装甲正義!織斑 一夏   作:nasigorenn

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やっと学園祭スタートです。


もしも一夏が別の劔冑を使ったら。 その26

 苦渋の選択によって一夏は本物の執事服を手に入れた。

それにより衣装を揃えることが出来た一組はより執事喫茶の準備を進めていく。

最初こそ楽しんで準備を進めていた少女達であったが、残り時間が少なくなると共に皆焦り必至になって準備をする。

そんな中、己の仕事をこなした一夏はただ、自分の上司が来ることへのプレッシャーに押し潰されぬよう気をしっかり持って事に当たる心構えをしていた。

その様子にシャルロットは苦笑しながらも一夏に微笑み気遣う。

シャルロットの気遣いに一夏は皮肉を言って鼻をならしていたが、内心は少しばかり感謝していたりした。まったく誰の得もないツンデレである……デレが殆どないのだが。

 そして迎えた学園祭当日。

学園はいつも以上に華やかな雰囲気に包まれ賑わう。

外から客が来ると言うことで人が増えるのもそうだが、それ以上にお祭り好きな気質を持つ生徒が多いためか、かなりはしゃいでいるようだ。

特に今回はそれ以外にも活気に溢れる理由がある。

学園祭で一番になったクラスには食堂のスィーツ無料券半年分贈呈という豪華な賞品が与えられるのだ。

甘い物好きの少女達にはたまらない賞品に皆目の色を変えて本気で一番を狙っているのである。

その空気は一組も同じであり……。

 

「いらっしゃいませ、お嬢様。お席へご案内させていただきます」

 

教室を入った生徒達の目に一番初めに入ったのは、シックな執事服を見事に着こなす青年であった。

ニッコリと笑みを浮かべるが、その身に纏う雰囲気は日本刀のように冷たく鋭い。

だが、それが妖しい魅力を醸しだし、青年を一流の執事に魅せる。

 

「「キャーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」」

 

その危うい魅力に黄色い声を上げる生徒達。

黄色い声を受けた青年は笑顔のまま姿勢正しく生徒達を席に案内する。

案内し終えると凜々しく注文を聞き、静かに厨房へと歩いて行く。

その後ろ姿に回りのお客達は見惚れていた。

厨房に入ると、様々な料理の香りが青年の鼻をくすぐる。

喫茶店と名乗っているからには、軽食と飲み物は欠かせない。フロントの執事が配膳をし、他の生徒達が注文の品を作る。

皆調理をしやすいよう制服の上からエプロンを装着していた。

そこで青年は受けた注文の品を受け取るのだが、動く前に声をかけられた。

 

「義兄さん!」

「む……」

 

青年が振り返ると、そこには美しい金髪をした執事が立っていた。

髪を一つに纏め、与えられた執事服を見事に着こなす男装の麗人。

そう、シャルロットが男装した姿であった。

そしてシャルロットに声をかけられたのは、この執事喫茶を提案した織斑 一夏である。

シャルロットに話しかけられるまでしていた爽やかな笑みを一瞬にして不機嫌そうな顔に変える。

決してシャルロットに話しかけられたのが嫌なのではない。

この表情が一夏の素なのだ。

シャルロットは一夏の執事姿を頬を赤らめながら見つめ、楽しそうに話しかける。

 

「義兄さんの提案の通り、凄い盛況だね」

「ふん、余程暇な奴が多いのだろう」

「そんなこと言って~、本当は嬉しいんでしょ。だって義兄さんの人気、一番凄いんだから。知ってる? 来たお客さんがみんな義兄さんのことを見入ってるの。それに学園の生徒だと『あれが本当に織斑君なのっ!? や-ん、普段のクールで不機嫌だけど、こうして格好いい所を見るとギャップがたまらない~!』ってみんな義兄さんのことを賞賛していたよ」

 

義理の兄が皆に褒められたことを嬉しく思うシャルロットに、一夏は呆れ返ったような顔で答えた。

 

「まったくもって馬鹿ばかりだな。こんなもの、芝居に決まってるであろうに」

「義兄さんは素直じゃないね~」

「……シャルロット、そろそろ締められたいか」

「キャー、義兄さんにいじめられる~。あ、注文の品が出来たみたいだから持ってくね」

 

不機嫌な一夏を楽しそうにからかうと、シャルロットは悪戯がばれた子供が逃げるように注文を持って厨房を出て行った。

 

「………まったく……」

 

からかわれた一夏はそう呟くも、悪くはない気分であった。

そう一夏が思っているところで、からかったシャルロットの顔は真っ赤になっていた。

 

(一番義兄さんの格好良さにあてられたのは僕だけどね……)

 

その表情が恋する乙女の顔であることは明白であり、きっと誰が見ても執事服を着た可愛らしい少女にしか見えないだろう。

 

 

