咄嗟のことにどうして良いのか分からなくなってしまった。
何故なら……本来いるはずのない人が目の前にいるから。
そう……今にも泣き出しそうな、真耶さんが………。
「な、何で…真耶さんがここに……。それに何で九○式竜騎兵甲を……」
「その……旦那様、お弁当を忘れたから、届けに行こうと思って……」
たどたどしくそう答える真耶さん。
見ようによっては嗜虐心をそそられる表情だが俺にそんな趣味などなく、急いで装甲を解除するとそのまま真耶さんを抱きしめた。
「だ、旦那様!?」
「すみません、真耶さん。怖い思いをさせてしまって…」
いきなりの事に目に涙を溜めつつも驚く真耶さん。
俺は只ひたすらに抱きしめて謝ることしか出来ない。
何故人が見てる中、そんな大胆な真似をしたのかと言われれば人の視線よりも真耶さんの方が大事だからだ。くらべるまでもない。
真耶さんの泣いている顔は見たくない。常に幸せそうに笑っていて貰いたいのだ。
それを常に考えているからこそ、俺は幸せを感じている。
その自分が悲しませまいと考えているのに悲しませてしまった。それも気付かなかったとは言え、世界で一番大切な人に刃を向けてしまった。
それは正義を成す者として、愛する人がいる者として絶対に許されない行為。
故に、後悔と苦悩する。何故気付かなかったのかと。
そんな俺の様子を察してか、真耶さんは俺を優しく抱きしめ返してくれた。
「旦那様、そんなに思い詰めないで下さい。悪いのは勝手にこんなことをした私なんですから」
「で、ですが、それでも、俺は……」
真耶さんは背中に回した手でゆっくりと背を撫でる。その優しい感触に心が解れていくのを感じる。
「旦那様が後悔してるのは凄くわかりますから。だからこそ、笑って下さい。旦那様が笑っていないと、私も悲しくなっちゃいます。だから……ね」
「…………はい」
そのまま抱き合いって互いに落ち着くまでそうしていた。
そして落ち着いた所でやっと離れると、改めて真耶さんに話を聞くことにする。
「それで……何でこんなことを?」
「はい。旦那様がお弁当を忘れた事に気付いて届けにきたんですけど、基地にどうやって届けたらいいか分からなくて。門番の人に渡しても不審物で捨てられてしまうかもしれませんし……。それで悩んでいた所を、佐藤さん達に手伝って貰って、それで基地に」
その話を聞いて佐藤二尉達の方に顔を向ける。
きっとその際、俺の顔はかなり真面目な顔をしていたかも知れない。
「さて……説明してもらいましょうか」
「ひぃっ!」
問いかけを聞いて装甲を解除すると共に顔を引きつらせる金田二等陸士。
佐藤二尉達も気まずそうにしていた。
その三人に対して、全く気にした様子もなく一歩前に出た斉藤二尉。
「はっ! 自分が説明させていただきます」
「わかりました。お願いします」
「では。自分達は今日の夜、十八時三十分(ヒトハチサンマル)に行われる新隊員の歓迎会における買い出し要員として外に出向いておりました。そして基地に帰投する手前に織斑教官の婚約者を発見し、困っていたようなのでお話を伺ったところ、織斑教官に届け物をしに来たとの事。それならば実際に本人の手からお渡しした方が良いと判断し連れて参りました」
その説明を聞いて大まかな話は理解出来た。
それなら真耶さんが基地に入れたのも分かる。だが、それでもまったく説明されていない事もある。
「わかりました。しかし、それでは……何故、真耶さんが九○式竜騎兵甲を装甲していたのか……その説明をお願いします」
その問いに斉藤二尉は表情を全く変えずに答える。
「はっ。それに付きましては金田二等陸士から説明を申し上げます」
「あ、そんなっ! 裏切るんですか、斉藤二尉!」
斉藤二尉の反応に凄く焦った様子で返す金田二等陸士。
どうやらこの主犯は金田二等陸士のようだ。
「別に俺は織斑教官の婚約者が困っているから中にお通ししただけだ。その後の事は知らん」
「あ、ひでぇ!」
さて、金田二等陸士には詳しく話を聞かないといけないかな。
俺は金田二等陸士にニッコリと笑いかける。
「では、詳しく説明してもらいましょうか……金田二等陸士」
「は、はい………」
そして始まる尋問、もとい何故こうなったかの経緯を聞き出すと、要は金田二等陸士、佐藤二尉、鹿目一尉の悪のりが原因らしい。
俺が教導をしている姿を間近で見ないかと真耶さんを誘い、真耶さんはそれを喜んで了承し、勝手に九○式竜騎兵甲を装甲して組み手に参加させたのだと。
それを聞いて俺は呆れ返ると共に、かなり怒っていた。
「以下三名、此方へ」
「「「は、はい!」」」
呼び出された三人はビクッと肩を震わせながら前に出る。
三人とも俺の顔を見て表情を引きつらせていた。
「何故……このようなことを?」
「いや、あの、その……面白そうかなって……」
「バカ、金田君! いえ、あの……恋愛にサプライズは必要ですからね」
佐藤二尉が年上の女性らしくそう言うが、それではいそうですかと言える訳が無い。
それに金田二等陸士が思いっきり話してしまっている。いまさら誤魔化しは効かないだろう。
俺は三人に『ニッコリ』と笑いかけながら答える。
それを見た三人から小さな悲鳴が聞こえたが気にしない。
