ひょんなことからカラオケに行くことになった俺と真耶さん。
二人で出掛ける準備をした後に寮を出て、一緒にモノレールの駅に向かって歩く。
「えへへへへへ、旦那様と初めてのカラオケ♪」
楽しそうに笑いながら俺の腕に自分の腕を絡める真耶さん。
夏の熱い日差しによって汗ばんできたけど、その御蔭か肌に吸い付くかのように腕に柔肌が触れる。その感触がより生々しさを感じさせ、俺の心臓の鼓動を加速させてより身体中を熱くさせた。
「楽しそうですね、真耶さん」
「はい! 久々のカラオケと言うこともありますけど、旦那様と一緒ですから」
満面の笑顔で答える真耶さんが可愛くて仕方ないのだが、同時に気まずくて仕方ない。
何せ『歌う』のだからなぁ~……。
その事を気に病んでいると、それを察したらしく心配そうに真耶さんが俺を見つめてきた。
「大丈夫ですか、旦那様?」
その無邪気で無垢な可愛らしい顔を俺は悲しみで曇らせたくない。
だから誤魔化す様に笑った。
「いえ、実はカラオケなんて殆ど行ったことがないので緊張してしまって」
「あ、そうなんですか! 大丈夫です、私に任せて下さい!」
最近は甘えてばかりだったためか、久々に頼りになる所を見せられると胸を張って自信を持って真耶さんが答えるのだが、その時に張った胸が更に俺の身体に密着して俺は赤面してしまう。
俺が顔を赤くしているところを見て真耶さんも顔を赤くしたが、寧ろ更にくっついてきた。
「何だか今日の旦那様、いつも以上に可愛いです♡」
「そ、そうですか?」
「はい!」
何というか弱みを握られたような、そんな感じがする。
だけど全く嫌じゃなく、寧ろ嬉し恥ずかしい。
それも真耶さんだからこそであり、もっと真耶さんが好きだと実感した。
そのまま二人で身を寄せ合うようにくっつきながらモノレールの駅まで歩くと、周りの人達からの視線が集まった。
殆どがIS学園の生徒であり、皆街に遊びに行っているらしい。
もしかしたら知り合いに会うかもしれないなぁ。
しかし、改めて見ると周りの人達の服の露出度が高いと思う。これも夏特有と言うべきだろう。正直、風邪を引いたりしないか少し心配になったりする。
そんなことを思っていると、真耶さんが俺の腕を少し力強く抱きしめた。まるで手放さないように。
「どうしたんですか、真耶さん?」
「むぅ~、旦那様! 私だけを見て下さい!」
顔を赤くして少し怒った様子が可愛い。
そう思うのは不謹慎なのだろうけど、こうして可愛らしい顔が見れると嬉しくなってしまう。だから俺は返答代わりに抱きしめる。
「ふぁ…」
「俺は真耶さんしか見てませんよ」
「本当ですか?」
「本当です」
少し不安そうに聞く真耶さんに俺は笑顔で答える。
すると真耶さんは少しだけイタズラっ子っぽい笑顔をした。
「だったら、証明して下さい」
「証明?」
「はい………キス、して下さい」
「部屋を出るときにあんなに一杯したのにですか?」
「はい。いくらしてもらっても、もっとして欲しいです」
顔を恥じらいで赤くしつつ、上目使いで見つめてきた。
その瞳には少しばかり悪戯な心が見え隠れしている。そんな小悪魔的な所も可愛くて、俺はもっと笑顔になってしまう。
そのままスッと顔を動かして、とても瑞々しくて甘そうな唇にキスをする。
「んっ………」
艶っぽい吐息と共に唇を離すと、恍惚とした表情を真耶さんは浮かべていた。
その艶やかな顔にドキドキしつつ、笑顔で聞く。
「証明、どうですか?」
「は、はぃ、信じますぅ……」
顔をとろけさせたまま真耶さんは力なく頷くと、嬉しそうに俺にもたれ掛かった。
「確かに旦那様は私だけ見てくれていますね」
「勿論です。ちなみに聞きますけど、真耶さんはどうなんですか?」
そう聞くと、真耶さんは先程までの様子からは考えられない素早さで動き、俺の唇にキスをした。あまりの早業に俺はすぐには気づけず、気がついた時には唇に甘い柔らかな感触を感じた後だった。
