見るも無惨な姿に成り果てたオータム。
全ての指は折れ、爪は剥がされ、手足の間接を砕かれ、身体中の骨がバラバラにされていた。その激痛は想像を絶っする物であった。
オータムが立っていたであろう所は液体が滴り、床に黒い染みを作り出す。顔は白目を剝き、涙と唾液と吐瀉物で汚れ、口からは泡が絶え間なく噴き出す。
辺りに立ち籠める汚物の匂いが、その惨状をより際立たせていた。
そんな中、一夏は相変わらず神経質そうな表情でオータムを見下していた。
「ちっ……あまりたいしたことは聞き出せなかったな、このゴミ虫め」
言葉を発することも出来ないオータムに対し、一夏は唾を吐き捨てるかのように言い捨てる。
六波羅という大樹の前に、羽虫など無意味。なれど、いかなる病の元なる菌を持っているか分からない。虫そのものに力が無くとも、その菌にどんな影響があるか分からない。ならば調べるのが当たり前である。
そのためにオータムは『優しく』尋問されたわけだが、一夏にとって大した情報は得られなかった。
手に入った情報は自分のいる実行部隊の隊員について。
その中に織斑 千冬のクローンが一人居て、織斑 千冬に異様な執着を持っているということ。彼の組織に於いて、その大まかな構成についてであった。
彼の組織……亡国機業はその方針を決める首脳陣と、その意向を受けて実行に移す実働部隊の二つに分かれる。
詰まるところ実働部隊は使いっ走りである。
それを察するに、組織としての強さはそこまでない。ピラミッド型でない組織は頭を一つ潰しても組織が揺らぐことはない。そういったタフネスさがあるが、その分意思決定に欠けるため動きは緩慢になってしまう。
戦いに於いて、それは致命傷である。総べる者がいない組織など、恐るるに足り無い。確かにタフネスだが、頭の数が多かろうと頭その物が強くなければ潰すことは容易であり、頭を全て潰せば組織を潰すことも簡単だ。
そのような『矮小』な組織に、『六波羅』が害されることなど無い。
だからこそ、一夏は落胆しつつ懐から携帯を取り出す。
「……俺だ……あぁ、今羽虫を捕まえて軽く調べたが、思った以上に役に立たなかった。だが、もう少し人目がない場所で調べれば何か出て来るかもしれん。至急此方に取りに来い。聞き出すに関しては、『いかなる手段』を用いてもかまわん。その後がゴミになろうが何だろうが、どうでも良い事だからな。俺はこの後、獅子吼様の御身を守るべく獅子吼様の元に戻らねばならない。急げ」
そう言うと一夏は携帯を戻す。
すると暗闇から一夏に向かって声がかけられた。
「別に貴様に守られるような程腑抜けてはいないぞ、俺は」
暗闇から現れたのは、刀のような鋭利な殺気を放つ男。
その男を見て一夏は表情を変えずに、しかし内心では恐れ多いと畏れながら傅く。
「出過ぎたことをして申し訳ありませんでした、獅子吼様」
「そうだ……とでも言うべきか? 別に貴様の忠臣は今に始まったことではない。その台詞も聞き飽きるほど聞いたわ」
一夏が忠誠を誓う男、獅子吼は呆れ返った様子で一夏のことを見る。
一夏は獅子吼のを見て若干恥じ入る気持ちで頭を上げた。
「一体何処から見ていらしたのですか?」
「ふむ。まぁ、貴様が終えた後くらいからだ。あまりに貴様の義妹が心配するものなのでな。所用で少し離れると言ってこうして見に来たのだ」
それを聞いて一夏は心底すまなそうな顔をした。
「申し訳ありません。愚義妹がとんだご迷惑を」
「よい。良い娘ではないか」
からかうようにニヤリと笑う獅子吼に、一夏は何とも言えない表情で返す。
「お戯れを。あまり弄らないでいただきたく」
「ほう、貴様にも年相応の反応があるということか。ふむ、茶々丸ではないが、これは使えそうだな」
獅子吼にからかわれた一夏は気まずさを感じつつも立ち上がる。
それを機に、先程までからかっていた獅子吼も少しばかり表情を真面目な……否、冷気の如き殺気と凄惨な笑みを浮かべる。
