始まりは唐突に、とは良く言ったものだ。
その日、IS学園の寮の外では奇妙な光景が広がっていた。
瑞々しさを感じさせる青竹。それが幾重にも繋がり、まるで小さなウォータースライダーのように水を中で流している。
その最上部では茹で上げて冷水でキュッと締めたそうめんの入ったザルを持つ俺がいた。
「まだかな! まだかな!」
そしてスライダーの途中で目を輝かせ、今か今かとワクワクしながらそうめんを待ち受けるマドカ。
「まったく……寮の庭を使いおって……」
文句を言いつつもマドカと一緒に待つ千冬姉。
「まさかIS学園でこんなことが出来るなんて思わなかったわ~」
扇子を広げ、風流ね~と面白そうに笑う会長。
「私なんかが参加して良いのかな? せっかくの家族の団らんなのにお邪魔してしまって……」
申し訳なさそうにしつつもどこか楽しみにしている更識さん。
「そうめん~、そうめん~、ちゅるちゅる~」
マドカと一緒に盛り上がっている布仏さん。
「皆さん、楽しみにしていますね。うふふふふ」
そして……俺のすぐ側で楽しそうに笑う最愛の人、真耶さん。
そう、何故か今日はこのメンバーと一緒に流しそうめんをすることになったのだ。
遡ること数時間前。
俺の部屋にマドカが遊びに来て、一緒にテレビを見ていた。
「むふ~、やっぱり真耶義姉さんの胸は柔らかくて気持ち良いなぁ」
「あんっ! もう、マドカちゃんたら。うふふふふふ」
真耶さんのすべすべとしてきめ細かく滑らかで柔らかい膝の上にマドカがちょこんと座り、その大きな胸に頭を預けていた。
甘えられていることが嬉しくて、真耶さんも嬉しそうにマドカを微笑み頭を撫でている。
傍から見れば微笑ましい姉妹のようにしか見えない。
だが、その微笑ましい光景を俺は見ることが出来ない。
何故なら………。
むにゅむにゅ、むにゅむにゅ。
そんな柔らかな感触が太股に押しつけられた状態で座っているからだ。
その気持ち良さときたら凄まじく、ずっと触れていたくなるだろう。
「あの、旦那様……大丈夫ですか? 重くないですか?」
「いえ、羽毛みたいに軽いですよ」
少し心配した様子で俺を見る真耶さんに笑顔でそう答える。
現在、俺の膝の上には真耶さんが座っているのだ。
そのため、そのむっちりとしつつもキュッと締まったお尻が俺の太股を圧迫する。
更にその上にマドカが乗っているというのだからその圧迫感も一塩であり、男を刺激してやまないその刺激に俺は気が気では無かったりする。
マドカが上で動く度に連動して真耶さんが動き、その揺れが足の付け根を揺さぶるのだ。
考えて貰いたい。それが如何に男に辛いのかということを。
そんな俺にお構いなしにマドカは真耶さんの上で甘えつつ、ハシャギながらテレビを見ていた。
「あ、何だアレ!? 真耶義姉さん、アレは何なんだ?」
何かが映ったらしく、好奇心旺盛に反応するマドカ。
その様子に微笑みながら真耶さんと一緒に見てみると、そこには美味しそうに流しそうめんをしている映像が流れていた。
「マドカちゃん、あれは流しそうめんって言うんですよ」
「流しそうめん! そうめんってあんな風にも食べるのか!」
「ええ、そうなんですよ」
はしゃぐマドカに優しく教える真耶さん。
そう言えばマドカは流しそうめんを見るのは初めてだったか。お昼で偶に作って食べさせるのは普通に氷水に晒しているそうめんだけだから。
するとマドカは俺と真耶さんに目を輝かせて見つめてきた。
「兄さん、真耶義姉さん、アレやりたい! 流しそうめん、やりたい!!」
その瞳は純真無垢であり、まさに子供の瞳だ。
その魅力にやられたらしく、真耶さんからきゅん、と胸が高鳴った音が聞こえた気がする。
「だ、旦那様……」
そして俺に向かってお願いの視線を向ける真耶さん。その潤んだ瞳に今度は俺の胸がときめいた。
だから俺はそのお願いに笑顔で答える。
「はい、いいですよ。やりましょうか、流しそうめん」
「はい!」
「やった~!」
マドカは思いっきり喜び、それを微笑ましく笑う。
二人の願いを叶えるべく、俺は早速流しそうめんをするための材料を集めることにした。
「何、流しそうめんだと?」
最初に許可を取るべく行ったのは千冬姉の所である。
夏休みだが、教職員の休みはまだまだ後である。そのため、千冬姉も仕事のために寮に残っているのだ。
「マドカがテレビで流しそうめんをしているところを見てやりたがって。出来れば寮の庭を使いたいんだけど、大丈夫か?」
そう聞くと、千冬姉は少し難しそうな顔をした。
「む、別にそこまで生徒は残っていないし使用するには問題はないが………ちゃんと後片付けをするのなら許可しよう」
「ありがとう、助かるよ」
「ふん」
千冬姉は鼻を鳴らしてそっぽを向いたが、心なしか楽しみにしているようだ。
これで心置きなく出来そうだ。
だが別の問題もある………竹をどう調達するか。
IS学園の周辺に竹林はなく、この現代に置いて東京付近では生えている所はそうはない。
ではどうするか?
