あんまり上手く纏められなかったかもです。
大型連休で真耶さんと一緒に福寿荘で働くことになったわけだが、それは良い。
寧ろ仲居姿の真耶さんを見れたので嬉しくて仕方ない。御蔭で仕事も捗るというもの。
その効果は福寿荘全体にも広がり、真耶さんが微笑むたびに張り詰めた空気が和らぐ。
恋人の可愛い姿を見れたことに俺はより真耶さんのことが好きになる。その魅力によりのめり込んでしまう。
ますます俺を惚れさせる真耶さんに俺は首ったけなのだ。
そんな忙しいが幸せな時間を過ごしていたわけだが、何故かこういう時に限って問題事が発生する。
下の人(と言っても、年齢は向こうが上)が慌てて休憩室に駆け込んできたと思ったら、お客様からとてつもない苦情を受けて、その苦情の原因である『味噌汁』を作った人がそのお客様から 責を受けているという話だった。
俺よりも上の人である板長と龍さんに指示を仰ごうと聞いてみたら、二人とも所用で出ていていないらしい。
仕方なく、責任者としてお客様に謝罪をしに向かった訳なのだが、そのお客様と言うのが、あの辛口で有名な美食家『海原 雄山』だとは誰が思っていただろうか。
俺とは数ヶ月前にちょっとした揉め事を起こした人であり、気まずくて仕方ない。
それを止めようと食って掛かった二十代後半の男性、名前は『山岡 志郎』と言うらしい。何でも新聞記者らしく、あの『究極のメニュー』を書いているらしい。料理人なら誰しも知っている記事である。
それを聞いて納得した。究極のメニューは海原先生が監督している新聞企画『嗜好のメニュー』と毎回競い合っており、仲が悪いのでも有名なのだ。
その仲が悪いのは仕方ないと思うが、それで止めに入ったのが更に騒ぎを白熱させていては切りが無い。
挙げ句………
「志郎、貴様のような奴には美味い味噌汁など作れるわけないだろう!」
「な、何だと!!」
と二人で白熱して火花を散らし合う始末。出来れば他のお客様もいるのだから外でやって貰いたいものだ。
二人が睨み合っている内に今回の騒ぎの元である味噌汁を作った人『吉川(その人の名字)』をばれないように板場に避難させ、二人の様子に怯える真耶さんを優しく撫でて落ち着かせたりしていた。
何せ白熱している二人に口を挟む余地がなかったから。
そうしていたら………
「だったら、どっちが美味い味噌汁を作れるのか勝負だ、雄山!」
「いいだろう。貴様如き叩き潰してくれるわ。それと……そこの職人、貴様も参加しろ。何せ儂を怒らせたのは貴様の所の味噌汁なのだから。不味い物を出したら今度こそ、店の生命を絶ってくれるわっ!!」
「え、えぇっ!?」
と何故か味噌汁勝負へと発展してしまった。
そして話はどんどん進み、何故かこの店で行うことになってしまった。
そして二人が帰った後、戻ってきた板長と龍さんにそのことを伝えたら、
「そいつはまた面倒なことになったな。まぁ、お前なら大丈夫だろ。ねぇ、板長?」
「そうだな。お前なら任せても大丈夫だろう」
と、いつもと変わらない反応で答えてきた。
慌てると思ったら、まったくそんなことはなかった。
何故かと聞いたら、二人とも俺のことを信頼しているからだと。
そう言われては、その信頼に応えなければ。
その後二人ともやけに笑顔でこうも言ってきた。
「「美食家というのが嫌いなんだよ」」
理由を聞けば、それは俺も納得するものであった。
故に、明日の味噌汁勝負では連中の鼻を明かしてこいと言われたのだった。
そして現在。
店も閉店して静かになっている中、板場で俺は試行錯誤していた。
他の人達が仕込みをしているのを見ながらも、鍋の前で味噌を変え出汁かえ、中の具材を試していく。
味噌汁というのは単純だが、それ故に奥が深い。
使う出汁も昆布・削り節や煮干しと一般的な物であり、具材も貝や野菜、豆腐に海藻と幅広い。
その組み合わせによって味が決まるわけだが、あの二人はきっと高級な材料を使って美味い味噌汁を作るだろう。その味はきっと美味いと思う。
だが………何か違う。
俺はそれが引っかかって仕方ないのだ。
「む~……何か違うんだよなぁ」
店にある高級な材料を使って味噌汁を作ってみるが、どうも納得出来ない。
そんな俺を真耶さんが心配してくれた。
「大丈夫ですか、旦那様。あまり根を詰めすぎないようして下さいね」
「あ、ありがとうございます」
身体も頭も心も疲れた時に真耶さんの笑顔は本当に癒される。
そのたびに救われた気分になった。
「いや、中々納得がいかなくて」
そう苦笑して答えるが、それを見た真耶さんは難しそうな顔をした。
「確かに旦那様の言いたいことは分かります。何だか………旦那様の味じゃない感じがします」
そう言われて自分でも納得がいった。
そう、俺が目指す味ではないのだ。
だが、その後が分からない。
