梅雨に入り紫陽花が色とりどりと美しい花を咲かせる季節。
その日も雨が降っていて、梅雨独特な湿気を帯びた空気が生徒会室室に満ちていた。
そんな室内でも変わらず俺達は仕事をするのだが、その息抜きに休んでいる際中、突然その話は来た。
「旦那様、はい、あーん」
「あ、あーん」
幸せそうな笑顔で切り分けたアップルパイを俺に差し出す真耶さん。
焼いて少し経っているが、それでも断面からは熱々の湯気が出ており、焼けたリンゴとシナモンの良い香りが鼻腔をくすぐる。
その切り分けられ目の前に差し出されたアップルパイを口の中に入れると、甘酸っぱいリンゴの味が舌を包み込んだ。
「ど、どうですか、旦那様。初めて焼いたから上手に出来てるでしょうか……」
真耶さんは俺の感想を心配しつつも待つ。
その姿がいじらしくて可愛い。そんな姿が見られたこともあって、俺は笑顔で答えた。
「とっても美味しいですよ。初めてだなんて思えないくらいです。中のリンゴが甘酸っぱくて、それでいてシナモンが良く利いていてすっきりしていて。いくらでも食べれそうです………それこそ、真耶さんが作ってくれたものなら、百個だっていけますよ」
「それは流石に食べ過ぎですよ。でも、そんなに褒めてくれて嬉しいです!」
満面の笑顔で真耶さんは俺に抱きついてきた。よっぽど嬉しかったのだろう。
女性特有の柔らかい感触と、アップルパイからもしているリンゴの甘い香りが俺を包む。
それに少し赤面しつつも嬉しくて、俺も優しく抱きしめ返すと真耶さんは甘えるように俺の胸に納まった。
そんな所も可愛くて、俺は笑いながら真耶さんに話しかける。
「そんなに嬉しかったんですか?」
「はい! だって旦那様に喜んでもらえたんですから」
子供のように純粋で、それでいて淑女のようにお淑やかで。
そんな彼女もまた可愛くて好きだ。
そして今度は俺が彼女に喜んでもらう番だ。
「だったら、今度は真耶さんに喜んでもらう番ですね」
そう言ってから空いている右手を使ってテーブルに置かれているアップルパイを一口サイズに切り分けてフォークで真耶さんの口元に持って行く。
「はい、あーん」
目の前に差し出されたアップルパイを見て顔を赤くしつつ、喜びながら真耶さんは口を小さくあけた。
「あ、あ~ん……んふふふふ、美味しいれふ」
口に入れてゆっくりと味わいつつ感想を言う真耶さんは甘えていることもあって、少し口調が甘い。そこがまた可愛い。
すると今度は真耶さんがアップルパイを切り分け、俺の目の前に……持ってかない。
そのまま自分の方に持って行き、食べ……ない。
軽く咥えるとそのまま俺を上目使いで見つめる。
「ひゃんひゃひゃま(旦那様)、ん~~~」
アップルパイを咥えたまま俺に顔を近づけていく真耶さん。
そんなお茶目な行動も愛おしくて、俺も応じて真耶さんに近づいて行く。
そして真耶さんが咥えているアップルパイに囓りついた。
そのまま咀嚼していき、さらにその奥にあるとても甘い唇もいただいていく。
「「ん……ちゅ……んぁ……」」
アップルパイ以上に味わう様にキスをし合う。
そして少しした後に唇を離すと、俺の目の前にはうっとりとした顔をした真耶さんがいた。
「旦那様とのキス、アップルパイの味がして甘ぁい……気持ち良かったです……」
「真耶さんの唇、アップルパイよりも美味しかったですよ」
「そ、そうですか……はぅ~、そう言われると恥ずかしいですよ。でも……嬉しいです」
そう言って恥ずかしがりつつも俺にさらにくっつく真耶さん。
そんな真耶さんが大好きで、俺もよりくっつく。
そのまま二人でアップルパイを食べさせ合っていると…………
「あのさ~……もういい?」
会長が赤面しながら俺達に話しかけてきた。
「あれ? 会長、もう書類は終わったんですか?」
「いえ、私もちょっと休憩しようと思ったんだけど、これを見せつけられるのはちょっとね……」
会長は気まずそうにそう言うと、自分でお茶を淹れて飲み始めた。
そして一息入れると、対面に座る。
真耶さんは俺の懐から離れて隣に座り直していた。未だに人前だと甘えるのは恥ずかしいとのこと。と言っても、身体がくっついているあたり、やはり甘えん坊だと思う。
会長はお茶を半分ほど飲むと、俺に話しかけてきた。
「ところで織斑君。少し相談に乗って貰いたいことがあるんだけど、いい?」
「相談ですか? 別に良いですが…」
「更識さん、何か悩みがあるんですか? 先生も相談に乗りますよ」
会長の雰囲気を察して真耶さんも話に加わる。こういう気配りが出来る所に俺は感心してしまう。
会長は俺達が応じる意思を見せたことで、表情を真面目なものへと変えていく。
余程深刻な話なのだろうか?