一夏はその顔を見て、真面目な表情をし気を引き締めた。
「見ていたが……随分と緩くしたな。あまり感心はできんぞ、あのような手ぬるいやり方では。確かにやり過ぎるなとは言ったが」
「は、申し訳ありません。あまり派手にやると周りに知られる可能性があるかと」
「確かにそれもある。だが、あの女を見たところ自白剤を投与された形跡もなく、また尊厳を砕くために陵辱された所も見えない。それでは大したことは聞き出せなかったであろう」
それを言われた一夏は少しばかり顔を逸らす。
「此度は自白剤の用意はしておりませんでしたし、かの薬の信頼性は低いかと。それと陵辱については、自分がせずとも部下がすれば問題無いと思われます。その方が人目がない分、存分に行えるかと。今、あの女を連れて行くよう部下に連絡を入れたので」
その話を聞いた獅子吼は顎に手を当てて軽く考える様子を見せる。
この答え、獅子吼の受け取り方次第では一夏の首は胴から離れることになるのだ。
だからこそ、表情には出さないが一夏は冷や汗を掻いて緊張していた。
「ふむ………実に青臭い意見だ」
その言葉に一夏の身体が萎縮する。それほどに、一夏は畏れていた。
殺されることにではない。獅子吼の期待に応えられなかったことにである。
その恐怖を表に出してみっともない姿をさらす訳にはいかぬと歯を食いしばる。
「だが、それっも悪くはない判断だ。あの場でそれを行えば、確かにより情報が得られたかも知れぬが、その分後始末にも手間取っていたかもしれん。特に匂いなどは中々取れぬものだからな」
その言葉が許しの言葉だと分かり、一夏は内心肩のを撫で降ろした。
そんな一夏を見て、獅子吼はニヤリと再び笑った。
「貴様もまだまだ甘い小童だな。貞操を気にしているのだから」
「……………恥ずかしい限りで………」
笑いながら歩き出す獅子吼に付き従うように一夏は更衣室を共に出た。
その後、気を失っているオータムは清掃業者に扮した六波羅によってIS学園に気付かれることなくどこかへと連れて行かれた。
その後オータムの姿を見た者はいない。
「もう、義兄さん、何処に行ってたの!」
獅子吼に付き従いながら教室に戻ると、シャルロットが顔を赤くして頬を膨らませていた。
辺りはもう夕暮れに包まれつつあり、学園祭も終わりつつある。
一夏は心配するシャルロットに鼻を鳴らし不機嫌そうに対応する。
その様子を見て、獅子吼はニヤリと笑い、景明は表情を特に変えてはいないが笑っていそうな感じがする顔をする。
「俺達はこれで用は済んだのでな。帰らさせてもらう」
「とても楽しかったです。案内していただき、誠にありがとうございました」
二人がそう言い出したことに、一夏は深々と頭を下げて礼をする。
「楽しんでいただけて何よりです。では、出口までお見送りさせていただきます」
そう言いながら出口に向かおうとする一夏だが、それは獅子吼によって止められた。
「いらん。それぐらい無くとも帰れるわ。それより、貴様の義妹が何やら中庭の物に夢中のようだぞ。せっかくだから踊ってやれ。それが兄貴というものだ」
そう言いながら獅子吼は景明を連れて出口へと向かって行った。
それに何かを言う前に、一夏に向かってシャルロットから声がかけられる。
「義兄さん、中庭でキャンプファイヤーをやるみたいだよ。だから、その……一緒に踊って欲しい……かな」
夕陽に負けず真っ赤になったシャルロットの顔を見て、一夏は深い溜息を吐きながら答えた。
「…………はぁ、仕方ない。獅子吼様の命でもあるのだから、踊ってやろう。ただ、俺は踊りなど殆ど知らんからな」
「それでもいいよ。やった~!」
そして二人は中庭に向かって歩き始めた。
こうして亡国機業の思惑は見事に滑り、無事? に学園祭は終わった。
尚、放送で入った一番投票の多かったクラスは一年一組の執事喫茶であり、一夏はこの学園祭以降、『ドS執事』の称号を手に入れたとか。