その事に悩んでいたら……いつの間にか真耶さんが俺の頬に両手を添えていた。
「あんまり深く考えちゃ駄目ですよ。旦那様はいつも通りにしているほうが格好いいですから。顔に深い皺が出ちゃってます」
そのまま顔を近づけて、真耶さんは俺の唇にキスをした。
「ちゅっ…」
そして優しい笑顔で俺を見つめる。
「いつもの旦那様でいて下さい。私はいつもの旦那様の方がもっと大好きですから」
「…………はい、そうですね」
その笑みで焦っていた気持ちが落ち着いてくるのを感じ、俺も自分が笑顔になるのを感じた。やっぱりこの人には適わないなぁ。
すると真耶さんは席から立ち上がって仲居の作業着の袖を上にまくるとヒモを使って固定した。
「旦那様は少し煮詰まっているみたいですから、少し休んでいて下さい。私、軽く食べれる物を作ってきますから」
「あ、真耶さん、それなら俺が」
「だから、休んでいて下さい。旦那様には今、休むことが必要なんですから」
笑顔で力説されては従わざる得ない俺。
そして気を抜いた瞬間に俺は椅子に深く座り込んでしまった。
どうやら気付かない内に疲労が蓄積していたらしい。
それを見抜いてしまう辺り、本当に真耶さんは俺を見ていてくれるんだなぁ。
そのことが嬉しくて笑顔になる。
仲居姿で板場で腕を振るう真耶さんというのは、少し可笑しいように見えるが、何だか見ていてドキドキしてしまう。本当に女将さんのように見えて、ついつい可愛い女将さんのようなイメージが湧いてしまうのだ。
きっと真耶さんだったらとても良い女将さんになるかもしれないなぁ。
そして少しすると、真耶さんはおにぎりと卵焼き、それと味噌汁を作ってくれた。
「さぁ、召し上がれ」
笑顔で料理を出した真耶さんに笑顔で答えながら早速食べる。
「はぁ~……やっぱり真耶さんの料理は美味しいですね。単純な物でも何でこんなに美味しくなるのかな」
しみじみ思いながらそう呟いたら、真耶さんはとろけるような極上の笑顔で答えた。
「だって、旦那様に食べてもらいたいからですよ。大好きな旦那様に、美味しいって言って貰いたいですから」
「っ!?」
その笑顔に胸が高鳴ってしまう。
こんなにも想ってもらえてたまらなく嬉しい。
そのまま抱きしめて可愛らしい唇にキスをしてしまう。
「キャッ!? 旦那様ったら~。うふふふふ」
それに少し驚いたようだが、真耶さんは幸せそうに腕の中で笑う。
そんな真耶さんを見て、俺は自分の中で求めていた物が見つかったのを感じた。
そして翌日。
店を貸し切りにして俺と山岡さん、それと海原先生の三人で向かい合っていた。
審査員は山岡さんと海原先生の知り合いらしい。
ウチの板長と人間国宝と謳われる陶芸家『唐山陶人』、それと関西の富豪『京極万太郎』の三人である。
「よく逃げずに来たな、志郎。それに小僧!」
「抜かせ! 今度こそ、その高慢ちきな鼻を叩き折ってやる」
睨み合う二人に内心で呆れながら、この味噌汁勝負は始まった。
俺が板場に立つと、二人も板場に立って味噌汁を作り始める。
その腕は見ていて分かるが、一流だ。
「旦那様、私達も負けないように頑張って美味しいお味噌汁を作りましょう!」
「はい、頑張りましょう!」
本来ならそんなことはしないのだが、今回俺は真耶さん手伝って貰うことにした。
真耶さんと一緒なら、俺が思い描く味をより作り出せると思ったからだ。
お願いしてみたら真耶さんは心底喜んで頷いてくれた。
「だって私は旦那様のお嫁さんですから。お、夫にお願いされたらそれに答えたいですもの」
と言って抱きしめてくれた。
それが心底嬉しい。
だからこそ、その愛に応えたいと俺達もそれに負けぬよう、頑張って味噌汁を作ることにした。
そして時間が過ぎ、審査員の前に味噌汁が運ばれていく。
俺と真耶さんもご相伴に預かることになり、最初に運ばれてきたのは山岡さんの味噌汁。アサリの味噌汁である
それを一口啜ると、その美味しさに目を見開いた。
「これは美味い!」
「ほぉ、これは香り高い味噌をつこうておる」
「これを作った山岡さんは良い腕をしているな」
それは俺も同感である。
真耶さんもその美味しさに驚いていた。
次に海原先生の味噌汁だが、何と山岡さんと同じ材料を使った味噌汁だった。
そのことに皆が驚いたが、海原先生に言われて取りあえず一口。
その瞬間、皆に驚愕が走った。
同じ材料を使っているのに、海原先生の方が美味いのだ。
「な、何で…こんな……」
山岡さんがそのことにショックを受けているのを見ながら海原先生が説明を始めた。
同じ味噌でもより高級な、まさに本物を使った物で一流のふさわしい出来であった。
曰く……
「同じ食材でもただ良い物を使えば良いという物ではない。均一に火が通るようちゃんと綺麗に食材の大きさを揃え、火加減に気を付けなければならない。基本的なことだが、それ故に見逃しやすい。そんな基本的なことを忘れている貴様に美味い味噌汁が作れる訳が無いのだ、志郎!!」
