その後・・・・・・
皆に正宗を使うことをやめるよう強く言われたが、俺はそれを聞き入れない。
何故なら、
『俺は正宗の仕手であり、正義を成す者だからだ』
誰がどう言おうとこれは曲げられない。この俺の信念を体現する、最早俺の半身たる正宗を使わないなんてことは俺には絶対有り得ない。
俺は皆に強くそう言い、無理矢理にでも納得してもらった。
それから傷が大体治り腕も再生するのに半日以上かかり、辺りは暗くなっている。
皆が大広間で夕食をとっている間に俺はと言うと、特別にあてがわれた部屋で一人夕食を取っていた。
まるでそれが当たり前のように箒達と山田先生が部屋に残って世話をすると強く出ていたが、千冬姉に頼んで出て言ってもらった。何故なら、これから行うことは見苦しい事この上ないことだからだ。
「まったく・・・・・・どれだけ食べるんだ、お前は・・・」
千冬姉が俺を見て呆れ返っていた。
今俺の前には積まれた食器が置かれている。
その数七人前!
俺は凄い勢いで箸を動かしご飯を掻き込んでいた。
「少しでもはやく熱量を取り戻しとかないとな。おかわりっ!!」
俺はからになった茶碗と皿を千冬姉に突き付けた。
『うむ、それだけ食えるのならもう問題もなかろう』
正宗は俺の食いっぷりを見てそう判断する。
少しでも熱量を得ようと、俺はもらったおかわりを胃袋の中に入れていく。
その様子は普段からは考えられないほどに落ち着きが無く、見ていて見苦しいものだろう。
この姿は身内くらいにしか見せられないと思ったため、皆には部屋から出ていってもらったのだ。
「しかし・・・・・・改めて見るとすごいな、劔冑の再生力というものは。とても半日前まで死人同然だったとは思えんな」
千冬姉は俺の様子を見てそうしみじみと言った。
左腕と腹、それに重度の火傷を再生したのを見たときは、やはりパニックに陥っていた。
俺にとっては当たり前になってしまったことも、それを知らないものにとっては非常識きわまりないと改めて思わされた。
そして俺の前積まれた食器は十人前になった。
夕食を終えて二時間後、俺は一人海で月を眺めていた。
体は完調しており、もう問題は無い。
「ふぅ・・・・・・良い月だ・・・」
海の近くの崖から空を見上げ呟く。空には満月が出ており、それが煌々と輝いて辺りを照らしていた。
たまには一人になって色々と考えたくなることもある・・・・・・今日は色々とあった。
特に同じ武者同士の試合には多くのことを学んだ。
そして何より・・・・・・魂を燃やした。
その余韻に浸りたかったのかもしれないな・・・
俺はそう考えながら月を見る。
「一夏君・・・」
声がした方を振り向くと、そこには山田先生がいた。
旅館からすぐ出たらしく、浴衣姿をしていた。それが少し色っぽく見えて、ドキリッ、と胸が鳴った。
「どうしたんですか、山田先生?」
「いえ、一夏君が部屋にいなかったんで探しに来たんですよ」
そう言って山田先生は俺の側まで歩いてくる。
「何をしていたんですか、こんなところで?」
「月が綺麗だったので、月を見にきました」
俺がそう答えると山田先生も月を見る。
「あ・・・・・・そうですね。こんなに綺麗だったなんて・・・今まで気がつきませんでした・・・」
そうして二人して月を見上げていた。
周りに流れるは波の音と風の音、それと虫の鳴き声だけが聞こえてくる静寂な空間がそこにはあった。
しばらくお互い一言も喋らずに空の月を眺める。
俺はそんな時間が何故だか愛おしく思えた。
しかしその時間はすぐに終わった。
山田先生は俺の方に向くと、俺の胸に飛び込んできた!
