嬉しくて仕方ありません。
夢を見ていた。
真っ白な空間がずっと続いていく、何も無い夢。
目の前には男が立っていた。
着物を着た三十代の男で、いかにもと言うくらい濃い顔立ちをしている。
『正義とはなんぞや?』
男は此方に問いかける。
「正義とは、正しき行い。悪を憎む心そのもの。弱き者を助ける刃だ」
俺はそう答えた。
『では・・・何故・・・先程のことを裁かなかった!』
男は俺を責め立てる。先程のこととは、箒のことを指すのだろう。この正義を問う者にとって、先程の俺の行いは悪に他ならないのだろう。責められるのも仕方ないかとも思う。しかし・・・
「人は誰しも間違いを犯す。そのことを否定するは人そのものを否定することに他ならない。誰しも一度は必ず失敗するもの、それを悪だと断じてはならない。間違えたならば、正せば良い」
『それはすなわち・・・貴様は悪を肯定するということか?』
「しかり。正義があるからこそ悪があり、悪があるからこそ正義がある。両者があるからこそ存在し、片方でも失われればそれは主義を失い抜け殻となる」
『ならば・・・貴様は悪か?』
「いや、俺は正義だ。俺は・・・『俺の中の正義』を実行するものだ」
『それは偽善ではないのか?』
「否定はしない・・・しかしそれでも俺はこの正義を貫いていく! 例え罵られようとも、この信念は、正義は曲げられない、誰であろうとも。もちろん・・・あなたであってもだ!」
『言い切ったな・・・ならば示して見せよ、貴様の正義をっ!!』
男はそう言い捨てると霞のように消えていき・・・俺は夢から覚めた。
目が覚めると辺りは暗くなっており、部屋には誰もいなかった。
俺はまず体が動くか確認し始める。
先程よりかはだいぶマシになっているようで、動かせる程度には回復しているようだ。火傷はまだ癒えていないが、それでもまだマシである。
「・・・正宗、状態はどうだ」
声も話せる程度には回復した。
『御堂、気がついたか。此方は中破まで再生した。戦闘は可能、装甲は先程よりかはマシだ。しかし・・・』
正宗もだいぶ再生したようだ。そして正宗が言いたいことは俺も分かっていた。
『「熱量が足りない」』
劔冑を動かすにあたって必要である熱量が不足していた。先の試合で殆どの熱量を使用したため、ろくに残ってないのだ。
俺は熱量を補充しようと布団から出たら、外が慌ただしくなっている。
様子を見るために聞き耳を立てると、教員が何やらまわりに聞こえないようはなしていたが、武者たるものには聞こうと思えば聞こえる音量だ。どうやら専用機持ちの五人が命令無視をして福音と勝手に戦闘を始めたらしい。
「あいつ等は全く・・・・・・」
暢気に熱量を補充している余裕はなさそうだ。
今回は別に悪意を向けられたりしたわけではないが、皆が危ないのに何もしないで待っているというのは有り得ない。相手を悪と断定することは出来ないが、それでも仲間に害をなすならば、俺は容赦しない。
すぐさま足を玄関の方へ向け、歩き始めた。
玄関に着く前にクラスメイトとあった。
「どうしたの織斑君、その怪我!」
「おりむー、怪我だらけだよ!」
「今は旅館から出ることは禁止されてるよ、何やってるの!」
今は作戦中のため外出禁止らしい。どうもクラスメイトには今何が行われているかは伝わっていないようだ。しかしこのままでは旅館から出られない・・・どうするか・・・仕方ない、政府に楯になってもらうか。嘘をつくのは忍びないことだが・・・許せ。
「政府の命令が出てるんでそちら優先だ。俺は外に行ってくるよ」
「そんなに怪我してるのに!」
「やめた方がいいよ~!」
「いくら政府の命令だからって!」
そう言うクラスメイトを説得して俺はこっそりと旅館から出た。
早足で浜辺まで移動して正宗を呼び出す。
「いけるか、正宗」
『此方は問題無い! しかし御堂の熱量の不足は深刻だ』
「わかってる! しかし行かないわけにはいかないんだ。行くぞ、正宗!」
『諒解ッ!』
『世に鬼あれば鬼を断つ 世に悪あれば悪を断つ ツルギの理ここに在り』
俺は正宗を装甲して、戦っているであろう空に飛行する。
「一夏君、お加減はどうですか~」
山田 真耶は小さな声でそう言いながら部屋の戸を開けた。
中にいる人間に向かってそうは言ったが、たぶん寝ていると思っているので聞こえない、ようは独り言なのだが、言わずにはいられなかった。
「えぇっ!?」
しかし開けた先に人はいない、もぬけの殻である。
「どうして、なんで! まだ動けるような体じゃないのに!?」
真耶は酷く混乱したが、まだ遠くには行ってないと考えて一夏を探し始めた。
すぐに自分の受け持っている生徒を見つけ一夏を見てないかと聞くと、見たことを告げられた。
生徒はやめるよう言ったが、一夏は政府命令で出たので、と言い彼女達を振り切ったらしい。