とのことである。
言っていることは最もだが、その見極めは確かな経験が必要なことは職人ならば誰もが分かることである。それをやってのける海原先生は確かに職人としての腕も超一流だ。
そして俺の番になり、審査員の前に俺が…いや、俺と真耶さんが一緒に作った味噌汁が運ばれた。
その味噌汁を見て、周りの人達は別の意味でショックを受けた。
「何だ、この味噌汁は? わかめと豆腐の具とは……」
「なんや、普通やなぁ」
唐山陶人先生と京極さんの二人は期待外れだったか少し気落ちした様子である。
しかし、板長は俺の真意を読んで俺を見て頷いた。
そして皆それに口を付けると、そこから感嘆の声が上がった。
「一見すると普通だが、その実ちゃんとした良い物を使っておる」
「それに、なんや、すぅっと身体に入っていくような感じがするなぁ」
そんな風に感想を受けた後、早速審査となった。
結果………
「この味噌汁で一番美味かったのは……織斑 一夏君の味噌汁じゃな」
唐山陶人先生が判決を言い渡すと共に、周りから歓声が上がった。
「やりましたね、旦那様!!」
「はい、真耶さん。やりました!」
俺に飛び込んで抱きつく真耶さん。嬉しさ一杯の笑顔が可愛い。
それに納得のいかない海原先生はいきなり食い付いてきた。
「納得いかんわ! 何故、こんな味噌汁が儂の味噌汁より美味いのだ! 確かにその技術は一流と認めよう。だが、儂の食材よりも良い物ではないはずだ。そんな平凡な食材で儂の味噌汁より美味いだと……」
それに関して、審査員である唐山陶人先生がその理由を話し始めた。
「ふむ。それはだな、雄山。確かに御主の味噌汁は美味かったのだが、何というか……美味すぎると言うのかのう。あまり味噌汁を食べている感じがしなかったのじゃよ。まるでコースのメインを食べているような、そんな感じがしてのう。対して、織斑君の味噌汁は、まさに『味噌汁』と言った感じがしてのう。何杯でもおかわりがしたくなるような、そんなホッとするような味じゃったんじゃ。まさに一汁三菜にふさわしい出来じゃった。故に織斑君の方が『味噌汁として上』と評価したんじゃ」
それに呼応して京極さんも答える。
「織斑君の味噌汁はとても優しい味でなぁ。何やら心に染み渡るような、そんな味やったんや。まるで祝福されているような……小さい頃に良く母親が作った味噌汁をよう思い出したわ」
それを聞いた海原先生はそれでも納得がいかないと反論を返す。
それに俺はそう俺は真面目な顔で答えた。
「何故俺の平凡な味噌汁が貴方の嗜好の味噌汁を凌駕したのか? それは心構えになります」
「何だと……」
怒気を深めながら聞き返す海原先生。
俺は山岡さんも含めて見ながら話す。
「一つ問います。あなた方は何を考えてこの味噌汁を作りましたか?」
その問いに二人は、
「「美味い味噌汁を」」
と答えた。
それを聞いて俺は笑う。
「それは当たり前のことなんですよ。審査員……お客様に美味しい味噌汁を食べて貰いたいと、心を込めて作る。それが出来ていないからあなたたちは負けたんですよ。お二人とも、勝ちたいという気持ちが前に出すぎています。そんなギスギスした感情で作った料理が美味しいわけないでしょう。美味しい物は、心安らかに楽しんで味わうものですよ。美食だ何だと謳って置きながら、料理を作る心を忘れていては話になりません」
「ぐ、ぐぅ…」
「…………」
二人はそう言われ言い淀んだ。
「俺は昨日それに悩んでいましたが、恋人の御蔭でそのことを改めて思い出しました。この勝利は彼女の御蔭です」
「だ、旦那様……」
隣にいる真耶さんの肩を抱きながらそう言うと、真耶さんは嬉し恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「どうやら若いのに一本取られたのう、雄山、志郎」
「そうやなぁ。その心意気には感服するわ」
審査員の二人もオレ達を見て笑った。
こうして、この騒動も何とか終わり、海原先生や山岡さんも帰っていった。
帰り際に海原先生から、今度また食べに来ると言われたが出来れば騒ぎは起こさないで貰いたいかな。
山岡さんに名刺をもらい、俺も返したら驚かれたが。
そんな事もあったが、何とかその後の連休も無事にすみ、俺と真耶さんはIS学園へと戻った。
今回の一番の報酬と言えば、やっぱり真耶さんの仲居姿を見れたことだな。
そう思っていたら、次の日の放課後、部屋で仲居姿の真耶さんに甘えられてしまった。
真耶さん曰く
「女将さんに記念でいただいたんです。これで旦那様のお世話をしてあげれば喜ぶって言われたんで」
嬉しそうに微笑む真耶さんを俺は優しく抱きしめて喜びを表すようにキスをした。