引き際が難しいです。
平和で楽しい家族での海水浴。
俺としては真耶さんを家族として迎え入れた……正直結婚後はこんな感じなんだろうなぁ……といったこの遠出が実に嬉しくて仕方なかった。
さざ波返す砂浜で海と戯れる魅力的な水着姿の真耶さんの姿はあまりにも眩しくて、俺は終始ドキドキが止まらない。
彼女が俺に幸せで喜び一杯の笑みを向けてくれることが何よりも嬉しくてたまらない。
俺は彼女にずっと心奪われて仕方なく、それは彼女も一緒で俺を慕ってくれる。
それが一番に幸せだ。
だからこそ、もっと彼女との幸せな思い出を築きたくて海水浴に来た。
と言うのに………何でこんな事になってしまったのだろうか?
確かに鎌倉は師匠の住んでいる街だが、だからってこんなばったり会うものだろうか……否、そんなことはないはず!
師匠は基本、用事があれば些細なことでも出掛けるが、そうでもなければ出掛けない。
その用事というのも大体が村正さん達絡みが殆ど。
今回も類に漏れずその類いなのは予想出来るからって、何でこんな幸せな時に出くわしてしまうのだろうか……。
正直何者かの意思でせっかくの幸福を邪魔されたような気がしてならない。
以上、この事態における精神逃避を終わる。
何の因果か出くわしてしまった俺達と師匠達。
別に師匠と会うのが嫌なのではない。だが、師匠にあの4人が加われば別問題だ。
まるで劇薬の化学反応のようにあの5人を合わせれば、必ずと言って良い程激しい『反応』を引き起こす。
それがどんな惨事を引き起こすのか、俺と師匠はその身をもって知っている。
だからこの再開が何を引き起こすのか? 正直気が気では無い。
「んじゃルールを説明すんな!」
師匠をある程度責め立てた後、気を取り直して真耶さん達と楽しく話し合い、マドカを可愛いといって撫で回した村正さん達は一緒に遊ぶことを提案。
そこで皆で遊べる物という話になり、ビーチバレーをすることに決まった。
道具に関しては一式借りてきたらしく、いつの間に居たのか浜辺に黒いスーツを着た男の人達が汗を掻きつつもせっせとコートを設置し始めていた。
どうやら茶々丸さんが命じたようで、皆六波羅の人のようだ。
設置し終わった後に飲み物を差し入れで渡して労いの言葉をかけたら凄く感謝された。茶々丸さんの無茶に振り回されて本当にお疲れなのだろう。
設置し終えたコートの前に立って、虎柄ビキニの茶々丸さんが堂々と胸を張ってビーチバレーのルールについて話し始めた。
「基本はお遊びルールだが、やるからには本気でいかねぇとなぁ。そんなわけで、あたいとしては賞品を用意しようと思ってる」
そう言って茶々丸さんは大きくない胸の谷間からとあるチケットを取り出した。
きっと師匠へのアピールなんだろうが、師匠はあまり反応した様子はない。内心はどうかはわからないけど。
コレが真耶さんだったら俺は沸騰するんじゃないかっていう程赤面するが、茶々丸さんなら白い目で見れる。
そんな視線に物怖じせず、茶々丸さんは実に勿体ぶった様子で楽しそうにチケットについて発表した。
「じゃ~~~ん、豪華沖縄三泊四日旅行をプレゼント。それも二名様までのプラチナチケットだぜ! ぶっちゃけこれでお兄さんと二人でランデブーする気だった!」
その発言にガタッと動いた村正さんと綾弥さん、それに大鳥さん。
それを押さえるべく師匠が落ち着くように言うと、3人は不満を漏らしつつも矛を下げてくれた。まだ構えはまったく解いていないようだが。
そのチケットを見て真耶さんは何やら顔を赤らめている。
「旦那様と沖縄旅行……二人っきりで………」
きっと本人の中では思ってるだけなんだろうが、見事に漏れていた。
その様子もまた可愛らしくてたまらない。見ていて俺もほんわかとした気分になる。
俺も行きたいなぁ……真耶さんと二人っきりで沖縄。
