しかも一夏はやっぱり戦わない!?
一夏が真田邸に向かってから翌日。
IS学園では本格的な環境訓練が行われるため、生徒は皆ISスーツ着用で砂浜に集合していた。その光景にはあまり違和感という物がない。ISスーツは見た目が水着と変わらないため、水場で水着と混じっても違和感がないのである。
そんな光景の中、皆本来いるはずであろう『唯一の男子生徒』がいないことを不思議に感じていた。
そのため多少の小声でのお喋りで少し騒がしくなっている。
そんな中、千冬と真耶の二人はいつもと変わらない様子で皆の前に出た。
「あぁ~、諸君、静かにしろ。これからISの環境下における運用訓練を行う。一クラスに打鉄とラファールリヴァイブを合計五機ずつ配備するので、五グループに分かれて行うように。尚、専用機持ちは此方に来て別行動だ。自分の所属している国から試作兵装などが届いているので、これをインストールしてテストしろ」
「「「「「はいっ!」」」」」
生徒達は皆元気よく返事を返すと、さっそくグループに分かれ始めた。
『唯一の男子生徒』の事は気になるが、それで集中を切らせていては危険であり、何よりもそれを見抜いた千冬から落ちるであろう雷を誰も受けたくない。だからこそ、皆今はその事を忘れ真面目に実習に取り組むことにした。
しかし、それでも気になる者達はいる。
「あの、先生……一夏は?」
箒が千冬にそう聞くと、専用機持ちである鈴、セシリア、シャルロット、ラウラの四人も千冬を見詰める。
その視線は今にも一夏のことを聞きたいということが伝わって来て、それを感じた千冬は深い溜息を一回吐いた。
「アイツは今、政府からの命で学園とは別に動いている。だからここにはいない」
その言葉に肩を落とす五人。
想い人がその場にいないというだけなのに、とてつもない落ち込みようである。
千冬はそんな五人に呆れ返りながら檄を飛ばす。
「どうせアイツはこの授業でやることなどない。だからやることがあるお前等がそんなのではちゃんとしたテストなど出来るわけがない! 気を引き締めろ、馬鹿者共! 自分の役目をちゃんと果たせ!!」
「「「「「は、はいっ!!」」」」」
その大声に肩を震わせ立ち上がる五人。
ブリュンヒルデの肩書きを持つ女傑の檄に五人は心底打ち震える。
そしてそのショックからやっととあることに気付いた鈴が恐る恐る手を挙げて千冬に質問した。
「あ、あの…織斑先生。何でここに箒がいるんですか? 箒は専用機を持っていないんじゃ……」
その質問を受けた千冬は片手で軽く眉間を押さえながら疲れた様に答える。
「ああ、それに関してはな……」
「いっーーーーーーーくーーーーーーーーーーーーーんーーーーーーーーーーーーーー!!」
千冬が答えている際中、突如そんな叫び声が聞こえてきた。
その声に皆何事かと思い驚き困惑する中、千冬だけが疲れ切ったような顔をして顔を顰める。
その叫び越えは徐々に……上空から近づいていき、箒達の目の前に落着した。
突如上空から落ちてきた物体に箒達は更に困惑するが、それはそんな事などお構いなしに立ち上がった。
その姿は仮装じみたエプロンドレスを着て長髪に人工的なウサミミをつけた女性である。
「やぁやぁいっくん、おはよう! 愛しの束さんが来ちゃったぞ! さぁ、一緒に二人だけで内緒の撮影会をしよう。束さん、頑張って勝負下着も着けてきたから!」
立ち上がったのは世間を騒がせているISの産みの親である篠ノ之 束であった。
束は見た目の美女っぷりを全開にした満面の笑みを浮かべ辺りを見回すが、そこに探し人はいない。
「あれ、いっくんはぁ?」
小首を傾げる束。
可愛らしい動作だが今はそれを褒める者はおらず、その変わりに束の後頭部をわしっと掴まれた。それは万力のように束の頭を締め上げる。
「ぎゃあ~~~~~~~~! 痛い痛い、痛いよ、ちーちゃん!」
