装甲正義!織斑 一夏   作:nasigorenn

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後一回で弦楽器も終わりになりそうです。


もしも一夏が別の劔冑を使ったら。 その37

「がっ………げほっ…………」

 

胸に突き刺さった巨大な矢を藻掻くように引き抜こうとするも、深々と刺さった矢は僅かたりとも動く気配を見せない。

少女は自らの命が抜けて消え失せていく感触に恐怖を抱きながら、それでも生きたいと手を動かし苦しむ。

力が全く入らない手。だが、それでも抗おうと刺さった矢に触れる少女……織斑 マドカ。

マドカは今、町外れの森で倒れ込んでいた。

その身は酷い有様であり、纏っていたISスーツは彼方此方が切り裂け、そこから赤い血がが染み出している。両足はあらぬ方向に折れ曲がり毒紫色に変色していることが窺え、もう立つことが出来ないと推察できる。そして何より、胸に深々と突き刺さった巨大な矢は、彼女を地面に縫い付け命の炎を着々と弱めていた。

何故こうも彼女はボロボロの状態なのか? 

 

それは……撃墜されたからである。

 

彼女は自分が所属するテロ組織の命により、IS学園の行事を強襲した。

そして、そこで世間を騒がせている騎士と戦い……負けたのだ。

全ての攻撃を物ともせずに稟とした佇まいで、ISの武器よりも細身だというのに信じられない程の重さの乗った斬撃を放ち、巨大なこと以外は何もないはずの弓矢で有り得ない攻撃をしてきた、あの騎士に。

その力の差は圧倒的であり、何故今までその力が世間に出回らなかったのか不思議で仕方ない。

彼女はその猛威を受け、そして撃墜されたというわけだ。

自らの力であるIS『サイレント・ゼフィルス』を大破させられて。

そんな彼女に向かってゆっくりと近づく人影が一つ。

それはこの場にあるまじき恰好をした少年であった。

大きなコントラバスを片手に死にかけているマドカに向かってゆっくりと近づいて行く、執事服を着た少年。

少年はマドカのすぐ近くまで来ると、近くにあった切り株に腰掛ける。

普通ならば、このような事態に直面しようものなら大慌てに救急車を呼ぶなり何なりと行動を取るというのに、少年はそれをしない。

ただ、開いている右目だけでマドカを見つめていた。逆に閉じている左目から血涙をながしながら。

何故少年はマドカを助けようとしないのか? それは当然のことである。

何故ならば、マドカを撃墜したのはこの少年……織斑 一夏だからだ。

一夏は撃墜したマドカの最後を看取るべく、こうして出向いてきた。

その姿を目にしたマドカは一瞬の恐怖、そして憎悪を込めた視線を一夏に向ける。

誰もが恐怖する感情を叩き付けられた一夏だが、その顔に浮かべられているのは静かな微笑みであった。

 

「お加減はどうでしょうか、織斑 マドカ様?」

「…………ごほっ……」

 

こんな状態のマドカにそんなことを聞くというのは、嫌がらせにしか聞こえない。マドカはそう聞かれ、満足に動かない口の代わりに憎悪を込めた視線を一夏に向けることで返事を返す。

苛烈な視線を向けられた一夏は笑みを崩さずに静かに話しかける。

その声はさっきまで殺し合っていたとは思えない程に穏やかな物であった。

 

「もう貴女様は助かりません。その傷は致命傷、現代医学を用いてもきっと治せないでしょう。ですので、最後に何か言い残したことはないのかと思い出向かせていただきました」

 

一夏の声は穏やかで優しく、それでいて酷く寂しい。

マドカはその声に疑問を感じて仕方なかった。

何故、そんな声で話しかけるのかと? 貴様は私を討ち倒したのだから、嘲り嗤うなり見下すなりすれば良い。そのはずなのに、何でそんな顔をして、そんな声で話しかける、と。

だが、既に口から溢れ出す血の所為でマドカは満足に言葉を発することは出来なくなっていた。

それを分かっているからなのか、一夏はマドカが答える前に言葉を紡ぐ。

 

「別に……貴女様が悪だから討たせていただいたわけではございません。貴女様の行いが悪だと誰もが批難しても、それを私が咎めるという権利などありません」

 

