もしも織斑 一夏の劔冑が『相州五郎入道正宗』でなく、『武州五輪』だったら…………………。
その場合のタッグマッチトーナメント戦での話をしよう。
十月に入り、より秋も深まり冬の気配を感じ始める今日この頃。
IS学園ではある行事が開催されようとしていた。
『タッグマッチトーナメント』
本来ならば、このような行事は無かった。
いや、正確には一学期に一回あったのだが、その時は突然の乱入者によって中止に。
その際にデータを取れなかったのでもう一回と言うわけではない。
前回のトーナメントではペアにおける連携を見ると共に、操縦者のデータを取るという名目であった。
だが、此度のトーナメントはそうではない。
今回は専用機持ちのみのタッグマッチトーナメントであり、その名目は自己防衛力の強化であった。
何故自己防衛力の強化を行うのかと言えば、四月から何かにつけて問題事が多く発生したからだ。
謎の無人IS襲来、ドイツISの違法プログラムによる暴走、臨海学校における軍用ISの謎の暴走。
前学期だけでも三件、それも生徒の命に関わるほどに危険な物ばかりであった。
それだけで済むのならマシだが、二学期に入ってからも災難は続く。
謎のテロ組織による侵入、そしてつい少し前ではそのテロ組織から行事中に襲撃を受けた。
それを考えれば今後も当然何かしらあることが窺えるだろう。
故に代表候補生達は自分の身は自分で守れるようにと、自己防衛力を鍛えようとこの行事が開かれたのである。
そうすれば、教員は一般生徒の方により意識を向けられるから。
と、これが建前であった。
実際は少しでISの威厳を上げるためである。
この学園……IS学園は文字通り、IS『インフィニット・ストラトス』の操縦者や研究者を育成する機関だ。
ISは世界を変えたマルチフォームスーツ。その性能は本来の用途を外れても尚凄まじく、既存の兵器とは歴然の差を見せつける。
だが、唯一の欠陥があった。
それは…………『女』にしか動かせないこと。
元々そうだったのかはわからないのだが、ISは女しか動かせなかったのだ。
それによりここ十年で世情は動き、女性こそが偉いという『女尊男卑』の思考が蔓延していった。
御蔭で今では男は蔑まれることも少なくない。
これに対し、政府は苦渋の選択をした。
この度、日本政府は世界に向かってある物を見せたのだ。
それが古来からあったとされる超兵器『劔冑』。
最初は他の国からは馬鹿にされた。当然のことである。
ISに勝てるものはISだけ。
それが今の世界の常識。
それを覆そうと各機関の研究員が躍起になって研究を行っている中、そのような『遺物』を持ち出されてはそうせずにはいられない。
時代遅れなんて言葉ではすまされないくらい古いのだから。
だが、その後世界は驚愕し混乱に包まれることになった。
日本政府は何も、馬鹿にされるから渋ったのではない。
渋ったり理由、それは…………。
その使い手という名の『化け物』を世界に晒して良いのか?
というものであった。
彼等は嫌というほどに知っている。その化け物が如何に規格外なのかを。
まだ少年と言っても良い年齢だというのに、その瞳は修羅場を潜りすぎて阿修羅へと至った目をしている。
見た目と精神年齢が明らかに離れすぎているという可笑しな存在。
その見た目からは可笑しい程の力を発揮する傑物がいたのだ。
その名は………『織斑 一夏』。
出自を調べればIS最強と名高いあの『織斑 千冬』の弟。
天才の才能を受け継いでいると言えば聞こえが良いだろう。
そうではない。
鳶が鷹を産むという言葉があるが、そんな生優しいものではなかった。
織斑 千冬を鷹だとするのなら、この少年は最早『龍』である。
規格が違う。比べる対象が違う。比較するのも可笑しい。
彼の少年は最早、人と言って良いのか判断出来ない程に外れていたのだ。
元からそうだったのなら納得も行くし、こんな者がいたのなら女尊男卑になどなっていなかっただろう。
その少年を経歴を調べると、何と二年前までは何処にでもいる普通の少年だというのだから驚愕ものだろう。
彼は二年前、ドイツで行方不明になった。
後から判明したことだが、当初までは普通だった少年は誘拐された。
そしてそれをドイツ軍の協力で知った姉である織斑 千冬が軍と共に彼を捜索。
しかし本人は見つからず、発見されたのは原型すら留めていない多数の死体のみ。
彼はそのまま見つからず、捜索は打ち切られた。
だが、一年後彼は日本に帰ってきた。
その時点でもう、普通の少年では無くなっていた。
彼は日本政府に直に一人だけで乗り込み、警護の者を素手ですべて叩き伏せ、そして政府の者達にこう言ったのだ。
『国立国会図書館の全ての本を読ませろ。閲覧禁止の物まで、全てをな」
当然反発はあった。
国会議事堂に攻め込んで何を言っているのだと。
だが、この後日本政府の各々は口を塞ぐことになった。
彼は何かを口にすると共に空間から待機中のISのような物を出し、それを装着。
全身装甲の鎧武者のような姿になると手を上に掲げ、そして何かを口にした。
その瞬間、手から発生した竜巻の様な物が議事堂の天井の全てを跡形も無く吹き飛ばしたのだ。
ただ手を翳しただけで、そこから発生させた竜巻だけで、ISですら中々壊せないであろう補強した議事堂の天井を軽々と破壊して見せたのだ。
それは最早、個人が持てる力を超えている。
