無人機五機が学園を襲撃し、学園は騒然となっていく。
一般の学生は慌てて混乱しつつ避難し、専用機持ちの学生は少しでも被害を減らそうと無人機に戦いを挑む。
だが、前よりも格段に高性能になった、言わば『対IS用IS』を前に苦戦を強いられていた。
それ故に負傷は絶えず、皆消耗していく。それが学園最強であっても変わることはない。
「大丈夫、簪ちゃん!」
「うん、お姉ちゃん!」
二機の無人機を前にして、更識姉妹は互いに連携を取りながら攻めていく。
楯無がランスを持って接近戦を展開し、その援護を行うように簪が射撃を行う。
適度に発射されたミサイルが無人機へと襲い掛かり、それを回避しようと動く無人機に楯無が追撃をかけていく。
無人機はそんな二人の連携に対し一機が楯無の攻撃を受け止め、もう一機が簪の攻撃を防ぎ反撃をする。
その攻防が幾度とも繰り広げられるが、段々と戦況は傾き二人の不利な方へと倒れていく。
疲れなどまったく関係が無い無人機、対して此方は限界がある人間。
戦いが長引けば疲弊し能力が下がっていく。
段々と磨り減っていく集中力の乱れは攻撃の精度を欠けさせ、その焦りが彼女達を更に追い詰めていく。
互いに声を掛け合い士気を高めながら戦うが、それでも戦況が変わることは無く、追い詰められていく。
そして遂に、その豪腕から放たれた高出力のレーザーが簪に当たってしまった。
「キャァアアアアアアアアアッ!!」
「簪ちゃんッ!?」
被弾し後へと吹き飛ばされる簪を見て、楯無は慌てて助けに入ろうと動く。
だが、それを目の前の敵達は許さない。簪に近づこうとする楯無の前に立ちはだかり、楯無に向かってレーザーを発射して簪との連携をさせぬように分断させに来たのだ。
牽制を込めたレーザーに接近することが出来ない楯無。そして分断した簪に向かってもう一機が大型ブレードを振りかぶり襲い掛かっていく。
衝撃と痛みに身体の動きが鈍る簪は、その追撃に反応することが遅れてしまった。
もう防げない。その事実を簪は目の前で、自分に向かって振るわれるブレードを見て察した。
だからこそ、言葉は出なかった。
ただ、時間がゆっくりと流れていくかのように、進むブレードをじっと見つめるだけだった。
「簪ちゃぁあぁああぁああぁあぁあんんんんんんんんんんんんッ!!!!」
その光景に楯無から悲痛な悲鳴が上がる。
目の前で起こるであろう惨劇を止められない自分の無力さを嘆き、大切な妹を殺そうとする無人機に憎悪を抱きながら。
楯無の目の前で起こるであろう惨劇を止められる者は誰もいない。
その凶刃は確かに簪へと向かって行き、遂に簪の身体を捕らえようとした。
その一瞬、簪は一瞬だが反射的に目を瞑ってしまう。
それは襲い来る刃を想像しての恐怖故か、身構えてしまうのは生物として当然の硬直なのかも知れない。
だが、その一瞬で……。
全てが変わった。
突如アリーナの壁が轟音を起てて吹き飛ばされた。
まるで爆発したかのような音はアリーナ全体に響き渡り、その衝撃は無人機は勿論、楯無や簪にも伝わって来た。
あまりの衝撃に何があったのかと目を開く簪。
その目の先には、先程まで自分に斬り掛かろうとしていた無人機がいなくなっていた。
何があったのか分からない簪は当然戸惑ってしまう。
さっきの音と一緒に何があったのかと。
その答えは、簪の直ぐ近くにあったアリーナの壁にあった。
その壁は崩れ落ちており、瓦礫の下にはもつれ合い蠢く影が二つ。
それが無人機であることは、簪の目から見ても分かった。
だが、そこで何故こうなったのか疑問が湧いてくる。何故、こんな事になっているのだろうかと。そして同時に、何故無人機が三機になっているのかと。
それは、簪から少し離れた所に立っていた人物が犯人であった。
簪が目を瞑った一瞬、楯無は一切目を離さず、その全てを見ていた。
簪にブレードが当たる瞬間、突如アリーナの壁が吹き飛んだ。
その瓦礫とともに凄い勢いで飛び出して来たのは、それまで楯無達が戦っていたのと同じ無人機。
ただし、その身体は罅割れ火花を散らし、今にも壊れそうな程酷い状態であった。
