せっかくの家族総出での遠出。
皆には心から楽しんでもらいたいし、俺も楽しい思い出をより多く作りたい。
だが、そんな温かな思いを否定するかのように聞こえてきたのは、あの『大災害』の人達。出来れば関わりたくない。いや、師匠に会うのなら挨拶は当然すべきなのだが、その周りに居る人達に俺がここに居ることが知れるのは……想像しただけでも恐怖で身体が震えてきてしまう。何せ本人に関係無く騒動に巻き込まれるのだから。
家族皆での海水浴なのだから、絶対に邪魔されたくない。
そう思ってたんだが………………。
「あ、村正さん、お久しぶりです!」
「あら、真耶じゃない。久しいわね、元気にしていたかしら」
「はい」
終わった。
騒いでいた村正さん達を見つけて真耶さんが嬉しそうに話しかけてしまっていた。
決して悪くはないのだが、それでも気分が一気に絶望に叩き込まれたのは言うまでも無い。彼女はとても礼儀正しいだけなのだから責めるわけにもいかない。
俺は観念して村正さん達に姿を現すことにした。
「お久しぶりです、村正さん、綾弥さん、大鳥さん、茶々丸さん」
「真耶がいるってことは当然いるって分かってたわ。久しぶりね、一夏」
「織斑、久しぶりだな」
「お久しぶりですね、織斑さん。相変わらず恋人と仲良さげで羨ましいですわ」
「あれ、イッチーおっひさ~! 何でこんな所にいるんだい」
皆俺を見てにこやかに笑いながら挨拶をしてきた。
それに俺も笑顔で返し、そしてその中心であろう師匠に挨拶する。
「師匠もお変わりないようで。お久しぶりでございます」
「うむ、息災で何よりだ」
師匠も変わりないようで、いつもと変わらない感じだ。
まぁ、ここが海だというのに長袖を着ているという奇妙な服装なのは突っ込んではいけないと思う。
たぶん当初は海に行く気など無かったのだろう。
「所で、どうしてこんな所にいる」
「ええ、此方は家族で海水浴に。師匠は?」
すると師匠は何とも言えない顔をしながら答えてくれた。
「俺には良く分からない。何故か話が進んでしまい、気が付けばこの有様だ」
「さようですか」
「うむ」
どうやら又あの4人に振り回されている様子。
師匠自身、あまりあの4人の暴走を止めることをしないからなぁ。
そんな事を思っていると、突如として頭部が割れるんじゃないかと思うくらいの衝撃に襲われた。
「久しいな、一夏!」
「………お久しぶりです、師範代」
軽く頭を叩いたらしい師範代が元気よく挨拶をしてきたが、俺かしたら一撃必殺の威力を誇る危険極まりない一撃だ。
割れるんじゃないかと思う程の激痛が走った頭をさすりつつ、俺はジト目で師範代に挨拶を返した。
どうも師範代も師匠と共に海水浴に来たらしい。
その証拠とでもいうのか、師範代は師匠に身体を自慢するかのように見せつけてきた。
「どうだ景明、似合っているであろう!」
「うむ、まぁ似合っているぞ」
「そうだろう! うむ」
師範代の身体を包むのは紺色のスクール水着。
それは確かに師範代には似合っているが、それで色よい返事が師匠の口から返ってくる事はない。これはいつもの話であり、それでも褒められた師範代は心底嬉しそうに微笑んだ。
その光景を見れば年の離れた兄妹か親子に見えなくもないが、そうは取らないのがあの4人達。
「むぅ、御堂! 私の水着はどうなのよ!」
村正さんが膨れ面をしつつもポーズを取って師匠に見せつける。
真っ白のビキニに褐色の肌が何とも官能的に映るのだろう、師匠には。
「湊斗さん、私はどうでしょうか……」
綾弥さんが顔を羞恥で赤く染めながら手をモジモジと動かしつつ上目使いで師匠に窺う。着ている水着は水色のワンピースで、清楚さを感じさせる。何ともいじらしく初々しい感じだ。
「景明様、わたくしの水着は如何ですか? そこのお子ちゃま達より派手だと思いますわ」
大鳥さんが師匠に見て貰おうと胸を強調するようなポーズを取る。
着ているのは黒い露出の激しいビキニで、持ち前のスタイルを大いに見せつけていた。ただ、見方によっては痴女にしか見えない。スタイルは良いのに真耶さんとはえらい違いだ。
その背後にはいつの間にか永倉さんがいて、いつも通り大鳥さんを弄り始めていた。
「なぁにがお子ちゃまだよ! おばはんは引っ込んでな。なぁ、お兄さん、あたいの水着はどうよ! ほれほれ」
茶々丸さんはイメージもそのままに虎柄のビキニで、如何にも躍動感に溢れている。
ただ、どう見てもコスプレにしか見えないのは俺の気のせいだろうか?
