海で精一杯に遊び、気がつけばもう夜。
俺達は旅館で夕食を食べていた。
海が近いだけあって魚介類が新鮮だ。特にカワハギの刺身は絶品で、肝つきである。これは鮮度が良くないと食べられない、まさに珍味だ。それ以外の料理も素晴らしく、特に出汁の使い方が絶妙だ。
小鍋の出汁にはカツオやコンブ、それ以外にも複数の出汁材が使われているようでこだわりを感じる。後で駄目元で聞いてみよう。
セシリアやシャル、ラウラは生魚は初めてだったらしく、おっかなびっくりに食べていた。
その際にシャルがわさびを塊のまま食べるという事件が起き、慌ただしくなった夕食となった。
その間に箒が浮かない顔をしていることに俺は気付かなかった。
「・・・・・・くぅっ・・・そこ・・・あ・・・」
割り当てられた部屋で妖しい声が聞こえてくる。
その声に聞き耳を立てながら五人の人影が扉にへばりついていた。
箒、セシリア、鈴、シャル、ラウラの五人である。
織斑千冬と同室というそこいらの生徒では手が出せない状態でも一夏と会おうとする猛者達だ。
個別に来たのだが、部屋の様子がおかしいと思ったのか、全員で部屋の様子に聞き耳を立てているというわけだ。
今、各々の頭の中ではちょっと一八歳未満禁止な映像が流れ、全員顔を真っ赤にし、同時に想い人が実の姉とそのようなことになっているんじゃないか、という普通では有り得ない思考にかき立てられていた。
そしてそんな思春期丸出しな少女達がへばりついている扉の前に、山田 真耶は来た。
「あなたたち、こんなところで何してるんですか」
彼女がそう言うと同時に、扉は開かれた。
夕食が終わって千冬姉と当てられた部屋でくつろいでいたら、急に千冬姉にマッサージを命じられた。
まぁ、この二年間はろくに孝行してやれなかったし、別にその程度のことを渋る気も無かったので快く快諾した。
そしてしている最中に扉に人が集まってくる気配を感じたが、千冬姉は、
「もう少し待て」
と言って扉を開けようとする俺を止めた。
少しして山田先生の声が聞こえたと思ったら千冬姉は起き上がると扉を勢いよく開けた。
山が崩れるかのように流れ込む箒達五人、そしてその光景を見て、ぽかん、とする山田先生がいた。
「何をしているんだ、お前ら」
千冬姉にそう言われると同時にその場から逃げだそうとする五人。
しかし山田先生がいたせいで足が止まってしまい、その隙に千冬姉に取り押さえられた。
「まったく・・・盗み聞きとは関心せんな、お前ら」
「「「「「い、いや・・・それは・・・その・・・」」」」」
「ふん、まぁいい。どうせだから入っていけ。山田先生もな」
「は、はい」
そうして部屋に六人が入ってきた。少しばかり窮屈になった。
「大方、私が一夏と何やらふしだらなことをしてるんじゃないか、とでも思ったんじゃないか、お前ら」
「い、いえ、そのような・・・」
「ただ・・・少し部屋から、その・・・変な声が・・・」
千冬姉が小声で箒達に何かを言うと、全員顔を真っ赤にして何かを否定していた。一体何を言っているのやら・・・
その後千冬姉に、
「こいつらと山田先生には話があるから、風呂にでも入って時間を潰してこい」
と言われた。
どうも女子だけの話というものらしいので、俺は理由も聞かずに風呂に行った。
ここの露天はかなり良いらしく、心が少し踊る気分だった。
千冬は一夏が部屋を出て行ったのを確認したら、部屋に備え付けられている冷蔵庫の有料飲料をいくつか買い、皆に行き渡るように渡した。種類は全部バラバラであり、山田先生には缶ビールが渡されている。
箒達が一口飲むと、ニヤリと笑って飲んだことを確認、そのことを口止め料として缶ビールに口を付け始めた。それを見て真耶も口を付ける。
千冬は景気よく一本開けると、もう一本の口を開けてからその場にいる全員に問いかける。
「さて・・・・・・お前ら、あれのどこが好きなんだ」
「「「「「「ぶぅっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!?」」」」」」
急に問いかけられた事に飲んでいたものを吹き出す六人。
「驚くことでもあるまい。全員わかりやす過ぎなのだからな」
「そ、そんなにバレバレでした」
「遠目から見てもな」
箒達は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。まさかそこまでばれていたとは思っていなかったからだ。