月光で浮かび上がっていた影が一つになる。
俺はとっさのことに頭が真っ白になる。
「や、山田先生、何を!?」
聞いても山田先生は何も答えず、俺の体をぎゅっと抱きしめて顔を胸に埋めていた。
「・・・・・・・・・・・・心配・・・させないで下さい・・・一夏君は無茶しすぎなんですから・・・」
胸元が濡れていく感触がした。
山田先生は顔を上げると、その瞳には涙が溢れていた。
「確かに一夏君の怪我は正宗さんがいれば治るかもしれませんけど、それでも痛いのは変わらないんですから、そんなに我慢しないで下さいよ・・・一夏君は平気かもしれないけど、一夏君を心配している人がいるってことを忘れないで下さい!」
そう言ってさらに俺の体を抱きしめる山田先生。
「今日みたいなことは二度とやらないで下さいね・・・・・・一夏君が死んじゃうんじゃないかって・・・すごくっ、凄く怖かったんですから! もうこんな思いは二度としたくありません!」
そう言ってさらに泣きながら山田先生を、俺は落ち着くように抱きしめ返した。それが今すべきことのように思えたからだ。
「確約は出来ません。でも出来る限りは頑張ります」
「本当ですよ・・・絶対ですからね!」
そう言って山田先生は微笑んだ。やはりこの人は笑顔が似合うな・・・・・・俺はその笑顔に胸の高鳴りを感じた。
約束に満足したらしく、山田先生は俺から離れると、懐からまたあのアクセサリーを出した。
「これ、やっぱり一夏君が持っていて下さい。これは一夏君にこそ、必要だと思うから」
「いいんですか? これ、大切なものなのでは?」
「いいんですよ。私よりも、あんな大怪我する一夏君にこそ必要ですから」
そうお茶目な笑顔でそう言う山田先生に俺は目が離せなくなっていた。
「それでは改めて・・・頂きます」
俺は受け取って首にアクセサリーをかける。よく見るとアクセサリーは少し熱で変形していた。
「うん! やっぱり似合ってます」
アクセサリーを付けた俺を見て山田先生は嬉しそうに喜んでいた。何だか気恥ずかしい。
そしてまた会話が無くなる。しかしこの空気には気まずさが全然なかった。
山田先生は周りをきょろきょろと見渡して何かを確認すると、何か決意したらしく俺の方に真面目な顔を向けてきた。
「山田先生?」
「一夏君・・・真面目な話があります。聞いてもらえませんか」
俺は真面目な顔をした山田先生に少し面をくらいつつも返事を返した。
しかし山田先生はすぐには話さず、少し沈黙した後に顔が真っ赤になっていく。
どうしたんだろうか、と心配になってきたところで山田先生は話し始めた。
「あ、あのっ!? そのですね・・・その・・・す、す、す、・・・」
「す?」
何か言いたいのだろうが、うまく言葉に出来ない。そんな感じがしてきた。
俺はそう思い、山田先生の手を取ると、
「先生、落ち着いて下さい。ゆっくり深呼吸をして、言いたいことをゆっくりでいいから言ってください。慌てずに、ゆっくり・・・」
と言って山田先生を落ち着けようとした。
しかし効果が無かったのか、山田先生は顔がさらに紅くなり、涙目になり始めていた。
失敗したか? と思ったが、どうやら成功したらしい。山田先生は俺の顔を見つめながら、ゆっくりと、慌てずに確実に言いたいことを言い始める。
「はい、ありがとうございます・・・ええ~と、その・・・あぁ、もう!」
山田先生はそう葛藤すると俺を見つめる。その涙目には確かな決意が感じられた。
「・・・・・・私は・・・私は、織斑一夏君のことが・・・好きです!! 大好きです、愛してますっ!!」
そう顔を真っ赤に染めながら言い放った。
「・・・・・・・・・・・・・・・(ボンッ!?)」
それを聞いた瞬間、頭の中が真っ白になり、言ったことを理解した瞬間には顔が爆発した。
「嘘でも冗談でもありません! 本当に愛してます!」
山田先生はタガが外れたかのように顔を真っ赤にしながら俺に告白する。
俺はさらに胸が爆発しそうになり、赤面した。
もうどうすればいいのかわからなくなりそうになる。
しかし、決死の思いも告白には応えないわけにはいかない。
しかし・・・・・・俺にはどうすればいいのか・・・まだ応えは出ていない。
俺はどう応えればいいのか悩んでいたところで、全く違う声をかけられた。
「おお~、織斑君はそこかぁ~。探したぞ」
その声に反応して山田先生はバッ、と俺から離れた。
そして二人でその声の方を向くと、そこには・・・
真田さんが一升瓶とグラスを二つ持って立っていた。
「誰・・・ですか?」
山田先生はいきなりの登場にそんな言葉を漏らした。