少女の前に現在、一機のISが鎮座していた。
灰色を基本色とし、背に機動性を重視した高機動スラスターが装備されているIS。
その名を『打鉄弐式』と言う。
日本の量産型IS『打鉄』の名を継いだ、倉持技研で開発されていた日本の第三世代機である。
元となっている打鉄とは違い、此方は機動性を重視した作りとなっており、最大の目玉はマルチロックオン・システムによる6機×8門のミサイルポッドからなる最大48発の独立稼動型誘導ミサイルの発射だ。
打鉄とは違い高機動、高火力による中距離戦を想定している本機は、本来ならばその使い手がIS学園に入学する前に完成するはずであった。
だが、何かしらの諸事情により、その開発は滞ってしまうことに。
結果、つい最近まで未完成のままであった。
それをその使い手である日本代表候補生の『更識 簪』が未完のまま受領し、そして彼女一人の手で完成を目指す事となった。
だが、いくら代表候補生と言えど彼女はエンジニアでは無い。
通常、数多くの技術者が皆共同で動いてやっと完成させられるISをいくら才能があるからと言ってたった一人で完成させられる訳が無いのだ。
だが、それでも簪は頑なに頑張り続けた。彼女の超えるべき存在である姉が、一人で未完のISを完成させたように、自分も同じ事を成せば少しでも姉に近づけると信じて。
勿論、それは彼女が勝手に思っていることであり、実際に彼女の姉である更識 楯無のISは彼女一人で完成させたわけでは無い。楯無は確かに頑張りはしたが、それには当然協力してくれた友人達がいた。その友人達の協力もあって、やっと機体を完成させたのである。だが、簪は姉の姿をみることに狭窄が入ってしまっていたため、そのことに気付くことが出来なかった。
姉妹の溝は深いままであり、簪は姉の偉業を畏れつつも超えたいと真に願う。劣等感を抱きつつも、心の何処かでは幼い頃のように仲良しに戻りたいと。そのためには、姉と肩を並べられる様にならなくてはいけないと、そう思いながら。
だが、その頑ななまでの意地のため誰の協力も拒んだ簪のIS制作速度は当然ながら、遅れてしまっていた。
たった一人でひたすらに作業をする毎日。知識はあれど、作業は不慣れ。毎日試行錯誤を繰り返してきた。
まったく進まないことへの苛立ちと諦めに心が折れそうになるが、その度に好きなアニメを見て心を奮い立たせ、翌日の作業により熱を入れていく。
そんな彼女の前に、その男は現れた。
今年特殊な事情でIS学園に入学したイレギュラー。
度重なる騒動をほぼ素手で治めてきた常識外。
そして、座学の成績を圧倒的な差を付けて学年一位という、ISを操縦出来る女性が可哀想になることを平然とやってのける天才。
その名は織斑 一夏。
この女尊男卑の世に現れた、全てを覆す『武者』である。
ある日、彼女がISのプログラムをしていた時にその男はふらりと現れた。
そして何を思ったのか、勝手に弄らせろと言ってきたのだ。
勿論彼女はそれを頑なに否定し断った。
だが、一夏はそんな簪を一切気にすること無く前に進み、彼女が今まで拘ってきた矜恃を殆ど論破してみせた。
それにより、簪は何も言えなくなってしまう。それまで信じていた自分が完全に崩されてしまったから。
そして一夏に言われたことを深く考え、そして理解する。
自分が如何に狭窄していたかを。
別に姉への劣等感を忘れたわけでは無い。だが、自分が姉よりも優れている部分があると言われ、彼女は少しばかり姉に近づいた気がした。
それにより、もう少し意地を張るのを止めようと判断する。
よくよく考えれば、編み物が苦手な姉が細かい作業が多いISの組み立てを一人で出来る訳が無い。確かに誰かに手伝ってもらったのだろうと。
だからこそ、簪もまた、一夏の申し出を受け入れたのだ。
彼女を助けるなどという感情をこれっぽっちも持ち合わせていない一夏になら、手伝って貰っても良いと。哀れみも同情も何もない、純粋な気持ちの一夏になら、気にせずに一緒にやっていけると。
それから簪に訪れたのは、驚愕の連続であった。
風の噂で聞いてはいたが、本物は噂よりもかけ離れ過ぎており、IS業界の人間の自信を悉く粉砕していくようなことを平然とやってのけてみせたのだ。それも何度も何度もである。
そんな信じられないことばかり目にしすぎた簪の価値観は大体が可笑しくなったのは言うまでも無い。
そして一夏が手伝いと言う名の機体弄りを始めて三日後………。
簪は目の前に鎮座している打鉄弐式を見て、信じられないといった様子で呟いた。
「で……出来た………」
そう、今この瞬間、彼女の念願である打鉄弐式は完成を迎えたのだ。
それまでずっと一人でやってきたが、まったく完成の兆しが見えなかったこのIS制作。
