もしも織斑 一夏の劔冑が『相州五郎入道正宗』でなく、『井上和泉守国貞』だったら……………
その場合の臨海学校での話を簡略的に話すとしよう。
現在、IS学園の一学年は年中行事である臨海学校で旅館に向かってバスで移動していた。
臨海学校と名を打ってはいるが、その実はISの環境下における運転試験と、専用機持ちにおける試作兵装のテストが本来の目的だ。
だが、それでも少女達にとってはやはり遠足とそこまでかわらない。
テストや運転を行うのは二日目からであり、初日はほぼ自由時間なのだ。遊びたい盛りの彼女達にとって、それを考えればやはり皆で騒げる行事にしか思われていないだろう。
そんな浮かれた空気に満ちあふれたバスの中、たった一人だけその状況に苦笑をしている『男子』がいた。
彼の名は『織斑 一夏』。
IS学園に古来からある兵器『劔冑』の力を見せつけ比較するために、政府の命により特例でIS学園に入学した、IS学園で唯一の男子だ。
と言っても、彼自身はそこまで好戦的ではなく温和で優しい好青年であった。
そのため、喧嘩をふっかけるようにIS学園に来たとは言え、嫌われいじめられるといったようなことはない。まぁ、最初は少しいざこざが多かったが。
そして今では、彼の周りには五人の少女が取り巻いているようになっていた。
幼馴染みでありISの産み親である篠ノ之 束の妹、篠ノ之 箒。
箒と別れた後に出会い、中学一年生まで付き合いのあった第二の幼馴染みにして中国代表候補生である鳳 鈴音。
イギリスの名門貴族にしてイギリス代表候補生であるセシリア・オルコット。
フランスの代表候補生であるシャルロット。デュノア。
ドイツの代表候補生にしてドイツ軍IS部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』の隊長を務めている少佐、ラウラ・ボーデヴィッヒ。
この五人は一夏と色々あったのだが、彼の人柄に触れて彼に思慕の念を抱くようになった。お互いにライバルとして認識しているが、それ故に仲が良い。
そのため、一夏がいる所には必ずこの五人がいると言ってもいい。ただ残念なことは、一夏はそういった恋愛にのみ鈍感であるため、未だに彼女達の気持ちには気付いていないことだろう。
ちなみに今一夏が座っているのはバスの後部座席であり、その両端には鈴を除いた4人が座っている。鈴は残念なことにクラスが違うのでこのバスには乗っていないのだ。
両側から視線を向けられている中、一夏は周りの楽しんでいる生徒達に向かってカメラを向け写真を撮影していた。
これが彼の趣味である。彼曰く、
『美しい物を保存して見ていたいんだよ。だから俺はカメラで写真を納めるんだ』
とのこと。
ちなみに彼の写真は品評会で高い評価を受けており、結構受賞していることが多く、その手の誘いも数多来ていたりする。彼はそのこと自体には興味がないので丁寧に断っているが。
「あ、また一夏写真取ってる」
隣に座っていたシャルロットが一夏の行動を見て一夏に話しかける。
話しかけられた一夏は苦笑しつつもそれに答えた。
「いや、あそこの席の子達、とても楽しんでいる表情をしていたからね。ついつい撮ってしまったんだよ」
「一夏は本当に写真が好きだよね。で、出来れば、僕ももっと撮って欲しいかな」
顔を赤らめながら一夏にそう言うシャルロットの表情は明らかに恋する乙女のそれであり、それを黙っていられないのが他の娘達である。
「あ、ずるいぞシャルロット! 嫁よ、私の写真を撮るがいい」
「そ、それよりもわたくしのほうが写真映えして撮り概がありますわよ、一夏さん!」
「一夏、もっと幼馴染みの写真を増やした方が良いを私は思うぞ。だ、だから私の写真をだな…」
自分をアピールしたいと強めに主張する箒達に一夏は苦笑しつつも、優しい笑顔を向けた。
「みんな綺麗で可愛いから、きっと美しい写真が撮れると思うけど、今はまだいいかな。俺は出来れば自然な状態を撮りたいからさ」
一夏の被写体は基本、自然体の物である。
彼は自然な状態が一番美しいと思っているからである。
といってもそれ以外は駄目と言うわけでは無く、それぞれに持ち味があるので基本的には全て好きなのだが。強いて言えば自然体が特に好きというだけだ。
自然体には、飾らない素の美しさがあり、それに一夏は惹かれてやまない。
「「「「そ、そんな……綺麗で可愛いなんて………」」」」
一夏から言葉を受けて顔を赤くしつつ同じ反応をする四人。
傍から見れば丸わかりの反応なのだが、それでも一夏は気付かないのだった。
皆それぞれに思いを馳せながら、こうしてバスは目的地へと向かって行く。
その車体の下に、巨大な百足がしがみついていることは一夏以外誰も知らない。
「「「「「「わぁ、海だぁ~~~~~!!」」」」」」
旅館について早々、生徒達は興奮気味に海を眺めて叫んでいた。
やはり海を見るとついついテンションが上がるのは日本人の性なのだろうか?