真っ白い砂浜で二人寄り添い歩いて、一緒に海で今日のように遊び、そして夜はホテルで一緒に……………」
いかん、鼻血がでても可笑しくないことを考えてしまった。
だけど……やっぱり真耶さんと一緒に旅行に行きたい! 新婚旅行の前練習みたいなもので……。
そう思えばやる気は死合い並に出るというもの。
俺はやる気を出し、闘志を心の中で燃やすのだが……その炎は茶々丸さんの次の発言によって鎮火されてしまった。
「あぁ、それとお兄さんとイッチーは審判な。武者二人の身体能力じゃ公平性にかけるんだよ。だから二人の参加は無し。寧ろお兄さんが賞品みたいなもんやからね」
「そ、そんなぁ……」
せっかく張り切っていたのに、この仕打ち。世の無情を思い知らされる。
確かに言ってることは間違いではないが、それでも近いほどの身体能力を持つ4人にはハンデなんてないものだと思うのは俺だけだろうか。
だが、茶々丸さんが勝機もなくこんな事を言う訳がない。経験から考えれば必ず勝てる必勝の手段があるはずだ。それは………。
「茶々さん、だったら師範代の参加も無しですよね。何せ最強の武者なんですから。いくら歳が若いからと言っても……ねぇ」
「っ!? そ、それは~……その……あぁ、チクショー! ああ、そうだよ! お姫の参加は無し! クソ、バレないと思ったのに……」
これだ。
今の所師範代と一番仲が良いのは茶々丸さんだ。
なら、ペアを組むのもそうなることが予想出来る。
しかし、そんな事をすれば試合な無きに等しく、一方的な蹂躙劇になることは目に見える。
だから先に潰させて貰おう。いくらお遊びとは言え真耶さんが参加するのだからズルは許さん!
「む、そうなのか、それは残念だ! せっかく己の必殺サーブを叩き込んでやろうと思っていたというのに!」
師範代はそう言って残念だと言いつつイカの丸焼きに囓りついていた。
そんなサーブされたら本当に死人が出かけないので勘弁願いたい。大真面目な話でだ。
師範代には悪いが、ここは師匠と一緒に審判に廻って貰おう。師匠と一緒なら文句もでないだろう。このブラコン気味な師範代なら。
これで真耶さんの勝率も上がるというもの。
少しばかりせせこましい気もするが、こんな不正を見逃すより何倍もマシだ。
茶々丸さんは師範代が参加出来なくなったことで多少慌てたようだが、気を取り直してチーム分けを発表する。
「んじゃチームな。まぁ、そこの巨乳爆乳コンビは最初から決定でしょ」
「っ!? きょ、巨乳って言わないで下さい!」
「いや、明らかにお前の方が大きいんだから爆乳はお前のことだろ、真耶」
「ば、爆乳っ!? は、恥ずかしいです…………」
顔を真っ赤にして涙目になり、皆に見られないように胸を腕で覆い隠す真耶さんだが、寧ろ余計にその豊満な胸を見せつけるようにしか見えない。
その危うくも妖しい魅力に俺はクラクラして仕方ない。
「むっきー! 見せつけられているようにしか見えない! そんなに大きいのが偉いのか! そんな脂肪の塊がぁああぁああぁああぁあああぁああぁあぁぁああああああ!!」
そんな可愛らしくも艶やかな真耶さんを見て泣き喚く茶々丸さん。
そこまで喚かなくても。そもそも自分から言い出したことなのだし、寧ろ自爆としか言いようが無い。
「んじゃ次! え~、面倒だけどあたいがそこの無駄にでかいおばはんと組む」
「誰がおばはんですか、誰が! それに無駄ではありませんわ。何より……貴女よりも断然大きいもの……胸が」
「またかよ! コンチクショー!」
茶々丸さんは大鳥さんと組むらしいが、両者とも犬猿の仲なので決まった直後からまたいがみ合い始めた。たぶん背の高さが有利だからと判断したんだろう。
大鳥さんはワザと身を屈ませて胸の大きさをアピールすると、茶々丸さんは実に悔しそうだ。