そして俺が気が付いたことに気づいた真耶さんは顔を赤く染めつつ恥じらいながら笑う。
「私は旦那様しか目に入りません。旦那様以外に目なんて行くわけが無いんですから。一番だぁいすきな旦那様しか私は見ていませんよ」
「真耶さん……」
その愛の籠もった言葉に胸が温かくなる。
傍から見ればバカップルなのかもしれないが、もうそれでもいい。だって、こんなにも大好きで愛しているのだから。
互いに幸せ一杯で抱きしめ合う。
そのままもっと気持ちを伝えたい衝動に駆られるが、それだとこのままこの暑い中真耶さんを立ちっぱなしにさせてしまうので、そのままカラオケに行くことにした。
周りの人達が顔を真っ赤にしていたことを、恥ずかしく思いながらも幸せな俺達はモノレールに乗り込んだ。
街に着いてすぐに近くのカラオケ店に入った。
初めて来る場所なだけに何とも言えない緊張が走り、身体が固まってしまう。
そんな俺を見て真耶さんは面白そうに俺の腕を抱きしめる。
普段と違う様子の俺が真耶さん曰く、『可愛い』らしい。男なのに可愛いと言われるのはちょっと……。
そう思っても大好きな人からそう言われると、やはり嬉しいものである。
その事に内心苦笑しながらも真耶さんと一緒に受け付けに向かった。
「いらっしゃいませ!」
元気の良い挨拶をする店員に真耶さんはニッコリと笑顔で返す。
その笑みに店員は同性だというのに頬を赤らめていた。真耶さんの可愛らしさは同性でも魅了するらしい。これでもし男だったら、俺はそいつに向かって嫉妬を含んだ殺気を放っていたかも知れない。
それぐらい可愛い笑顔だった。
「あ、お客様、何名様ですか」
「はい、二名でお願いします」
気を取り直し店員が慌てて仕事を始めると、真耶さんは手慣れた様子で受付を進めていく。その姿に少しだけ感動したのは内緒だ。いつもよりお姉さんということが感じられて、更に魅力的な部分を見つけた気がする。これで俺はより真耶さんを好きになった。
勿論、上限などないのだが。
「尚、当店ではいかがわしい行為は禁止となっております。もし、そのような行為が判明した場合には即刻当店から出て行っていただきますので、よろしくお願いします。勿論、場合によっては警察への連絡もありえますからね」
規約と警告をする店員。
そんな店員に真耶さんは少し不安に思ったのか、店員にしか聞こえないように顔を近づけて小声で何かを聞き始めた。
「あ、あの…」
「はい、なんでしょうか?」
「き、キスとかは……いいんでしょうか?」
「き、キス、ですか?」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうにする真耶さん。
その様子を見て後に俺の方を見て、顔を赤くしながら慌てて真耶さんに答えた。
「そ、その、それぐらいでしたら……」
「あ、ありがとうございます」
恥じらいながらも喜ぶ真耶さん。
その笑顔の魅力にやられたらしく、顔を真っ赤にして頷く店員。
聞こえていた身としては恥ずかしい限りであるが、その分寂しい思いをさせてしまっていたんだと思えば、これぐらいいくらでもしてあげよう。
それに……そんなことを恥じらいながらも聞いてしまう真耶さんが可愛かったので、それを見れた俺は頬が緩んでしまうのであった。
受付を終えて使用する部屋の案内を受けた俺と真耶さんは指定された部屋にさっそく入った。
薄暗く少し狭い室内。置かれているモニターには常に何かの歌と映像が流れ、大きなソファとテーブルが置かれている。そのテーブルの上には、何らかに使う機械とマイク、そして何故かマラカスが置かれていた。
「これがカラオケボックス……」
「あれ? 旦那様は行ったことがないんですか?」
感慨に耽っていると、不思議そうに真耶さんが聞いてきた。
「昔はあまり千冬姉に負担をかけたく無かったので誘われても断っていたんですよ。それに武者になってからは毎日鍛錬でそれどころじゃなかったですし。まぁ、たまに茶々丸さんに引き摺られて無理矢理歌わされたことはありましたけど」