自分の力で来たのでは無い。まるで……何者かに投げられたかのように吹き飛ばされたようだ。無人機はバランスも取れずに飛んでいき、そして簪に襲い掛かっていた無人機に激突。
そのまま二機はもつれ合いながら吹き飛ばされ、アリーナの壁に激突した。
楯無の目はその無人機が飛ばされたであろう場所へと向き、そして驚きのあまり目を見開いた。
そこにいたのは………。
あまりにも雄々しい二本の角を持った巨体な鎧武者だった。
その姿には見覚えがあった。
いや、彼女でなくともこの世界の人間なら殆ど知っているであろう、世界を騒がせた存在。
武者……織斑 一夏。
彼は腕を適当に振るい、そして呟く。
「ふむ……やはりISは軽い。良く飛ぶわ」
その発言を聞いて、楯無は身震いした。
目の前の存在は、ISという名の兵器を片手で易々と投げ飛ばしたのだと理解した。
その事実が、彼女に理解不能な恐怖を与える。
同じ事をISがしろと言われれば、出来ないわけではない。だが、それは両腕を使い技をかけることで初めて実現可能な事。
それを片手で、まるで道に落ちていた小石を拾って投げるかのように簡単にやってのけるこの存在は明らかに人外だ。
目の前に起こった事態を理解しようとして周りを見回した簪はそこでやっと一夏の姿を見つけた。
「え…………もしかして……織斑君?」
映像記録などでは何度も見たことがある姿だが、こうして直に見るのは初めてだった。だからなのか、簪は少しばかり信じられないかのように呟く。
その言葉が聞こえたところで一夏は答えない。答える気は無い。
その目は無人機を捕らえ、愉快そうな笑みを浮かべている。
その光景に唖然としていた楯無に、一夏の登場で反応が遅れていた無人機が再び襲い掛かろうと動き始めた。
一夏の所為というわけではないが、目の前で起こったことに驚いた楯無は反応が遅れてしまう。
だが、そのレーザーの閃光が楯無に触れる事はなかった。
無人機が楯無を撃とう構えた途端、何かが爆発するかのような音が鳴った。
そして次の瞬間、
楯無の目の前に雄々しい武者の姿があった。
そのまま一夏は無人機の前に踊り出ると、構えた腕を掴んで軽く投げ飛ばす。
投げ飛ばされた先は、未だに絡まった身体を解こうと蠢く無人機二機の所である。
再び金属同士が激突する凄まじい音が鳴り、無人機三機はビリヤードの球の様に吹き飛ばされた。
その光景を見て、今度は簪が驚愕に顔を染めていた。
何故なら、本来なら有り得ないことを一夏が行ったから。
それまでいた所から楯無がいた所までの距離を一瞬にして詰めた高速移動。
それは…………。
「な、何で……瞬間加速(イグニッションブースト)が出来るの………」
そう、一夏がやった高速移動はISの特殊機動『瞬間加速』だ。
本来、スラスターから放出されるエネルギーを一旦内部に溜め込み、それを一斉に排出することで0から100に一気に加速する方法なのだが、これが出来るのはISくらいなものである。他の物が出来るものではない。
だが、それを一夏は簪の前でやって見せたのだ。
その驚きは仕方ない事なのかもしれない。
彼の者の刀は、術理を理解すれば世の全ての現象すら再現してみせる事が出来る遺法なのだから。
見事に無人機を投げ飛ばして見せた一夏は背後にいる楯無を気にせず独り言を洩らす。
「ふむ……教本で読んだ『瞬間加速』だが……再現してみれば何と単純で遅いことか。これならば、気圧制御か辰気操作の方が余程速い」
「なっ!?」
その独り言を聞いて楯無は更に驚いてしまう。
先程の加速が瞬間加速であることは彼女も見抜いていた。そしてその速度がISの中でもトップクラスの速さを持っていたということも。
それを目の前の男は遅いと言ってのけたのだ。
ならば、この男が早いと言う速度がどれだけなのか、楯無には想像できない。
一夏も速く動こうなどと思っていたわけでは無い。たまたま楯無の近くにいた無人機が丁度良い位置にいたので試してみた。それだけの事であった。
もう少し掘り下げれば先程自ら言った通り、それ以上の速さで動くことも出来るのだから。とある劔冑の技を気圧制御を用いて放てば、その速度は『音速』を超える。