一夏は静かにマドカにそう言う。

それは許しの言葉に近い。

一夏はマドカに『貴女が私に討たれたのは、貴女が悪だからではない』と言っているのだ。

その言葉に、マドカは死の間際だというのに何を言っているんだと、一夏の正気を疑った。

普通に考えれば、敵を討つという行為は相手が自分を害する者だからこそ、悪なのである。世間の世論の定義もよるが、悪とは総じてそのような物。

詰まるところ、銀行強盗をする者が何人か人を殺すのは、自分にとって邪魔となる『悪』だからこそ、排除される。

悪とはすなわち、悪行にあらず。障害となるものそのものが悪である。

その考えで行けば、マドカを討ったのは一夏にとってマドカが排除すべき存在であるはずなのだ。だが、一夏はそうは言っていない。

勿論、ここに仲間を守るためだとか、世界の平和のためだとか、そのような物は含まれていない。

つまり、一夏はマドカと敵対したから討ったのではないと言っているのだ。そして、マドカの行為を悪だと一夏は断じない。故に一夏はマドカを責めない。

目だけで疑問を伝えるマドカに、一夏はニコリと笑みを浮かべながら答える。

 

「私が貴女様を討ったのは、貴女様が怨まれたからでございます。貴女様が今まで殺してきた人々の遺族から、復讐してくれと……そう依頼が来たからこそ、討たせていただきました。人を殺すならば、怨まれるのは当然のこと。だが、彼等はその力を持たない。なので、その代わりに私が復讐を請け負うのです。その者達の復讐の代行者として」

 

マドカはそれを聞いて、どことなく納得した。

今まで意識しない程に、多くの人達を殺してきた。ならば、怨まれるのも当然あるだろう。つまり一夏という存在は、その者達の総意。

ならこうしてぶつかり合うのも無理は無いと、そう考えた。

復讐とは悪では無い。

復讐とは、盗られた者達が得る正しき権利なのだ。

それを行使する権利は誰しも持っている。だが、実際に行使することが出来るのは強者のみだ。

そんな『権利を持ちつつも、行使できない弱き者』の代わりに一夏が来たのだと。一夏が実行を請け負い、その罪を権利を行使した者が背負う。

彼は純粋な正義なのではないかとマドカは思った。

自分の手が汚れることなどお構いなしに、権利を行使出来ない者達に変わって復讐を行う。

当たり前の権利を行使する手伝いをする一夏の行為は善行ではないのか。すなわち正義ではないのだろうか。

だが、それすら見越したかのように一夏は首を横に振る。

 

「私は復讐の代行者。ですが、この行いは決して善行ではございません。そもそも『人を殺すことは悪』なのですから、いくら権利が正しかろうと、行いその物は悪でございます。何より……私が殺したいからこそ、請け負うのです。それは正義心にあらず。ただの……悪でございます」

 

一夏はニッコリと微笑みをマドカに向ける。

 

「私はただ殺したい。そして彼等の復讐と言う名の免罪符を得て、その欲望を叶えるのです。復讐したくてもできない、そんな彼等の正当な権利を代わりに行使する代わりにちゃんと対象を殺す。ただ、それだけでございます。思いその物は正しくても、その行いは悪なのです。故に悪を行う私は貴女様を責められません」

 

マドカはそんな一夏を見て、どことなく思った。

 

あぁ、これが本当の断罪者なのだと。

 

相手を責める気は無い。だが、復讐を受けないということを許す気も無い。

復讐という名の断罪を必ず行う者。それがマドカの前にいる、織斑 一夏という存在なのだと。

自分はもっとも公平な断罪者に捌かれたのだと、そう思った。

一夏はマドカが何を考えているのか、あまりはっきりとは分かっていない。

その表情から、何となく思っていることを察するだけだ。

だからこそ、そろそろ休ませやるべきだと感じた。

そのまま無言で一夏はコントラバスを構える。

そしてマドカに一番『優しい』笑みを向けてこう言った。

 

「誰もが貴女様を許しはしません。ですが、私は貴女様の悪を許しましょう。報復を受けた貴女様には、許される権利がある。だからせめて、最後の終わりに安らぎを」

 

そうマドカに告げると、一夏はコントラバスを奏で始めた。

それは悲しげながらどこか優しく、儚いながらもどこか心に染みこんでいく穏やかな旋律。

マドカはもう目が翳んで見えなくなってきている中、その音楽を聴いて心底思った。

 

何て優しい悪なんだと。

 

そう思い、心の中で安らかに笑いながら、彼女は眠りについた。

 

 

 

 その十数分後、日本政府によって彼女の遺体は回された。

一夏はそれを最後まで見送ると、皆が待つアリーナへと向かって歩き始める。

 

「皆お疲れのようですら、早く戻りお茶を淹れて差し上げなくては」

 

そう軽く言いながら、左目の血涙を拭った。

 


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