それがまさか、人の手を借りたところで僅か三日で完成するなどと誰が思おうか。
その偉業は最早神業であり、世界記録に登録しても良いかも知れないほど凄まじかった。
簪の中で喜びと別の感情が渦巻き、どう表現して良いのかわからない表情をしてしまうが、それでも感慨深かった。
それまでの苦労がこうして確かに実ったのだから。
簪はそれでも隠しきれない嬉しさを表に出しながら、一夏に向かって礼を言う。
「あ、ありがとう、織斑君! 織斑君の御蔭で、完成出来た!」
「………ふん………」
礼を言われた一夏は気にする様子もなく、鼻を鳴らすのみ。
照れくさいからなどではなく、本当に気にしていないからの動作であった。
この男は相手の感謝に応えるような男では無い。
それでも簪は感謝せずにはいられない。
まぁ、たった三日でそれまで未完だったISを完成させれば誰だって驚愕するのも無理は無いのだが。
だが、一夏が全てをやったわけでは無い。
この男は基本、一回やった箇所は二度とやらない。
その一回で構造や仕組みを根本から弄り調べ、そして満足すれば今度は別の方に手を付ける。そのため、微調整が必要な部分などは簪が再び手を加える必要が出てきた。そういった調整などを簪がしていたため、この打鉄弐式は確かに一夏一人の力で完成したと言うわけでは無いのだ。
正直、一夏が思い思いに調整した部分はIS操縦者では殆ど制御出来ないほどピーキーな設定になっていたので、簪が手を加えないと、確かに完成は出来なかったとも言える。
ともあれ二人の手によって、快挙とも言える成果を出したわけだが、まだ話は終わりでは無い。
簪はこれから数日後に行われる専用機持ちのみのタッグマッチトーナメント戦に出場しなければならないのだ。そのためにはこれから直ぐにでも打鉄弐式の慣熟訓練を行う必要がある。
ちなみにタッグマッチのペアは一夏と言うことになっているが、勿論実際に出場すると言うことは無い。
一夏が出たのなら、そこから先にあるのはワンサイドゲームだと皆分かりきっているから。誰もこの男の暴威を止めることは出来ない。
それを分かった上で楯無が一夏にペアを組むよう頼んだのは、ある意味でのショック療法といった所でもあった。
楯無からすれば、簪が頑なになって拘っているISを早く完成させることで、少しでも彼女の負担を減らしたいという思惑もある。別にトーナメントの出場まではしなくてもいいと。彼女の時間に少しでも余裕が出来れば、それだけ楯無が接触出来るチャンスが増えるから……。
彼女なりに少しでも仲を戻したいと、関係を修繕したいと考えての判断である。
それは確かに僅かではあるが、それでも確かな前進であった。
だが………この男がそんなことを気にするわけも無い。
編纂することにのみ妄執といっても良い念を抱く一夏は、二人の関係など知ったことかと言うだろう。
今の彼にあるのは、それまで学び覚えたISの知識を己へと編纂していくこと。
だが、まだそれには足りないことがある。
それは、実働データだ。
確かに仕組みや構造を理解した。だが、いくら理論を知ろうとも、実際に動かしてみなければわからないこともある。別に一夏が動かす訳では無いが、動いている所を見るだけでも充分だ。
故に、一夏は簪に話しかける。その笑みは、ニヤリとした背筋の凍り付くような笑みであった。
「ふむ。出来たのなら、次は試せ。アリーナへと向かうぞ」
「え、あ、うん……」
いきなり言い出したことに驚き返事を返す簪。すでにその笑みは見慣れてきたこともあって、そこまで怖がることは無くなっていた。
そして二人でアリーナに向かう最中、一夏は懐から携帯を取り出し、どこかにかける。
『……我だ。今すぐアリーナに来い』
それだけ言って相手の返事も待たずに通話を切る。
そのため、簪は一夏が何をしたのか分からなかった。
そしてアリーナに到着し、簪は一夏に言われた通り打鉄弐式を起動させ展開する。
その目に映る光景に簪は改めて完成したことを実感し、笑みを浮かべるのが我慢出来ない。それだけやはり、嬉しかった。
するとハイパーセンサーが反対側から何かが接近してくることを知らせる。
それが何なのか、簪は確認すべく目を向ける。
そして驚いた。
その目に映っていたのは、彼女の姉にして超えるべき壁、更識 楯無だったから。
「い、いきなりこうも呼び出すなんて……なんなのよ、あの人は、もう~~~」
文句を言いつつ息を切らせている楯無。そんな楯無に簪は言葉を洩らす。
「お姉ちゃん………」
「え? か、簪ちゃん!?」
いきなり現れた妹に驚く楯無、そして現れた姉に困惑する簪。
その二人を見て、ニヤリと笑った一夏は二人にこう告げた。
「二人とも、今すぐ試合え。して我に見せよ、その実働記録を」
その言葉を聞いた二人は固まってしまっていた。