装甲正義!織斑 一夏   作:nasigorenn

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やっと戦闘間近までもってこれました~。


もしも一夏が別の劔冑を使ったら。 その35

キャノンボールファストが始まり、各学年、各クラスの代表候補生や一般生徒がレースで走って行く。

そのレースが熾烈を極めれば極める程に会場は盛り上がりを見せ、より選手達に競争意識を強めさせていく。

そしてレースは進んでいき、今度は箒達一学年の専用機持ちのレースである。

生憎四組の代表候補生は諸事情により参加はしていないが、それでも箒達の闘志が衰えることはない。

皆スタートライン前で火花を散らし合っていた。

 

「まだ不慣れとは言え、負ける気は無い!」

「このために本国が特別に作ったパッケージで力の差を見せつけてあげるわ!」

「パッケージを受け取ってまだ200時間にも達していないひよこになど負けませんわ!」

「みんなやる気だな~。でも、僕も頑張るよ!」

「装備の違いが決定的な差でないことを教えてやる!」

 

皆意気揚々に戦意を高める。

それは彼女達が専用機を与えられた者としてのプライド故か。だが、それ以上に彼女達の中では共通の考えが思い描かれていた。

 

(((((このレースで勝って、一夏に良い所を見せる!!)))))

 

彼女達だけの取り決めだが、このレースの勝者は一夏から『一日御奉仕』の権利が得られるという話となっている。

無論本人の許可など取っておらず、ただ彼女達の暗黙の了解である『一夏の奉仕を受けている最中に邪魔は一切しない』というだけの密約が彼女達の中で決まっている。

普通に考えれば何とも馬鹿馬鹿しく思えることであり、尚且つ国の代表候補生が私情を挟むのはどうかと思われるが、そこは恋する十代女子。そこまでのはっきりとした区分は出来ないのは未熟故か、若いというべきか。

彼女達は自分が勝った暁に受けられる一夏の奉仕を思い浮かべ、内心で頬を緩める。

その明るい未来のために今は戦うのだと表情を締めると、直ぐにでも飛び出せるよう身構えた。

そして鳴り響くスタートのブザー。

音が鳴るとほぼ同時に箒達はスラスターを噴かせながらコースへと飛び出した。

高速レースの名の下に、高速過ぎて肉眼では捕らえることができない速度で飛び始める箒達は、序盤から飛ばして熾烈にトップ争いを行っていく。

そのぶつかり合いを見て、観客席からは多くの歓声があがった。

 

「やるな、鈴!」

「私だって代表候補生よ! 舐めないで欲しいわね」

「わたくしも忘れて貰っては困りますわ!」

「隙ありだよ、箒!」

「なっ!? くそ、性能では負けていないのに。これも未熟故か! だが!」

 

激突し、妨害し、追い抜き、より苛烈になっていくレース。

白熱した熱はよりアリーナを包み込み、盛り上がりに拍車をかけていく。

だが、それは突如として終わりを告げた。

熾烈なトップ争いをしているラウラ、鈴、セシリアに向かって突如、レーザーの雨が降り注いだ。

その事に驚く3人だが、大ダメージは避けようと咄嗟に回避を行う。

そして箒とシャルロットは攻撃をしてきたであろう上空に目を向けると、そこにはセシリアを除いた4人が知らないISが浮かんでいた。

それはまるで蝶のような姿をし、嘲笑うかのように箒達を見下し口元に笑みを浮かべていた。

その唯一の正体を知っているセシリアがその名を口にする。

 

「サイレント……ゼフィルス……」

 

その名を聞いたのか、サイレント・ゼフィルスは口元をニヤリと歪めると手に持っていた大型スナイパーライフル『スターブレーカー』を箒達へと構える。

それを見て此方も対応すべく構え始める5人。

それまで盛り上がっていた観客もサイレント・ゼフィルスの乱入でパニックを起こしていた。それを教員が大わらわになりつつも必死に避難させていく。

そんな阿鼻叫喚な状態で地上は荒れ、上空では箒達とサイレント・ゼフィルスが対峙する。

そしてどちらか兎も角動こうとした瞬間………その場の6人には場違いな音が聞こえ始めた。

それは低い音でありながら美しい音色。

しかし、演奏しているのは悲しく悲壮感に包まれている音楽であった。

音色が鳴り響く音源に目を向ける箒達とサイレント・ゼフィルス。

その先にあるのは、もう避難が済んで誰も居ないはずの観客席。

そのはずなのに、一席にだけ人が座っていた。

それは執事服を着て、眼帯で片目を隠した青年であった。

手に持ったコントラバスを美しく、ただひたすら静かに奏でるその姿はとても幻想的であり、どこか儚い印象を受ける。

その光景に呆気にとられるサイレント・ゼフィルス。

だが、邪魔だからと処分することが出来なかった。

それはこの場でコントラバスを弾いている間抜けだからではない。その姿そのものに隙が一切無かったからだ。

ただ彼は楽器を奏でているだけだというのに、その姿は常に臨戦態勢の兵士の如く隙らしい隙がない。別にその青年からは闘志や戦意といったものが一切感じられないのに、何もかも躱されそうな印象を感じさせるのだ。