「五月蠅い、馬鹿兎!」
束の頭を締め上げている犯人は千冬であり、千冬は鬱憤を晴らすように束を締め上げていた。
「いきなり現れて弟を口説こうとは良い度胸だ。細胞単位でオーバースペックな束さんの頭の中身がどれくらいで漏れ出すのか試してやろう」
「ぎゃ~~~~~! 痛い、マジで痛いよちーちゃん! 本当に止めて! 束さんのお脳が本当に漏れちゃうから! いい加減ブラコンは止めた方がっ…」
「ん、何だ? まだ余裕そうだな。ではもっと締め上げてやろう。掌から頭蓋骨が軋む感触が伝わってくるな。後どれくらいで砕けるかな」
「砕ける!? 何やってるのちーちゃん! いや、本当にスイマセンでしたーーーー!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ束に恐怖しか感じさせない笑みを深めながら手に力を込めていく千冬。この二人のやり取りを見て真耶を含めた六人が恐怖に震えていた。
そのやり取りも一段落……束が力尽きた頃合いを見計らって千冬は箒達を見ると、改めて先程の質問について答えた。
「篠ノ之はこいつから専用機を貰うから一緒に来させたんだ」
「「「「「えぇえええええええええええええええええええええええええ!?」」」」」
その答えに箒を覗いた五人が驚く。
その様子に呆れつつも千冬は地面に倒れている束に視線を向ける。
「おい、この発情兎。ちゃんと皆に挨拶しろ」
「う、うい……」
ふらふらと未だ残るダメージに翻弄されつつも束は立ち上がると、箒達に向かってニコニコとした笑みを作って挨拶を始めた。
「やぁやぁ初めまして、私が天災の篠ノ之 束さんだよ!」
元気な状態なら様になっているその挨拶も、先程のやり取りの所為で全く様にならない。
締まり無い雰囲気がその場に充満してしまった。
それを感じてか、束は箒も含めた六人に向かって改めて不敵な笑みを浮かべた。
「ちなみに箒ちゃんも含めて言っておくけど……いっくんは渡さないからね」
「「「「「「!?」」」」」」
その発現がどういう意味なのか。それを瞬時に理解した六人は警戒を強めた。
つまり……目の前にいる人物は周りの人間と同じ『恋敵』であると。
世紀の大発明をした偉人よりも、新たなる恋のライバルとして六人は認識した。
束は六人に意識させると、六人を見渡してフッと勝ち誇った笑みを浮かべる。
「ふっふ~ん、これなら束さんの勝ちだね。スタイルの良さ、それに感度の良さ、そしていっくんの全てを包み込む包容力、全て束さんの方が上だよ! 受けも責めも何のその、いっくんに全部捧げちゃう準備は万端なんだから」
それを聞いて顔を赤らめる六人。
その発現が何を想像させるのか。六人はその光景を妄想してしまい羞恥から真っ赤になってしまう。その様子に束は更に笑みを深めるが……
「いい加減に本題に戻れ、この変態が!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!?!?」
千冬に再び頭を鷲掴みにされて締め上げられることでかき消された。
そして再び騒ぎ、やっと本題を話し始める束。その姿は今にも死に絶えそうである。
「きょ、今日ここに来たのは、箒ちゃんに専用機を渡すためだよ……。箒ちゃんの誕生日プレゼントとして頑張って作ったんだ。前から専用機がなくて苦労していたようだしね」
その発言は世界からすればとんでもない話である。
何せISの産みの親が直々に制作した468機目をもらえると言うのだから。
それも何の苦労もなく、何にも所属することなく、ただ身内というだけで。
他の者が聞けば身内びいきだ何だと文句を言い出すことだが、何故かこの六人はこれ以上驚かない。それ以上に恋敵である事の方が六人にとって重要であったからだ。そして以前から束の人格についても報告が上がっていたので、目の前の人物がそういう行動をしても可笑しくないということも知っていた。
