そしてお気に入りが減っていく~……。
教室を騒然とさせた事態もシャルロットの御蔭で静まり、一同は今、席に座っている。
「義兄さん、この人達は?」
シャルロットは一夏にいきなり斬り掛かってきた男……獅子吼を若干警戒しつつ誰か一夏に聞いてきた。
その態度に対し、一夏はいつもより少し厳しい視線でシャルロットを睨む。
「失礼だぞ。この方は俺の上司にして師匠、六波羅財団の大幹部、篠川公方、大鳥 獅子吼様なるぞ。貴様がこうして平和な日常を送れるのもこの御方の御蔭だ。礼を言え!」
「え、そうなの!? そ、それは本当に……」
一夏にそう言われたシャルロットは慌てて獅子吼に向き合う。
本来ならとっくの昔にフランスで投獄されていたはずのシャルロットだが、一夏の御蔭でそれを免れている。そしてそれには六波羅の多くの協力が必要であり、獅子吼が許可を出さなければシャルロットは助かってはいなかったのであった。
その事を言われ、シャルロットは獅子吼に頭を下げて礼を言う。
「あ、あの! 助けていただいて、ありがとうございました」
姿勢を正して心の底から感謝の意を込めて獅子吼にお礼を言うシャルロット。
そんなシャルロットを見て獅子吼はふん、と鼻を鳴らし片目で睨み付ける。
「別に感謝などされる謂われはない。貴様がそうなったのはたまたま運が良かっただけに過ぎん。そんなに感謝したければ織斑にすれば良かろう。何せ貴様の処遇を一任されたのは織斑なのだからな」
獅子吼はシャルロットにそう言うと、一夏を見てニヤリと笑う。
その笑みに隠された意味を察し、一夏は表情こそ変えないが視線で獅子吼に文句のようなものを垂れる。
(獅子吼様、何故俺に投げ出されたのですか! アレは古河公方 遊佐 童心様のお戯れが原因のはず!)
(そう言うな。童心様のお考えのこと、俺には分からないし分かりたくもない。どうせ碌な事がないのだからな。それに師に断りもなく、勝手に立ち回ったのだからこれぐらいの罰は受けろ)
師と弟子の間でそんなやり取りが行われている間、シャルロットはというと……。
「義兄さん………」
一夏に熱い眼差しを向け感動しているようだ。景明はそんな三人を見て、平和だと感じていた。
そして出されたコーヒーを飲み終えた後、今度はシャルロットもお供に加えて学園祭を廻ることになった。
と言っても獅子吼がクラスの出し物を楽しむ訳が無く、ただ歩き回っているだけである。
具体的に言えば出し物の様子を眺め、すれ違った各政府の要人や企業の重役に挨拶と軽い牽制を含めた脅しなどを行っている。
物々しい事実は学園祭と縁遠い物だが、辺りの雰囲気は変わらず賑やかである。
周りの来客が楽しみに笑みを浮かべ、獅子吼に『挨拶』された者達は顔を青ざめさせながら苦笑を浮かべていたが。
そんな獅子吼と共に学園祭を廻っていく。
その最中、シャルロットを除いた三人は途中からあることに気が付いた。
いや、獅子吼と景明に限っては最初からかもしれない。
「ところで織斑。貴様、気付いているか?」
「は! 後ろ……ですね」
「この学園に入った時から探っていたようですね」
獅子吼に聞かれたことに一夏が答えると、景明がさらに深く言う。
その事実に内心で反省する一夏。一夏が気付いたのは獅子吼達とクラスの喫茶店を出た後であり、その前からはそこまで気付けなかったのだ。