そして箒達はそんな一夏の姿を見て、戸惑いつつも嬉しく思ってしまう。

だが、同時に違和感も感じていた。

一夏がコントラバスで演奏をする曲。それはいつもどこか優しい気で、聞いている人間が何故かこの曲に愛されていると感じる不思議な曲であった。

だが、今回演奏しているのは真逆の曲。

物悲しく悲壮感漂う、まるで手向けのような曲であり、そんな曲を箒達は始めて聴いた。

それまでの混乱と喧噪が嘘のように静まり、ただ音楽だけが流れる異常な空間がそこにはあった。

そして弾き終えると共に、一夏はサイレント・ゼフィルスに向かって一礼する。

 

「遠いところをようおいで下さいましたこと、感謝の念が絶えません」

 

静かに、しかし丁寧な口調で礼を言う一夏。

その顔は穏やかな笑みが浮かべられている。

 

「先程の演奏は如何だったでしょうか?」

 

一夏は更に話しかけるが、サイレント・ゼフィルスは無言を貫く。

両者の間の空気は何かがあるわけでもないのに、凍りついていくかのように固まっていく。

 

「感想をいただけないのは残念ですが、仕方ありませんね。それだけ私が未熟ということですから。ですが、出来れば一言だけでもいただきたかったのですが……これは貴方様のための曲なのですから……亡国機業、M様……いえ、織斑 マドカ様」

「っ!? 貴様はっ!」

 

それまで沈黙を保っていたサイレント・ゼフィルス……その操縦者である織斑 マドカはここに来て驚きを顕わにした。

何故ならば、彼女の名前を言い当てられたから。

亡国機業なのは調べれば分からなくもない。その部隊の戦闘員、Mであることも調べれば出るだろう。

だが、『織斑 マドカ』という名だけは絶対に出ないのだ。

その名は彼女が仲間の、それも二人にしか言っていない名。知りようがないはずの本名。それを知っているということが、如何に目の前の青年が危険だということか認識させられる。

すると一夏はここに来て再び頭を下げ始めた。

 

「おや、これは申し訳ありませんでした。人の名を確認する前には自分から名乗るのが礼儀。深く謝罪いたします」

 

そこで一端言葉を切ると、物静かな笑みをマドカへと向けながら軽く一礼し自己紹介を始めた。

 

「私、大鳥家で執事をしております、織斑 一夏と申します」

 

その言葉を聞いてマドカは口元をニヤリと憎悪を込めて歪めると、スターブレイカー

一夏に向けた。そして引き金に指をかける。

その何気ない、しかし、確かに速い動作に箒達の動作は遅れてしまう。

 

「「「「「一夏っ!?」」」」」

 

いくら武者が強かろうが、それは劔冑を装甲してのこと。

生身でレーザーを受ければ死んでしまうのは確実だ。

その動作に気付くのが遅れてしまった5人は同時に想い人の名を叫ぶ。

それに対し、一夏は笑みを変えることはなく、自身の命が窮地であることを忘れてさえいるのか、思い出したようにマドカに話しかけた。

 

「あ、そうでした。以後よろしくお願いしますとは言いません。何故なら……」

 

一夏が何かを言いかけている途中だが、マドカは引き金を引いた。

発射された閃光は一夏へと高速で飛んで行く。それは確実に相手に死をもたらす閃光だ。

だが、一夏にそれは当たらなかった。

避けたわけではない。コントラバスを抱えた状態で素早く動くことなど出来ないのだから。

ただ……迫ってきた閃光は見えない刃物のような何かで斬り払われたかのように、レーザーは一夏の前で真っ二つに裂け、あらぬ方向へと分かれてしまったのだ。

その光景に箒達は口から出かかった言葉が詰まった。

勿論、顔には出していないがマドカも同じである。

そこで注意良く見ていれば気付けただろう。一夏の前には細くも強靱な鋼糸が張られているのを。

そして一夏は、マドカに笑みを返しながら口を開いた。

 

「何故なら……貴方様はここで死にますから」

 

その発言と同時に持っていたコントラバスは弾け飛び、そしてそのパーツが一夏の身体へと装着されていく。

そして箒達とマドカの前に、一騎の騎士が現れた。

白銀だが鈍く輝きを発する装甲。大きな盾に備え付けられた強大な弓。

腰に差された西洋剣はまさに騎士の証。

これこそが一夏が駆る劔冑。

伝説上の旧式劔冑『ウィリアム・テル』に限りなく近づけた贋作。

その名は……『ウィリアム・バロウズ』。

本家と似ても似つかない、血に濡れた劔冑である。

 

「先程の曲は貴方様への鎮魂歌でございます。それをせめてもの手向けに」

 

一夏は上空にいるマドカに向かってそう言うと、さっそく合当理を噴かせ、マドカに向かって飛翔した。

 

「復讐の代行者、織斑 一夏。力なき者達の怨嗟を込めて、貴方様に報復させていただきます」

 

 そして復讐の騎士は剣を抜いた。


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