獅子吼達を出迎えた一夏は早速学園祭を案内していく。
「騒がしくて申し訳ありません。どうも若い娘というのは落ち着きがなくて」
一夏は学園祭の賑わいについて獅子吼達にそう謝罪をする。
自分も同じ年齢の人間とはとても思えない発言。だが、それを注意する者はこの場にいない。
「いや、良い。まだ若いうちの娘などそのような物だろう。それにあの馬鹿に比べれば大人しいものだ」
「この年頃の娘なら、これぐらい賑やかな方が華があるというものですよ」
いつもなら不機嫌そうな獅子吼も多少はマシなようで気にした様子はなく、景明も表情にこそ出てはいないが、学園祭の雰囲気を楽しんでいるようだ。
そのまま三人で移動。取りあえずは最初に少し休んで貰うために一夏は自分のクラスの喫茶店へと案内することにした。
その道中、三人は妙な視線に晒される。
それが恰好の良い男を見て見惚れる女の視線なら男冥利に尽きるというものだが、三人に向けられているのはそのようなピンク色の視線ではない。
何せ触れた瞬間に斬り捨てられそうな殺気を纏った学生と、それを更に増して見た瞬間には斬殺されそうな殺気を放つ男、それと昼間をあっという間に真っ暗な夜闇へと変じさせるかのようなオーラを放つ男がその場にいるのだ。
そこに向けられるのは畏怖と怖い物見たさの興味の視線である。
単純に言えば、人を何人も殺してそうな凶悪な顔二人と、変質者にしか見えない男がいるという可笑しな光景に皆異常を感じて目を向けてしまっているだけだ。
そんな視線を向けられた三人は気にすることなく廊下を歩いて行く。
すると獅子吼がらしくないことを言い始めた。
「ふむ。多少は違えど、学生の時を思い出す。学園祭の時は俺も恥ずかしながらハメを外したものだ」
「そうですね。自分も学生の時はこれほどの賑わいはありませんでしたが、楽しかったことを良く覚えております」
獅子吼と景明が少し懐かしそうに昔を思いだしながら語り出すと、一夏は自分の上司の昔話が気になって聞きに掛かる。
「獅子吼様、差し支えなければそのお話、お聞かせ願えますか。湊斗様もお願いします。この経験の浅い浅慮な自分にご教授願いたく」
一夏の畏まった様子に獅子吼は鼻を軽く鳴らすと、景明と二~三言話して一夏に話すことにした。
「まず先に自分から話しましょう」
先に前に出たのは景明である。
一夏はその様子を息を飲んで一言一句聞き洩らさぬよう構える。
「そうですね。自分が学生の時は自動車部という物に所属していましたね。と言っても車を作ったり乗ったりするわけではなく、ただ調べたことを発表する展示でしたが。トヨタ、日産、三菱、ホンダ、マツダ、いすゞ、様々調べましたね。あまり人は来ませんでしたが、車業界の人には足を良く運んでいただけて、とても好評でした」
「まぁ、俺達が学生の時は良く車に憧れを持っていた時期だからな。最近の童には分からないだろうが」
その話は一夏にとって分からなくもない話であった。
年頃の男というのは、機械なんかに結構興味を持ち始める時期でもあるのだ。
二人が懐かしみ一夏が感心すると、今度は獅子吼が話し始めた。
「俺の時はそうだな………クラスで演劇をやったな、確か」
「演劇……ですか?」
「ああ、そうだ」
一夏は意外過ぎる事実に若干驚く。
獅子吼と演劇など、とても合わない組み合わせだからだ。演じることなど、プライドの高い獅子吼に出来るとは到底思えない。その事を一夏は内心で冷や汗を掻きつつおっかなびっくりと聞くことにした。
「ちなみに、何の劇を演じられたのですか?」
一夏の質問に獅子吼は少しだけ笑いを堪えながら答えた。
「ああ、創作劇でな。俺は新撰組の土方 歳三の役をやるハメになったのだ。それも何故かタバコを咥えてマヨネーズが大好きという巫山戯た設定の奴をな。それでいざ演じようとしたら白髪の天然パーマの奴が乱入してきて劇は滅茶苦茶になった」
「そ、それはまた……」
あまりのハチャメチャな話に一夏は言葉を詰まらせる。