知り合いの伝手を頼ろうと思う。
俺はそう思い、携帯でとある人に連絡を取った。
「もしもし、お久しぶりです。今は大丈夫でしょうか?」
『ああ、お久しぶりです。お元気そうで何よりですよ。今日は休みなんで電話は大丈夫です』
それを聞いて少し安心した。
ただでさえし辛いお願いだというのに、仕事中では失礼過ぎてお願い出来ないからだ。
心苦しく思いながらも、マドカのため、またマドカのためにお願いしてくれた真耶さんのために決意を決めて俺は話し始めた。
「すみません、急に電話をかけてしまって……芹澤さん」
そう、俺が電話をかけたのは京都で親しくなった同じ武者にして料理人仲間の芹澤 鴨助さんである。
京都で美味しいタケノコが採れる竹林を紹介してくれたこともあって、竹には詳しいだろう。それにこの季節なら丁度竹は一杯生えているはずだ。
「それでお願いがあるんですけど……」
『あ、はい。私に出来ることでしたら、何でもいいですよ』
「ありがとうございます。それで何ですけど、実は妹が流しそうめんがしたいと言い始めまして……」
気まずい感じに芹澤さんに今回の件を伝えると、芹澤さんは笑う。
『そうですか。それで私に連絡を入れたんですね』
「ええ、申し訳無いです」
『いいですよ。良いのをいくつか見繕って持って行きますので。そうですね、今から其方まで装甲して全速力で行けば、二時間くらいで着くとは思いますから』
「ありがとうございます。本当に無理を聞いて貰って」
『いいんですよ。それに最近の若い子にそういった伝統ある物を見せるのは大切なことですから』
快く応じて芹澤さんは通話を切った。
本当に申し訳無い気持ちで一杯だが、これで何とか竹は確保出来た。
後でお礼の品を贈らないとなぁ。カッパ橋の包丁とか。
電話してから約二時間が経ち、ドキドキと期待で胸を膨らませているマドカとそんなマドカを見て微笑む真耶さんを連れて寮の庭で待っていると、上空から合当理の轟音が聞こえてきた。
それに一瞬驚いたマドカと真耶さんだったが、降りてきた武者を見て誰が来たのか分かったようだ。
特にマドカは凄く怯えて俺の後ろに隠れた。
「に、兄さん、何であんな怖いのが来てるんだ!」
「どうかしたのか? 別に怖くなんてないと思うが」
「嘘だ! オータムをあんなにボロボロにした奴だぞ! 怖いに決まってるじゃないか!」
どうやらオータムさんがやられていたときのことを思い出しているようだ。
確かにあの時の芹澤さんは怖かったからなぁ。
でも、それは装甲してる時であって平常時は優しい人なんだよ、とマドカに言ってあげると、涙目で本当? と聞いてきた。
それに再び胸を貫かれる真耶さんは、あやすようにマドカを抱きしめていた。
芹澤さんは装甲したまま俺達の方に竹を数本も纏めて持って歩いて来た。
「久しぶり、織斑さん。元気そうで何よりだ!」
いつもと違う覇気のある声に笑いつつも此方も返す。
「ええ、久しぶりです。すみませんね、こんな無茶を言って」
「ああ、別にいいよ。織斑さんの頼みとあっちゃあ聞かねぇわけにはいかねぇからよ」
そう答えながら竹を降ろすと、装甲を解除した。
「それじゃあ、早速作りましょうか……そうめん台」
「良いんですか?」
「ええ、せっかくですから手伝います。私、こういうの作るの好きですしね」
「ありがとうございます。御蔭で早く済みそうです」
協力を申し出てくれた芹澤さんに感謝しつつ、俺達は流しそうめんの台を作り始めた。