「姉さん……礼は言います。ですが……一夏は渡しません」
プレゼントの事を喜びつつも、束を睨み付ける箒。
束もそれに応じ、笑顔ではあるが、箒との間に視線での火花を散らせていた。
そして一頻りそれをしたら、束は笑いながら手を挙げる。
「さぁ、上を見よ、諸君!」
その声に従いその場の全員が上を見ると、落下音と共に束の近くに大きな菱形のブロックが落ちてきた。
地面に激突する瞬間減速し、そのブロックは地面すれすれに浮遊する。そしてブロックが内側から開かれるように展開すると。中から深紅のISが姿を現した。
「これが箒ちゃんへのプレゼント、『第四世代IS 紅椿』さ!」
「「「「「「………え?……えぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」」」」」」
まさか世界でも未だに出来ていない、それこそ第三世代がやっとという状況でいきなり出てきた空論上の機体に驚く六人。
束はしてやったりといった顔をして自慢そうにその詳細スペックを話していく。
そして箒にさっそくフィッティングさせると、試運転を開始し始めた。
その性能に皆息を呑んでいる中、それは突如として起こった。
真耶の教員用通信機から特殊警報の知らせが届き、その内容を確認した真耶は驚愕に顔を染める。そしてその内容を千冬に伝えると共に、突如として環境下運用訓練は中止となり、専用機持ちによる緊急作戦が開始される
その際、束がニヤリと笑ったのを見ていた者はいない。
一方、一夏は言うと……
「おはようございます、真田さん」
「ああ、おはよう。今日も良い天気だね。まさに試合日和だ」
箒達IS学園がいる浜辺とは反対側の浜辺で真田 幸長と相対していた。
一夏はIS学園の制服を着ていて、真田はジーパンにTシャツとラフな恰好をしている。これから試合を行おうというのに、お互いに笑い合う。
「昨日も言ったが、試合だ。『死合』じゃない。残念なことだけどね。許して欲しい」
「いえいえ、仕方ないですよ。誰だって傷付くことが良いなんて思いませんから。守る者があるのなら、尚更のこと。私としても、あの美しい奥さんに睨まれたくはありませんしね」
武者同士なら、本来ならばここで互いに士気を高め覇気を発するものだが、二人からはそのような気配はない。
何故なら、それは必要が無いから。ここでの戦いは命を賭けるものではないから。
だが……だからこそ……
「さて、せっかくの良い天気。あまり時間をかけては勿体ない。だからこそ」
「はい」
「「やりましょうか」」
互いに笑いながらそう言うと、己の相棒にして刃たる劔冑を呼び出す。
「来いっ、村正伝!!」
真田の呼びかけに応じて深紅の蜘蛛が目の前に砂塵を挙げながら飛び出して来た。
「これが俺の三世村正伝大千鳥だ!」
真田に対し、一夏も相棒の銘を呼ぶ。
「行くぞ、真改!」
その呼びかけに応じて、此方に向かって砂塵を舞わせながら突き進む一つ巨体があった。
それは長大な、金属の身体を持った黄銅色の百足である。
その百足は一夏の前まで来ると蛇のようにとぐろを巻いて真田達に目を向ける。
「これが私の劔冑です。銘を『井上和泉守国貞』と申します。略称は真改ですね。よろしくお願いします」
互いの劔冑を紹介し終えると、装甲の構えを取って誓約の口上を述べていく。
『いかで我が こころの月を あらはして 闇にまどへる ひとを照らさむ』
『不惜身命 但惜身命』
そして互いの劔冑は弾け合い、一夏を真田の身体へと装着されていく。
全ての装甲がなくなった時、その場には二騎の武者が顕現した。
深紅と黄銅。
二人の武者は向き合うと共に構える。
「では」
「尋常に」
そして互いに合当理に火を入れ、相手へと……
「「参るっ!!」」
猪の様に突撃した。