「一夏くん、いったい・・・どこに行ったんですか!」
真耶は一夏を探せど見つからず、ついには旅館の外に出て探し始めた。
そして見た。
浜辺から空へ向かって飛んでいく合当理の炎の光を・・・・・・
それを見た真耶は泣き崩れてしまった。
「一夏君・・・何で・・・体がもうボロボロなのに・・・なんで行っちゃうんですか・・・・・・」
その場で膝を地面について泣く真耶を気にすることなく、光は空へとさらに飛んで行った。
戦闘は箒達が圧倒的に不利になっていた。
福音は第二形態に移行したらしく、光の翼を振るい、その猛威を箒達に振るっている。
俺が追いつくころにはかなり窮地に立たされていた。
次第に追い詰められ撃墜されていく箒達。
俺は少しでも速く飛翔し、福音の前に立ちふさがった。
「大丈夫か、みんな!」
「「「「「一夏っ!?」」」」さん!?」
声からして無事のようだ。
俺は福音に斬馬刀を向けて言う。
「貴殿に恨みや悪意は無いが、仲間に危害を加えるようなら此方とて黙ってはいられない。当方正宗、一身上の都合により貴殿を討たせてもらう!」
福音は俺の言葉に反応してか、エネルギー弾の弾雨を此方に向かって降らせる。
俺は避ける事など一切せずにその身に弾を喰らい爆発を受けるが、気にせずに突っ込む。
「かぁああああぁああああああああああああっ!!」
斬馬刀による上段からの一閃。
福音は此方が突っ込んでくるとは思っていなかったらしく、その身に斬撃を受けた。
シールドで守られはしたが、衝撃は殺しきれなかったらしく、後ろへと飛ばされる。
『対象の危険ランクをAに設定。殲滅を優先します』
福音は此方を最大の脅威と見なしたらしく、過剰なまでの攻撃を此方にしてきた。
先程の弾雨に翼全体を使った激流のようなエネルギー砲撃など、攻撃は様々だ。
俺は弾雨は無視し、砲撃はギリギリで避けて斬馬刀を相手にたたき込んでいく。
「くらえぇええええッ!『吉野御流合戦礼法、迅雷ッ!!』」
鞘から放たれた斬撃が福音の翼を捕らえ、切り落とす。
福音は業の威力で後方にさらに吹っ飛ばされていく。
『Aクラスの損傷確認。対象の脅威をランクSに設定、退却します』
福音はそのまま逃げようとするが・・・
「逃がしてなるものかっ! 正宗、『絡め取るぞ』」
『諒解』
「がぁあ、、ぎぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
腹が裂け、中のものが外へと飛び出す。
激痛が走るが、歯を食いしばって声をかみ殺す。
外へ飛び出したものは福音へと絡まり、強く引き締めて逃げようとする福音を捕らえた。
福音を捕らえ放さないもの・・・それは、金属と化した『腸』だ。
『割腹 投擲腸管ッ!!』
正宗七機巧の一つ、相手を捕縛し締め付ける機巧だ。
福音は外そうとするが、余計に締め付けが強くなりシールドエネルギーが火花を散らせながら消費されていく。
「これで終わりだ! 正宗、『爆破する』ぞ! 左腕全部持って行けッ!!」
『しかし御堂、さすれば御堂の熱量がっ』
「言うなッ! ここでこいつは墜とすっ!!」
『・・・相分かったっ!! 拝領いたすっ!!』
左腕が食い尽くされる激痛に咆吼が上がる。
「がぁああぁあああぁあああああああああああああぁあああああああああ!!」
甲冑の鉄の肌と鉄の肉、仕手の生の肌と生の肉・・・べりべりと剥がされ捏ね合わされ、球状に固められ・・・そいつは凶悪な弾丸と化す。
『正宗七機巧が一つ、飛蛾鉄砲・弧炎錫ッ!!』
突きだした右手からせり出した砲身、そこから発射された弾は普通の弾丸よりは遅く飛んで行く。しかし福音の方まで飛んで行くと・・・・・・
空が真っ赤に染まるほどの大爆発を引き起こした。
「この一撃が、俺が正義である証だぁああああああああああああああ!!」
夢のこともあって俺はそう雄叫びを上げた。
爆発が冷めていくと、大破に近い状態の福音が姿を現した。
白銀だった装甲は見る影もないほどに真っ黒になり、一部は熱で変形している。そして体中に鉄片が突き刺さっていた。
飛蛾鉄砲・弧炎錫は爆発と鉄片で相手を攻撃する機巧だ。ただ射程が短いため、使い手も巻き込まれる。俺の体にも鉄片が刺さっている。
その後福音は機能停止を起こし落下、鈴に回収された。
皆浮かれ声を俺にかけようとしたが、俺には聞こえない。
「「「「「・・・・・・・・・」」」」」
俺は熱量欠乏(フリーズ)を起こして墜落していた。
武者が劔冑を動かすための熱量を欠乏すると、飛行を維持できなくなり墜落する。これを熱量欠乏(フリーズ)と言い、武者ならば起こしてはならない恥だといわれている。起こすと視覚があやふやになり、耳が聞こえなくなって、凄まじい寒気に襲われる。
ああ、寒い・・・・・・
俺はそう思いながら海へと落下した。
山田先生の膝枕が恋しくなった・・・・・・。