もっと面白くなるよう努力します。
気を取り直して(直さないとやってられない)さっそく話し合うことに俺はした。
もうこの際どんな意見であろうと聞くことが重要になってくる。なりふり構ってもいられない。
「ではさっそく邦氏様のお話からかかろうかのう」
進行役の童心様によって話は進められる。
「この場にいる者の大半は既にこの方の事を知っておるだろう。しかし湊斗殿と織斑殿は知らんので、軽く説明させていただこうか。まず資料にある通り岡部 桜子嬢は邦氏様のお屋敷に下宿されており、邦氏様はまさに『ぎゃるげぇ』の主人公のような立ち位置。何だよこのテンプレみたい・・・・・・おや失敬。実に幸運に恵まれておる。下宿理由は学校が近いからというのが一番だが、桜子嬢の父親である岡部 弾上殿と六波羅盟主である足利 護氏様は好敵手でいわゆる竹馬の友というのも実に大きいのう」
成程、親からの付き合いというやつか。それなら下宿理由としてもよくわかる。
「邦氏様もそろそろ色を知るようなお年頃。そんなところにこのような美女が来たのだから己の黒き獣性を解き放つのも当然のことと言えよう「だからそんな事無いって!!」いや、失敬。護氏様も桜子嬢のことは実の娘のように気に入っておる故、この縁は良いものだとそれがしは思うがのう」
童心様はニタニタと笑いながら面白そうに言う。顔からして実に面白がっているのがわかる。
「まぁ、別にいいんじゃないの。麿ほどじゃないけど中々に美しいし、磨けばさらに美しくなるわよ。この子の相手には問題ないと思うわ」
「うむ、家柄は良いし、特に問題は無いと思われますが」
雷蝶様と獅子吼様は賛同のようだ。理由としては少し引っかかるところも無きにしも非ずだが。
「時王、恋愛ってのは単純でいて複雑なもんなんだ、たっぷり悩めよ少年」
茶々丸さんはそう快活に言う。そう答えるのなら師匠との件を早く終わらせて欲しいものだ。
茶々丸さんが言った時王と言う言葉を師匠に聞いたところ、邦氏様の幼名のことだと知った。そして茶々丸さんが邦氏様と従姉であるということも・・・・・・全然接点が見つからない。邦氏様のような秘めたカリスマのようなものを茶々丸さんからはまったく感じられない。きっと茶々丸さんが駄目な人だからなのだろう。
「うむ、皆からも賛同を頂くこの良縁だが、邦氏様があまりにへたれ・・・いや失敬。奥手なもので未だに少し話す程度しか関係がいってない様子。実に、実に嘆かわしい、そのような弱腰など、護氏様の血を継がれておるお方ともあろう者が情けなくてしかたない! のう、義清」
「え~、僕は初々しくていいと思いますけどね。そういうのも」
「そうだな、俺もそれぐらいのほうが好ましいかと。まだ若いのだからそれくらいのほうが健全ではないだろうか」
俺も獅子吼様に同意する。かなり神経質で怖いが、この四公方の方々の中で一番まともな人はこの人だと思った。何やら俺や師匠と同じ、いわゆる苦労人のオーラを感じた。
「いやいや、思い立ったが吉日とも言う。目と目が会った瞬間に押し倒すくらいの獣性は、漢なら当然であろう」
「いやいや、それは無いですよ!」
さすがにそれは無いだろうと突っ込みを入れてしまった。それは只の変質者ですよ、童心様!
「そんな人はちょっと遠慮したいです・・・・・・あ、入道様が押し倒してくれるならもちろん構いませんけど」
そう言って頬を染める義清君。
俺はそれを見て内心で驚愕した。
この人っていわゆる『アレ』な人だったのか!?
邦氏様はまた目が死んでおられた。俺も同じになっているに違いない。
「インパクトは大事よね。草食系男子なんてもう古いわよ、これからはガンガン自分から行かないと。麿が自分の美しさに磨きを掛けるようにね」
雷蝶様は少し賛同らしい。積極性が必要なことは分からなくも無いが・・・
「ぼ、僕はもっと普通に仲良くなりたいんだけど・・・・・・」
「ほほう、普通とな? 具体的にはどのようになさりたいのですかな?」
「えっと、二人で楽しくお話ししたりとか、手を繋いで一緒に歩いたりとか・・・・・・」
邦氏様は顔を赤くしつつ話していく。
俺もそれは同感であり、好きな女性と一緒に行動することだけでも満たされるに違いないと思っている。今はその前の段階なのだが・・・・・・
「かぁ~、何と軟弱な! 青い! 青すぎて虫ずが走る!」
「夢見るお年頃なんですよ。うん、お幸せな脳味噌をされてらっしゃってうらやましいですよ~」
「ちょっと消極的すぎない、それ。もっと我欲にいきなさいよ」
童心様と義清君、それに雷蝶様に苛烈に言われてしまった。
そのことにショックを受ける邦氏様と俺、そして分かりづらいが獅子吼様も受けていた。
あなたもですか!? てっきりもっと政略的な人だと思っていたのだが・・・・・・
「そ、そこまで言われるほどのことでは・・・・・・」
この三人を代表してか俺は弁護に廻る。
「おっとこれは失敬。そうですな、若人には過ちが付きもの。それをあげつらい、したり顔で語るのは気の毒というものですな。それがしとしたことが失言でござった」
そう言い素直に頭を下げる童心様だが、まったく懲りてないんだろうと俺は思った。俺の中で童心様の扱いが茶々丸さんと同位になったのは言うまでも無い。
このまま童心様が話していったら、「物でつってモノにする」とかくだらないことを言いかねない。
俺は急いで師匠に話しを向ける。
「し、師匠はどう考えますか。俺は邦氏様の御心は良く理解できます。これは俺も似たものですから」