この日、日本政府は箝口令を敷いて規制をかけて情報を隠匿したが、たった一人の少年に敗北したのだ。
もし、軍を動かしても同じ結果になっていただろう。
何故なら、そのような破壊を行ったというのに少年はまるで小石を蹴ったかのように気にした様子がないからだ。当然で当たり前。
壊そうと意識したりせず、ただ歩いていたら踏んづけた。その程度の意識しかない。
日本政府の決断は間違っていなかった。この少年相手に軍を差し向ければ、きっと軍が壊滅する。その時も少年は特に戦うといった意識もせずに全てを灰燼に帰すのだろう。
それが目を見た瞬間にありありと想像出来た。
それから少年は日本政府という隠れ家の元、毎日本を読んでは何かをして過ごす。
そこで彼はISの仕組みについてより学びたいと政府に要請。
それを政府は快く応じた。寧ろへつらって応じたと言うべきだろう。少年の立場は日本政府内における、最重要にして特一級危険物のようなもの。
触らぬ神になんとやらといった感じである。
そこで日本政府は一計を案じた。
IS学園に行ってみませんか、と。
この少年を表世界に出せば、絶対に混乱は起きるだろう。
だが、女尊男卑にはもう辟易としていた。それを壊すには、その原因であるISよりも上の存在が居れば良いと。
幸いなのか、少年が色々と読み漁って日本政府はそのとっかっかりを手に入れた。
曰く、日本には古来に劔冑と呼ばれる兵器があったということ。
そしてそれは二種類あり、数打ならば現代でも製造可能だということ。
そこから政府は極秘裏に数打の製造に着手した。誰でも装着できる、彼の少年ほどではないにしても、その性能は目を見張る物がある。
故に量産することにしたのだ。
そしてその広告塔として、この少年を立てることにした。
当然その少年はそのことに気付いていたが、特に何か言うまでも無くその条件を呑んだ。
そのようにして、彼『織斑 一夏』は日本政府の元、世界を変える新たな力『劔冑』の運用と宣伝をかねてIS学園に入学したのだ。
だが、そこで政府は予想以上の彼の化け物っぷりを見せつけられることに。
無人ISの襲撃に際し、彼は何と………。
装甲せず、生身でISを破壊したのだ。
たった二振りの刀だけで、学園に侵入した『IS』を破壊して見せた。
これには見ていた全ての人間が驚いた。
最強と謳われる兵器が、生身の人間に感応無きまでに破壊されたのだ。
それも彼は傷一つなく、消耗も一切していない。
ただ、まるで何かを調べるように淡々と知的好奇心を満たすように戦い、そしてコアすら残さずに斬り伏せた。
世界はこれに激震したのは言うまでも無い。
これを見た日本政府も驚愕のあまり言葉を失った。
挙げ句、彼はまったく力を出しておらず、遊んでいたというのだから手に負えない。
その後も彼の異常性は留まることを知らず、ドイツのISに搭載されていた違法プログラム『VTシステム』により織斑 千冬のコピーと化した相手にも生身で挑み、余裕で無力化した。
その際に取り込まれた生徒が無事だったのは、単に彼が興味を失ったからである。
臨海学校では装甲こそすれど、今度は素手で暴走ISを叩き潰した。
操縦者が辛うじて生きていたのは奇跡だろう。
と、こんな感じに織斑 一夏の異常性は世界に知れ渡り、それに付随する形で女尊男卑は緩和されつつあるのが今の現状。
本人は全く気に留めた様子はなく、ただ毎日知識を集めるのみ。
諸外国においては、彼一人と対し友好関係を築こうする始末であった。
日本政府は数打の宣伝をしつつ、やはり後悔していた。
この化け物を出すのでは無かったと。
世界のミリタリーバランスがたった一人に覆されたのだから、そう思っても仕方ないことなのかもしれない。
この日も彼は読書に勤しんでいた。
そんな時のこと、彼の部屋に訪れる者がいた。
「少しよろしいでしょうか?」
自室の外からかけられた声に目だけを動かし反応する。
そして扉を開いて入って来たのは、水色の髪し豊満ながらも引き締まった身体をした美しい少女であった。胸元のリボンから一夏の一つ上の学年である二年生であることが窺える。
「何用だ、小娘」
自分より一つ上の年齢の少女に対し、一夏は無礼に返事を返す。
だと言うのに彼女は怒らずに冷静に一礼し、自己紹介を始めた。内心では目の前の少年から発せられる威圧感と妙に重みのある声に驚いていたが。
「私はこのIS学園で生徒会長の任をしておりまる、更識 楯無と申します。此度、貴方様にお願いがあって参りました」
「更識……日本政府の狗か」
一夏の何気ない言葉。
だが、その重みに楯無は身体が押し潰されそうな錯覚を覚える。
目の前に居るのが本当に自分と同じ『人間』なのか疑う。
一夏はゆっくりとした様子で、しかしまったく隙の無い動作で目を更に楯無に向ける。その瞳が楯無の目に映り、楯無は威圧感に言葉が喉から出なくなりそうになる。
それを見透かしてか、一夏は楯無に話しかけた。
「言うてみろ。貴様の願いを」
「は、はい! そ、その……」
これからするお願いが如何に相手に失礼になるのか分からない。
下手をすれば一族郎党全て殺し尽くされるかも知れない。
だが、それでも……彼女は自分の取り巻く状況を打破するべく、願いを口にした。
「お願いします。今度のタッグマッチトーナメントで、妹とタッグを組んで下さい!」
楯無にとって、きっと愛の告白以上に緊張した願いの申し出であった。
IS必要ないんじゃないかなぁ~、これ………。