「そうなんですか……うふふふふふ」
あまり思い出したくないことを思い出して若干へこんでいると、何やら真耶さんが嬉しそうに笑い始めた。
「どうしたんですか?」
「はい。だって……これでまた、旦那様の『初めて』をもらいましたから」
「っ!?」
聞き様によってはかなりイケナイ事のように聞こえるが、それ以上に幸せに満ちた嬉しそうな笑みを浮かべる真耶さんに心奪われた。
その可愛らしさに危うく抱きしめて押し倒したくなったくらいである。
も、勿論、キスまで……ですよ。
「さぁ、歌いましょうか。何を歌いましょうか~」
真耶さんは嬉しそうに置いてあった機械……どうやらこれで曲をモニターに入力するらしい。それを楽しそうに操作していたが、あることを思い出して俺の方を振り向いた。
「旦那様、何か飲み物を頼みますか?」
「えっと……注文出来るんですか?」
俺は来たことがないのでどういうものか知らないが、どうやら曲を入れる機械で飲み物や食べ物も注文出来るらしい。凄いな、カラオケというのは。
「はい! メニュー表はこれですよ」
ウキウキとした様子で俺に詰め寄り、隣に腰を下ろしてメニューを俺に見せる真耶さん。
その際に見えた深い胸の谷間がいつも以上に薄暗い部屋もあってかより妖しく見えてしまう。さらに香る真耶さんの香りが俺の男を刺激して止まない。
ドキドキして仕方ないが、せっかく好意で勧めてくれたのだからちゃんと答えなくてはと気をしっかりと持ち直す。
「そ、そうですね。でしたら、お茶を」
「はい、ならウーロン茶を頼みますね」
真耶さんが微笑みながら機械に自分の分の飲み物も注文する。
ただそれだけの事なのに、いつもと違う環境の所為か所作の一つ一つが妙に妖しく見えてしまう。
それでドキドキが止まらない俺は内心焦りながらも何とか平常心を保とうと頑張る。
それだけ改めて自分の恋人が綺麗で美しいことを実感する。
そして待つこと数分、店員さんが飲み物を持ってきてくれた。
それを受け取る際、定員が何やら小声で話しかける。
「あの………というのがあるんですけど、どうですか?」
「え、……があるんですか? でも、私にそんなの、似合わないと思いますけど」
「そんなことないですよ。是非」
「だ、だったら……」
俺をちらっと見て恥ずかしそうに顔を赤くする真耶さん。
何を話しているのか、いつもなら聞き取れるのに慣れない場所とあってあまり聞き取れない。
話し終えると、真耶さんは俺に一言断りを入れて店員と一緒に部屋を出て行った。
すぐに戻ると言うことなのでそこまで心配する事は無く、俺は精神を落ち着けようと持ってきて貰ったウーロン茶に口を付ける。
冷たいウーロン茶が喉を通っていく感覚が俺の頭を少しだけだが冷やしてくれる。
それで少しは正常に戻ってきたかなと飲みながら思っていたら、扉がいきなり開いた。
そして入って来た人物を見て、俺はそれまで口に含んでいたウーロン茶を盛大に噴き出してしまった。
「お待たせしました、旦那様!」
「っ!? ぶぅぅぅうぅうううううううううううううぅぅうぅううぅうううううう!!」
目に入ってきたのはきらびやかな意匠を凝らした独特の衣装。
下着が見えるんじゃないかというくらい短いプリーツスカート。上は大きな胸を強調するかのような、かなりけしからん感じになっている白と黒の服。
これは以前テレビで見たことがある。
そう………。
アイドルの衣装だった。
俺が噴いたのは、アイドルの衣装を着た真耶さんが入って来たからである。
真耶さんはそのままくるりと廻ると、俺に向かって弾けんばかりの笑顔をした。
「今日は私の、旦那様のためだけのステージにようこそ。旦那様をだぁいすきな気持ちを一杯に頑張って歌います!」
その可憐な姿に、俺は自分が音痴である事実を忘れそうになった。