常人ならまず無理な話。されど武者の、それも隠密、暗殺の術を主に使う獅子吼の弟子としては恥としか言いようが無い。それを誰も責めはしないが、それでも一夏は己を恥じた。
「して、どうする? この感じ、狙いは貴様だぞ」
獅子吼は顔を動かさずに目だけを一夏に向ける。
その視線の意味はどうこの尾行者に対応するのかという意味である。
それに対し、一夏は即座に答えた。
「此方から出向きます。前もって何処の者なのかはある程度分かっていますから、狙いが分かっているのならはめるのは簡単です。故にこちらから」
「妥当な判断だ。どう思う、湊斗」
獅子吼は一夏の案に軽く頷くと、今度は景明に話を振った。
「自分も同じかと。ただ……」
「ただ?」
「此度は学園の祭り。あまり騒がしくしては無粋というものかと。できれば穏便に済ませていただきたく」
「くっくっく……しかたないか」
景明の甘さに笑う獅子吼。
だが、その瞳は既に狂気に彩られつつあった。
だが、今回は獅子吼の出番はない。故に弟子に任せる。
「織斑、俺達はどうすれば良い」
「はっ! この程度の輩、自分一人で十分かと。獅子吼様と湊斗様はお気になさらずに学園祭を楽しんで下さい。案内として愚義妹を置いていきますので」
「そうか。では、そうさせて貰おう」
「はっ!」
獅子吼はそう言うと、シャルロットの方を向いた。
その殺気に彩られている表情は一夏を見慣れているシャルロットでも怖がる程凄まじい。
少し息を詰まらせたシャルロットに獅子吼はできる限り普通に話しかける。
「どうやら織斑は用事があるのでこれから抜けるらしい。悪いがこの場に案内が必要なのでな。頼まれてくれぬか」
「は、はい!」
獅子吼の声に少し裏返りつつ応えるシャルロット。
その様子に獅子吼は鼻で笑うと、景明と共にシャルロットの案内の下でその場を移動した。
ただ、その前に一夏の方に一度だけ話しかける。
「織斑……分かっているな」
「は……充分に。最善を尽くします」
「うむ。『やり過ぎるなよ』」
一夏はそれに返事を返す事無く、視線だけで答える。
その師に負けない程の殺気に目を輝かせながら。
獅子吼達と別れた一夏はそのままゆっくりと歩き出し、どんどん人気が少ない方角へと向かって行く。
後ろからついてくる者に気付かれぬよう、ゆっくりと、しかし不自然さを感じさせないように。
そしてアリーナの控え室へと入って行く。
それまで尾けていた人物……亡国機業のオータムは好機と判断し、控え室へと入った。それまで、本来のプランならば政府関係者を装って接触し、人気が無いアリーナの控え室で襲おうとしていたのだが、一夏以上に危険を感じさせる獅子吼がいたことで前に出れなかったのだ。それが離れ、その上対象が人気の無い控え室に自ら入って来たとなれば好機としか言いようが無い。今がまさにその時である。
確かに罠の可能性もあるが、先程から警戒して辺りを調べるが劔冑の姿は見えない。
劔冑の無い武者などただの鍛えられた人間。ISに適うはずがない。
だからこそ、オータムはこの好機を逃す気が無かった。
そして突入したところで辺りを見回すが……一夏はいなかった。
「何処に行ったんだ?」
すかさず辺りを見回すが、一夏の姿は一向に見えない。
入った所は見た。この部屋の出入り口は一つのみだから出ていない事はわかりきっている。では何処に……?
