いきなりの来訪と共にされた頼み事。
それを聞いた一夏は口元に軽く手を当て、ふむっと独りごちると来訪者である更識 楯無に問いかける。
「何故そのような事を頼みに来た、小娘。我が基本的に行事に参加することを禁止されているというのは知っているだろう?」
一夏が楯無に答えたように、彼は基本的な行事に殆ど参加することが出来ない。
これがまだ、普通な人間の男子なら参加出来ただろう。
しかし、一夏は『普通』ではない。
素手でISを破壊するような化け物にISが真正面から挑んで勝てるわけがない。
それは普通に考えればISの敗北を認めたことになることだが、IS学園は数多くの生徒を預かる教育機関。預かっている大切な生徒を死ぬかも知れないような目に合わせる訳にはいかないのだ。
一夏と戦うということは、命がいくつあっても足りないことだから。
結果、一夏は他の生徒と戦う行事の殆どを参加禁止という異例の条件を言い渡されたのだった。
それでも、まだISが負けたとは言い切れない。
何故なら、凄いのは『一夏』なのであって、『劔冑』の性能もまだはっきりとしていないから。
実際にIS学園の人間は皆、彼の劔冑の力を欠片も見ていないからそう思えるわけだが……。
一夏の問いは当然のこと。それは生徒会長である楯無も当然知っている。
それなのに何故、そのようなことを一夏に頼んだのか?
それは次に楯無から語られた事で多少理解が出来る様にな。
「じ、実は……私の妹、『更識 簪』なのですが………」
楯無から語られたのは、自分の妹がそういった行事に殆ど参加出来ていないということであった。
更識 簪………日本の対暗部の旧家、更識家の次女。姉は生徒会長にして現ロシア代表という輝かしい地位を確立しており、簪自身も日本の代表候補生という充分な地位を得ている。だが、入学してから今まで、学園の行事には殆ど参加していないという。何故なら、彼女は専用機を持っていないから。
代表候補生なのに専用機を持っていないというのは如何な物かと思われるだろうが、そこにあったのは、姉への劣等感とでも言うべき感情であった。
彼女倉持技研の第三世代型IS『打鉄二式』を制作途中で無理に受け取ったのだ。
普通ならば正気を疑うような行動。
しかし、それは彼女にとって絶対に成さねばならないことであった。
超えるべき壁……姉である更識 楯無が成したように、自分もISを自分一人で組み立てなければと。
結果、未だにISは完成せず、学園の行事には一切参加出来ていない始末。
それを心配した楯無は、簪に嫌われていることを分かっていても、彼女のためになんとかしようと奔走……考え抜いた末にISを完成させることを手伝うことにしたのだが、当然対抗意識を持たれている相手の手伝いなど受け入れる訳が無い。彼女の従者も当然見知っているだけに駄目だ。なら、残るは見知らぬ第三者に手伝って貰うしかないと。
そこで上がったのが、一夏だというわけだ。
それを聞いて一夏は再び口元に手を当て何かを考える。
「しかし、何故我を指名した。我はこの場に於いて異端、ISのことなど知らぬ愚者よ。何より、我は行事に参加を禁止されている。それを知った上で尚そう言うか?」
一夏のもっともらしい発言を聞いても尚、楯無は真面目な表情を崩さない。
「はい。貴方様が参加出来ないことは知っております。だから組んでいただきたいのは、彼女の専用機を完成させていただきたいからです。行事に関しては貴方様の名だけを借りて参加させようと思います。彼女の本当の実力なら、一人でも充分戦えるはずですから」
楯無に自信に満ちた言葉を聞いて、一夏はニヤリ笑みを浮かべる。
目の前にいる娘は随分と勝手なことを願いに来たものだと。
楯無が言っていることは単純に、妹のISの組み立てを手伝うためだけにペアを組めと、そう言っているのだ。行事では特別に一人で戦うようにし、不利であることを承知で参加させると。
話の隅々から伝わる溺愛っぷりに妹を虐めるような酷いやり方。
きっと彼女も苦しいのだろう。
だが、それを分かった所で気にした様子も見せずに一夏は答える。
「ふむ……この我をダシに使おうとするとは……随分と生意気な小娘だ」