彼からすれば、本当にただのお遊びであった。
そして今頃になって一夏は楯無と簪の存在に気が付いた。
「む……なんだ、貴様等はこんな所にいたのか。ならば早々に下がるが良い。この編纂し甲斐がある玩具は我が貰おう」
その言葉に楯無は引き下がることしか出来ない。
何よりも、これから何が起こるのか分からないという恐怖が彼女の心を締め上げていた。だからこそ、大人しく楯無は簪の元へと向かう。
「大丈夫だった、簪ちゃん」
「う、うん……お姉ちゃん、あれって……」
不思議そうに問う簪に楯無は顔を若干歪めながら答えた。
「あれが今世界を騒がせている武者の姿。そして多分……これから起こることは私達の想像を絶することかも知れない」
その言葉がイマイチ理解出来ない簪は首を傾げてしまう。
そんな簪を守るように楯無は後へと退く。
そんな二人を気にせずに一夏は無人機の方を見て、笑みを浮かべた。
まだまだ試してみたいことはいくらでもある。それが出来る事が単純に楽しいのだ。
そうとは知らない無人機は、三機になった事でより戦力を増して一夏へと襲い掛かった。
そして今度は三対一の戦闘へと突入した。
いや、したはずだと言うべきだろう。
本来で考えるのなら、この数の差は圧倒的に彼の不利である。
そのはずだというのに、楯無達の目の前では予想とは真逆な光景が展開されていた。
「ふむ……まだまだ行けそうだな」
愉快な感情が滲むような声で一夏は独り言を洩らす。
その眼下では、無人機が一夏に攻撃を加えようとしてもまるで出来ない姿があった。
左手を前に突き出した先にいた無人機はまるで時が止まったかのように停止し、右手が突き出された先には見えない何かに滅多撃ちにされている無人機が。そして中央の無人機は周りを飛び廻る12機の独立兵装『ブルーティアーズ』によってレーザーの雨を浴びせられていた。
その光景に楯無達は目を剝いてしまう。
「あれって……ドイツのAICに中国の衝撃砲、それにイギリスのBT兵器……」
「まさか、第三世代の特殊兵装まで……」
もう彼女達は目の前で起こっていることが信じられなくなってきている。
イグニッションブーストだけでも驚きだというのに、その上第三世代兵装まで。原理は? 構造は? そもそも、あの武者の何処にそんな機能があった? 情報では電子機器関係の物は一切ないというはずなのに。
ただの鋼鉄の塊がどのようにして最先端のテクノロジーを使っているのか、彼女達には分からない。
それはそうだ。それこそが、彼の劔冑の力なのだから。
そしてある程度三国の第三世代兵装を使った一夏はそれを解く。
それだけで既に、無人機三機は火花を散らせ壊れかけていた。
その様子を見て一夏はまぁまぁといった様子で頷いた。
「まだ試したいことは数多くあるが……こうも脆くては全てを試すことなど出来んか。なら、最後は少しばかり毛色を変えて見ることにしよう。もう編纂のための標本は手に入れていることだしな」
その言葉とともに一夏の劔冑『武州五輪』の口元の装甲が展開され、両腕から蒸気が吹き荒れる。展開された顔はまさに魔王のような笑みを浮かべているようであった。
それと共に深い笑みを浮かべた一夏は、無人機に向かって告げた。
「では、これはどうなる?」
その声と共に蒸気が収まり、一夏の両手にはいつの間にか鎌が握られていた。
その鎌を思いっきり腕を振るって無人機に投げつけると、無人機はそれを回避すべく行動し始める。
そして一夏に向かってレーザーを発射するのだが、その攻撃は途中で消失した。
いや、違う。
発射されたレーザーは反対側から出現し、一夏に攻撃をしようとした無人機に直撃したのだ。
突然起こった不可解な現象に判断が出来ず、遅れた判断で何とか一夏に追撃をかけようとする無人機だが、その攻撃は全て空振りに終わる。
発射したレーザーは勿論、接近して振り下ろそうとしたブレードも刃先が消失し、反対側から出現するなど、一夏に触れることはない。
その物理現象をねじ曲げている光景は、ある意味悪夢にしか見えないだろう。
