妹の思いつきから始まった流しそうめん。
そのそうめん台を作るべく、俺は京都の芹澤さんにお願いして材料を調達して貰い、早速制作に差し掛かった。
芹澤さんのご厚意で手伝ってもらえることになり、予想よりも早く終わりそうだ。
「では、始めましょうか」
「そうですね」
竹を持って笑顔を俺に向ける芹澤さんに俺も笑顔で頷き返す。
二人でまず行う事は、竹を丁度良い長さに切り分けることである。
そのために本来ならば工具箱からノコギリと鉈を取り出さなければならないのだが、俺はまだそれに手を付けない。
俺はきっと怒るだろうなぁ、と思いながら苦笑を浮かべつつ相棒を呼ぶ。
「正宗、斬馬刀を頼む」
その呼びかけに応じ、庭木の上から正宗が庭へと降りてきた。
そして俺の方まで来ると、斬馬刀を射出して俺に渡す。
『御堂、話は聞いていたが、我は情けない気持ちで一杯だ。何故竹を切る程度の事に我の刀を使おうというか。武者として如何なものだ。あぁ、我が仕手は武者として意識に欠けているのではないか』
どうやら怒るを通り越して呆れ返っているらしい。
まぁ、確かに言いたいことも分からなくはないんだが、ノコギリで切るよりも早く済むのだから其方の方が良いだろう。効率優先と言う訳では無いが、芹澤さんにあまりご迷惑はかけたくないんだ。
するとマドカが正宗に近づいてきた。
その目は少し泣きそうになっていて濡れており、両手を胸の前で祈るかのように合わせている。
「正宗、兄さんの手伝いをお願い!」
『うぐっ! ま、まぁ、仕手と共にあるのが真打劔冑というものだからのう。うむ、致し方ない』
マドカのお願いに正宗はそう答えると、俺の方に向く。
『仕方ない御堂だ、我も手伝おう。して何をすれば良い?』
きっとマドカのお願いに折れたんだろうなぁ。意外と正宗は子供に甘いから。
「だったら正宗は切った竹の節の除去を頼む。あれは結構時間がかかるからな」
『諒解』
正宗の協力も得られた事で、早速俺は竹に向き合った。
邪魔な枝葉を落とすと、竹を倒れないように地面に立てる。
そして斬馬刀を構えると、一拍の間を置いて抜刀した。
「ふんっ!」
鞘走りからの一閃で横に斬り、更に返す刀でもう一閃。
竹は倒れることなく立ったままだが、少し押せば崩れるように倒れた。
「おぉ、凄い凄い!」
「うわぁ、凄いですね。竹が切れてる所が見えませんでした」
その様子にマドカと真耶さんが感心した声を上げる。
そう褒められると照れてしまう。
芹澤さんが斬った竹の切り口を見て俺に笑顔を向けた。
「お見事です。こんな綺麗な切り口は初めて見ましたよ」
「いえいえ、まだまだですよ。目標は木刀でコレを出すことですから。真剣を使ってこれではまだ未熟です」
俺の反応に苦笑する芹澤さんだが、俺としてはまだ満足出来ない。
師匠なら木刀でこれぐらいするだろうから、まだまだ鍛えなくてはな。
そう思いながらも、今はそうめん台を作らなくてはと考えを切り替える。
残りの竹も全て同じように切り分けると、再び地面に突き立てる。
そして今度は正眼に構える。
「しゃぁっ!」
気迫を込めて今度は上から下へと真っ直ぐに振り抜いた。
俺が振り終えたのを確認してマドカが竹をちょんと押すと、竹は見事にパカっと真っ二つに割れた。
「おぉ!」
マドカが興奮気味に驚く。
そこまで驚くようなことでもないが、無邪気に驚くマドカは楽しそうだった。
そのまま工程を進め、竹を全て切り分けた。
今度は金槌を使い、中の節を取り除く作業となる。
コレが上手くいかないと水が流れていかないのだ。故に一番丁寧にやらなければならない部分でもある。
