まったく・・・・・・どうしてこうなってしまったのだろう・・・・・・
そう考えられずにはいられない。
ことの発端は来週にある臨海学校の話から始まった。
シャルロットに臨海学校に向けて必要なものを買いに行かない、と誘われたのだが、箒達も聞いていたらしくどういうわけかみんなで行くことに。しかも千冬姉と山田先生も一緒であり、前回から気まずい俺はさっきから嫌な汗が止まらなくて困っている。
そして俺達は今駅前にあるショッピングモール『レゾナンス』で買い物をしていた。
「よし、こんなものか。後は他に買う物とかはないか、シャルル・・・あっ!? すまん、シャルロット」
つい今までの呼び名で呼んでしまった。正直シャルルの方が言いやすくてつい言ってしまう。とは言え偽名だったのだから、呼ばれて良い気などするわけも無い。シャルロットに悪いことをしてしまったので急いで謝罪する。
「あはは、別に気にしてないよ。確かに今まではそっちで通してたから呼んじゃうのは仕方ないかな」
「とは言え人の名前を間違えるのは失礼なことだ。やっぱりすまん」
俺はその場で深々と頭を垂れてシャルロットに謝罪する。
周りが何事か、と注目していたがどこであろうと誠心誠意謝罪する心を忘れてはならない。
「い、一夏、人が見てるから頭を上げて! 僕は本当に気にしてないから」
「それは有り難いことだが、しかし・・・」
「そ、そこまで言うなら一つだけお願い、いいかなぁ」
シャルロットはいたずらっ子のような笑顔でそう言うと、俺にだけ聞こえるように小さな声でお願いした。
「そこまで言いづらいならシャルロットって無理に呼ばなくてもいいよ。でもそのかわりに『僕と一夏だけ』の愛称を付けてよ」
「あ、愛称か。俺はこういうのは苦手なんだけどな・・・それじゃあ、そうだな・・・・・・シャルなんてどうだ。シャルロットもシャルルも両方とも『シャル』がついてるから違和感が全くないし、語感も良い」
「シャル・・・・・・良い! 実に良いよ。えへへ~、シャルかぁ~(一夏が僕のためだけに付けてくれた愛称・・・うふふ)」
どうやら嬉しいようだ。満悦の笑みを浮かべているところを見るに本当に喜んでくれているみたいだ。苦手なことだったのでどうなることかと思ったが、うまくいったようで安心した。
「ちょっと、二人だけで何やってるのよ!」
「お二人で何をなさってるんですの!」
向こうにいた鈴とセシリアが戻ってきたらしい。
二人とも何故か機嫌が悪い。
「何でもない。特に何かをしてたわけでもないしな」
「う、うん、そうだよ。何でもないよ・・・えへへ・・・」
((絶対に何かあったっ!!))
二人はシャルをやけにじっと見ていた。何かあるのか、このシャルに。
「只今戻りました、一夏」
「こっちの方の用事は済ませてきたぞ」
箒とラウラも用事を済ませたらしく合流する。
「ああ、おかえり。ところでラウラ・・・前にも言ったが、俺に敬語はいいといったはずだが・・・」
「いえ、意中の殿方にあのような口を聞いてしまった自分が恥ずかしくて仕方ありません。私にはそのようなこと、今では恐れ多くて出来ません」
そう、ラウラはあの後もこんな感じだ。
ずっと俺や先生方にだけ敬語を使っている。同い年の女の子に敬語で話しかけられるのは慣れていないこともあって何とも据わりが悪く感じる。やめさせようとするとこのように返されてしまい、俺は何も言えなくなってしまうのだ。
そもそも何故こんな事になったのか・・・聞いてみたところ彼女が所属するドイツ軍の部隊、通称『黒兎隊』の副官が、
「古くから日本男子の理想はヤマトナデシコと決まっています!」
と言ったからだそうだ。確かに大和撫子と言えば淑女であり敬語は必須、しかしそれはちと古すぎやしないか。
しかしこの人物、聞いたところ少しやっかいだ。
ラウラが俺を『婿』ではなく『嫁』と言ったのにも当然関与していた。