「一般人に自衛隊の装備を勝手に装着させた上に訓練に無断で参加させることが許されると思いですか」
「「「ぐぅ!」」」
「本来なら拘束して除隊させられても可笑しくないことですよ。そこのところ、ちゃんと理解していますか?」
「「「そ、それは……」」」
顔を青ざめさせながら口籠もる三人。
実際にそうなっても可笑しくはない……本来の自衛隊なら。
その三人の様子を見てか笑いながら伊達さんが此方に来た。
「それぐらいにしておけよ、織斑。お偉いことで固めちゃいるが、実際はこう言いてぇんだろ……『恋人に刃を向けさせられたことが気にくわねぇ』ってなぁ」
それに沈黙してしまう。
反論出来ないこともないが、結局はそういうことなのである。
だからこそ……
「だから織斑君。こいつ等には、これから組み手をしてもらうことにしよう。君の半分の力でね。それで罰には充分だと俺は思うよ」
「ま、まぁ、それでいいのなら」
真田さんが落とし所を見つけて俺に進言してくれた。
それに俺も乗ることに。結局の所、そう言っておきながら俺自身どう対処して良いのか分からなかったから。
「そういうわけだ。三人にはこれから皆お待ちかねの『織斑教官との組み手、一人十本』だ。織斑教官も半分の力で相手してくれるってさ」
「あ、あの~……ちなみに前の組み手の時は……」
真田さんに告げられ、金田二等陸士が恐る恐る手を上げて聞く。
それに真田さんはニッコリと笑みを浮かべた。
「『四分の一だ』」
それを聞いた途端、三人の顔は真っ青になり、その後の組み手にて悲鳴が聞こえ続けた。
お昼になり、俺は会議室の一席を借りて真耶さんと座っている。
隊員の皆は食堂に向かっているので、今はこの部屋にいない。
ちなみにあの三名は現在治療室のベットで横になっている。こってり搾ったのでしばらくは動けないだろう。特に金田二等陸士は何度か吐いていたようだし、今日の歓迎会とやらに参加出来ないかもしれないが、自業自得である。
「旦那様、お弁当を食べましょう」
「はい、そうですね」
俺の前で嬉しそうに笑う真耶さんに俺も笑いかける。
現在、俺の膝の上に真耶さんが座っている。
あれから組み手を終わらせた後に俺自身が言い出したことで、
「怖がらせてしまいましたから、その詫びと言っては何ですけど、何でもお願いを聞きますよ」
と言うと、
「でしたら、旦那様。このお弁当、一緒に食べてくれませんか」
と、お願いしてきたのだ。
それぐらいはいつものことなのだが、真逆膝の上に座られるとは。
正直、柔らかいお尻の感触が色々ときつく、真耶さんの甘い香りがさらにドキドキを加速させていた。俺の身体に密着していることもあって大きな胸もくっついており、女性の柔らかさを存分に感じてしまう。
座っている真耶さんはというと、
「こうして旦那様に包まれてお弁当なんて……うふふふふ」
凄く幸せそうだ。
いや、俺も嬉しいのだけれど。
ちなみに座り方としては、お姫様抱っこの様に横から抱きかかえるような感じに座っている。そのため、真耶さんの笑顔もよく見えている。
そして二人でお弁当を食べるわけなのだが………
「そ、その……全部、口移しで食べさせ合いっこさせて下さい………」
自分でお願いして置きながら凄く恥ずかしいのだろう。
顔が凄く真っ赤になっていたが、上目使いでお願いされては断れる訳も無い。
正直、可愛過ぎてクラクラしてしまっていた。
そのまま玉子焼きを摘まむと、口に咥える真耶さん。
その際に瑞々しくも艶やかな唇に目を奪われてしまう。
「ひゃんひゃひゃま(旦那様)……ん~~~~~~」
そのまま唇を、そして咥えた玉子焼きを差し出す真耶さんの姿が妙に艶めかしく、俺は何だかイケナイことをしているような気になって生唾を飲み込んでしまう。
それに惹かれるように俺も顔を近づけ、そして玉子焼きを口に入れるとともに、キスをした。
「「んぅ…ちゅ……ふぅ…ん…んん……ちゃぷ…」」
細かくされた玉子焼きと舌が俺の口の中に入ってくる。
そのまま互いに舌を入れて口の中を味わいながら卵焼きを飲み込み唇を離した。
その時の真耶さんの顔は恍惚としてとろけていて、凄く妖艶で見とれてしまう。
「ふぁ……幸せな味がします………」
この可愛くて綺麗で妖艶な恋人に俺は更に気持ちが昂ぶって仕方ない。
好きで好きで、愛が止まらない。そのことが身に染みる。
改めて大好きで愛していることを認識させられてしまう。元から愛しているが上限がないのにそれ以上好きになってしまう。落ちることは決して無い。
そう思っていると、真耶さんが俺に上目使いでおねだりしてきた。
「旦那様……もっと……もっとお願い……します……キス……」
聞き様によっては卑猥にしか聞こえず、それが更に男を刺激する。
そして俺達は再びおかずを食べさせ合うのだった。
大好きな、一番愛している人と幸せを共に噛み締めながら。
ちなみに……この場面は伊達さん主導の下ちゃっかりと覗かれており、練馬基地ではしばらくの間、
『織斑教官は鬼神のような強さだが、恋人には激甘だ』
と噂されたとか。
それを知った真耶さんが恥ずかしさのあまり真っ赤になってしまったのは言うまでもなく、そんな姿も可愛くて俺は堪らないのであった。
勿論、伊達さんにはすっかりと罰を受けてもらったが………。