげげえげっ」

 

 

「よかったわね。アトラ……」

 

いつもの優しい笑顔で、アン寮長が話かけてきた。

「ここに来た時のあなたは、友達もできず、本ばかり読んでいた。私は、ずいぶん心配したものよ」

「お母さん……」

「それが今では、こうして、あなたの誕生日を祝ってくれる、こんなにたくさんの、お友達ができた……とっても嬉しいわ」

「…………」

 

「あゆみさん。灯里さん。それにアリア社長さん」

 

アン寮長が、三人に声をかけた。

「はい?」

「はひっ?」

「にゅ?」

 

「みなさんの宿泊を許可します。今夜は、ゆっくり楽しんでいってね」

 

「あ、ありがとうございます!」

「はひっ。楽しみます!」

「ぱいぱあーいにゅっ!」

 

三人が、まるで夜店で、おこづかいをもらった子供のように、顔を見合わせて笑った。

 

 

「よし。そうと決まれば、酒だ。おい、アトラ、酒持ってこい」

「蒼羽教官? いえ、まだ私達、飲酒適用年齢では……」

「だぁれぇがあ。お前等に飲ますか! おい、アテナ、部長。飲みましょう!」

「そう言うと思って、アクア・ワイナリーの赤を用意しておいたわ。初物よ」

「うおおっ!? さすがわ、アレサ部長! なかなか手に入らないといわれている、あの幻のワインを!!」

「どうやって手に入れたかは、不・思・議ってことで」

「ラジャ!」

蒼羽教官が、そう言って敬礼した。 ……あっ

 

「私、お酒はあんまり飲めないんだけど……」

「ああ。アテナは飲むな。 私が全部、いただくっ」

「ええ~ぇ」

「アン寮長もいかがですか?」

「ええ。それじゃあ、一口、いただきましょうかね」

「そうこなくっちゃ!!」

 

 

「アトラ先輩……」

アリスちゃんが、私の耳元でささやいた。

 

「なに、アリスちゃん」

「今回の私達、結局、でっかい、ダシに使われたって感じですね」

 

私は改めて、室内を見回した。

目の前には-

 

早くも酔いが回ったのか、大騒ぎしている、蒼羽教官、アレサ部長、アテナさん。そして、アン寮長。

その横で、こっそりワインを飲もうと狙ってる、あゆみ。

それを必死で止めようとしている、灯里ちゃん。

やっぱり、もちもちぽんぽんを、まあ社長に噛まれて悶絶してる、アリア社長。

 

右手に杏。

左手にアリスちゃん。

 

 そして背中には、オレンジ・ぷらねっと、全てのウンディーネ達……

 

私は二人の肩に手をやると、やさしく抱き寄せた。

今、私の周りには、こんなにも素敵な仲間達がいる。

 

こんなにも素晴らしい仲間達に出会えた、それこそが『不思議』

 

 

「いいんじゃない。こんなにも楽しいんだから!」

 

 - VIVA! SETTE SI CHIEDONO!! -

 

 

私は心の底から、この不思議に感謝した。

 

 

 

 

 

 < ETA+ ……… M >

 

「先輩方。オレンジ・ぷらねっと、三っつの秘宝って、ご存知ですか?」

アリスちゃんが、大盛の漬物を前に聞いてきた。

 

「三っつの秘宝?」

よせばいいのに、杏が、納豆を、かき混ぜながら聞き返す。

 

 -だから糸、引いてるっちゅうにぃぃぃぃい!

 

 

「さらに、幻の古代遺跡。未確認生命体。空飛ぶゴンドラ。とある禁忌の操舵術の書……」

「そういえば、そんな話、聞いたことがあるわ!」

「杏ぅ!?」

 

 -びしっ!

 

と、音が鳴るくらいの勢いで、アリスちゃんが言い放った。

 

「さあ、先輩方。私と一緒に、でっかい謎に挑戦です!!」

「アリスちゃん!?」

 

 

「それって、すごく楽しそうな、お話ね……はぐふうっ!」

「アテナ先輩……ですから、ちゃんと冷ましてから食べてくださいって、いっつも言ってるでしょ?」

 

熱々の、きつねうどんを、そのまま口に入れてしまったアテナさんが、妙な踊りをおどり始める。

 

私は

私は……

 

 

 

……………

……………

うわああんっ。

不思議も、謎も、ドジッ子さんも、もう、こりごりよぉぉぉぉぉお!!

 

 

我が愛すべきオレンジ・ぷらねっとは今日も、笑い声(と、一部悲鳴)が絶えない、いつもの素敵な朝を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

         -sette si chiedono(七不思議)- la fine -

 

 

 

 

 

 

ETA= en Estimated Time of Arrival  航空機 船舶 車両 あるいはコンピューター・ファイルが ある場所に着くと予想される時間、時刻の事。「到着予定時刻」(wikipedia より意訳)                              




(ようやく)あと書きのような、なにかー

 sette si chiedono(七不思議)
本編タイトル。
私、世界の七不思議やら、超常現象やら、UFO&UMAやら、大好きなんですよねい……(鹿馬)

 アトラ・モンテェウェルディ
オレンジ・ぷらねっとのウンディーネ。階級はシングル。本編の主人公。
拙作「眼鏡っ子」以来、ようやくの主人公(大鹿馬)
しかも気が付けば、いつの間にやら「名探偵」とか。 
アトラ・ファンの方々、すいません。

 夢野 杏
アトラの友人。同室なのは作者の独自設定。

 アテナ&アレサ部長
初期の頃はよく、アテナと、アトラと、アレサを間違えて記述し、お叱りを受けていました。 
今でもどこかで間違えているかも(汗)
 
 アリス・キャロル
「オレンジ・プリンセス(黄昏の姫君)」彼女にはこんな子供っぽいトコが良く似合います。
もちろん、俺のヨ……ナンデモナイ(濁汗)

 蒼羽・R・モチヅキ
本来、一度きりのゲストだったのに。
本作以降、味をしめた作者が何度か登場させる事になる悲劇の人(笑)

 灯里ちゃん&アリア社長
実は社長ズを書くのがとても苦手です。

 アン・ウェン・リー寮長
第13歓待と共に、某作品へのオマージュ。 でも尊敬する、設定の鬼神さまのご指摘にもあるように、何故に「歓待」倉庫なのか。つまりこの倉庫は、このように過去何回か、パーティやレクレーションに使われていたからとゆふ……よし!謎はすべて解けた!!(爆鹿馬)

 
 祝福の歌。
いずれ謎は解ける!(激鹿馬)

 「もう、こりごりだぁーーーーーあ!」
未だに使われる某・戦隊モノの締めの言葉のテッパン!(弩阿呆)


こんな長い話に付き合っていただき、ありがとうございました。
前書きにも書きましたが、作者はこれをミステリィと強弁しています。
いわゆる「不親切な記述者」モノ……(アレだよ!あれ!)
読み返すと、スカスカだったり、バレバレだったり、アンフェアだったりしますが、どうか生暖かい目で見てやってください。お願いします(涙)

読み終わった後に、みな様が、ほんの少しでも「ニヤリっ」としていただけたなら、これに勝る幸せはありません。
気に入っていただけましたら、これからも、御贔屓のほど、よろしくお願いします。


 それではみな様、メリークリスマス☆
 優しきベファーナの加護のあらん事を。

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