そうオータムが考えると、突如声をかけられた。
『探しているのは俺か?』
「っ!? どこだ、何処にいやがる!」
心底から冷え切るような声にオータムは恐怖を感じつつも首を振って辺りを見回す。
だが、一夏の姿は一向にない。
先ほどした声もどこからしたのかまるっきり分からない。
オータムの周りにあるのは薄暗い闇のみであった。
更に声だけがオータムに降りかかる。
『ふむ……亡国機業で合っているな』
オータムはその声に心底恐怖を感じつつも、怖じ気づけまいと心を震い立たせる。
「どこだっつってんだよ! この亡国機業のオータム様が来てやったんだ! 大人しく隠れてねぇで出てこいや! 武者ってのは正々堂々が基本なんだろ。隠れてるんじゃネェよ!」
恐怖を紛らわすために挑発するオータム。
だが、一夏は姿を見せない。
『生憎俺は隠密、暗殺を主にしている。よって武士道とは縁遠い存在だ。随分と怖がっているようだなぁ。何を怖がる? ただ暗いだけの部屋に』
声に含まれている嘲り。
その声にオータムは逆上する。特に自分の感情がばれていることが、何よりも我慢出来なかった。
だからこそ、もう暗殺など考えない。
「あぁ、くそ! もうまだるっこしいのはごめんだ! このままこの部屋全部崩壊させてやるぜぇえええええええええええええええええええええ!!」
怒りのままにISを展開しようとするオータムだが、その手が待機状態となっているISに届くことはなかった。
「え?」
ここでオータムは不思議そうな声を上げてしまう。
何故なら、動かしたはずの右腕が触れようとした物に触れていないから。その感触が手に伝わってこないから。
肘までは普通に曲がる。
だが、そこから先は……………。
有り得ない方向に曲がっていた。
約90度直角に曲がった腕を見て、その可笑しな光景にオータムは理解が追いつかない。
何で腕が曲がっているのか? そもそも、腕ってこんなに曲がるのか?
否、腕は本来そんな風には絶対に曲がらない。
つまり………折れている。
その理解が追いついた瞬間、オータムは激痛を感じて叫んだ!
「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!?!?」
あまりの痛みに声にならない叫びが控え室に木霊する。
そのまま床に座り込み、折れた腕を抱きかかえる。
意識し出した後は、ただひたすら灼けたような痛みに苛まれる。
そんな激痛に襲われているオータムに、まるで冷水のように冷たい声がかけられた。
『ISを使わせる馬鹿がどこにいる。そのような馬鹿はこの場にはいないぞ? 痛いか? そうかそうか。それは……お前の慢心した結果だ。斬り飛ばさなかったのはまだまだ、聞きたい事があるからなぁ』
その声に心が折れるオータム。
見えない敵に見えない攻撃。その恐怖は鍛えられた人間でも我慢出来るものではない。慢心している物なら尚更に。
暗殺などどうでもいい。もう逃げる以外選択肢のないオータムは痛みを泣きながら堪えて出口に向かおうとする。だが、起き上がれなかった。
何故なら、見えない何かによって、左足がへし折られたから。
「ッ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?!?」
再び激痛に襲われ叫び越えを上げるオータム。その声はもう怯えしかなく涙が溢れて止まらなくなっていた。折られた左足は勿論可笑しな方向に曲がっており、もう歩くのは不可能となっている。
つまり逃げ出せない。
その絶望に拍車をかけるべく、オータムに一夏の声がかけられた。
『一つ良い事を教えよう。貴様は俺の劔冑がいないか探っていたようだがな……初めからいたぞ。俺の、獅子吼様からお預かりしたこの『銘伏(なぶせ)』、その陰義は自己隠蔽。最近で言うのなら、光学迷彩だ。銘伏は常に周りの風景に同化し、俺と共にいた。それに気付かなかった貴様が間抜けだっただけのことだな』
その言葉にオータムは言葉を失う。
最初から作戦は破綻していたのだと。
そして一夏から、最後の止めが下される。
『さて。せっかく来たのだから、ゆっくりと話でもしてもらおうか。貴様等のような羽虫、六波羅という大樹の前には意味を成さない。けれど偶に病気を持っているものがいるからなぁ。それを調べるのも、末端の勤めだ。それまで……優しく聞いてやろう。俺は師と違って優しいからなぁ。刀は使わぬよ、刀は。くっくっく………どれだけ保つのか、見物だな』
それを聞いてオータムは………全て折れた。
その後、度々狂った獣のような声が控え室に轟いたが、それを聞く人は誰も居ない。
皆、学園祭に夢中なのだから。