言い争うお二人の気が静まるのを待ってから行われるこの会合。
詰まるところ邦氏様と俺の恋愛相談。
さっきまでは酷いことに他人事だと思っていたのだが、まさか自分にも降りかかってくるとは思いもよらなかった。
「では、さっそく邦氏様の相談からさせて頂こうかのぉ」
司会進行役として童心様が話を始める。
「つい先日のこと、邦氏様が勉学にいそしんでいる様子を見ようかと思いお部屋へ向かったのだが、邦氏様はボーっとして心ここにあらずのご様子。どうしたものかと思うて机を見たところ、何と実に痛々しい・・・・・・いや失敬。実に感情豊かな詩を嗜んでおられた! よく言う恋文というものでござるな。それでことが発覚、本日の会合の議案になったわけだ」
「質問を良いでしょうか?」
俺はさっそく挙手し質問の許可をもらう。
「いかがなされたかな、織斑殿?」
「こう言っては何ですが、六波羅四公方の方々が結集して話す議案にしては如何なものかと。確かに次期盟主たる邦氏様のお悩みは大変なもの。この議案で話される自分のこともある故に分かりますが、こういったデリケートな問題は大事になさらない方が良いかと思われます」
俺がそう考えを述べると童心様は少し考えると答える。
「ふむ、確かに織斑殿が言うことも一理ありますな。しかしこう言っては何だが、貴殿も邦氏様もまだお若い。若さ故に悩み恐れ惑うことも多かろう。そのような若者を正しく導くのも、年長の者達の役目というものよ」
そう頼もしい答えを返す童心様に俺も納得する。
確かに俺や邦氏様は若い故に経験が不足している。それを解決するためには経験多き年長の方のご助言が必要だ。現に俺は師匠に相談しこの場に連れてこられたのだ、俺がこの問題にそう言うのは筋違いだったかもしれない。
俺は童心様に謝罪を言うと、童心様は笑って許して下さった。
そして話は詳細に続いていく。
「邦氏様は実に若人らしく青臭い・・・・・・失敬。まぁ実に香ばしい恋文を書いておられたが、もう少し美しい表現を使った方が良いかと。女性の手の表現など、『白磁のような美しさ』では少し弱い。『艶めかしい』や『しゃぶりつきたくなるような』といった心の内を匂わせるような表現をしたほうが・・・」
「そ、そんなこと思ってない! 思ってないよ! 本当です織斑さん、思ってませんから!」
邦氏様は童心様の表現法を聞いて顔を真っ赤にしながら頭を振って否定する。特に俺にそう思われたくないってことがよく分かる。しかし俺はそれとは別で嫌な感触を感じていた。
童心様の言葉に変なものが混じっていたような・・・・・・
「もう邦氏様ったら、恥ずかしがらなくてもいいのに~」
童心様の近くに控えていた女の子がそうちゃちゃを入れる。
「これ義清、そんなことを言うものではない。この年頃の男子たるもの、鬱屈した真っ黒い性欲の渦を心の内で熟成させておるもの。そなたのようにどうどうと思った想いを口に出せる者はむしろ少数派よ。何、邦氏様、そんなに恥じることではござらん。この年頃の男子は皆同じようなもの、織斑殿も当然心の中に潜めておりますゆえ」
「な、何をっ!?」
童心様に話を振られ俺はどもる。
童心様の言っていることはわからなくもない。しかしそれはそこまで表に出して良いものではないのだ。
「そ、そうなんですか、織斑さん!」
「う、それは・・・・・・」
邦氏様から救いの眼差しを向けられたじろぐ俺。
ここで嘘でも良いから綺麗事を言えばこの少年の夢は守られる。しかしそれを言ってしまっては自身に嘘をつくことになる。自身に嘘をつく者は正義たり得ない。正宗の仕手としては正直に話すほうが絶対に正解だ。しかしそうすれば今度は少年から失望の眼差しを向けられることに・・・・・・
どうすればいいんだ!
「邦氏様、少しよろしいでしょうか?」
葛藤し苦悩に内心頭を抱えている俺を見かねてか、師匠が答えてくださった。
「男たるもの異性に興味を持つのは当たり前のこと、当然そういった御心も持つのは当たり前でございます。それは恥ずべきことではございません。しかしそれを表に出していては理性や品格を疑われてしまうのも当然のこと、ようは程度が重要なのです。当然一夏もそう言おうとしたのでしょう。しかしこの者もまだ若い故、自身の感情に整理をつけきれて無いのです。ご容赦を」
「いや、あなたの言う通りです。すみませんでした織斑さん」
邦氏様は俺に向かってぺこりと頭を下げてきた。
俺も慌てて頭を下げる。
「いえ、何も答えられずに申し訳ありません」
なんとかこの板挟みな質問を師匠の御蔭で乗り越えたところで一つ疑問が湧く。
さっき童心様は側にいた女の子のことを、義清と呼ばなかったか?
