負ける・・・負けてしまう・・・
私、ラウラ・ボーデヴィッヒは壁に叩き付けられながらそう思った。
シュヴァルツェア・レーゲンはもう戦闘は不可能なまでに破壊され、シールドエネルギーも残り一桁。勝てる要素が殆ど無い。
しかし私は負けたく無かった。
人工的に作られ、兵器として鍛えられた。
ISが登場するまで私は優秀だとされていた。別にISが出ても私は優秀なままであり、兵器として問題も無かった。しかしISとの適合性向上のために施された肉眼へのナノマシン移植手術、『越界の瞳』が私を失敗作に陥れた。
私の身体はこれに適応しきれず越界の瞳は暴走、常に展開状態になってしまい日常生活にも支障をきたしてしまった。
日常で既に問題になっているのだから戦闘でも当然支障をきたす。
私の評価は下がり下がっていつしか失敗作の烙印を押されていた。
そんな時に出会ったのが教官、織斑 千冬だった。
教官はとても優秀な指導者で、私は教官の教えに従って訓練を積み続けたら、あっという間に部隊最強になっていた。
私は教官の全てに憧れ心酔していた、私も教官のようになりたいと思うようになっていた。
だからある日に聞いてみた。どうすれば教官のように強くなれるのかと。
そうしたら教官はとても悲しそうな顔をして
「私は強くなんてないさ。大切なものを守れなかったのだからな・・・・・・」
私は初めて見た、あんな顔をした教官を。私が知っている、私が憧れた教官とは違う部分を見てしまった。
違う、そうじゃない! 私が憧れたのはそんなあなたではなかった。
私はそれを聞いたあとに独自に調べた結果、教官には弟がいることを知った。
織斑 一夏・・・・・・教官の唯一の肉親であり、約一年前から行方不明、生死不明になっている。第二回モンドグロッソのときに拉致されてしまい、それを救出しようとした結果、教官は大会を棄権した。
私は許せなかった。教官を悲しませるこの男が。私が憧れる教官を弱くしてしまう存在が。
だから認めない、あの男を。
そして今、私はその男に敗れかけている。
嫌だ、私は負けたく無い!
力が欲しい。
これほど願ったことは今まで無かった。藁にも縋る思いだった。
『願うか、より強い力を・・・欲するか、全てをねじ伏せる暴力を・・・』
どこから聞こえるのかなんて分からなかった。しかし私はこの声に呼応した。負けるわけにはいかなかった。
「あいつを敗北させると決めたのだ! 完膚なきまでに叩き伏せると!! よこせ、力を! 比類無き最強の力をぉ!!」
そして私の意識は闇に堕ちた。
目の前でいきなり起こったことに皆騒然となった。
ISは基本変形しない。なのに目の前のISは操縦者を取り込んで変形した。
この非常事態に教師たちは冷静になり警戒態勢レベルDを発令、全試合を中止し観客を避難させ鎮圧のために教師部隊を送り込む。
「なんなんだ、これは?」
俺がそう首を傾げていると人型は急に此方に襲いかかってきた。
「何っ!? 速い!」
刀のようなものを横に一閃、俺は迎え撃つが予想以上の力に刀を弾かれ、返す刀で胸を斬られた。
この技は確か・・・一閃二断。
「ぐぁっっっっ!!」
「「い、一夏っ!?」」
箒とシャルルの声が同時に重なる。
『胸部に被撃、装甲貫通』
「分かってる。何、心臓はいってないから平気だ。出血してるが問題ない」
そう答えるが、斬られた傷口からは血が溢れている。
結構痛いがこんな怪我、手足を斬り飛ばされたときより余程ましだ。
さっきからこの人型を見ていて頭に引っかかっているものがあったが、この技を受けてやっとわかった。
「そうか・・・こいつは千冬姉の技か。こいつは千冬姉の真似をしてるわけだな、つまりはブリュンヒルデの模倣」
俺は戦おうと斬馬刀を構えるが、箒とシャルルに止められてしまう。
「何をしている! 死ぬ気か!?」
「一夏、戦っちゃ駄目だよ! 危なすぎるよ!!」
「何でだ?」
「何でって・・・死ぬかもしれないのだぞ! 別にお前がやらなくても先生方が・・・」
「そうだよ、別に一夏がやらなくてもいいじゃない! 何で」
箒とシャルルが必死に俺を止める。心配してくれるのは有り難いが、それでも俺は戦う。
「確かにあれでなければ俺でなくてもいい。しかしあれは俺が戦わなければ駄目だ! あれに意思はない、信念がない、ただ力を振るうだけの、ただの暴力だ。それすなわち悪そのもの!! 正宗の仕手ならば、あれと戦わないなんて選択は有り得ない。正義ならば、あれは絶対に倒さなければいけない・・・・・・それにせっかくの機会だしな」
「「機会?」」
「紛い物とはいえブリュンヒルデと戦える機会などないからな。自分がどれだけあの時から成長したかを試す良い機会だ・・・といっても中にいるラウラ・ボーデヴィッヒのことも心配だ。早々に終わらせる」
俺は二人にそう言うと人型に向かって歩き、斬馬刀を構える。
「本当はもっとじっくりと死合いたかったが、生憎時間が無いのでな。この一撃で決めさせてもらう」
人型に向かってそう言い、斬馬刀を上段の、それも背中に刀の背が付きそうなほど逸らしながら構える。
「正宗、時間が無い。『焼き斬るぞ』」
『御意』
手の平が段々と熱くなり、やがては肉を焼き始める。
「ぐぅううううううううぅうぅうううぅうううううう!!」
肉の焼けるような匂いと焦げる匂いが薫った気がした。
その斬撃はすべてを焼き斬る。
『正宗七機巧 朧・焦屍剣』
俺はそれと同時に上段から斬馬刀を振り下ろす。
「はぁああああぁぁあああああああああああぁああああ!!」
『吉野御流合戦礼法、雪崩』
振られた斬馬刀は蒸気を発しながら相手に襲いかかる。敵は先程と同じように弾いてからの二閃でこちらに止めをさす腹づもりなのだろうが、そうはいかない。
高温を発する斬馬刀に敵の刀が当たった瞬間、刀はぶつかり合わず、敵の刀はバターのように溶け斬れる。その斬撃は本体にもかすり敵の表面は裂け、中からラウラ・ボーデヴィッヒが出てきた。
どうやら意識を失っているらしいく、すぐさま回収して人型から離した。
宿主を失ったためか、人型は完全に停止して崩れ落ちた。
どうやらこれでこの騒動は終わりのようだ。
少しばかり不満だが、疲れたので早く帰りたい。
「正宗、先程斬られた箇所の修復を急いでくれ。見られると面倒だ」
『そうだな』
俺は正宗にそう指示を出しながらその場に佇んでいた。
斬られた胸がまだ痛むんで仕方ない。