装甲正義!織斑 一夏   作:nasigorenn

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この一夏ってあんまり戦わせられないんですよね~。


もしも一夏が別の劔冑を使ったら。 その17

 夕食も賑やかに終わり、辺りはすっかり闇夜に覆われていた。

しかし、後は寝るだけだからといって大人しく眠る十代女子なわけがなく、皆宛がわれた部屋で面白可笑しく騒ぎ立てていた。

そんな中、箒、鈴、セシリア、シャル、ラウラの五人はとある一室の前で固まっていた。

その部屋は本来は教員に宛がわれた部屋。しかし、今回の臨海学校においては特別に違う。

そう、今回この部屋には少女達の想い人である織斑 一夏にも宛がわれているのだ。

同室するのは彼の姉にしてIS学園最強の担任教師、織斑 千冬。

目標と最大の難関が待ち構えるこの部屋の前で五人は息を飲み込んでいた。

確かに千冬は彼女達からしても恐ろしい。まったく勝てない絶対の壁。しかし、それでも想い人に会いたい思いから五人はこの部屋に集まったのである。

 

「ね、ねぇ、箒行きなさいよ」

「な、何を言っている、鈴。そ、そうだ、一番槍はセシリアに譲ってやろう」

「そ、そんな! わ、わたくしよりもシャルロットさんの方が適任ですわ」

「酷いよセシリア! ラウラ、一緒に行かない?」

「むぅ……入れば一番最初に嫁と接近出来る。しかし、それは同時に教官が立ち塞がってくるということで……難しいな……」

 

誰が最初に難関の千冬の相手をするのかを話し合う五人。その腹の内には誰か一人を千冬の生け贄に捧げ、その間に一夏を連れだそうという魂胆が見え隠れしていた。

その生け贄役を五人はなすりつけ合っていると、突如として扉が開く。

 

「「「「「っ!?!?」」」」」

 

真逆扉が開くなんて思っていなかった五人は突如のことにビクッと身体を震わせ萎縮した。

そんな五人を扉を開けた先にいた千冬は呆れ返った目で見ていた。

 

「何をやっているんだ、お前達は…」

 

その視線に五人は苦笑を浮かべるしか出来ない。

上がる笑い声も乾いたものしか出てこなかった。

千冬はそんな五人を見て仕方ないなと判断し、五人にとって残酷な事実を告げる。

 

「お前等には悪いが、アイツならいないぞ」

 

「「「「「えっ!?」」」」」

 

その事実に五人の表情が固まる。

先程までの苦悩がここに来て一気に無駄になったのだから、そうなっても仕方ない。

 

「アイツなら所用で外に出ている。政府関連の事なので、しばらくは戻ってこないそうだ」

 

「「「「「そ、そんなぁ~~~~~~~~!」」」」」

 

悲痛な悲鳴を上げて崩れ落ちる五人。

そう告げた千冬自身、どこか不機嫌なところがあった。

千冬としてはせっかくの弟との時間、マッサージでもして貰おうと思っていた所でこの邪魔な話。政府からの命とあっては無下に出来ない。

なので若干寂しそうにしながら一夏を見送ったのである。

 

「あの~、織斑君はいますか? てあれ? どうしたんですか、皆さん?」

「お客様、そろそろ其方の御部屋の茶葉が切れる頃かと思い新しい物を持ってきたのですが……あら?」

 

そんなどんよりとした空気の中、真耶と旅館の女将が来て六人を見た。

その雰囲気から二人も何故こうなったのかを知り、顔に影が差す。

そして八人は誰も何も言わずにこの場から解散していった。

 

 

 

 箒達が絶望に打ち拉がれている時、一夏はと言うと…………とある一軒家の前に立っていた。

若干古いながらも手入れの行き渡っている家で、そのすぐ近くには木造の大きな道場が構えられている。庭も目をこらせば数々の花々が植えられていることが分かり、手入れをしている人間の精神を表しているようであった。

 

「ここで合っているかな」

 

そう一人呟きながら手に持っているものを確認する。

その手には大きな紙袋に入った菓子折があった。

東京の和菓子の老舗の大福が中には入っている。

それを携えながら一夏は家の呼び鈴を押した。

呼び鈴から音が鳴って数秒後、中から人が出てきた。

 

「はい、どちら様でしょうか?」

 

出てきたのは長い黒髪をした美しい女性であった。

歳は二十前半くらいだろうか。服装はジーパンにTシャツと普通の恰好であったが、それ故にその美貌が引き立っている。

出てきた女性に一夏は申し訳なさそう挨拶をした。

 

「夜分遅くに申し訳ありません。私はこういう者です」

 

懐から名刺を取り出して女性に渡すと、女性はそれをマジマジと見詰める。

 

「えぇ~と……『内閣特殊高官 織斑 一夏』?」

「はい、そうです。この度は政府の命で赴きました。あの、真田 幸長さんはご在宅でしょうか?」

「あ、はい」

 