俺と芹澤さんは金槌を、正宗は手足を使って節を打ち破り取り払う。
「あ、私も手伝う!」
「コレだったら私も手伝えます」
マドカと真耶さんは俺達の作業を見て、自分達も手伝おうと来てくれた。
流石に竹を切るのは無理だと判断したようだが、コレならと言い出してくれたのが嬉しい。
なので俺は二人に笑顔で金鎚を渡す。
「二人とも、重いから注意して扱うように」
「「はぁ~い」」
仲良く一緒に返事を返す二人が微笑ましくて、俺と芹澤さんは笑ってしまった。
そして四人で節を取り除き始める。
とんとんという小気味良い音が辺りに鳴り響き、マドカが楽しそうな声を上げる。
「おぉ、これ、なんか面白いぞ!」
「そうですね~」
叩く度に取れる節を見て笑うマドカ。
そんなマドカを見て微笑みつつ、一緒に節を取っていく真耶さんは母親のようで、見ていて心が温かくなるのを感じた。
何だか、こういうのって……いいなぁ。
そう思いながら作業をしていたら…………。
「痛っ!?」
「真耶さん、大丈夫ですか!?」
真耶さんから短い声が上がり急いで其方を向くと、真耶さんが手を押さえていた。
急いで駆け寄り真耶さんの手を取って見ると、指に赤い雫が浮かび上がっていた。
「痛たたたたた………。どうやら竹の節に引っかけちゃったみたいです」
真耶さんはやってしまいました、と苦笑していたが、少し痛そうだ。
だからそれを少しでも紛らわせてあげたくて、俺は咄嗟にある行動を取った。
「真耶さん、すみません」
「え? ………旦那様っ!?」
赤い雫を浮かべる白磁のような美しい指をそっと口に入れ、血を舐め取る。
その少し背徳的な行為にぞくっと来たが、同時に妙な興奮を感じてしまう。
そのまま優しく傷口を舐めると、鉄の味がした。
「ん、んくっ、旦那様、くすぐったいですよ…んぁ……」
真耶さんは恥ずかしがっていることもあって顔を真っ赤にしているが、どこか艶がかった声を上げていた。それがよりドキドキと胸を高鳴らせる。
ある程度傷口を舐めて口を離すと、銀の橋が指に渡っていた。
「そ、そのすみませんでした。痛そうだったので………」
「い、いえ、そんな……少し気持ち良かったですし………」
顔を向き合わせて互いに赤面する。何だか気恥ずかしくてしかたない。
少し大げさな気がしなくもないが、それでも………。
「大事がなくて良かったです」
「旦那様………」
心の底からホッとして笑顔を向けると、真耶さんは顔を赤くして嬉しそうに微笑んだ。
可愛いなぁ、本当に。
そんな風に思いながらお互いに見つめ合う。そしてどちらも同時に笑い始めた。
「俺と一緒にやりましょうか。もっと上手に取れる方法を教えますよ」
「はい、よろしくお願いします、旦那様!」
俺ぼ身体に寄りかかるように胸の中にすっぽりと収まる真耶さん。
懐に入ってきた真耶さんを抱きしめつつ、金槌を持っている手に手を合わせて一緒に振るい節を取る。
「こうやるんですよ」
「はい……」
懐で甘い声で返事を返す真耶さんが可愛くて、俺は笑顔になってしまうのであった。
「おぉ、兄さんと真耶義姉さん、仲良しだな!」
「ええ、そうですね。微笑ましいですね、お二人は」
そんな姿をマドカと芹澤さんに見られていることを忘れて、俺達は節を取っていった。
全ての節を取り終えた所で、たまたま外に出ていた会長、更識さんと布仏さんの三人と会い、
「何やってるの? へぇ~、流しそうめんねぇ。面白そうじゃい! 私達も手伝うからご相伴にあずからせてくれないかしら」
との申し出を受けた。
それに皆心良く応じ、一緒にそうめん台を組み上げることになった。
こうして、流しそうめんに会長達も参加することになったのだ。