「んでそこのお子様とイッチーの妹な。くっそ、あの巨乳の妹だけあって結構でかいな」
「ん、織斑の妹だっけか。よろしくな」
「うん、よろしく!」
「あ、あぁ……(何か子犬みたいで可愛いな)」
綾弥さんはマドカとペアになったらしい。
言葉使いは少し荒いが、世話好きの綾弥さんならマドカとも仲良くなれるだろう。
現にマドカは綾弥さんに懐いたらしく、一緒に頑張ろう! と綾弥さんの両手を握って上に掲げていた。その行為を恥ずかしがりながらも一緒にやってくれる綾弥さん。
そんな微笑ましい光景に見ている者の心を和ませる。
そんな綾弥さんだが、やっぱり目の前で揺れるマドカの胸を見て羨ましそうな目をしていた。
「ってことで以上だな。早速試合に…」
「ちょっと待ちなさい!」
「ちっ!」
これでチーム分けも終わりだと茶々丸さんが言おうとしたところで待ったの声が掛かった。その出所は勿論、最後の一人からだ。
「何で私が入っていないのよ、茶々丸!」
最後の一人……村正さんから抗議の声があがり、それを聞いた茶々丸さんが面倒臭そうに答える。
「だって~、お前一人だし~、ペア出来ないじゃん。だったら~、いなくても問題なくね」
「大問題よ、このバカ猫!」
そして頭をぶつけ合い、互いに牽制しあいながらいがみ合てっていた。
このままでは埒が空かないと困っていると、そんな二人に近づいてきたのは褐色の肌を持った短めの白髪の女性であった。
「ならば冑が娘と組もう」
「かか様!」
「げぇっ、二代目!」
そう、その女性こそ師範代の相方にして村正さんの親。
勢洲右衛門尉村正二世だ。
きっと師匠と一緒に来たのだろうが、その服装はある意味悪目立ちしていた。
サラシで胸を覆い、白いふんどしという今ではまず見ない恰好。
その所為で周りから色々と視線を集めていた。
「これで娘と組み、計四組で試合も出来よう」
自分の恰好に恥じる様子など一切無い御母堂は茶々丸さんにそう言うと、流石の茶々丸さんも御母堂では分が悪いのか仕方なく了承した。
「ありがとう、かか様!」
村正さんは喜びを顕わにして御母堂に感謝すると、御母堂は鼻をフンッとならしてそっぽを向いた。
「別に感謝するほどでもあるまいに。そ、それに……婿殿と一緒に二人きりで旅行というのも……いや、いっそ再婚も……」
「ちょっとかか様っ!? 何言ってるの!!」
何やら親子で喧嘩し始めているようだが、取りあえずはこれでペアも決まった。
俺と師匠、師範代はネットの横に行き、試合をするペアはコートの両端へと移動する。
すると試合前に真耶さんが俺の方に来た。
「あ、あの…旦那様……」
可愛らしい声に頬が緩むのが我慢出来ない。
その美声に笑みを浮かべつつ、俺は真耶さんの方を向いた。
「どうしたんですか、真耶さん?」
すると真耶さんは恥じらい顔を赤くしつつも俺を上目使いで見つめる。
その瞳に吸い込まれそうな気になり、キスしたくなるのを我慢しつつ言葉を待つ。
「私、頑張りますね。でも……旦那様が頑張ったご褒美をくれるって言ってくれたら……きっと凄く頑張れます。だから……」
潤んだ瞳で見つめられドキドキする。
だが、ここでキスすれば絶対に周りに何か言われるだろう。だから、俺は妥協案として真耶さんの頭を優しく撫でた。
「はい、わかりました。真耶さんが頑張れるよう、精一杯応援しますね。だから……帰ったら、もっと一杯キスしてあげます」
「っ!? はいっ、頑張ります! だから応援して下さいね、旦那様!」
真耶さんは顔を真っ赤にしつつ、心底嬉しそうな笑みでコートへと歩いて行った。
その背中からはやる気が一杯感じられて微笑ましい。
そんな俺達のやり取りを見て師匠が小さく洩らした。
「青春……だな」
その言葉を聞いて恥ずかしくも、やっぱり嬉しくなってしまう自分が居た。