その言葉と共に放たれた殺気混じりの覇気を浴びせられ、楯無は身体中から冷や汗を掻く。
本当にこれが自分と同じ人間なのか疑いたくなる気持ちであった。
普段の彼女なら、相手をからかい自分のペースへと引っ張って主導権を握る。
だが、目の前の少年相手にそれは絶対に不可能だと本能が理解した。
だからこそ、彼女はじっと堪えるのみ。
そんな楯無を見透かしたかのように一夏は笑う。
「それに何故我なのか? それも気になる。我はISなぞ使えぬ故に、何も出来ぬぞ?」
愉快そうに笑う一夏に楯無は真面目に、それでいて少しでも余裕を取り戻すように答えた。
「それはご謙遜を。IS学園一学年座学成績一位の貴方様が愚かだとは誰も思いませんよ。その知識、少しでも試したくはありませんか?」
彼女が何故一夏を指名したのか。
それにはいくつもの理由があるが、まずその知識が理由だ。
一夏はIS学園に入ってから、それこそ砂が水を吸うかのように知識を吸収していった。その成績は一学年トップであり、IS学園全学年でも五指にはいる成績を誇っている。何故そうも知識を溜め込むのかといえば、それは彼の好奇心と満たすと共に、『彼の編纂』に必要なことだからだ。
楯無は一夏にこう言っているのだ。
『ISの実機を弄って、更に知識を高める機会がありますよ』
その言葉の誘惑は充分に一夏の心を引き寄せる。
知識とは、『知っている』だけでは意味が無い。
それを活かしてこそ、初めて『知識』となるのだ。その活かす場を提供すると言う楯無を一夏は興味深そうにに見つめる。
その視線を受けて楯無は身が萎縮するのを感じ、それを察した一夏は尚も笑う。
「小娘、随分と策士なようだが、如何せんまだ若く青臭い。顔に出さぬようしようとしているのがまる分かりだぞ」
「っ!? ぜ、善処します……」
見抜かれたことが恥ずかしくなり、楯無は顔が熱くなっていくのを感じた。
まだ彼女は十七歳の少女。目の前の化け物相手に不敵な笑みを浮かべるのは出来そうにない。
一夏は聞いたそれまでの話を頭の中で纏め始める。
参加出来ない意味の無い行事には興味ないが、ISを直に触れていじくれるというのは、一夏にとって実に意味のある興味深いことだ。その構造を、仕組を理解するのは教本などで学ぶよりも実物を見た方がわかりやすい。
それは実に……面白そうだと。
一夏は未だに平静を装うとして赤くなった顔を隠そうとする楯無に、今までで一番深い笑みを浮かべて返答を返した。
「よかろう。小娘、貴様の策に乗ってやろうではないか」
「は、はい! では、よろしくお願いします! 後で報酬を……」
「いらん。だが、その分我のために編纂させてもらうとしよう。ISの仕組みというものを」
こうして一夏は楯無の願いを聞き入れることにした。
勿論、困り果てていた彼女のためではない。その妹を助けたいという思いもない。
ただ、自身のさらなる強さの編纂のために、気になることは何でも調べ試し、そして自分の血肉にしたい。
ただそれだけのことであった。
翌日の放課後。
更識 簪は整備室に一人で籠もり、未完成のISを組み上げていた。
彼女が無理を言って引き取った第三世代機。これを組み上げることが出来れば、少しでも姉に追いつけると信じて。
「もうちょっと出力を上げた方がいいのかも……でも、そうすると安定性が……貴方ももうちょっと素直になってくれると嬉しいんだけどにゃぁ~……」
誰も居ないことから独り言が口から漏れていく。彼女なりにISに語りかけているつもりもあってか、言葉に遊びが含まれている。
それを聞く者は誰も居ない……はずであった。
彼女がそれを口にした途端、突如として扉が開いたのだ。
そこに立っていたのは、IS学園の制服を着た『男』。
身に纏う存在感は色濃く、まるで巌のような印象を見る物に与える。
簪は彼の登場に驚き、目を其方に向ける。
視線が合い、彼………織斑 一夏はニヤリと笑った。
「出力は上げるべきだ。安定性は足に展開されるPICの力場の方を弄くればどうにかなろう」
その言葉を聞いて、簪は先程の独り言を聞かれていたことを察して恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になり、穴があったら入りたくなった。