復讐の代行者、織斑 一夏とその報復対象である亡国機業のM……織斑 マドカとの戦いが火蓋を切った。
一夏は腰に下げられている西洋剣を引き抜くと、それを胸の前に持って行き騎士のように構えマドカに向かって合当理を噴かせ突進した。
対して織斑 マドカはその様子に口元でニヤリと笑みを浮かべながら距離を取った。
何故なら、劔冑という兵器がその脅威を発揮するのは近接戦だからである。
これまでの織斑 一夏の戦闘データに於いて、メインは西洋剣による近接戦、そして稀に盾に付けられている大型の弓矢による射撃を行う戦闘スタイルを取っている。近接戦はその剛力と繊細さを兼ね揃えた剣技で圧倒されてしまうが、遠距離戦は織斑マドカの方が分がある。
向こうの弓矢は確かに威力はあるが、それでも弓矢故に連射は効かない。
そして遠距離兵装というのは距離が離れれば離れるほど対処がしやすいのだ。
向こうが接近戦重視に対して、此方は元々遠距離狙撃方。距離のリーチ、武装の数を考えれば織斑 マドカが圧倒的に有利。
だからこそ、織斑 マドカは距離を取る。
そのまま一夏から離れると、改めて一夏に向かってスターブレイカーを向ける。
「ふん、時代遅れの屑が」
嘲笑しながらマドカは引き金を引くと、そこから薄紅色のレーザーが一夏に向かって発射された。
それに対し、一夏はバロウズを機首横転(バレルロール)させることで発射されたレーザーを回避。そこから更に合当理を噴かして織斑 マドカへと斬り掛かった。
「古くも良い物は良い物です、織斑 マドカ様。あまり蔑まれないで下さいませ」
「っ!?」
その斬撃の速さに咄嗟にスターブレイカーで剣を防ぐマドカだが、受け止めた途端にその威力に顔を顰め吹き飛ばされた。
少し吹き飛ばされた後に、追撃にかかる一夏に向かってビットを六機を射出し近づかせないようレーザーを放って牽制する。
「くそっ!」
距離を再び取りつつマドカは機体の損傷を調べ悪態をついた。
本体その物に問題はないのだが、一夏の剣を受け止めたスターブレイカーは銃身が歪んでしまい、もうレーザーを発射することは不可能だと知らされたからだ。
劔冑の力が強い事は知ってはいた。だが、片腕で斬り掛かられただけでこの損傷とは誰が思うだろうか。
メインの射撃兵装を封じられたマドカはビットに指示を出し、一夏を近づけさせないように撹乱することにした。
ビットはマドカの意に従い、一夏の死角を狙っては細かく射撃を行っていく。
それにより一夏はマドカへと近づくことは出来なくなり、防戦になっていた。
その様子にマドカは少し前までは焦りはしたが、再び口元に笑みを浮かべる。
「さっきは少し焦りはしたが、近づかせなければどうと言うことは無い! 所詮は古き遺物。現代戦には適わない!」
マドカはそう言い捨てると共にスターブレイカーのモードを変更。狙撃ライフルから銃剣に変えると、そのまま真っ直ぐに構え一夏に向かって突進した。
確かに近接戦闘は不利だが、超高速でのヒットアンドウェイならISでも充分に分がある。速さならISの方が上であり、更に瞬間加速を使えばその加速分も合わせてかなりの突進力を生む。その全てを一点に集中して突きを出せば、如何に劔冑であろうとも無事ではすまない。
一見捨て身にしか見えない特攻だが、それはビットによって身動きが取れない相手に対しては別だ。
向こうはビットへの対処で手一杯の状態であり、此方の攻撃を防げる余裕はない。故にマドカは口元に笑みを浮かべた。
「これで終わりだ!」
銃剣を突き出し、一夏向かって突撃をかける姿はまさに蒼き流星。
残像が尾の様に見えることから、どれだけその速度が速いのかが窺える。
絶対絶命の窮地に、それまで二人の戦いを見ていた箒達から悲鳴が上がった。
「「「「「一夏っ!!」」」」」
一夏に戦闘に関与しないよう言われ、それまで固唾を呑んで遠くから一夏を見ていた箒達だが、この時ばかりは仕方なかった。誰だって想い人の窮地に声を上げない者はいない。咄嗟に武器を構え、一夏を助けようと5人が動き出す。
だが、事態は箒達が動く理由を与えなかった。
一夏に向かって突進するサイレント・ゼフィルス。その手に持っている銃剣の凶刃はビットに苦戦している一夏に向かって吸い込まれるように突き込まれる。
そして一夏に触れそうになった瞬間、
その穂先が消失していた。
「え……?」
その光景を目の当たりにしたマドカから幼い声が漏れる。
目の前で起こったことがマドカには分からなかった。
何故、突き刺さるはずの穂先が突如として消失したのか、彼女の目は現実の光景こそ認識しているが、脳がそれを認識出来なかった。
消えるはずの無い物が消えた。その事実に思考が追いつかないのだ。