と、4人が自慢の水着姿を師匠に見せつけると師匠は何とも言えず、悟りを開いたかのような清々しい顔で皆の水着を褒め始めた。
だが、弟子の目から言わせて貰えばどう見ても助平心が丸見えであった。
師匠に褒めて貰えた4人は顔を赤らめ喜んだ後、今度は誰が一番似合っているのかで揉める始末。
その光景に頭を悩める師匠。だが、そもそも誰が一番なのかを決めれば良い話なのに、それをしない師匠が悪いとしか言えないので何も言わないことにする。
するとそんな騒ぎを聞きつけてか、千冬姉とマドカも此方にやってきた。
「さっきから自棄に騒がしいと思っていたが、何事だ」
「兄さん、何かあったのか?」
心配そうにする二人は此方を見てどうしたのかと頭を捻り始めた。
特にマドカは初めて見る師匠達に少し驚いているようだ。
そんな二人に師匠は気付いたらしく、騒ぐ4人を尻目に千冬姉達の所に来た。
「これはお久しぶりです、織斑教諭」
「あぁ、湊斗さんでしたか。お久しぶりです」
師匠に挨拶され、千冬姉も丁寧に挨拶を返す。
そこにあるのは大人としての社交辞令である。勿論、俺も良く行う。
そして師匠は千冬姉の後ろに隠れているマドカを見ながら千冬姉に聞く。
「織斑教諭の後ろにいる子は?」
「この子は私と一夏の妹でマドカといいます。マドカ、挨拶しろ」
千冬姉に促され、マドカは少し覚えつつも師匠に挨拶を始めた。
「お、織斑 マドカです……その……おじさんは……」
おじさんと言われた師匠は表情には出さないが、案外傷付いているかもしれない。
師匠は特に表情を変えずに、子供相手だというのに礼儀正しく話しかけた。
「これは失礼を。自分は湊斗 景明と申します。貴方の兄上に剣の師事をしていました。以後、お見知りおきを」
「う、うん……」
マドカは怖がりつつも師匠に返事を返すが、その様子は明らかに怯えている。
正直に言えば師匠に雰囲気はあまりにも暗すぎて変質者にしか見えないので子供が怯えても仕方ない。
だが、それと礼節は別問題だ。
俺はマドカの代わりに師匠に頭を下げる。
「妹が失礼をして申し訳ありません」
「いや、別に失礼などしていない。しっかりとした妹ではないか。恥じる事などない」
寛大な御心の御蔭で許して貰いホッと胸を撫で降ろす。
身内のせいでご迷惑をかけるわけにはいかないから。
「ごめんなさい、兄さん」
「別にいいよ。今度から気を付けような」
しゅんとするマドカに励ましの声をかける。そして更に励まそうと、真耶さんがマドカを抱きしめる。
「よく挨拶出来ましたね、マドカちゃん」
「うみゅ、苦しい、真耶義姉さん」
マドカは大きな胸に顔を包まれ苦しそうにしていたが、嬉しいようで笑顔を浮かべる。
内心少しだけマドカに妬きつつも、その光景が本当の家族のようで見ていて嬉しくもなっていた。
だが………。
「ふむ……発展途上だが素晴らしいスタイルの少女と爆乳ほんわか系美女の絡みとは………良い、実に良いではないか」
師匠が『悪鬼の笑み』を浮かべて二人を見ていた。
それはもう、人に見せられた物ではないほどに凄まじい笑みで、もし他の人が見たら即座に通報するレベルで。
それを見た俺は………。
「師匠、失礼します」
「一夏よ、一体俺が何かしたのだろうか? 目が凄く痛く開けられないのだが」
いやらしい目で二人を見ている師匠に思いっきり目つぶしをしかけていた。
いくら師匠とて、真耶さんをそんな目でみるのは許せない。
だからこそ、俺は謝りつつも更に報復する。
それは未だに言い争いながら近くの岩を砕いたりしている4人にこの事を知らせることだ。
「村正さん、師匠が真耶さんをいやらしい目で見ていましたよ」
「何ですってっ! ちょっと御堂、どういうことよ!」
そして村正さんから始まり残りの3人も師匠に向かって飛んで行き、師匠を責め立てる。その事に師匠は為すがままに振り回されていたが、助ける気はないので無視した。
その後、こってりと絞られた師匠と共に、午後は村正さん達と遊ぶことになってしまった。
本当にどうなるのかが心配で仕方ない。