そう言うと師匠は考え始めてから少しして口を開いた。
「それでは、この問題は少し棚上げにして先にお前の方から話してはどうだ。少し冷却した方が邦氏様のお話にもより良い答えが出せるはずだ」
そう師匠は言うが、きっと考え付かなくて逃げたな・・・・・・
「ふむ、湊斗殿の言うことも一理ありますな。織斑殿、どうだろうか」
童心様が此方に話を振り、俺は少し慌てる。見れば邦氏様が期待した眼差しを向け、獅子吼様が少し気になっている感じに目を向けていた。
仕方なく俺は覚悟を決めた。
「俺の話は邦氏様ほど複雑ではございません。あの人に告白されて嬉しかったし、前から気になる人ではあったのですが、自分自身このような感情を持つことは初めてのこと。それが思春期の一時的なものか、思慕のものなのかが判断できないことを悩んでいます。これがはっきりしないことにはあの人の想いに答えることが出来ないと考えます」
俺がそう考えを述べると邦氏様は感心した眼差しを向けてきて、獅子吼様はうんうんと無言でうなずいていた。
「ふむ、織斑殿も実に青臭い・・・・・・いや失礼。実に悩んでおられるようですな」
「いや~織斑様って本当に真面目ですね~」
童心様と義清君にそう言われることはこの会合でわかりきっていたことだ、今更臆すまい。
「まぁ思春期特有の感情かどうなのかを悩むというのは何というか、あまり若々しくないのう。それだけ織斑殿が真剣に考えているということの裏返しでもあるがのう」
「ちょっと固い考えだけど、最近の若者にしてはしっかりした考えだとあては思うな~。いっちーはいつも真剣だからね~」
「さすがは湊斗の弟子と言ったところか。しっかりと考えている」
「その考え方もそれはそれで美しいわね」
「凄いです、織斑さん」
みなそれぞれに言う。
「しかしそんな悩むことでもござろうか? 既に答えはでているではないかのう」
「え・・・・・・どういうことでしょうか」
童心様は当たり前にそう言い、俺は聞く。答えが既に・・・出ているだって!?
「御主が悩んでいることは一時的な感情なのかそうでないのかということであろう。相手に失礼がないようはっきりした答えを求めておる。しかしそれははっきりさせねばならぬものなのか?」
「いや、それは、はっきりさせるべきかと。中途半端な気持ちで答えていいものではありませんよ」
そう答えると童心様はくっくっく、と笑う。
「それが思い違いをしておるのよ。そもそも、人が人を好きになるのに中途半端も何もあらん。一時的でも好きになったのならそれは相手を慕っているにほかならない。気持ちなど、その時その時で変わるもの、明確にしてはっきりとした正解などござらんよ。何より、己が抱いている気持ちがその答えにほかならない。御主の答えは既に決まっているのではないかな」
そう答えられ、俺はそれでも考えてしまう。
答えは己の中にある・・・・・・か。
俺の話すぐに終わってしまい、また邦氏様の話に戻るが、中々にまとまらない。
最終的には本人次第の問題と最初に戻ってしまった。
しかも邦氏様は少し弱腰になってしまっている。相手に迷惑を掛けるかもしれないことや、自身が傷付くかも知れないことに気が引けてきたのだ。俺もこの話しで少し弱腰になりそうになったが、その前の童心様のお言葉で何とか持ちこたえた。
茶々丸さんに意見を求めたところ、何故か師匠の方にも話が行く。
すると、
「誠実であるべきというお考えはご立派。嫌われるかもという懸念も当然至極でございましょう。しかし好意、好きというお気持ちこそ大事にするべきかと存じます。邦氏様の御心のままに接すれば、想いはきっと伝わるはずです」
と師匠は答えた。さすがは師匠、実に良いことおっしゃる。
「でもうまくいくかはわからないじゃないですか」
「うまくいくかどうかを考慮する必要はないのです。勝敗は後から付いてくるもの。行動を起こす際に考慮すべきは、それが必要か否か、その一点なのですから」
試合をする前に勝つかどうかを考えるのではなく、戦ったあとに勝敗は決する。
武者同士による死合いに通じるものがあるな。
「つまり当たって砕けろってことですか?」
俺は何となくそう聞いてみる。
「いや、砕けては意味が無い。戦うからには勝たなければ意味がなかろう。有効なのは、やはり力関係をはっきり相手に分からせてやることだ」
「「「え?」」」
いきなり物騒な物言いに俺と邦氏様、それと村正さんが面食らう。
師匠は邦氏様の方を向き話し始める。
「女性とは支配されることを望みます。組み伏せ、自由を奪い、どちらが主でどちらが従かを示してやれば、その後の関係も必ずや良好なものになるでしょう」
「ちょっとちょっと御堂! 何言っちゃってんの」
村正さんが慌てて止めに入る。しかし師匠は悪びれた様子もない。
「いや、恋愛に対する心得を説いたのだが」
「貴方の持論は一般性に欠けすぎてるわ! そんな暴論じゃあの子も一夏にもいいわけないじゃない」
俺は師匠の持論を聞いて・・・・・・
どん引きした。
師匠は尊敬出来る人なんだけどな・・・・・・やはり恋愛事に関しては尊敬出来ないと改めてそう思わされた瞬間だった。相談する人を間違えたかも・・・・・・
今更ながらに後悔の念が絶えない。
その後も話は平行線(もはや滅茶苦茶)になり、結局は本人次第ということで体裁を保って終わった。
邦氏様は何とも言えない顔をしていたが、俺は少しだけ気が楽になり、何かを少し掴んだかもしれない。
そう思いながら堀越公方のお屋敷を後にした。