その疑念に対しての答えは、彼女が狙った相手から答えられた。
「別に驚くようなことは何もしておりません。ただ……向けられた穂先を斬り飛ばしただけでございます」
そして彼女の前に差し出された手には、スターブレイカーの穂先が乗せらていた。
「っ!?」
一夏が答えたことがどういうことなのか? それをやっと理解したマドカは咄嗟に後退していた。
彼は穂先が自分に当たる瞬間に剣を振り上げ、その穂先を斬り飛ばした。
そして落ちてきた穂先を空いた手でキャッチしてみせたのだ。
まさに神業。一番近くで見ていたマドカには所作一つ見えなかった。そのような神業を見せつけたと言うのに、彼の声からは疲れや焦り一つ見せていない。
一夏が言った言葉に、一夏の気配に、一夏の存在にぞっとした恐怖をマドカは感じたのだ。
苦戦など、とんでもない。まったく効いた様子など無く、物腰丁寧に話す一夏にマドカはここに来て始めて恐怖を抱き始めた。
この命のやり取りに於いて猛々しくなるわけでもなければ、冷静沈着になるわけでもない。狂気を宿す訳でも無ければ必死に死にたくないと抵抗するわけでもない。その声には確かな『普通』があった。
この緊急事態において、普通でいられるというのは、明らかにおかしい。
寧ろそうでいられるということは、言い替えれば最初から『狂っていた』とも言えるだろう。
それは事実であり、織斑 一夏という少年はしっかりと『狂っていた』。
ここで間違えてはいけないのは、狂ってはいても必ずしもそれが間違ってはいないということ。
彼は大鳥家に仕える執事にして当主の代わりに復讐を請け負う代行者。
復讐とは善では無い。だが、彼が代行するは力なき者達の無念を晴らすため復讐。
それは寧ろ善行ではないだろうか。力なき者のために行動しているのだから、悪ではない。
そう普通なら考えるかもしれない。
否……否である。
誰がどう取り繕うが、それは紛れもない悪である。
人を殺すことは誰が見ても間違っている。それにいくら善のためだと言おうとも、その本質はかわらない。
悪はなんと言おうと悪であると。
世の中、絶対悪や必要悪などと言われて仕方ないとされているものもあるが、それも所詮は言い訳でしかない。
もう一度言おう。悪はどうあれ悪であると。
彼は復讐の代行者。それ自体は善行のように見えるかもしれない。
だが、悪だ。善人は悪事を行えない。なら善人のように見える彼は……悪人だ。
善人のために悪事を行うその精神は尊く見えて、それでいて実に異質だ。
その本質は悪だと認めた上で、それが当然であるとすること。
人を殺すのは当たり前の事。日本人が毎日食事に箸を使うかのように、トイレの際に紙を使うように、当たり前だと彼は認識している。
それが狂っているということを知った上で認めているのだ。
だからこそ、こうして命の窮地に立たされようと平然としているのは当たり前なのだ……彼にとっては。
「あまり怖がられては困ります。私はまだ、貴方様に何も返せてはいないのですから」
畏まった様子でそう言う一夏に、マドカは烈火の如き怒りを込めて睨み付ける。
「あぁあああぁあああぁあああぁあああっぁああああああああああ!!」
感じた恐怖をかき消すかのように叫びながらビットに命じて一夏に向かってレーザーの雨を降らせた。
その雨を一夏はまるで傘を差すかのように手にした盾を上に向けて防ぐ。
「やれやれ、困ったお客様です。別に避けようと思えば避けられますが、せっかくの攻撃。受け止めるのは慈悲という物でございましょう」
丁寧な口調でそう答えるが、マドカはコレを聞いてますます頭に血を昇らせた。
つまり一夏はこう言ったのだ。
『ずっと遊んでやってこの程度でしかないのか。つまらない』
マドカはその言葉に更に怒りを燃え上がらせる。
今まで弄ばれていたのは自分なのだと認めたくなかった。
どちらが追い込んでいるのか、それを理解させられたから。
追い込んでいたと思っていたら実は追い込まれていた。その事実が彼女を冷静では無くさせていた。
「吹き飛べぇぇええぇええぇえええええぇええええええ!!」
更にエネルギー・アンブレラと呼ばれる自爆機能付きのビットを一夏に向かって射出した。
ビットはそのまま一夏の前で急停止すると瞬時に光を発し、大爆発を引き起こした。
ISなら大ダメージ必須の自爆攻撃。いくら頑強な劔冑とて、ダメージは通るはず。
そうマドカは信じながらビットを自爆させた。
だと言うのに、爆炎の中からは……。
無傷のバロウズが出てきた。
その手に持った大型の盾から爆炎の残り火を散らしながら。
「もっと抗って下さいませ。これが貴女様の最後になるのですから、報復される者として精一杯の抵抗をなさって下さい。出ないと……やり概がないではありませんか」
