「「「「「一夏っ!!!!」」」」」
アリーナのグラウンドにて、帰ってきた織斑 一夏を心配した五人の少女達が一夏の前に駆け寄っていく。
彼女達の表情は心底一夏のことを心配し、帰ってきた一夏に安堵し若干ながら涙目になっていた。
そんな彼女達に一夏は安心させるような、暖かな笑みを浮かべる。
「只今戻りました、お嬢様方。ご心配をおかけしてしまったようで、申し訳ありません」
静かにそう言い、そこから一礼。
その美しい所作にそれまで心配していた少女達の心はキュンと高鳴ってしまう。
その所為か、彼女達は一夏に見惚れてしまっていた。
一夏はそんな彼女達の様子からこれ以上心配をかける訳にはいかないと判断し微笑む。
「いやはや……このような美しい女性達にここまで心配していただけるとは、男冥利に尽きるものでございますね」
その言葉を聞いた途端、箒達の顔は一誠に真っ赤い染まった。
彼女達の中では美しい女性の部分が自分の名前にすり替わっていることに、一夏のような人を弄るのが得意な人間が気付かないわけが無い。
コレは彼なりの緊張の解し方。持ち上げて落とすのが彼の弄りテクである。
ただ、少し残念な事を言えば、彼女達はそのままトリップ状態に入ってしまったため、後半の落とす部分が耳に入ることがなさそうだということだろう。
いくら一夏でも、耳に入らない言葉では弄りようが無い。
それを表情に出さず、恍惚とした表情でえへへ、と笑う少女達を連れて一夏は管制室へと向かって行った。
「織斑、事の次第を説明しろ」
管制室に入り次第、鋭い目をした千冬が一夏達を睨み付ける。
その鋭い眼光に、それまで幸せに浸っていた五人はその眼光に晒され現実に戻ると共に怯えた。千冬の眼光は見る者全てを怯ませる。それは老獪な老人であろうと、様々な経験を積んできた強者だとしても変わらない。
それを歳若い、修羅場を潜ったことも無い少女達ならば尚のこと怖いのである。
その視線を受けても、一夏は表情を崩すことなく千冬と向き合いながら笑う。
「はい、千冬お姉様」
「っ!?………お姉様は止めろと言っている!」
一夏にお姉様と言われたのが恥ずかしかったのか、千冬は顔を赤くしながらもどこからか取り出した出席簿を一夏に向かって振るう。
恥ずかし紛れとはいえ、世界最強と評される女性の攻撃。
その速さはそれを見ていた箒達の目では捕らえきれない神速。
だが、それを一夏は表情を変えること無く僅かに動くことで躱す。
それも必要最低限の動きのみで、全てを見切った上で余裕を持って躱したのだ。
振り抜き止まった出席簿を見て、箒達は何をしたのかを理解すると共に震え上がった。
それは彼女達に限らず、千冬の側に居た山田 真耶も同じであり、箒達同様にに怯えてしまう。
それを察してなのか、一夏はニッコリと微笑む。
「今お話します故、少々落ち着いて下さい。お姉様」
「むぅっ………。わ、わかった、聞こう」
千冬は未だに赤い頬をごまかしながら一夏に軽く咳払いを行い向き合う。
その際、真耶からは何か面白いような目を向けられ、箒達かたは何やら警戒を含めたような視線が千冬に向けられた。それに千冬は気付きこそするが、それを注意する前に一夏の笑顔から事の顛末を聞く方が重要だと判断する。
そして一夏は口を開き、此度の顛末を話し始めた。
「此度の一件、此方に襲撃をかけてきたのは国際テロ組織『亡国機業』、その実行部隊の一人でございます。コードネームはM。狙いはIS学園の専用機の奪取及び破壊、そしてお姉様の殺害かと。何か怨まれるような覚えでもおありですか?」
「いや、覚えがありすぎて判断出来んな」
一夏から聞かされたことに箒達は驚きを顕わにするが、教員二人はそこまで驚かない。前回のこともあって、大体の予想は立てていたからである。
千冬の返答には一夏も同意する。
この女傑は確かに強いが、その分色々と不満を持たれやすい。
彼女の知らないうちに何かしら怨みを持たれていても可笑しくないのだ。
身に覚えの無い殺意を向けられ戸惑う千冬。
そんな千冬に一夏は柔らかく微笑むと、安心させるように話す。
「ですがご安心下さい。先程私が撃沈しましたので。身柄は日本政府によって確保される手筈になっていますので。もう脅威は去りました」