それを見て千冬が騒ぐなと叱ると、すぐに静まりを見せた生徒達。十代の溢れる情熱も千冬の前では一瞬で沈下するというものらしい。
そして千冬の仕切りでこれから世話になる旅館の女将に皆で挨拶を行う。
「本日からお世話になる旅館の方だ。皆、ちゃんと挨拶をしろ!」
「「「「「「はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!」」」」」
その挨拶を受けて女将は軽やかに微笑む。
その姿はしっとりとした大人の魅力に溢れており、生徒達が見惚れるには充分なものであった。
そしてその後解散となり、一夏は千冬と改めて女将へと挨拶をする。
「この度は本当にありがとうございます」
「いえいえ。あら、其方が」
「ええ、不肖の弟です。ほら、挨拶をしろ」
千冬に促され、一夏は前に出ると笑みを浮かべて女将に自己紹介と挨拶を始めた。
「この度、私の所為でご迷惑をかけて申し訳ありません。其方の姉の不肖の弟、織斑 一夏と申します。以後、お見知りおき頂ければ幸いです」
公式の場ということも兼ねて、一夏は『俺』でなく『私』と一人称を変えて挨拶を行う。こう見えて一夏は『劔冑』を駆る武者だ。
故に礼節ははっきりとしている。ただ、普段の温厚な性格が前に出すぎてしまっているため、覇気に欠けてさわやかになってしまっているのが偶に傷だ。
だが、そこが…………
「…………………………」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
「は、はい!」
女将は一夏に見とれて顔を赤くして惚けてしまい、一夏に心配されて気を戻した。
その反応に千冬は顔を顰める。
(ま、まさか……またか……)
女将は頬を若干赤らめたまま、一夏へと謝る。
「す、すみません、いきなりボーっとしてしまって」
その言葉に一夏は少し心配を込めた笑顔で返答する。
「いえ、大丈夫ですよ。ですが、旅館のお仕事は大変でしょう。しかも今回は私のような厄介者までいる始末、余計に忙しかったんじゃないですか。此方こそ申し訳無いですよ。お体には気を付けて下さいね」
「は、はい…」
一夏の言葉に頷く女将。
そして女将はそのまま一夏にしか聞こえない様小声で話しかける。
「あ、あの……後でメールアドレスなど、教えていただければ……」
「アドレスですか? ええ、いいですよ」
「あ、ありがとうございます」
それで花が咲いたような笑顔になる女将。そのまま女将は上機嫌で一夏を部屋へと案内するのだが、その様子を見ていた千冬は頭痛を堪えていた。
(はぁ………やっぱりか……)
千冬の頭を痛める原因。それは…………
一夏がまた女性を惚れさせたことである。
これが同年代ならそこまで問題ではないのだが、物腰柔らかで温和な一夏は年齢から離れている程に落ち着き払っているため、二十代以上に見られることが稀にある。
そのため………年上の女性には好意を持たれやすいのだった。
そのせいで、IS学園の教職員では一夏に惚れている先生が増えているとか。
こうして、一夏はまた罪作りなことを無意識で行っていくのであった。