「最近の日本では、意中の相手のことを『俺の嫁』と言うそうです。是非とも参考にしてみては」
と言ったとか。古き良き伝統に新しいものを組み込んでさらに良きものとして残していこう、という活動があることは聞いていたが、この組み合わせは明らかな間違いだと俺は思う。
是非ともこの副官さんには正しい日本文化を学んで頂きたい。
「ふむ、どうやら全員戻ったようだな」
千冬姉と山田先生も戻ってきたみたいだ。
ふと山田先生の方を見ると向こうも此方の方を見ていたらしく、目が合いしだいに真っ赤になって下を向かれた。
何ともしがたい雰囲気になってしまう。
「では後は何が必要だったか・・・・・・そうだな、水着も買うか」
空気を読んだのか、千冬姉はそんなことを言い始めた。
「それじゃあ俺は別の階に行ってるよ」
「何言っているんだ、お前も一緒に行くに決まってるだろう」
「はぁ? 何故俺も一緒に行かなくてはならないんだ?」
「どうせだからみんなの水着姿だも見ていくといい。見て似合っているかどうかを評価してやるのもいい男の条件というものだ。こんな役得、そうそう無いぞ」
そう言ってニヤリッ、と笑う千冬姉。明らかにからかって楽しんでいることがわかる。
(日頃から妙にやられてばかりだからな。こんな時くらい困らせるのもいいだろう)
「み、水着ですか!?」
「そ、それは、その~」
「確かに買おうとは思ってましたけど・・・」
「一夏に見られるなんて・・・」
「・・・・・・(恥ずかしい)」
「(プシュー・・・・・・)」
皆口々に言いながら俺の方を見る。
言いたいことは分かる、俺だってすぐにでも逃げ出したい。しかしここで逃げ出せば、俺は臆病者と罵られるかもしれない。武者たるもの、いかようにあっても臆病であってはならない。
こういうときほど恨めしいことはない。
俺達は水着売り場に足を伸ばした。
店頭から色とりどりの水着がのぞいている。そのすべてが女性用の水着であり、男の俺は何とも入りずらい。
しかしそんなこともお構いなしに女性陣は入っていき水着を選び始めた。
仕方なく俺も水着を探す事にした。俺も水着を買わないといけなかったしな。
それで探していたところ、見ず知らずの女性に呼び止められた。
「そこのあなた! これ、片しなさい」
見るからに高圧的な物言いに俺は少しムッとなる。
「嫌です。何故私があなたの散らかした水着を片さなければならないのですか」
「はぁ? 男が女に口答えできると思ってんの!? こっちは訴えてもいいんだけど」
どうやらこの女性は徹底的な女尊男卑の人のようだ。この風習になってからこのような女性が増えて仕方ない。
俺は真面目な顔でしっかりと言う。
「出来るのならするがいい。防犯カメラに周りのお客や店員さんの証言、どれをとっても此方を有罪に出来る証拠などありもしない。女尊男卑に託けて己のだらしなさを人に押しつけるとは何事かっ! 自分で散らかしたものは自分で片づける、それは幼子でも当たり前にすることだ。それをサボるとは、子供以下だな・・・恥を知れ、この愚か者がぁっ!!」
俺がそう言い切ると、周りのお客さんや店員さんから拍手が溢れてきた。
やはり女尊男卑の時代とは言え、そのことに胡座をかいていいとは皆思ってはいないようだ。特に男性の拍手には力がこもっていた。
高圧的な女性はその雰囲気に飲まれ、気まずい顔をしながら早足で店を出て行った。
俺は皆の拍手に苦笑で答えながらその場を後にして男性水着売り場に移動した。
水着をちゃちゃっと買って(男はそこまでデザインやらにはこだわらない)女性陣がいる女性水着売り場へと向かった。
普通に考えれば行きづらいのだが、先程の出来事もあってか皆好意的に見てくれたので白い目で見られずにすんでいる。寧ろ俺を見る目が妙に熱い気がするのは気のせいなんだろうか?