「っ!?」
一夏のマドカに向けて言った言葉。それにマドカの心は凍えるくらいの恐怖を感じ、身体が震えるのを感じた。
それまで丁寧だった口調の中に、一つだけ感情が入ってきたのだ。
それが何なのか、同じ『悪』としてマドカにはわかった。
それは楽しんでいる心だ。
獲物が必死に足掻く姿を見て愉悦に浸っている、あの醜い感情だ。
そう、これが復讐者の悪たる由縁。
復讐の代行者を謳っておきながら、その実自らが殺したいがために殺すのだ。
故に彼がやっていることは悪なのである。
兜で見えないであろう一夏の顔。だが、その時マドカには確かに見えた。
一夏が愉悦に嗤う顔を。
それを見てしまった、見えてしまった。
もう駄目だった。彼女の心はそれを感じた瞬間に、もう凍り付いてしまった。
それでも認めないと、彼女はもう言葉にならない咆吼を上げながら残った6基のビットに指示を出して一夏を襲わせる。
マドカの命を受けて一夏に向かって飛んで行くビット。
このまま行けば、先程以上の猛攻で一夏へと攻撃を仕掛けるだろう。
だが………。
「それはもう飽きてしまいました」
一夏はそう呟くと、盾をビットに向けた。
すると盾に装着されたクロスボウが展開され、装填されていた矢がセットされる。
そして彼はその技を呟いた。
『分散射撃(ディスパーションショット)』
そして放たれた矢は、その名の通りに分散し、射線上にあった6基のビットを全て撃ち落とした。
破壊され爆散するビットを見て、マドカの心は完璧に砕け散った。
武器も殆ど無く、あったとしてもナイフのみ。近接戦で勝てる要素は皆無。
何より、彼女は目の前の悪に抗える気を失ってしまった。
これは戦闘ではない。
報復という復讐の名を借りた蹂躙劇。
その恐怖に、彼女は遂に耐えきれなくなった。
そのままナイフを一夏に向けて投げつけると共に、マドカは全速力で撤退を開始した。
もう逃げるしかない。ただこの目の前の巨悪の目から逃げ出したかったのだ。
逃げ出したマドカの背を見ながら一夏は静かに言う。
「もうこれで終幕だと思うと些か残念になりますね。もう少し楽しみたかったのですが……」
そう言いながら小さくなっていくマドカの背にクロスボウを向ける一夏。
兜のため外からは見えないが、その顔は愉悦に満ちた笑みを浮かべ口元をつり上げていた。そして普段は隠されている眼帯が勝手に外れる。
見開かれた左の瞳。それは人の目ではなかった。
それは………昆虫のような複眼をしていた。
これは最近の医療科学を使い、天然物である彼の主の瞳を出来る限り復元した義眼である。
一夏は主にかわり代行者をやると決めた時から、この義眼を自ら埋め込んだ。それによりオリジナルにはかなり劣るが、それでも主が使う技を使うことが出来る様になったのだ。
クロスボウがキリキリと弦を引き絞り、そして劔冑でさえ一撃で貫く巨矢をセットする。そして一夏は見開いた左目でマドカを見ながら矢を放つ。
『背理の一射(パラドックス・シューティング)』
発射された矢は高速でマドカに向かって飛んで行く。
それを察したマドカは本能的にそれを回避する軌道に変更し、当たらないことに安堵する。
だが、そこで通常なら有り得ないことが起こった。
そのまま行けば明後日の方向に飛ぶはずの矢が突如としてその軌道を変えたのだ。それもマドカの方に向かって。
「な、何故だ!?」
驚愕するマドカ。それは無理もないことだろう。
誘導ミサイルだというのならまだ分かる。だが、一夏が放ったのは何の装置も付けられていないただの矢だ。それが急激に速度も落とさずに軌道を変えたのだから。
それは最早物理限界を超えている。
それこそが、この『ウィリアム。バロウズ』の陰義(アウトロア)。
The paradox of"tell and apple"(テルの矢は林檎に届かない)という背理論を元にした能力である。その理論を元に『放たれた矢が射線の中間地点に到達する度に、再発射(方向転換)することが出来る』という能力だが、通常の人間が使える能力ではない程に神がかった能力が必要なため、まず扱える人間がいなかった。それが一夏の主、大鳥 香奈枝には使えるのだ。その人外の複眼を持ってして。
放たれた矢はそのまま高速で再びマドカを追いかけ始める。その矢に距離を詰められながらも彼女は懸命に回避しようとするが、悉く矢は軌道を変えて彼女を追走していく。
その光景を見ながら一夏は聞こえないであろうが、彼女へと言う。
「主と違い、私は一射のみでしかこの技は使えません。申し訳ありませんが、これでご満足していただければ幸いです。では………さようなら」
その言葉を最後に、逃げていたマドカの身体は巨矢に貫かれ墜落した。