「まぁ、確かにあいつはこの二年間でかなり成長した。身内びいきかもしれないが、しっかりしているし家事は主婦顔負け、しかも料理はプロそのものだ。あいつほどの物件など、そうそうないと思うがな・・・・・・どうだ、ほしいか?」
「「「「「「くれるんですかっ!?」」」」」」
その場の六人は顔をばっと上げ嬉しそうに聞くと、
「やるか、馬鹿者。というか私にそんな権限はない」
とあきれながら返された。
「「「「「「えぇ~~~~~」」」」」」
不満の声が上がる。そう言うのなら、聞かなければいいのに、とこの六人は全員思った。
「まぁ、そう腐るな。その代わりと行ってはなんだが、今のお前達の現状を教えてやろう」
「「「「「「「本当ですかっ!?」」」」」」
想い人の身内から教えてもらえる情報というのもは得てして重要なものであり、六人は目を輝かせながら報告をまった。
「まず・・・篠ノ之。お前だが・・・・・・はっきり言って見込みがないぞ」
「なっ!?」
「あいつの中ではお前はただの幼馴染みだ。友達より上だが、それ以上にはならない」
「そ、そんな・・・・・・」
あまりの衝撃に箒は打ち拉がれた。
「次に・・・オルコット。お前だが・・・篠ノ之より悪いかもしれん」
「そ、そんなっ!?」
「お前は普通に仲の良いクラスメイトだ。普通に友達にしか思われてないだろう」
「あ、あんまりですわぁ・・・」
セシリアはしょぼくれた。
「次は鳳だが・・・ある意味やっかいだな」
「と言うと?」
「篠ノ之と同じ幼馴染みだが、あいつの中ではさらに妹扱いが加わっている。確かに篠ノ之よりは近いかもしれんが、あくまでも家族としての意味合いが近い」
「えぇ~」
鈴もまた撃沈。
「ボーデヴィッヒ、お前はまだ日が浅いからあまり意識されてないが、お前もどちらかと言えば鳳に近いかもしれん。たぶんあいつはお前と鳳に何かあったら過保護になるかもしれないな・・・妹分として」
「そうですか」
「何だ、ショックを受けないのか?」
「いえ、確かにショックではありますが、一夏に妹として扱われるのはそれはそれで嬉しいので・・・それに一夏の妹なら教官の妹ということでもありますから」
ラウラはなんだかんだで結構たくましい。
「デュノア、お前だが・・・結構良い線はいっていると思う」
「本当ですか!?」
「この五人の中でちゃんと異性として見られてるのはお前だけみたいだからな。しかしその前には強敵がいるがな」
「強敵・・・ですか」
「そうだ、強敵だ」
そう言うと千冬はさらにニヤリと笑う。
「最後に・・・真耶。お前だが・・・この中で一番トップだ」
「本当ですか!?」
「ああ、あいつは今お前のことを、たぶん一番意識している。たぶんこの中で一番異性として見られてるはずだ。でなければ昼間のような反応はしまい」
「やった」
周りが打ち拉がれている中、真耶一人が喜んでいた。
「私としても、信頼を置けるお前にならあいつを任せても良いかもしれない、と思い始めている」
「が、頑張ります!」
千冬にそう言われ、緊張しながら真耶はその声援に応える。
「・・・・・・そうですか・・・山田先生が強敵ですか・・・」
シャルは下を向いていたと思ったら、カッと顔を上げ山田先生の顔を真正面から見る。
「今は確かに不利だとおもいますけど、絶対に負けません」
シャルにそう強く言われ、真耶も真正面からその視線を受け止める。
「私だって負けません。一夏君は渡しません!!」
いつものような弱々しい感じは一切無い。そこにいるのは恋に真剣な女の姿だった。
「ふふ、あいつは色々な女に好かれて大変だな。責任がとれるのか少し心配になるが、まぁあいつのことだ。なんとかするだろう」
そう千冬は言うと、みんなを見渡して言う。
「以上がお前達の現状だ。負けたく無いのなら、女を磨いてさらに鍛えておけ」
千冬はそう言い切って、手にした缶ビールを飲み干した。
「ふぅ・・・よい湯だった・・・」
風呂から上がり部屋に戻る。
露天は景色もよく、湯加減も良かった。それだけでも来たかいがあったかもしれん。
そうほくほくとしながら思っていたら、女将に呼び止められた。
「どうしたんですか?」
「実はお客様にお手紙を預かりまして。織斑 一夏様に直に届けてくれと、と頼まれまして」
そう言って女将は俺に手紙を渡すと、仕事があるので失礼しますと言って去って行った。
手紙を見てみると、高そうな和紙に筆と墨を使って書かれた古風な果たし状だった。
内容は、
『明日の午前十時、旅館の反対側の砂浜にて待つ』
とだけ書かれていた。
どうやら・・・・・・戦いの時は近いようだ。