一夏の質問にその女性はそそくさと慌てながら家の中へと入っていった。

そしてすぐに扉は開かれる。

中から出てきたのは男である。

歳は二十代中盤から後半、高めの身長に遠目からみても十分に分かる鍛えられた肉体。

明らかに普通ではない男がそこにいた。

 

「どうも、私がこの家の主だ」

「これはどうも」

 

彼こそが今回一夏がこの家に来た理由。

槍術を使う武者、真田 幸長。彼の政府への勧誘こそ、今回一夏がここに来た理由である。

そして一夏は幸長に連れられて家の中に入って行った。

リビングに通されたところで手に持っていた菓子折を幸長に渡す一夏。

 

「あ、これはささやかな物ですが」

「あぁ、これはご丁寧にどうも」

 

渡された菓子折を受け取りながら挨拶を交わし、幸長は最初にで女性に菓子折を渡した。

それを受け取りながら女性は一夏に一礼する。

 

「こんなボロ屋ですが、ごゆっくりどうぞ」

「いえいえ、そんなことありませんよ。お気遣い、ありがとうございます」

 

去って行く女性を見ながら幸長は一夏に向かって苦笑を向ける。

 

「すまないね、アレは私の妻だよ」

「あぁ、やはりそうでしたか。美しい方ですね」

「いやいや、そんな褒めないで下さい。つけ上がりますので」

 

苦笑する幸長に一夏はご謙遜を、と言って笑う。

とても高校生と大人の会話ではない。

そして一頻り笑った後、改めてお互い真面目な顔になる。

 

「さて……それで政府の人間が私に何の用だい? それもまさか君が直に出て来るとは思わなかったよ。有名だからね、君は」

「いえいえ、そんな有名などと。単に臨海学校で近場に来ることが分かっていたから行くよう上から言われたまでですよ、私は」

 

笑いながら一夏はそう答える。それを見て幸長も笑うが、互いの目は笑ってはいない。

 

「私が言われたのは、真田 幸長さん。村正伝大千鳥の使い手である貴方を政府に勧誘……正直に言えば今の私と同じような職への勧誘ですね。先程のことから、事前に聞いていると思いますけど」

「まぁ、そうだね」

「では、お返事は如何に?」

 

返事を聞かれた幸長は一拍おいて、ゆっくりと口を開いた。

 

「正直、迷っている」

「とは?」

「うん。条件は良いし、君の御蔭もあって認知率も上がっている。だが、私はこう見えても道場を持ち、少ないながらも門下生を鍛えている武人だ。今更それを止めることは出来ない」

「ええ、知っております。それに関しては問題ありません。この仕事は基本副業みたいなもので、政府から命がなければいつもと変わりない生活が送れます。現に私も学生をしながらですからね。なので道場の運営はこれまで通りやって貰って結構です。寧ろ国としては、その方が良いと判断しますよ。数少ない本物の武術を教えているのですから、それはこれからの世に必要になっていきます」

「そう言ってもらえると嬉しいね」

 

少し肩の荷が下りたのかホッとする幸長。

 

「これで問題は解決でしょうか?」

「あぁ、後もう一つあるよ。そこまで好条件なら受けても良いと思う。正直収入が少なくて困っていたからね。だが……少し納得がいかないというものがあるかな」

 

幸長はそう言うと一夏に向かって笑いかける。

しかし、その瞬間に放たれた殺気は常軌を逸していた。

一夏はそれを受け流しながら笑い返す。

 

「納得……ですか?」

「あぁ、僕も武者だからね。本当に仕えるに足るのか見極めたいんだよ。そのために……君と試合をしたい」

 

それを聞いて一夏は納得した。

日本政府が主導で行っている今回の試み。ISがもたらした『女尊男卑』の世を根本から覆すことが出来るかもしれないが、その分危険も伴う。それに本当に乗って良いのか、それをこの人は見極めたいのだと。そしてそれを最も簡単に調べる方法は広告塔である自分がどれだけ強いのかを試すのが一番速くわかりやすい。

 

「『死合』ではないのでしょうか?」

 

笑みを深めながらそう聞く一夏に幸長は苦笑する。

 

「本当はしたいところだけどね。たぶん君と殺ったら無事では済まないと思う。妻にも門下生にも心配はかけたくない」

「成る程」

 

寂しそうに笑う幸長に一夏は頷くと、改めて笑った。

 

「では、明日の午前中から戦いましょう。学校の行事も私にはどうしようも出来ない物ですから、いなくても問題ありません」

「あぁ、ありがとう。では明日に。場所は東の浜辺で、時間は十時くらいで良いかな」

「えぇ、大丈夫です」

 

そして再び二人は笑い、そして一夏は幸長に見送られながら家を出た。

 

「では、また明日合おう」

「はい。明日、また…」

 

 別れ際にお互い笑顔で返すが、その笑みは明日の試合に向けてと闘気に満たされていた。

 

 

 


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