いきなり呼び出された楯無は、目の前で驚愕の表情で固まっている妹と対峙する。
何でこんなことに………まだ心の準備が出来ていないというのに………。
そんな思いが頭を過ぎるが、それでも動くことが出来ない。
既に彼女の姿を簪の瞳は捕らえている。それは此方も同じであり、簪の姿をすっかりと見つめていた。
時間が異様に長く感じる。
どうすれば良いのか……そのことが心を占めていく。
確かに楯無は簪と仲を修繕したい。だが、それはもっと時間をかけてゆっくりと行う予定であった。
そう自分に言い聞かせてきた。それが言い訳で逃げだということを、どこか自覚しながら。
それを見越したのか、一夏が二人に聞こえるように大きな声で言う。
「二人とも、今すぐ試合え。して我に見せよ、その実働記録を」
その言葉を聞いて二人は更に困惑する。
いきなり呼び出され連れてこられた先にいた苦手意識を抱き合う姉妹に、この男は容赦なく戦えと言ってきたのだ。
傲慢に不遜に、楯無の事情を知った上で全く気に留めずに。
その失礼極まりない態度に流石の楯無も反感を覚え、そして一夏に多少荒だった声で話しかける。
「いきなり何を言い出すのですか! こんな、いきなり呼ばれてそのようなことを……。それに、貴方様は私の事情を知っておいでです。それを知った上で、このような無体をなさるのですか!」
怒りが混じった声で叫ぶように一夏に言う楯無に、簪は困惑した表情でそんな姉の姿を見ていた。
いつも彼女の中では常に余裕に溢れた姉。IS学園最強で、常に優雅で気品に溢れる姿に憧れてさえいた。
そんな苦手だけれども自慢出来る姉が、余裕無く感情を顕わにするとは思わなかったのだ。
そしてその言葉で彼女も理解する。
楯無を呼んだのは一夏であると。
だからこそ、困惑しつつも一夏に簪は問いかける。
「お、織斑君……何で……姉さんを呼んだの……」
少し気後れしつつも、しっかりとした声で問われ、一夏は二人が見ても分かるくらいの凄みをもった笑みをニヤリと浮かべた。
「別に深い意味などない。完成したISの実働データを得るに一番良いのは、やはり実戦だ。そこでいつでも暇を持て余している者がおれが、使うのは必定だろう」
確かに一夏が言うことは最もなことで試合で戦うことが、実働データを取ることに一番向いている。武器の使用状況、スラスターの稼働率など、試合でどのように何を使うのかが直ぐにでも分かるのだ。
だが、そこに両者の事情は考えられていない。
仲直りしたいが中々上手く出来ない姉、苦手意識を持ち殺到感に苛まれる妹。
その両者のこと無視している。
だからこそ、二人が抱いた反感は強い。
確かに言っていることは頷ける。だが、それなら別の相手でも良いだろうと。
若干ながら一夏を睨み付ける二人。そんな二人の視線を受け、一夏は少し呆れたような視線を二人に向けた。
「何を苛立っておる、せっかくのお膳立てをしてやったというのに。良いか……そこの妹は姉に劣等感を抱き、そして超えたいと願っておるものの腰が引けて動けぬ。姉は姉で過保護が過ぎてこれ以上嫌われまいと消極的。どちらもそのような為体では、とてもではないが万年掛かろうとも解消せんものよ。ならばいっそ単純にぶつかり合え。それで互いの思いの丈をおまけにぶつければ良い。其方の方がより良い動きを見せるものだ、人間というものはな。だが、重要なのは実働データだと言うことを忘れるで無い」
それを聞いた二人は目を見開く。
一夏なりのあまりにも分かり辛い気遣いとでもいうものに、二人は信じられないような思いを抱く。
そんな二人に一夏は変わらない顔を向けるのみ。
実際の所で言えば、確かに気遣いらしき物の変わりに楯無を呼びはした。
だが、それほど大それた物ではない。ISの実働データを取るのに暇な相手が楯無だったのは事実。完成したISの戦闘を見てみたいという本音は変わらない。
簪の性根を考えれば、きっとISが完成したところで楯無と会うということは無い。それがわかったからこそ、一夏はこうして二人を付き合わせたのだ。
単純に言えば、双方グチグチとして煩わしいのでとっとと問題を解決しろ、と言っているだけなのである。