楯無達はその光景に言葉を失う。
自分達は夢でも見ているのだろうかと疑ってしまうが、その肌が感じる戦場の空気がそれを現実だと彼女達に突き付けていた。
尚も果敢に攻める無人機達だが、その攻撃は届かず、逆に一夏が投げつける鎌は深々と無人機に突き刺さっていく。
「成る程。千代鶴國安の古飛器式三番叟鶴舞をISが受けるとこうなるのか。ふむふむ、興味深いものよ」
世界の摂理をねじ曲げた存在である一夏は考察をする学者のような顔で無人機達を見つめると、そろそろ飽きたと言わんばかりに溜息を吐いた。
「では、これで最後だ。我の編纂の力でISがどれだけ破壊できるのか試そうか」
そう呟くと共に、瞬時に消えた。
いや、瞬間加速を用いて無人機に接近した。
そのまま無人機の腕を掴むと、海の方に向かって思いっきり投げた。
それと同じように他の無人機も投げ飛ばしていく。
まるで巨大な砲弾のように海に向かって飛んで行く無人機三機。
海面に叩き着けられ、盛大な水柱が三柱上がる。
その上空で一夏は静かに両手を合わし、それを三回行う。
最後の一回が終わり一拍おいた後に、一夏の身体とは比較にならないほどの巨大な竜巻が三つ巻き上がった。
その竜巻を背にし、一夏は右手をゆっくりと挙げると、その竜巻は重なり合い、さらに巨大な物へと変貌していく。そのサイズは高層ビルすら易々と飲み込めるほど巨大になっていた。
その光景に楯無達は言葉を失う。
鉄の塊であるはずの劔冑がどのようにすればこのような物が出来るのか。彼女達で無くとも理解出来ないだろう。
そんなことに一夏は気付いたのか、独り言のように二人に告げる。
「何を呆けておるのやら。規模の差異こそあれど、原理は尾張貫流槍術の刺突に同じ。回転を利かせての捻り込みの威力、自明である。こんなものは原理さえ分かれば誰でも出来る事だ」
そう言うと、一夏は右手を高々と持ち上げた。
すると竜巻は鎌首を持ち上げた蛇のように、根元から持ち上がる。
そして一夏はその荒れ狂う切っ先を無人機に向かって投げつけた。
「天魔反しッ!!!!!!」
その叫びと共に打ち出された巨大な竜巻は、無人機に向かって突き進み、そして………。
海にあまりにも巨大な大穴を開けた。
IS学園がすべてすっぽりと入ってもまだ余裕がありそうなほど巨大な大穴。
それを開ける程の威力を受けた無人機は、それこそ塵一つ残さずに『消滅』した。
破壊されたのではない。消滅したのだ。
その光景に楯無達は言葉を失う。
ISどころの話ではない。下手をすれば核兵器にすら匹敵しうる力を一夏は見せつけたのだ。
これを見て、それでもISが上だと言える者がいようだろうか?
そんな絶望に近い感情を抱いた楯無達に、一夏はつまらなさそうな声で話しかけてきた。
「まったく……脆すぎて話にならんな。だが、あの高出力のレーザーや特殊防御フィールドなどは編纂の価値がありそうだ。帰って直ぐに調べることにしよう」
その言葉に楯無達は少しばかり呆れてしまった。
あれだけの破壊を見せつけておいて、誇るどころかつまらないと言う。その神経が理解出来ないと同時に、まるで子供の飽きやすい性分に似ていると、そう思ったから。
そんな二人の感情を知らない一夏はただ、上空に目を向け、そして顔の部分だけ装甲を解除してその先で見ているであろう者に向かって告げた。
「次回はもっと編纂のし甲斐があるものを寄越せ、兎。そうでなくては魂が震えんのでな」
その凄みのある壮絶な笑みを見た者は、目が合ったことに恐怖した。
「やっぱりいっくんにちょっかい出すのはやめとこうかな……正直怖くて少しちびっちゃったし……」
その視線の先にいた兎は恐怖のあまり身を震わせていた。
この活躍以降も一夏の編纂は留まることを知らず、世界は改めて認識させられる。
『武者は凄い。だが、織斑 一夏はもっと凄まじい。あれは人ではない。ただの魔王だ』
そう世間は彼のことを呼ぶようになった。
周りの事も一切気にせず、ひたすら己の編纂をする男は、ただ純粋な存在だ。
それが人々には魔王のように映った。