「やっときたか。遅かったな」
「ちょっとあってな、遅くなった」
千冬姉はもう買ったらしく、更衣室の前で俺を待っていた。
「みんな待っているぞ。ほれ、評価してきたらどうだ」
「・・・・・・あぁ・・・」
そう言って俺を更衣室へと押し出す千冬姉。きっと内心はニヤニヤとでも笑っているのだろう。
早速更衣室の前に来た、靴からして箒のようだ。
「箒、見て大丈夫か?」
「い、一夏か!? ああ、大丈夫だ、うん」
箒の許可を受けて更衣室のカーテンを開ける。
するとそこには白いビキニ姿の箒がいた。
「あ、あまり見つめるな!」
「いや、すまん。その水着だが、スタイルがいい箒には似合ってると思うぞ」
「ほ、本当か!」
「ああ、本当だ」
事実、よく鍛えられ鋭いながらにしなやかな箒の体には似合っていた。
「そ、そうか・・・(一夏に褒められたぞ・・・)」
箒は嬉しそうにしていたので問題は無いとして次に行く。
次はセシリアのようだ。
「セシリア、今は平気か?」
「い、一夏さん!? ええ、大丈夫ですわよ」
許可を得て開けると、青いビキニを着たセシリアが現れた。腰にパレオを巻いていて、少し大人っぽい。
「どうでしょうか、私の水着は」
「そうだな・・・優雅な感じがしてセシリアにはあってると思う。パレオがポイントだな、大人っぽいと思う」
「まぁ、そうですか! それは嬉しいです(やっぱり一夏さんは大人っぽいのが好みでしたか)」
セシリアも褒められて嬉しいらしい。
着飾った女性は褒めてもらうのは嬉しいのだろう。俺だって格好いいと言われれば悪い気はしないからな。
セシリアを終えて今度は鈴。
鈴はオレンジ色のタンキニタイプの水着だった。運動的な鈴にはよく似合っている。
シャルは黄色とオレンジ色のビキニだった。シャルにはとてもよく似合っている水着で、褒めたら買うことを即決した。胸のあたりを見て、ドキッ、としたことは内緒にしておきたい。
ラウラは恥ずかしがって出てこなかった。無理に引っ張り出すわけにもいかないので保留にした。
そして・・・・・・山田先生。
俺は気まずいながらも更衣室に話しかける。
「山田先生・・・開けても大丈夫ですか」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
裏返ったうえに噛んでいる辺り、余程緊張してることがうかがえる。
俺は決意してシャッターを開けた。
開けた先には、薄黄色のビキニを着た山田先生が顔を真っ赤にして立っていた。
「あ、あぅぅ・・・どうでしょうか、私の・・・水着」
「・・・・・・・・・あっ!? すみません」
俺はしばらく見とれたあとに慌てて評価を言った。
「山田先生にとてもよく似合ってますよ。先生は胸が大きいから・・・あっ!」
自爆。俺は自分で言っておいてあのときのことを思い出してしまい、顔が熱くなっていくのを自覚する。
山田先生を見ればあちらもかわいそうになるくらい真っ赤になってしまっている。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
二人とも沈黙。
しかし山田先生は何かを決意したらしく、俺にぱっと顔を向ける。その瞳には、強い意志を感じた。
「あ、あのですね、一夏君・・・・・・前の事なんですけど・・・」
「は、はいっ!!」
「私はあのとき確かに酔ってはいましたけど、ちゃんと覚えてます。それで、その・・・あのときの気持ちは本心ですから、だから、忘れないで下さい!! その、忘れないでとは言いましたけど、その、あまり思い出して欲しくは無いといいますか、その・・・・・・」
顔を真っ赤にしてる山田先生が何だか面白く思えてしまい、俺は少し笑ってしまった。
「ははは、分かりました。出来るだけ思い出さないようにします。俺も・・・その・・・思い出すと、ろくにしゃべれなくなってしまいますしね。でもあのとき言ったことは本当ですから」
「そ、そうですか。それならいいんですけど(やっぱり格好いいなぁ・・・)」
山田先生は気まずくなくなったので嬉しそうに俺と会話した。
そして全員の水着も買い終わり帰路についた。
今日の俺の収穫は、山田先生と和解? したことだろう。あのままではお互いに気まずくてしかたなかったので、実に嬉しい。
しかし嬉しくなかったことも当然あるわけで・・・・・・
俺は帰路の最中、街にいる男達からえらく凄い憎しみのこもった目で見られながら帰った。
これだけ綺麗な女性を連れて歩いていては当然なのかもしれないが・・・・・・
あぁ、視線が痛くて仕方ない。