 開演してから二時間後。

一夏は休憩を貰い制服に着替えると学園の入り口ゲートまで早足で向かう。

理由は単純で、一夏の上司がもうそろそろ着くと連絡を入れてきたからだ。

一秒でも遅れようものなら斬首に値すると、一夏は深く考えている。大げさに考えていると言われるだろうが、それほどに一夏は上司への忠誠心は高いのである。

そして一夏がゲートに着いて約5分後、一夏の目の前に一台の車が止まった。

長い車体を持つ黒いリムジンである。

ゲートの前にリムジンとやけにシュールな光景であるが、富裕層の生徒が多いIS学園ではそこまで違和感がない。

一夏は扉が開く前に片膝を立ててしゃがみ込み、頭を下げる。

それを終えると同時に扉が開き、中から人が降りてきた。

それはスーツを着た三十代に入ったばかりの男であった。

鋭い目つきにきっちりと着こなしているスーツが、如何にその男が神経質なのかを窺わせる。

その身に纏う雰囲気は日本刀のような鋭利さを感じさせ、見る者すべてを萎縮させる。

一般人が見ても一目で怖いと感じる男は車から降りると一夏の前に立った。

 

「久しいな、織斑」

「はっ! お久しぶりでございます、獅子吼様」

「面を上げろ」

「はっ!」

 

一夏は目の前の上司……六波羅財団の大幹部、篠川公方、大鳥 獅子吼に言われ顔を上げる。その顔は忠臣の顔をしていた。

 

「この度はこのような場所においでいただき……」

「それはいい、どうせ貴様のことだ。俺が来ると聞いて本気で茶番に向き合ったのであろう」

 

鋭い声が一夏に向けられ、一夏は表情を変えずにそれに答える。

 

「はっ! 六波羅に連なる者、いかな茶番とて負ける訳には参りません。また、自分が負けるということは、獅子吼様に泥を塗る行為だと考えます。故に絶対に負けられません」

 

それは一夏の本心である。

 

「たかがお遊びに本気になるのは大人げないと思わなかったのか?」

「お遊びとて、負ける訳には参りません。こんな矮小の身ではありますが、それでも六波羅の末端なので」

 

それを聞いて獅子吼はふんっと鼻を鳴らしながら不敵に笑う。

 

「それでいい。そうでなくては六波羅ではない」

「はっ! 恐悦至極に存じます」

 

師と弟子の会話にしてはいささか物騒ではある。

獅子吼はそんな弟子の姿勢に笑いつつ、立ち上がるよう言う。

一夏は立ち上がったところで、獅子吼の後ろに人が立っていることに気が付いた。

 

「っ!?」

 

それを見た瞬間、息が詰まりかける。

今まで幾度とない人達を見てきた一夏であるが、今目の前にいる人物は初めて見る種類の人間であった。

 

『闇』

 

その一字に尽きるだろう。

まるで漆黒を濃縮したような、人が出して良い物ではない気配を発する男がそこにいた。

年齢は獅子吼より少し下と言った所で、スーツを着こなし姿勢正しく立っている。

傍から見れば変質者にしか見えない。それぐらいその男は暗く怪しかった。

だから一夏は男を見た途端に無意識に動けるよう最小限に構えていた。

ただ変な奴ではない。『出来る』変な奴なのである。

それは体幹と佇まいを見れば分かるだろう。

構えた一夏を見て獅子吼は分かり辛い苦笑をする。

 

「織斑、止めろ。この者は俺の知り合いだ、無礼は許さん」

「はっ!」

 

その命令に従い、構えを一夏は解く。

そして改めて獅子吼の客人と向き合った。

男は一夏を見て、礼儀正しく頭を下げる。

 

「どうも、篠川公方様にはお世話になっております。湊斗 景明と申します」

 

礼儀正しい挨拶に一夏も応じる。

ここで失礼な挨拶をしようものなら、それは獅子吼への無礼にも当たるからである。

 

「これはご丁寧に。篠川公方、大鳥 獅子吼様の部下、織斑 一夏と申します」

「ご丁寧にありがとうございます。お噂はかねがね聞いております。その若さで大役を担い熟すお姿に感服いたします」

「いえいえ、そのようなこと」

 

見た目がアレだが礼儀正しいことで一夏の警戒心が薄まる。

景明が武者であることは、どことなく感じ取っていた。

二人の自己紹介も終わると、獅子吼は苦笑しながら一夏にあることを言う。

 

「織斑、そう湊斗に畏まるな。あの馬鹿の追っかけている男と言えば分かるだろう」

 

その言葉を聞いて一夏は景明に即座に頭を下げた。

 

「湊斗様、自分のような者が頭を下げるのはどうかとは思いますが、堀越公方様がとんだご迷惑をかけて申し訳ありません」

「いえ、そのようなことはありません。堀越公方様にはいつも良くしていただいて」

 

景明は一夏に静かにそう答えるが、獅子吼が笑いを押し殺していた。

 

「湊斗、はっきり言ったらどうだ? 別に誰も咎めはせん」

「…………ありがとうございます……いつも振り回されております……」

 

その言葉に、一夏はある意味救われたような気がして同時に、申し訳無い気持ちで一杯になった。

そして自分も景明のことを気に入りつつあると感じていた。

 

 

 こうして一夏は学園祭を上司とその友人に案内することになった。

 

 

 

 


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