精神状態が戦闘能力を左右するので、今の精神状態では完成した打鉄弐式の性能を充分に発揮することが出来ない。それは一夏の編纂にとってよろしくない。
彼が知りたいのは、全開の性能なのだから。
姉妹の仲の修復など二の次。打鉄弐式の性能を見ることこそが重要。故に、そのような『些末なこと』にかかずらっている気は無い。
一夏は言いたいことは言ったとしてゆっくりと静かにアリーナの外へと歩いて行く。きっと管制室に行ってこれから起こるであろう事のデータを取るのだろう。
そしてアリーナに残された二人は、お互いを見合う。
その瞳には困惑と恐怖、そして何よりもこの機会が二度と訪れないと決意を決め込んでいる光が宿っていた。
そして先に動いたのは………簪だった。
「おいで、打鉄弐式」
簪の呼びかけに応じ、指輪が光り輝いた。
そして次の瞬間には、簪は打鉄弐式を纏って楯無の前に立っていた。
楯無は完成した打鉄弐式を見て、そしてそれを待とう簪を見て、少しばかりだが涙を流した。
(よくここまで………たった一人で頑張って……)
それは感動の涙。
妹の頑張りが実ったということへの感動、そして自分では出来なかったことを成した妹への誇らしさであった。
そして、そんな誇らしい妹に自分も向かい合わなければ、と楯無は一回軽く頷くとISを展開した。
まるで水のヴェールに身を包んだ美しいISを纏った楯無が簪の前に現れた。
その名は『ミステリアス・レイディ』。
ロシア代表の更識 楯無の専用機である。
そして二人は対峙する。
妹は姉を超えるために、今まで溜め込んできた胸の内をぶつけるために。
姉は妹の成長した姿を見るために。妹への今までのことを謝るために。
「………いくよ、お姉ちゃん」
「来なさい、簪ちゃん!」
そして二人は同時に動き出した。
距離を取るなり、簪がマルチロックシステムのミサイルを楯無に降らせ、楯無はそれを水で作り出した盾で防ぐ。
そして今度は楯無が巨大なランス片手に簪に向かって突撃をしかける。
簪は向かって来た楯無に対し、長刀を展開してランスを受け流し、そこから背中に搭載されていた連射型荷電粒子砲を楯無に見舞う。
楯無はそれを回避すると、新たに蛇腹剣を展開して簪に向かって振るうが、簪はそれを身を捻って回避。
そして上空で対峙する二人は更にぶつかり合っていく。
その様子を見て、一夏はジッと観察する。
その機動を、その体術を、その選択を……。
打鉄弐式の機動性や火力、そしてミステリアス・レイディの特殊な機構を見て、一夏はニヤリと笑う。
己の中では常に編纂が行われており、そこに新たにミステリアス・レイディの情報も刻まれていく。
新たな情報は一夏の五感を通してより細かく、より正確に分析され、そして吸収されていく。
だからこそ、より新たなる知識の編纂は一夏にとって喜ばしいものである。
二人が熾烈な戦いを繰り広げていく中、一夏は二機の戦いから得られたデータに目を通していく。
その時折に楯無と簪の声が一夏の耳に入ってきた。
「お姉ちゃん、私に酷いこと言ったこと、分かってるの! あの時、本当に傷付いたんだから!!」
「だから謝ろうとしてたんじゃない! なのに簪ちゃんは私のこと避けるし!」
「だってまた同じようなことを言われたらって思ったら怖かったんだもの! お姉ちゃん、そういう気持ちにが全然分からなかったし! この、分からず屋!」
「なっ!? 何よ、謝ろうとしてるのに逃げてばかりで……この根暗娘!」
そして試合と共に行われる姉妹喧嘩。
その後もそれは続いていくが、一夏は一向に気にしない。
その目は常にデータに向けられ、そして自己の編纂に向けられていく。
思いの丈をぶつけ合う姉妹を見て、呆れた様子で一夏は呟いた。
「まったく……人とは得てして面倒な物よ。そのような下らぬことに拘るのだからなぁ。結局の所、己が編纂のみが自己を高めるというのに」
こうして打鉄弐式の実働データの収集は終わった。
この試合を得た後に、姉妹は思いの丈をぶつけ合って互いに謝り、そして仲を修繕することに成功した。
一夏の目的であるデータも取れ、彼から文句は無いようだ。
そしてこの日、一夏と簪はペアを解消し、改めて楯無と簪がペアを組んだ。
その様子は、誰が見ても分かるくらい、仲の良い姉妹であった。
次回、一夏さん大暴れ、です。