まさかこの上司にそんな事があったとは思いも寄らなかった。
語る獅子吼はどこか懐かしそうな感じで、若干楽しそうである。
「当時の俺は憤慨してその者と乱闘しそうになったものだが、いやはや。こうして懐かしむと悪くないものだな」
「さ、さようでございますか」
懐かしんでいる獅子吼には悪いが、一夏は別の所が気になって仕方ない。
当時、若かりし頃の獅子吼と乱闘したという天然パーマはどれだけの腕前だったんだろう。そう考えられずにはいられない。
獅子吼はそんな一夏を見て、ニヤリと笑う。
「さて、これで俺達の昔話はおしまいだ。だからこそ、今度は貴様の出し物を見ることにしよう」
「はっ!」
その言葉に気合いを入れた一夏は、そのまま静かに自分のクラスへと向かった。
歩いてから数分後、三人は一組の教室へと着いた。
「ほぉ、ここが貴様の教室か」
「はっ!」
問いかけに覇気を込めて答える一夏だが、傍から見れば奇妙な光景にしか見えない。
そんなシュールな光景など気にせず、一夏は獅子吼達を店内へと招いた。
「「「「「「お帰りなさいませ、旦那様!」」」」」
店に入った途端、見事な執事服を着た男装の麗人達から挨拶を受ける。
その光景はまさに、本物の貴族にでもなったかのような感じを覚えさせるだろう。
「ふむ………執事服を着た可愛い女の子というのは、またそそって良いモノですね」
景明の言葉を聞いて一夏は景明の方を向くと、景明が人がしてはいけない『悪鬼』な笑い顔になっていた。
一夏はそれを見て、瞬時に理解する。
この男はむっつりであることを。
対して獅子吼は眉をぴくりと動かした。
そして一夏の前に一歩出ると、一夏に問う。
「織斑……この執事服について、貴様は何を言うつもりだ?」
「それは……」
先程の楽しい雰囲気から一転し、教室内を殺伐とした空間に塗り替えていく。
その事実に一夏は冷や汗が止まらなくなる。
「この執事服は『大鳥』のものであろう。貴様、どうして大鳥が関与しているのだ? 場合によっては」
そこで獅子吼は言葉を切ると、いつの間にか手にしていた刀の鞘に手をかける。
その身から発せられる殺気はこの場の人間の顔を皆真っ青に変えていく。
それに対し、一夏は真剣な表情で答えた。
「はッ! それは後察しの通り、大鳥家の執事服でございます」
「ほう、堂々と言ったな。俺があの家のことを嫌っていると分かっていて、何故借りた?」
「はい、それは……勝つためです」
それを聞いた獅子吼は少し考えてから一夏に話しかける。
「続けろ」
「はっ! 確かに獅子吼様とあの家とは浅からぬ因縁があることは窺っております。ですが、此度の学園祭、例え茶番であろうと私は六波羅の人間です。負ける事は許されません。故に万全を期すため、本物を揃えさせていただきました」
そう答える一夏に獅子吼は押し殺した笑い声を上げる。
「くっくっく……。師匠を裏切るとわかっていてか?」
「はい、分かった上です」
「そうか」
獅子吼がそう答えた瞬間、一夏の首目がけて一筋の銀閃が走る。
一夏は獅子吼の目を見たままどこからか取り出した脇差しを抜刀してそれが首に当たる前に防いだ。
激突した瞬間、金属同士の甲高い音が教室内に響く。
音の発信源を見れば、獅子吼が一夏の首を狙って振った刀を一夏が既の所で止めていた。
あまりの殺伐とした光景に皆絶句する。
しばし沈黙した後に、獅子吼が笑い始めた。
「あっはっはっは……その答え、大いに結構だ。俺という岩より、六波羅という山を選んだ。その選択、実に六波羅らしい。それでいい」
「は、ありがとうございます」
笑う獅子吼に一夏も笑う。
それは上司に褒めてもらえて嬉しいというものだが、傍から見れば殺人間近の光景で笑い出す異常者にしか見えない。
その光景に景明は特に止めようと言う気は無いらしく無反応。
凍り付く教室内の空気を溶かしたのは……。
「あ、義兄さん、何やってるの!」
この事態に怒ったシャルロットであった。