そう思っていたら、突如後ろから声が聞こえてきた。
「あ、アップルパイだぁ~! わぁ~い」
「本音、待ってよう~」
どうやら布仏さんと更識さんが休憩に来たらしい。
御蔭で深刻そうな雰囲気が霧散してしまった。
「はい、お二人もどうぞ」
「いっただっきま~す!」
「いただきます」
そのせいか、真耶さんは笑顔で二人にアップルパイを切り分けて配り、二人は会長の隣に座って食べ始めた。
そしてその美味しさに絶賛する二人。
さっきまでの真面目だった雰囲気がなくなったため、肩透かしをくらったかのように会長の身体から力が抜けてしまう。
「あぁ~、もう~! せっかく真面目に話そうと思ったのに~! あ、それと山田先生、私にもそのアップルパイ、いただけます?」
「はい、どうぞ」
会長はそう言って真耶さんからアップルパイを貰うと一口食べた。
「うわっ、凄く美味しい! こんなの私作れないんだけど!」
「えへへへ、褒められちゃいました」
みんなに美味しいと褒められて喜ぶ真耶さん。その姿が子供のようで俺は和む。
そして会長はアップルパイを味わいながら、俺に話しかけてきた。
「それでね、むぐむぐ、織斑君、もぐもぐ……」
「会長、取りあえず口の中の物を飲み込んで下さい。行儀が悪いですよ」
俺にそう言われ、会長は少し早めに咀嚼するとアップルパイを飲み込んだ。
「あまりそう言わないでよ、虚ちゃんみたいに。まぁ、いいや。それで本題なんだけどさ………」
一端そう切ると、今度こそ会長は真面目な顔になった。
それを見て気を引き締める俺達。
そして会長は口を開いた。
「どうやったら彼氏って出来るかな」
「「「「はぁ?」」」」
その問いにこの場にいた四人が同時に声を出してしまった。
あれだけ真面目な顔をしていたのに、出たのは何とも言えないことである。
誰だって肩透かしをくらった気分になっても仕方ないだろう。
「何であれだけ真面目な顔をして、そんな話なんですか?」
「いや、結構重要なことよ! だって毎日毎日イチャついてる織斑君達を見てると、やっぱり羨ましくなるじゃない、年頃の女の子としては。ねぇ、簪ちゃん、本音ちゃん」
「そ、それは……その……」
「おかしが食べられば私はしあわせ~」
二人に同意を得ようとする会長だが、更識さんは恥ずかしがって答えられず、布仏さんはもっと子供っぽい返しをしてきた。そのため、二人から同意は得られない。
真耶さんはそんな三人のやり取りを見て苦笑していた。
そして会長は致し方ないとさらに話を踏み込む。
「だって私達、花も恥じらう十代よ。やっぱり恋したいじゃない。今までIS学園は出会いがないから仕方ないって気にしてなかったけど、やっぱり、こう……織斑君達を見ると分かるじゃない。私だって恋人がいたのなら甘えたいしはい、あーんしてあげたりしたいのよ! だから織斑君!」
何だか似たようなことが数ヶ月前にもあったような気がする。
その時の結構大変だったから、この話が途端に嫌な予感がするものに変わった。
そして予想通り、会長は俺に禄でもないことを言ってきた。
「誰か格好いい男の人、紹介して下さい!!」
「絶対に無理です」
会長のお願いに俺は即答で答えてしまった。
理由は聞かないで貰いたい。何故なら俺には絶対に無理だからだ。
しかし……会長の話はまだ始まったばかりであり、しばらくは続きそうだと察することが出来る。
そのことに俺と真耶さんは苦笑するしかなかった。