その名は女の子にしてはおかしい、それは・・・・・・
「もう、邦氏様も織斑様も初心ですね~、僕、男の娘だからそういうのちょっとわかんないです」
「もちろん、それがしも少数派に属していたのでわからん! それにしても、男なのに娘とは中々味な表現よの」
そう愉快そうに童心様と女の子は笑いあう。
え・・・・・・男の子!?
俺はそのことに衝撃を受ける。どこからどう見ても女の子にしか見えないのに・・・・・・
邦氏様の目が死んだ魚の目になっていた。きっと考えることを逃避しているのだろう。
俺も目の前のことに目を背けたくなった。
「童心様、そろそろ本題に戻っては頂けませぬか」
獅子吼様が真面目にそう言うと、童心様はこほん、と軽く咳払いをすると本題に戻る。
「いや、すまぬ。ちょっと面白かったものでな。では本題に戻るとしようかの。取りあえずは今から資料を配るのでそれに目を通されよ」
そう言って義清君?(見た目は女の子でもやはり男なので君付け)に資料を配らせる。
俺は早速資料とやらに目を通すことにした。
資料に付けられた写真には、美しく長い黒髪を携えた美少女が写っていた。部屋着なのかは知らないが、着物を着ていてまさに大和撫子を体現したような少女だった。
えぇ~、何々、お相手の名前は岡部 桜子さん、年齢は俺と同じくらいで現在高校一年生であり、現在邦氏様の住んでいるお屋敷に下宿なさっているようだ。身長、体重、スリーサイズまで事細かに載って・・・・・・って!?
「何でこんなものまで載っているのですか!」
つい突っ込んでしまった。
さすがにこれは乗せすぎだろう。
邦氏様はそれを見てしまい顔を真っ赤にしてしたを向いてしまっていた。
「いや、何、恋愛もまた戦いというものよ。敵を知り、己を知れば百戦危うからずと申すであろう。決して、邦氏様が羞じているところを眺めようなどと、そんなことはござらん」
そう意味ありげに笑う童心様を見てやっと俺はわかった。
この中で一番やっかい(駄目という意味で)なのはこの人だ!
俺の中で童心様への警戒心が最大になった。
「うむ、一つ一つにかかりきりでは話に時間がかかりすぎるのう。では一緒に織斑殿のお話も聞かせて頂こうか」
「え、俺のもですか!?」
いきなり此方に話を振られても困る。
どうすれば良いのかと慌てる俺に変わって村正さんが今度は説明してくれた。
「ちょっと前にIS学園ってところに行ってきたのよ、一夏が今通っている学舎ね。そこの教師の一人が一夏にべた惚れなわけ。それで一夏に聞いたらその人から告白されたらしいんだけど、この子ったら妙に堅物だからちゃんとした答えを返すまで答えられないみたいで、三週間も待たせてるわけよ。それでもはっきりとした答えが出せないでいるから今日の会合に混ぜてもらったのよ」
そう村正さんは皆に説明し、俺はそれを聞いて羞恥で顔が熱くなった。
「ふむ、成程・・・・・・織斑殿も罪作りな方でござるな」
「? も、とはどういうことでしょうか?」
童心様の答えに引っかかりを感じ聞き返す。
「何、とある御仁に懸想してる乙女がおるのだが、この御仁もなかなかにはっきりしない様子でのう、度々その乙女がへこまされたりしておるのよ」
そう言いながら童心様は師匠の方に目を向けて笑うが、師匠は平然としていた。
かなり変な人だが、その点は俺も同意する。早く師匠にはお相手を決めて頂きたい。そうすれば被害は絶対に減るのだから。
「茶々丸、資料は用意してるのよね? 早く配りなさいよ」
「むっかー、命令すんな! すぐに配らせるから黙ってろ」
茶々丸さんが村正さんに噛み付きつつも手を打ち鳴らすと、このお屋敷の使用人の方が来て資料が配られていく。
資料には当然山田先生のことが書かれており、身長や体重、スリーサイズも書かれていた。(見た瞬間に顔が真っ赤になったのは言うまでも無い)
しかも写真が複数付いているのだが・・・・・・
「なんでこんな写真があるんですか!?」
写真は寝起きのパジャマ姿だったり(かなり可愛くて無意識に懐にしまいそうになった)食事風景やISスーツでの姿など、いろいろあった。
しかしどれを見ても分かるが、盗撮されたものなのだ。
それもごく最近のものばかりである。
「ん、厩衆使って盗撮させた」
茶々丸さんはこともなげにそう答えた。
その瞬間に雷蝶様と獅子吼様は激昂した。
「貴様、何六波羅の特殊部隊をそのようなことに使っておるのだぁあああああああああ!!」
「馬鹿じゃない、あんた馬鹿じゃないの!!」
「あっはっはっはっはっはっはっはっはっは」
童心様は大層愉快に笑っておられた。
何をしているんですか、茶々丸さん・・・・・・
俺はこの会合の行く末が本当に不安で仕方なくなった。