朝になり俺は冷水をもって身を清める。
これから行う死合いに向けて精神を集中させていた。これから行われるであろう試合は試合にあらず、血肉弾け死ぬかも知れないほどに危険な、死合い。
今まで以上に集中していなければ一瞬にして死ぬ。これはそういう戦いだ。
ISと戦うような、相手が安全だという安心が無い、相手は自分が安心だという慢心がない。
相手も此方と同じ、殺す気持ちで戦ってくるだろう。
無事には絶対にすまない。勝てたとしても腕や足の一本は持ってかれてるかもしれない。
しかし俺はそのことによる恐怖が感じられない。むしろこれからやる死合いを楽しみにすら思えている。正義を成すものとしてどうかと思うが、俺もまた武者なのだ。命を賭けた死合いに血の昂ぶりを感じられずにはいられない。
俺はまた、精神を集中するために冷水を頭からかぶった。
身を清め次第着替え、千冬姉に政府の命で今日行う行事を抜けることを報告。
渋い顔をされはしたが、どちらにしろ俺が今日することがないことを言って納得してもらった。
旅館を出ようとしたところで箒達に捕まり今日の行事の不参加を責め立てられた。
俺は真面目に理由を話すが、何故か山田先生と会うんだ~、とシャルからジト目で睨まれた。何故山田先生がそこで出てくるんだ?
旅館の出口まであと少し、というところで山田先生に捕まった。
「一夏君、どこに行くんですか? もう授業が始まっちゃいますよ」
「ああ、山田先生。俺は政府の命がきてそちら優先なので、授業は休ませてもらいます」
「そうですか・・・ちょっと残念です」
そう言って残念そうな顔を浮かべる山田先生に別れを言い、その場から去ろうとしたら呼び止められた。
「あっ、ちょっと待って下さい!」
「どうしたんですか?」
山田先生は俺を呼び止めると懐から何かを取り出した。
「これ、よかったらどうぞ」
そう言って俺に渡したのは、指輪をチェーンに通して作られたアクセサリーだった。指輪の裏には何やら日本語ではない文字が刻まれている。
「これは安全祈願のアクセサリーですよ。私はけっこうドジなんでしょっちゅう転んだりしてますけど、これの御蔭でたいした怪我はしてこなかったんです」
「どうしてこれを俺に?」
「なんだか一夏君、顔がこわばってるみたいですから、何か危ないことでもするんじゃないか、と思いまして。私が一夏君のために今してあげられる事ってこれぐらいしかなさそうですし・・・」
山田先生は心配そうに此方を見つめていた。その表情に少し胸が高鳴ったが、これから戦いに行くのにそんなことを気にしていてはいけない。
俺はさっそくアクセサリーを首にかけてみた。
「気にしていただいてありがとうございます。どうでしょうか?」
「はいっ、とても似合ってますよ!」
ひまわりのような暖かな笑顔でそう返されると、気恥ずかしいが、なんだか嬉しく思えた。
俺は山田先生に礼を言って旅館から外に出た。
歩いて二十分くらい経ち、俺は旅館の反対側にある砂浜に着いた。
特に特徴的なものはなく、普通の砂浜だ。
しかし何も無いからこそ、それは目立つ。
男が立っていた。
歳は二十代中盤から後半、高めの身長に遠目からみても十分に分かる鍛えられた肉体。
そして何よりも・・・・・・此方を捕らえる鷹のような眼。
一般人なら即座に逃げ出すかもしれないほどの、圧倒的な威圧感をその男は放っていた。
俺はその男に近づき話しかけた。
「あなたが手紙の人であってますか?」
「いかにも。俺があの手紙をだしたものだよ」
男はそう言うと俺に向かって手を差し出した。どうやら握手らしく、俺もそれに答えがっちりと握らせてもらった。
「何故昼間に戦いを? 目立つのではないですか?」
「今日はIS学園のISの試験稼働の実習日だろ。それなら何が起こってもISの実験で通せそうだからな」
「何故それを!?」
IS学園の行事に関しては一応秘密になっている。知れるようなことはないはずなのだが・・・
「地元に住んでいれば嫌でも分かる。毎年のことだからな。それに俺の陰義は闇夜では目立ちすぎるからこの時間にさせてもらった」
「そうですか。たしかにそれなら横やりを入れられる心配もなさそうですね」
俺がそう答えると男は顎に手を当てて、ふむ、と何かを納得していた。
「成程、噂通りの好青年だな。こんな青年が相手というのは嬉しいものだ。これならば相手にとって不足ない」
「いえ、まだ修行中の身ゆえ、未熟なもので申し訳無いです。しかしやるからには胸を借りるつもりで全力でやらせてもらいます」
「よし、よく言った! では、早速・・・殺ろうか!」
そうして俺と男は少し離れた。
「来い、正宗!」
『応』
俺の呼びかけに答え、正宗が岩陰から此方に飛び出す。
「改めて名乗らせていただきます。自分の名は織斑 一夏、してこちらは天下一名物の相州五郎入道正宗、以後よろしくお願いいたします」
俺が名乗り終わると今度は男が自分の劔冑を呼ぶ。
「来い、村正!」
そうして男の方に飛び出したのは巨大な紅い蜘蛛だ。
「何っ、村正だと!? なんでっ」
俺は目の前に現れた蜘蛛に心底驚いた。
何故なら・・・それは俺の師匠の使う劔冑とそっくりで同じ名前だったからだ。
それはありえないはずだ! 師匠から聞いたが、村正は全部で三騎あり、初代は遙か昔に鋳つぶされてしまい、今は二騎のみ。師匠が使う三世村正と師範代が使う二世村正のみだけだと。
だからこそほかに存在などするはずがない。
『御堂、落ち着けい! あれは御堂の知る妖甲ではない』
「どういうことだ、正宗?」
『あれは三世村正伝大千鳥。かの妖甲の贋作劔冑よ。まったく・・・何故あのような妖甲を真似たものなど作るか・・・理解出来ぬわ』
「つまり村正の紛い物か」
『そうだが、侮るでないぞ。確かにかの妖甲の贋作ではあるが、間違いなく彼奴は真打。強さは本物をも凌駕するかもしれん。気を引き締めていけ!』
初めて贋作劔冑を見たが・・・成程、よく似ている。
劔冑には真打と数打のほかに贋作劔冑がある。ようはその真打を模して作られたものだが、それでも真打故に数打ちより強く、ものによってはオリジナルより強いものもあるとか。そして何より警戒することは、すべてを真似していることではないことだ。特に、陰義はオリジナルともまったく違う物になっていることが多く、戦うに当たってはオリジナルとの戦いは参考にならない。
俺はその迫力に気を引き締める。
「俺の名は真田 幸長、そしてそちらの正宗の言う通り、劔冑は三世村正伝大千鳥。よろしく頼む」
男が名乗り終わると同時に俺達は装甲した。
『世に鬼あれば鬼を断つ 世に悪あれば悪を断つ ツルギの理ここに在り』
『不惜身命 但惜身命』
そして砂浜には藍と紅の武者が現れた。
「「いざ、尋常に・・・勝負っ!!」」
藍と紅は激突した。