「っ…………そうか……」
一夏の言葉を聞いて千冬は苦しそうに答えた。
何故ならば、一夏の言っていることは詰まるところ『対象は抹殺しました』と言っているのだ。
実の弟が殺人をしましたと自らの口で平然と言う。
それが身内にとってどれだけ苦しく悲しいのか、想像出来ない程にしんどいだろう。
一夏の口から初めてこのことを聞かされた時、千冬は激昂した。
当然だ。知らないうちに家族が殺人を犯していたというのだから。
それも私怨でもない、ただの仕事で。それを許せる人間など殆どいない。
だが、千冬にはどうすることも出来なかった。
元を正せば、千冬が第二回モンドグロッソで一夏を誘拐されなければこうはならなかった。それ故に千冬は自責の念に駆られて仕方ない。
だが、一夏はそうは思わないと千冬に言う。
あの誘拐があったからこそ、一夏は自分の道を見つけられたのだと。
感謝こそすれど、怨んでなどいない。
そして一夏のこの殺人の裏にいる日本とイギリスの両政府のことを知り、千冬は何も言えなくなってしまうのだった。
まだ一夏が嫌がっているのに政府に強制させられているというのなら、政府相手にキレて抗議をしに行ったかもしれない。だが、その殺人は一夏本人の意思によって行われているのだ。
それでは何も言えない。いくら世界最強と呼ばれていても、二国双方の政府を相手には出来ないのだから。
それに千冬も本当は分かっているのだ。
善だけで政治は回らないことを。
一夏がやっているように、国や政府を害する存在にはこのような暗いことも行わなければならないということを。
だからこそ、千冬は一夏に対して何も言えないのである。
それを知ってか、一夏は苦しそうにしている千冬にゆっくりと話しかける。
その笑みはいつも以上に大人びていて、少し悲しそうな笑みをしていた。
「千冬お姉様、そのような悲しそうな顔をしないで下さいませ。これは自らが望んだこと。貴女様に責はございません。故に苦しまないで下さいませ」
「っ………………」
千冬はその苦しみを言い当てられて、気まずそうに顔を伏せた。
それまでのやり取りの所為か、室内を妙な雰囲気が満たしていく。
その雰囲気を感じた箒達と真耶は一夏と千冬の両者を見て息を呑む。
彼女達は知らない。今まで一夏がやってきた事を。その業を………。
知っている者とそうでない者。それはこの雰囲気によって如実と現れていた。
その雰囲気によって皆が気まずくなった所で、一夏が軽く咳払いをして皆に笑いかけた。
「さて、このまま行事は中止といった所かと。教員の方は事後処理に忙しくなる頃合いかと存じます。故に私やお嬢様方はこの場にいても仕方ないと思われます。至急、IS学園に帰りましょうか」
その提案に箒達は頷き、千冬と真耶は思い出したかのように仕事へと戻る。
皆この雰囲気から逃れたいがためにその行動は素早く、千冬は少しばかり気が楽になっていた。一夏自身から切り出してくれたからこそ、そこまで酷くならずに済んだことに。
そして帰り道、一夏と箒達は街からモノレールを使ってIS学園に戻り、寮までの道をゆっくりと歩いていた。
「あぁ~~~、せっかくのレースだったのに……」
「乱入の所為で無しになってしまいましたわね……残念ですわ」
「あぁ、まったくだ。優勝して一夏に………」
「あはははは、まぁ、仕方ないよ。ああなったんじゃ」
「だが、やはり嫁の御奉仕は……」
箒達から落胆の声が上がり、皆実に背中から失望しているのかが良く分かる。
それを見て、一夏は少しばかりクスりと笑い、箒達にとある提案をした。
「皆様、お疲れのご様子。よろしければ、この後にでも皆様にお茶をお入れしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「「「「「え、いいの!?」」」」」
一夏の提案に箒達は食い付くかのように一夏に迫った。
間近に迫る5つの顔を見て、一夏は笑みを浮かべながら、自分にとって最も重要な事を口にした。
「はい。何故なら私は……『執事』ですから」
こうして此度の報復も終わる。
その後も度々力なき者達が虐げられる度、彼は駆り出されるだろう。
その正当なる権利を行使するために、彼等の代行者として。